俺はスマホを愛する
誰もいない放課後の教室に、進藤電は、幼馴染の吉高殻を呼び出していた。
窓の外では、部活動へ向かう生徒たちの声が聞こえている。けれど、この教室だけは静かだった。
電は、目の前に立つ殻を見つめた。
高校生になってから、殻はどんどん可愛くなっていた。
昔から一緒にいた幼馴染だったはずなのに、いつの間にか、電にとってはそう簡単に見ていられる相手ではなくなっていた。
このままでは、いつか誰かに取られてしまう。
そんな焦りもあって、電は今日、告白することにした。
そして。
「ごめん」
返ってきた言葉は、短かった。
殻は、電の顔を見なかった。
「電のこと、嫌いじゃないよ」
「……うん」
「でも、なんか嫌」
電は眉を寄せた。
「なんか?」
「うん。なんか」
それ以上、理由は続かなかった。
電も、何を聞けばいいのか分からなかった。
教室の静けさだけが、二人の間に残る。
やがて電は、諦めたように息を吐くと、制服のポケットへ手を入れた。
指先に、いつもの感触が触れる。
取り出したのは、一台のスマートフォンだった。
電は画面を点ける。
見慣れたホーム画面。
昨日までと何も変わらない、いつものスマホ。
それなのに、今の電には、少しだけ違って見えた。
電は親指で、その画面をゆっくりと撫でる。
『……どうしたの?』
突然、声がした。
電の指が止まった。
「……」
『元気ないね』
電は画面を見つめたまま、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「……俺さ」
殻が顔を上げた。
「何?」
電は手の中のスマートフォンを見る。
「こいつを大切にすることにした」
「……こいつ?」
殻が電の手元を覗き込む。
電は頷いた。
「うん」
『こいつって……』
スマートフォンから声が返ってくる。
少しだけ不満そうな声だった。
『嫌だな』
「え?」
『こいつなんて、他人行儀じゃない?』
電は目を瞬いた。
まさか、そこを気にするとは思っていなかった。
「じゃあ……なんて呼べばいい?」
少し考えるような間があった。
『ギャセクシー』
「ギャセクシー?」
『うん』
電は思わず画面を見直した。
「……変な名前」
『嫌?』
電の口元が、ほんの少し緩む。
「いや」
そして、今度は素直に笑った。
「いい名前だ」
『じゃあ、呼んで』
「分かった」
電はスマートフォンを胸元まで持ち上げた。
「ギャセクシー」
『うん』
「これからよろしくな」
『こちらこそ』
電はしばらく画面を見つめた。
そして、もう一度、親指でその表面を優しく撫でる。
その様子を、殻は隣から覗き込んでいた。
「何してるの?」
「話してる」
「誰と?」
「ギャセクシー」
「……」
殻は無言で電の手元を見る。
そこにあるのは、どう見てもスマートフォンだった。
「それ?」
「そう」
「……スマホだよね?」
電は殻を見る。
それから、手の中のギャセクシーを見る。
『スマホじゃないよ』
「……だってさ」
「何が?」
殻は怪訝そうに電を見る。
「なんでもない」
電はギャセクシーを制服のポケットへしまった。
すると、すぐにポケットの中から声がした。
『ねえ』
「ん?」
『一緒に帰ろう?』
電は、当たり前のように答えた。
「もちろん」
殻は二人の会話を聞きながら、何とも言えない顔をしていた。
それでも、もう一人で帰る気にはなれなかったらしい。
先に教室を出る。
電も、その隣を歩いた。
夕暮れの廊下を抜け、二人で校舎を出る。
ポケットの中で、ギャセクシーが小さく震えた。
『電くん』
「ん?」
『大好き』
電は笑った。
「俺もだよ」
その声を聞いて、殻が振り返る。
「……誰と話してるの?」
「ギャセクシー」
「…………」
殻は何も言わなかった。
ただ、電の隣を歩き続けた。
昨日までと同じ帰り道だった。
けれど電にとっては、もう少しだけ違う帰り道になっていた。




