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第1話 伝説の暗殺者

「俺たちの仕事は、月を憂うことから始まるんだ」


 かつて師匠から伝えられた言葉を、ロウは夜が来る度に思い出す。


「皆の行く末を照らすおぼろげな光ですら、俺たちにとっては邪魔なものでしかない。つまるところ【暗殺者(アサシン)】っていうのは、そういう職業なんだ」


 見上げた空に浮かぶのは、世界を睥睨する夜の眼が如き、満月。

 今宵も青白い輝きが、ロウの見下ろす城を闇夜に浮かび上がらせていた。


「光に背を向け、闇に身を潜め、無防備な相手を狙い、命を奪う。決して褒められた話じゃねえ。だから俺達は正義じゃねぇ。そこを違えるんじゃあねえぞ」


 師匠はいつも、そう噛み締めるように言って、ロウの頭を撫でた。分厚く、ごつごつとした手の感触は決して気持ち良いものではなかったが、それでも、不思議と嫌な気はしなかったことを覚えている。


「人を殺めることに慣れ、自身を肯定し始めた時、それは終わりの合図だ」


 かつて全てを失ったロウに、師匠はあらゆるものを与え、教えてくれた。

 彼が死に、歳を経た今をもって尚、その全てを決して忘れることはない。

 だが未だに、最後の言葉の意味だけは分からなかった。


「光に憧れるな。だが、光は守れ。それはいずれ、お前にとって生きる価値になる」


 ロウは自身の生きる価値を、まだ、見つけられてはいない。


「それでも、やるべきことはやりますよ、師匠」


 呟いて、前に足を踏み出した。そのまま軽く飛び、自由落下していく。

 ロウが先程まで立っていたのは、城にある尖塔の頂点。

 当然だが地上は遥か下にあり、激突すれば死は必須だった。


「《衝撃無効》《暗歩》」


 しかしロウが囁いた言葉に、自身の中にある力――【スキル】が反応。

 全身から一瞬だけ淡い光が放たれると、何の痛痒も感じることなく、物音すら発せず、羽のように地上に着地した。

 頭上を仰ぐと、まるで地を這う人間どもを睥睨するかのように、巨大な城が威容を見せつけている。


(確か情報によれば、領主の部屋は三階の奥だったか……)


 ロウは記憶を呼び起こしながら、入り口に向かって歩き始めた。

 固く閉ざされた扉の前には、武装した番兵が二人。

 夜半の警備に疲れ果てているのか、どちらもあくびを噛み殺していたが、さすがにロウの姿を見ると表情を引き締めた。


「待て。何者だ」


 右の番兵が最大限の警戒と共に言うと、左の番兵と同時に槍を突きつけてくる。

 ロウは答える代わりに、小さく告げた。


「《短期催眠》」


 再びスキルを使うと、番兵に向かって、にこやかに言う。


「嫌だな、忘れたんですか。今日から兵を増員するって言ったじゃないですか。街から馬車で来たんですっかり遅くなっちゃいましたが、オレがそうです。ほら、兵士の格好をしているでしょう? 上の人に挨拶したいんで、城に入りたいんですが」

「なに? そんな話は聞いていないし、そもそもお前、鎧も着ていないし武器も――」


 怪訝な顔をした左の番兵は、しかしそこで、急にとろんとした目つきになった。

 右も同様、眠気に襲われたような表情で、揃って顔を見合わせる。


「いや……そうだな、確かにそうだった」

「ああ……領主様から聞いていた」


 次いで彼らは同時にロウの方へと向き直り、その場で槍を立て、空いた手で胸を叩いた。


「任務ご苦労。通っていいぞ」

「もう時間も遅い。静かにな」


 二人は振り返ると扉へ近付き、左右へと開いてくれる。

 ロウは軽く頭を下げ、「どーも」とぞんざいに礼を言いながら、堂々と、城へと足を踏み入れるのだった。

  

 バードック=トウにとって最も興奮するのは、獲物が悲鳴を上げた時だ。

 その声が、高ければ高いほどにいい。

 嫌悪感を剥き出しにした響きが、何よりも劣情を催させる。

 何であれば、本番よりそちらの方が快楽を覚えることもあった。


「お、おやめください! 領主様……!」


 ベッドに転がされた娘が、必死な顔で訴えかけて来る。

 既に身に纏った洋服の大半は破かれ、農家の娘にしては綺麗な肌と、ふくよかな胸が露になっている。

 少しでも隠すように両腕で自身の体を抱きしめているが、左右から押し上げられた乳房が深い谷間を作り、余計に卑猥さを際立たせているだけであった。


「夫はきちんと税を納めたはずです。なのに、このような……!」

「足りぬのだよ。言ったであろう。結婚すれば、結婚税を徴収すると」


 低く笑いながら、バードックは女に一歩、また一歩と近づいた。その度に、突き出た腹が微かに揺れる。

 最近、身に纏う服がどれも窮屈になっていたが、全裸の今では関係がない。


「払えなければ、代わりに、花嫁の初夜はわしが頂く。そういう取り決めだ」

「しょ、承知しております。ですから、そちらも払ったはずです!」

「いいや、貰ってはないな。少なくとも、ワシの元には届いていない。お前の夫が、金惜しさに嘘をついたのではないか?」

「そ、そんな、馬鹿なことが……」


 青ざめた顔で、首を横に振る娘。

 そう、嘘だ。しっかりと、税は徴収してある。

 部下から最近、領地の農家に嫁いだこの娘が大層な美人だという報告を受け、適当な理由をつけて連行してきただけの話だ。

 どうせバレることはない。やることをやった後で、調べたらきちんと金は受け取っていたと、軽く詫びればいい。

 どうせ自分に逆らえる者など、領民の中には居ないのだから。


「も、もう一度、お確かめくださいませ! わたくしの夫はそのようなことは……!」

「黙れ雌豚が。お前は黙って股を開いていれば良いのだ」


 尚もしつこく食い下がる娘だったが、バードックが低い声を出すと、怯えたように息を呑んだ。


「農民如きが偉そうに口答えなぞしよって。大人しくしていれば優しくしてやったものを。少し、しつけが必要なようだな」


 馳走を前にしたような高揚感に、バードックは自身の唇を舐めた。

 娘は震えながら下がっていくが、その背はすぐに後ろの壁へとぶつかる。

 逃げ場など、ないのだ。


「安心しろ。お前の綺麗な顔に傷はつけん。だがわしは少々、やり過ぎるきらいがあってな。もしかすれば――夫は二度と、お前を抱きたくなくなるかもしれん」


 どうせ一夜で捨てる女だ。どう扱ったところで、構わない。

 嗜虐趣味を存分に満喫した後で、旦那に返してやろう。

 そんな、バードックの胸中を察したのか、


「い、いや……!」


 娘は目を閉じ、そうする以外に何も出来ないというように、ただ悲痛な声を上げた。


「誰か、助けて……ッ!」


 無駄なことを。バードックはせせら笑い、娘へと手を伸ばした。


「いやはや。お盛んだねぇ、領主様」


 背後から声が聞こえて来たのは、その時だ。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!

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