表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

後編

 視点がリュシーに戻ります。

 また子供に酷いことをした人物の話が出てきます。

 学園が休みになる週末、リュシーは婚約者の家を訪ねていた。

 活発で予定がなければ必ずデートに彼女を連れ出すレオンが珍しく家に引きこもっていたからだ。


「ごきげんよう、レオン」

「リュシー……。来てくれたのか。ありがとう。隣に座ってくれ」

「今日はどうしたの? 熱でもある?」


 案内された自室にいたレオンはいつもの洗練された装いではなかった。ややだらしなく服を着崩し、髪型も自然のままだ。表情は暗く、力なくソファーに座る姿は明らかに何かあったと窺わせる。

 言われた通りに隣に座ったリュシーにレオンは首を横に振って答えた。


「体調に問題はないんだ。……リュシーは俺の幼馴染のマノンは知ってるか?」

「ええ、一応。顔を知っている程度だけど。そういえばここ数日見かけないわね」

「学園を退学になった」

「まぁ、何故?」


 学園は元々貴族の子供たちのために作られたものだから、養子であっても男爵令嬢のマノンは基本的に退学なることはない。

 もし、そうなったとしたら――。


「マノンは、男爵の姪ではなかったらしい。だから養子縁組も解消されて平民になった」

「平民に? ……もしかして、平民向けの試験で合格点が取れなかったの?」

「ああ。でも、問題はそれだけではない。マノンの実の父親がかの『フォンテーヌ通りの怪人』だと学園中に知れ渡ってしまったんだ。保護者にまで話が伝わって抗議が殺到し、寮も即日で追い出されたそうだ」

「なんてこと……」


 リュシーはレオンの話ですべてを理解した。

 マノンが養子縁組を解消され、『フォンテーヌ通りの怪人』の娘だと知れ渡ってしまったのは完全に()()罠イベントを起こしたせいだ。


 迂闊にも自身を断罪するイベントに手を出してしまったのは、レティシアを断罪できると誤解するような情報を手に入れてしまったからだろう。ゲームでも、意地が悪いことに様々な場所にあのイベントに関する誤った情報がばら撒かれているのだ。


 誤情報に騙されたならやっぱり現地産だったかと、バッドエンドを恐れて遠巻きにしていたことを少し後悔した。一言くらい忠告をしていれば、こんなことにならなかったかもしれない。


 『フォンテーヌ通りの怪人』。それは同人版とリメイク版との一番大きな違いである。


 見目麗しく裕福そうな子供ばかりを狙い、いたぶってから殺す凶悪犯罪者。よくフォンテーヌ通りに殺した子供を遺棄することからついた呼び名が『フォンテーヌ通りの怪人』。建国以来最悪の殺人鬼との呼び声が高い。

 リメイク版では完全になかったことにされている設定である。


 その正体、パスカル・オランドは子爵の位にあり、犯罪を取り締まる騎士団の事務で働いていたことから犯人として捜査線上に挙がるのが遅くなった。

 結果、二十年近く野放しになり、犠牲となった子供は百人を超える。


 そしてその存在は『Double(ダブル)』のバックグラウンドに深く影を落としていた。


 例えば、レティシアが孤児になった原因はパスカルに襲われたせいだ。彼女は運良く彼の手から逃れられたが、襲われた衝撃から動転し、家族の下へ帰れなくなってしまった。


 さらに、攻略対象のニコラ。

 最後の標的になった彼はレティシアと同レベルの類い稀な美貌が仇となり、念入りにいたぶるため養子にされそうになった。

 パスカルがそこまでした理由は、レティシアにある。幼く、際立った美貌の彼女に逃げられたことが相当悔しかったのだ。


 結局、パスカルはその執着からの行動が逮捕のきっかけとなり、ニコラは無事だった。しかし、その事件から彼は他人を遠ざけるようになってしまった。

 そして何よりも一番影響を受けているのが主人公だ。


 主人公が生まれた理由は、パスカルが自分の子供を嬲ったらどんな気持ちになるのだろう、と思いついたからだった。

 独身だったパスカルは子供を作るためとは言え、下手に結婚したら犯行の邪魔になると、もてあそんでも問題にならない平民の女に手をつけたのだ。


 そんな思惑の下、パスカルが口説いた女性は始めのうちこそ夢見心地だった。だが妊娠し、産み月が近づくにつれパスカルの異常性を感じるようになり、彼の元から出奔する。

 そして市井にある産院で主人公を産み落とし、パスカルとの繋がりを断つために子供を孤児院に預けた。

 父親は外道で母親には見捨てられると、つくづく不憫な主人公である。


 しかし問題の父親は十年も前に処刑されているし、その繋がりを知る人も亡くなっているか行方不明。

 そのため、普通に攻略を進める分にはその事実が露見することはない。

 ()()罠イベントが無ければ。


 今回マノンが起こしたのは、プレイヤーにとって邪魔なレティシアを排除できると思わせて一番後味の悪いバッドエンドになってしまう、俗に逆断罪イベントと呼ばれるもの。

 何故そんなイベントが存在するのかといえば、ゲームのコンセプトが関係していた。


 このゲームのタイトル、『Double(ダブル)』はダブルヒロインを意味している。

 ひとり目のヒロインは勿論レティシアで、彼女はゲーム開始時点からヒロインとして輝いている。


 既にヒロインのいる世界で、主人公は悪役の力を借りずにもうひとりのヒロインになる。『Double(ダブル)』はそんなゲームなのだ。

 だから邪魔だからというだけの理由で人を陥れるような行動は以ての外。

 そんなことをする人間はヒロイン失格とばかりに、凶悪殺人鬼の娘という本人も知らない事実を世間に公表され、排斥されてしまうのだ。


 主人公に厳しすぎるが彼女はヒロインらしく自己研鑽に励めばレティシアすら凌駕するスペックを秘めている。

 すべては主人公の選択次第だ。


 そして、マノンはその選択に失敗した。


 試験に不合格だった件は彼女の成績なら妥当な結果だが、学園中に彼女の真実を広めたのはアルベールだろう。

 レティシアと恋愛関係にあるキャラクターはあのイベントを起こすと報復行動に走る。どんな報復をしてくるかはキャラクターごとに違うが、一番厳しいのがアルベールだ。

 彼はあらゆる手段を使って国中にマノンの素性を広めてしまう。


 『フォンテーヌ通りの怪人』の被害者は平民が多い。

 パスカルは特に金のある中産階級(ブルジョワジー)の子供を標的にした。貴族ほど厳重に守られておらず、尚且つ身なりの整った、大切に育てられた子供たちばかりなところが彼のお眼鏡にかなったのだ。


 子供を惨いやり方で殺された彼らの恨みは深い。犯人は処刑されたが、身内がいるとなれば何をするか想像するだけでも恐ろしい。

 資金力があり、貴族よりも母数が多い彼らに憎まれてしまったマノンの生きる場所はこの国にはもう存在しないだろう。


 他国にも安住の地があるかわからない。何しろ中産階級(ブルジョワジー)の大半が商人なのだ。外国とも商売上の付き合いを持っている。

 そこから、また殺人鬼の娘だという情報は広まっていく。

 地の果てまで逃げれば平穏に暮らせるかもしれないが、そこまで逃げ切れるのだろうか。

 まさにマノンは「詰んだ」状態になってしまった。


 リュシーはそんなことを考えながら落ち込む婚約者に寄り添った。レオンは何かと不憫な幼馴染を何も助けてあげられなかったことで自分を責めている。

 レオンは偏見のない考え方の持ち主だ。親の犯罪と子供は関係ないと思っているが、世間にその考えは通用しない。


 リュシーもレオンも中産階級(ブルジョワジー)。付き合いのある家もほとんどが同じ階級だ。つまり、『フォンテーヌ通りの怪人』の被害者家族が知り合いに何人もいる。

 それなのにマノンを庇ったりしたら、いくらレオンの家が国で一、二を争う大商会であってもやっていけない。


 マノンと商会の抱える従業員たちの生活を天秤にかけて、レオンは躊躇いなくマノンを切り捨てた。

 未来の会頭として正しい判断だ。でも、幼馴染として罪悪感を覚えない訳がない。


「東方の国に行ける船のチケットと路銀をマノンへ渡すように手配したが……。それしか出来なかった」

「それで十分よ。きっと彼女は風評に苦しめられない東の国で幸せになれるわ」

「そうだといいが……」


 正直なところ国から出ることすら難しいと思うが、それは言わなかった。

 もうレオンやリュシーではマノンを助けることは出来ないのだ。ならばせめて明るい展望を信じていた方が精神に優しい。


(欲張らなければ、こんなことにはならなかったのに)


 マノンが何を思ってあのイベントを起こしたのかは、もうわからない。どうしてもアルベールとのエンディングを迎えたかったのか、逆ハーレムエンドのためにレティシアが邪魔だったのか。

 でも、レティシアと結ばれるのはひとりだけ。彼女には四人ものハイスペックな男性が残るのだ。


 そこから誰かを選ぶだけでは、マノンは満足出来なかったのだろうか。


 確かなことはリュシーがマノンの行く末を知ることはないということだ。

 特別(ヒロイン)になれなかった彼女はモブと変わらない。十年も経たないうちに服へ落ちたインクのシミより簡単に人々の記憶から消えていることだろう。


 一方、生まれながらの攻略対象(ヒーロー)な彼らは彼女がいなくても幸せになれる。何故ならここは、平和で残酷な乙女ゲームの世界なのだから。


「リュシー、君がいてくれて良かった」

「大袈裟よ」


 力なく、それでも笑顔を浮かべるレオンに愛おしさが溢れる。きっと、欲張らなければここにいたのはマノンだった。

 欲張るのは悪いことではないが、欲張りすぎは身を滅ぼす。

 まさにその通りのエンディングを迎えたマノン。でも、この世界はゲームではないので、その後も人生は続いていく。


 せめてこれ以上の地獄に彼女が堕ちないようにと、そっと祈りを捧げた。

〈登場人物紹介〉


・リュシー


 この話の主人公で転生者。ゲームの縛りプレイとか好きなタイプ。攻略情報があるからレオンとの恋路は余裕……でもなく、ゲームの時とまったく態度が違うため、あまり知識は役に立たなかった。


・レオン


 攻略対象その1。ゲームの主人公の幼馴染ポジションの爽やか好青年。マノンとリュシーで態度が違うのは、マノン(年下、可哀想な家庭環境、お金にも不自由している)は庇護対象、リュシー(同じ年、家庭円満、お金持ち)は対等と、レオンの中での立場が違いすぎるから。

 大商会の跡取りとして責任を求められたり、頼られることの多いレオンなので、守られるだけのマノンより甘えられるリュシーの方が相性はいい。


・レティシア


 ライバルではなくヒロイン。本編終了後は本来の家族の元に戻り、アルベールの婚約者になった。

 どんな状況に陥っても最終的には幸せになれる人。なので、実は逆ハーエンドでも卒業と同時に侯爵家を放逐されてすべてを失うが、のちに平民の男性と知り合って幸せになる。


・アルベール


 攻略対象その2。始めからレティシアが好きな隠しキャラ的ポジション。残念なツンデレ。

 レティシアが家を出て行ってしまって寂しいが、婚約できたので、心置きなくお嫁に来れるようにお掃除を頑張っている。


・アンリ


 攻略対象その3。性格がゲスい感じで悪いが、猫を被っているのでそのことを知る者はほとんどいない。ゲームでは好感度が上がると主人公にも本性を見せるようになる。

 プレイヤーの間では、『金色のコ○ダ1』のフルートの先輩の如く、「毎日話しかけて好感度は上げるけど猫被った王子のままゲームクリア」という縛りプレイが難しいと大好評。


・マルセル


 攻略対象その4。わんこタイプ。本編中、ほんのりマノンに恋しかけていたが、アルベールやアンリの方へ行ってしまったためハートブレイク。

 一緒にいたたまご色の髪の女性は友達の姉。失恋から立ち直って新しい恋をしている。


・ニコラ


 攻略対象その5。不思議ちゃん。

 マノンのことは例の殺人鬼を思い出させて少し怖かった。一緒にいた茜色の少女は幼馴染。他人が怖いニコラが安心して過ごせる数少ない人物。


・マノン


 ゲームの主人公に生まれ変わってしまった転生者。多分前世ではリュシーの中の人より十歳以上若い。

 『Double』については途中までしかやってないため知識が中途半端。攻略情報も能動的に集めたわけではないため正確性に欠けている。それでも即死バッドエンドを回避しまくるくらいには幸運。

 例の罠イベントはリメイク版でも罠のままで、やはりレティシアは本来の家族と再会し、マノンは男爵の姪でなかったことが判明する。そして、平民の枠はもう埋まっているからと学園退学エンド。同人版よりはましな扱い。

 本編終了後の消息はレオンの使者から船のチケットと路銀を受け取ったあとから不明。船にさえ乗れれば東の国で再起のチャンスがある。


 ちなみにマノンと取り違えられたグラッセ男爵の姪の名前はマロン。でも彼女はマロン・グラッセになることはない。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 今年もこんな感じで趣味に走った話を書いていこうと思っています。どうぞ今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アルベールが糞すぎる。マノンに生き地獄を味合わるとは。 胸糞悪い
[良い点] 昔はこういう初見殺し罠イベントのあるゲーム多かったな。 [一言] 2013年クソゲーオブザイヤーinエロゲーで大賞に輝いた「明日もこの部室で会いましょう」を思い出した。 「シュレディンガ…
[良い点] 確かに昔のゲームはフラグ管理滅茶苦茶厳しいですもんね~!!バッドエンド満載なのは納得。 現実で選べるのはひとりだけな事を早く知ることは確かに大事ですよね。舞い上がってしまうのも仕方ないこと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ