野生のトラクション(そして美しき人間たちの前進)
庭園を見下ろすサンルームでは、エドワードとセレナが向かい合って座っていた。
エドワードは一分の隙もない仕立てのスーツを完璧に着こなし、セレナは最新の流行を取り入れたエレガントなドレスに身を包んでいる。社交界の誰もが見惚れる、完璧に美しく正常なビジュアルの二人である。
その傍らで、ハンスは実になめらかに紅茶を注いでいた。主人の奇行がただの激しすぎるツンデレの裏返しだと判明して以来、彼の胃痛はすっかり完治していた。
セレナは上品にカップを傾けつつ、フイと可憐な顔を背けた。
「……ふん。あいつら、本当に逃げ出すなんて、とんだ不届き者(馬と馬車)よね。べ、別にアレクサンダーにフラれて寂しいわけじゃないんだからね! ただ、私の編んであげた尾毛の編み込みをつけたまま逃げたのが、泥棒猫みたいで気に入らないだけよ!」
エドワードも端正な顔を少しだけ不機嫌そうに歪め、美しい指先で受け皿を支えた。
「僕だってマリアンヌへの未練なんて微塵もないさ、セレナ。あんな四輪の重厚な包容力より、君のその……アレクサンダーの鬣よりも無駄になめらかな髪を見ている方が、よっぽど退屈しない。……あ、熱弁(口喧嘩)のしがいがあるという意味だけどね!?」
そこへ、若い御者が最新の社交界回覧板を恭しく持ってきた。
ハンスがそれを受け取り、二人の前に広げる。
そこには、無人のマリアンヌを自らの口で曳き綱を手繰り寄せて連結し、客室の中に最高級の飼い葉や藁を整然と積み込んで荒野を爆走するアレクサンダーの、綺麗なスケッチが記されていた。
セレナが一流の舞台女優のように美しく立ち上がった。
「な、何よこれえええええーーーっ!? アレクサンダー! あなた、私という純血のパートナーを差し置いて、あんな鉄の女の中に、自分専用の快適なクッション付き馬小屋(野生のトレーラーハウス)を作り上げるなんて! 悔しいけど、あの中、私が用意してあげた飼い葉よりふかふかそうじゃないの!」
エドワードも回覧板を覗き込み、眉をひそめた。その横顔は彫刻のように完璧だ。
「セレナ、落ち着くんだ。張り合うポイントが完全にインテリアの快適さになっているぞ。しかし見事な口綱さばきだ。悔しいが、僕の御者としてのプライドが完全に負けている! べ、別にマリアンヌをあんな風に完璧に乗りこなされて嫉妬してるわけじゃないんだからね!」
「私もアレクサンダーのあの力強そうな牽引力に嫉妬なんてしてないわよ! べ、別にあのトレーラーハウスを人間に買い戻してもらって、あなたと新婚旅行に行きたいとか、一ミリも思ってないんだから!」
二人はお互いに顔を真っ赤にしながら、机を挟んでこれまでにない至近距離でツンデレな口喧嘩を再開した。
ハンスは懐から『両家の結婚式の予算表』を取り出し、嬉しそうに羽ペンを走らせた。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「お抱え御者や主人の手を借りずとも、あの子たちは自分たちの力で生活を始めてしまったのですね。エドワード坊ちゃま、セレナお嬢様。あの子たちの『野生のトレーラーハウス』に負けないくらい、あなた方も早くその不器用なトラクション(愛)を前進させてはいかがですか」
ハンスは爆走する馬専用の移動式住宅のスケッチの隅に、そっと、かつて自分がツッコミたかった言葉を、今度は祝福のニュアンスを込めて書き加えるのだった。
【ハンスの最終追記】
これ、中が馬の寝床と飼い葉で完全に埋め尽くされています。物理的に――人間は一人も中へ「※乗れません」。
彼らはただ、人間の入れない二人の世界を、どこまでも自立して爆走していくのです。
お幸せに。
そして、坊ちゃま方も、どうぞお幸せに。




