9 魔王城の日常⑴
石に色を叫んだ直後、ここにやってきた時と同じく足元に紫色の魔法陣が出現し、身体が光に包まれ転移が始まる。一回目の時とは違い、光が消え転移完了するまでが、本当に瞬きの間の一瞬だった。
「お、おおおおおおおーーー!」
目の前の光景にあったのは、無数の巨大な本棚の列と、所々に置かれてある長机、そしてそれに見合った数の椅子達だった。
「あ、あのユウシン、これ高さどれぐらいあるんですか?」
何より驚かされたのは本棚の縦の長さだ。この部屋自体もかなり広く、天井の高さも相当あるのが見てわかるのだが、本棚の一番上の部分が、天井に触れてしまっているのではないかと疑うほどの大きさなのだ。
当然下の部分から上の部分まで本が隙間なく埋められており、そんな本棚がいくつも列になって並んでいる姿には圧倒されてしまう。
「そうだな…最低でも三十メートル以上はあるんじゃないかな。」
「三十?!一体いくつの本があるんですか…」
「うーーん、十万を超えたあたりから数えてないから、詳しい数は分からないなあ。」
「じゅっ!十万!!」
十万なんて、聞いたことも想像したこともない数字だった。それだけの本がこの世にあるのも驚きだが、恐らくそれ以上の本を、平然と置いてあるこの図書室の規模のでかさ、それにも改めて驚かされる。
「あの、大きな声でのお喋りは控えていただけると助かります。他の方々もいらっしゃるので。」
すると、つい大きな声で喋ってしまっていた私達の後ろからそんな女性の声が聞こえ
「あっ、ごめんなさい!つい興奮してしま…えっ…」
言葉が詰まった。謝ろうと後ろを振り向いた後のことだった。
振り向いた先の正面にいたのは、黒髪の長髪で眼鏡をかけた女性だったのだが、背中からは黒い翼が生えており、その姿はまさに絵本の中に登場していた翼人そのままの姿で
「あれ、見ない顔。と、王様?これは…一体どういう事です?」
少し高い位置にいる彼女を見上げ、私は開いた口が塞がらなかった。
「ナズミ、この子はレンカ。今日からこの魔王城の姫になる子だ。今は魔王城の案内をしている。」
「ああ、そうでしたか。初めましてレンカさん。いや、姫?の方がいいのかしら?私はこの図書室の管理を任されているナズミです。この部屋のことなら大体知っているので、何か困ったことがあればいつでも頼ってくださいな。」
ナズミと名乗った彼女は、下に降りてきて握手の手を差し伸べてくる。
「…は、はい。お願いします。」
翼人と握手をした。魔王に出会い、魔王城に入ることができ、色々な種族を拝むことができ、とんでもない広さの図書室で私は翼人に出会い自己紹介をして握手をした。
こんなことがおきたら素敵だなと想像していた事が、次々とおこる今日という日を私は決して忘れないだろう。
「…そうだ、レンカは勿論ここで本を読みたいだろう?」
感動の最中、ユウシンがそんなことを言いだす。
「勿論!読ませてもらってもいいのなら、沢山読みたいです!」
「だったら僕よりもナズミの方が詳しいし、ここからは彼女に紹介してもらうのはどうだろう?」
「えっ?ユウシンはどうするんです?それにナズミさんも…」
「僕は少し、明日の用意を手伝ってこようかなと思っている。別に任せてもいいよね?ナズミ。」
ユウシンの言葉にナズミさんは頷くと
「私はレンカさんがそれでも良いのなら、全然構いませんが。」
「あっ、じゃあぜひお願いします!」
そうして私の案内役がユウシンからナズミさんへと変わった。
「じゃあ、いい時間帯になったらまた来るよ。それまで楽しんで。」
そう言ってユウシンは、転移魔法でどこかへ消えてしまう。
「では、レンカさん。まず初めにこの図書室ですが、この場所にある本はどれを読んでもらっても構いません。ただ、高いところにある本を読みたい時は、必ず私のことを呼んでください。あとは静かに。ここでの決まりはそれぐらいです。」
「は、はい。分かりました。静かに、高いところはナズミさんに、ですね!」
「助かります。何度言っても、私に頼らず上から落ちて怪我する者が多いので。」
「えっ…落ちる?随分無茶をする人がいるんですね…」
普通に考えて、人は死ぬ高さだ。それに、見た感じ登れそうな本棚でもないのだが、一体どうやって上まで行って落ちているのか。翼人がいる時点で、中々想像しにくい話だが少し気になってしまう。
「ええ、本当に困りますよ。まあここにいれば、何回かはその現場に遭遇するでしょうけど無視して構いません。特に気にする必要は無いです。皆無事なので。」
ナズミさんが、ついでの付け加えの情報とは思えないほど恐ろしいことを言ってくる。流石に、この高さから落ちてきた人を無視して本を読み続けることは不可能だろう。
「い、一応気にしておきます…」
楽しく本を読んでいる時に、そんな現場に遭遇したらトラウマになってしまうレベルだ。できることなら、一度も遭遇したくない。
「ふむ、優しいんですね。それもいいでしょう。では、私は本の整理に戻りますので。何かあればこれに向けて私の名前を。」
そう言われナズミさんに渡されたのは、黒い羽だった。
「これは?」
「私の羽です。その羽を力強く握ってもらい、私の名前を言っていただくことで、私はそれを感知することができます。用がある時はそうやってお呼びください。無い時はしおりにでもしてください。」
「ナズミさんの!いいんですか?」
「いくらでも生えくるので、お構いなく。むしろ、これで商売している翼人もいるくらいなので。」
転移ができる魔石といい、私が知らないだけで、世の中便利なものが沢山あるのだなと知る。
「そ、そうなんですね。ありがとうございます。」
「では、図書室での決まり事などの説明は以上となります。楽しんでください。」
そう言うと、ナズミさんは飛んで図書室の奥へと消えていってしまった。
「…ついに。よし、読むぞー!」
まずは一番近い本棚から。こうして私は、ユウシンが戻ってくるまでの間ただひたすらに読書をした。
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