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番外編『マルク王の驢馬の耳②』

コーンウォールの祭りでは飾り立てられた白樺の柱の周りを皐月の女王に選ばれた少女が花冠を被り。草木の精霊や大地の女神に祈りを捧げながら踊る。またこの日の為に仕立てた華やかな衣装を着て人々は騒ぎ。


やはりこの時の為に拵えた御馳走を食べ。大いに騒いで祭りを賑やかに祝うのだけれども。

城を抜け出して直ぐに私は可笑しなパレードに行き当たった。


真珠のような光沢のある美しく軽やかそうな白い花嫁衣装を纏い。猫の仮面を被った妹と同い年ぐらいの少女を先頭にして顔を動物の面で隠した少女たちが色とりどりの花弁を撒きながら歩き。


次に全身に青々と繁る木蔦が生えた男たちが。その後を賑々しく。二足歩行する動物たちや。耳が尖っていたり鹿のような角や羽根を持つ人間。果てには巨人や鬼火が楽しげに音楽を奏でながら続いていく。


この世のモノじゃあないことは子供の私でも流石に理解していたけれども父と大喧嘩をして随分とやさぐれて。

もうどうなったって構うものかと思っていた私はそのパレードの最後尾にこっそりと加わることにした。


今、思うと蛮勇が過ぎやしないかと我がことながら背筋がひやりとする。


なにせ彼らは本当にこの世のモノじゃなかったんだからね。彼らはこのブリテンに古くから存在する妖精たちだった。賑やかにコーンウォール中を練り歩きパレードは小高い丘に行き着いた。


その丘にはちょうど手を重ねるような形になった岩があった。妖精たちはその岩の間に吸い込まれるように消えていく。そこに飛び込むことに躊躇いがなかったかと言ったら嘘だ。


けれども気が大きくなっていたというか。私は正気でなかった。きらびやかで。キラキラして。賑やかな妖精たちのパレードに魅了されていた。


うん、後に出逢う少女が言うにはこの世のモノではないものに魅了されてしまう人間は得てして向こう見ずになるらしい。私もご多分に漏れず。普段の私ならやらないことをしてしまった。


妖精たちに続いて。ぽっかりと空いた穴に踏み込み。確かに踏みしめていた地面が消えて転がるように穴の奥へ奥へと転がった。


私が転がり落ちた穴の奥にあったのは妖精たちの国だった。常春の国とでも言おうか。青々とした草原が広がり美しい花が咲き誇って。芳しい香りが辺りに満ちたそこは誰しもが想い描く理想郷のように思えた。


トワイライト。星が輝く黄昏の空には川が流れ。海に棲むような虹色の鰭と銀色に煌めく鱗を持った魚たちが泳ぐ。その合間には無数の灯籠が浮かんでいた。


私は暫く空を惚けたように眺めていたのだけれども。どこからか香ばしい匂いがしてきて。


そう言えば城を飛び出してからなにも食べてはいなかったことを思い出した。空腹だと意識すればするほど。漂ってくる匂いが気になった。


誘われるように匂いの元に向かう。草原の境を抜けた途端景色が塗り変わるように賑やかな街並みが目の前に広がった。


活気のあるこの世のモノではない妖精たちの屋台が立ち並ぶそこはやはり祭りの真っ直中で珍しい食べ物が売られていた。商店の店主だろう。山羊のような巻き角を持った美しい男が私に気づくと優しげな笑みで。


坊や。腹が減っているのだろゥ。今日は祭りだからねェ。特別にただで良いと店先で焼いていた滴る脂でカリカリになった腸詰め肉と刻んだ酢漬けの紫キャベツをパンで挟んだものをくれた。


腹の虫に急かされ。さあ、食べようと口を開けるよりも早く。あのパレードの先頭に居た猫の仮面をつけた少女が。走ってきたのか。息を切らしながら食べてはダメと私の手首を掴み。腸詰め肉を食べるのを止めた。私は腹を立てた。


腹ぺこで仕方がないのにどうして食べてはいけないのかってね。


でも少女は見掛けによらず力が強くて手首は動かせそうにない。少女は代わりに良いものをあげるから。それは店のひとに返しなさいと。言い聞かせるように私の目を見ながら言った。


仮面越しに少女の蜂蜜色の瞳を見ているうちに。そうしないといけないという気になった。私は渋々腸詰め肉を店の店主に返すと。優しげな風貌をガラリと変えて。


震え上がりそうなぐらいに悪どい顔になったかと思えば。舌打ちして。あと少しで人間の子供の柔かな肉が喰えると思ったのにと少女を忌々しげに睨んだ。


それに動じることなく少女は腕に提げていた篭の中を漁り。金貨を一枚取りだし店主に投げ渡す。


「口止め料よ。この子が此処に居たことは誰にも言ってはいけないわ。」


「へェへェ。確かに。だがね。その坊やが此方の世界に紛れこんじまったことは直ぐにバレる。お前さんと違って坊やは人間臭いからなァ?」


「···騒ぎになる前にこの子は彼方に返す。私と違ってこの子はまだ彼方に帰れるんだから。」


「なるほど。何時もの人助けってワケかい。お人好しなこった。人間を助けたところでなンの特にもなりゃしねェのに。」


「違うわ。ただのお節介よ。子供が辛い目に遭うのは見たくはないってだけ。」


それに誰彼構わず助けるようなことはしてないわ。私がこの子を助けるのは単純に自己満足の為。


「貴方は金貨を受け取った。対価を払ったのだからきちんと私の言ったことは守って。」


「あァ、牧神の末裔である誇りに誓って。金貨の分だけ重く口を閉じておくサ。だが顔馴染みのよしみで忠告しておくが耳が丸っこいの。お前さんのその人助け癖は直すべきだ。」


人間と妖精の揉め事に首を突っ込むせいでお前さんは妖精たちから恨みを少なからず買っている。


「今にお前さんは爪弾きになるゾ。そうなる前にお前さんはもう此方のモノだって自覚をするべきじゃないかィ。」


「心配性ね。ちゃんと分かってる。私は彼方に帰れない。此方で生きていくしかないって貴方に今さら指摘されなくても理解してる。それでもこの子は助ける。私がそうしたいから助けるの。」


「····はァ。対価が多い。コレを持っていくと良い。顔を隠せば多少は人間臭さを誤魔化せるだろうサ。」


「ありがとう。今度パイでも焼いてくるわね。」


「ああ、味には期待せずに待ってるよ。まァ、オレは耳が丸っこいのが作る。よぅく焼いた硬いパイも好きだがねェ?」


「ま、前に持ってきたのはちょっと焼きすぎてしまったけど。今度は上手く焼いて見せるから期待して待ってなさいな!」


商店の店主が少女に木彫りの面を渡す。それを少女は受け取って私に付けさせ。視線が集まってきたから離れましょうかと私の手を掴み歩き出す。


「この通りを抜けるまで絶対に私の手を離してはダメよ。誰に話し掛けられても答えず。どうしても答える必要が出たときは首を振って答えるようにして。よし、行くわよ。私についてきて。」


言われるままに私は少女の手を握り締めた。此処に居たり。自分がまずい事態に陥っていることに気がついた私は。突き刺さるような妖精たちの視線に。じとりと背中が汗ばむのを感じた。


少女は妖精たちの合間を縫うように私の手を引いて歩いていく。この少女を信用して良いのか。胸にポツリ。疑念が浮かぶ。疑念は不安になり。不安は猜疑心に変わっていく。


それを増長させるように妖精たちは盛んに私に話し掛けた。私が腹ぺこなことを見越して。見覚えがあるようでない。豪勢な御馳走を手に。此方へおいで。


名を教えてくれないかと優しい声音で私を誘う。その度に少女は私の手を強く握り締めて私の代わりに返事をするのだけれども。


妖精たちは私がなにも答えないと知ると痺れを切らし。我先にと。私の腕や脚を掴もうと手を伸ばしてきた。


「───走って!!此処で捕まれば祭りで振る舞われる御馳走のパイの具にされるわよ!!」


少女に促され、走る。追い縋る妖精たちを振り払うように。少女は私の手を握り締めたまま矢のように駆けていく。ケラケラと。ギィギィと。


妖精たちが私たちを嘲笑う悪意の籠った声が辺りに満ち。私は怖くて怖くて堪らなかった。なにせパイの具にされると聞かされてしまったからね。


それは流石に勘弁して貰いたい。私の手が震えたことで少女は私が酷く怯えていることに気づいたんだろう。少女は前を見据えたまま私に言ったんだ。


「私は貴方の味方よ。絶対に貴方の帰りを待つ人たちの許に貴方を帰してあげるから。」


でも信じて欲しいと見ず知らずの私に言われてもきっと信じられないでしょう。


「だから貴方は私を利用しようという腹積もりで居れば良いわ。此処から帰る為に私を利用なさい。」


少女の言葉はその足取りのように真っ直ぐなものだった。不安は。猜疑心は緩やかに溶けた。直感があった。この女の子は信じられるってね。握られた手の熱さを私は信じてみようと思った。


すがるように少女の手を握り返した私に少女はもう一度。必ず貴方の帰りを待つ人たちの許に帰すからと約束をしてくれた。


その声が。あんまりにも優しかったから見ていた景色が涙で滲んだ。年下の。妹と同い年ぐらいの女の子に助けられるなんて。きっと情けないことなんだろうけど。


何故だか目の前に居る少女には全面的に頼って良いのだと感じた私は少女の言葉に何度も頷いた。


走って、走って。街を抜ければ今度は牧歌的な農村が目の前に広がる。そこには二足で歩く猫たちが麦酒片手に飲めや騒げやと賑やかに祭りを祝っていた。


少女は時折話しかけてくる猫たちに挨拶を返していき。さわさわと青草がそよぐ野原に行き着くと暫く此処に居ましょうかと野原に腰を下ろして着けていた仮面を取った。


「君、人間だ。」


「ええ、人間よ。一応はね。」


赤ん坊の頃に猫の妖精。ケットシーに取り替えられて。ずーっとこの妖精たちの国で育ったから。もう身体の半分は妖精みたいなものかもだけど。貴方と同じ人間。


「ああ、此処のヒトたちは私を耳が丸っこいのって呼ぶわ。ほら、養父母が猫で耳が尖っているでしょう?でも私の耳は丸いから。みな、耳が丸っこいのって呼ぶのよねぇ。」


「あ、僕はマル──」


「ダメよ。誰が聞いているかわからないわ。貴方は此処では名前を名乗ってはいけない。」


妖精たちは貴方を見れば名前を奪おうとする。名前というのはその人間がこの世に産まれたときに初めて貰う贈り物。その人間の在り方を定めて行く末さえも時に導くとても大事なモノ。


「言うなれば魂のラベルよ。貴方が貴方であるには欠かせないのが名前だけど。悪戯好きの妖精はラベルに書かれた文字を消したり書き換えたりすることがある。」


酷いときはラベルそのものを剥がしたりもするわ。一度、書き換えられた文字や消えた文字は戻ってこない。名前を奪われると人も妖精も変質してしまう。得体の知れないナニかになる。


「大体は元々の姿形が保てなくなるみたいでコールタールみたいな泥々とした液体になったり。獣のような姿に変わったヒトも居たって聞いたわ。」


貴方が人でありたいならば。絶対に妖精に名前を知られてはいけない。でも会話をするのに名前がないのは不便よね。


「貴方のことは渾名で呼びましょう。ねぇ、貴方。人につけられた渾名はあるかしら?」


パチンと手を叩き。にこにこ笑う彼女に私は胃がズシリと重たくなるのを感じた。人からつけられた渾名はあるにはあるけれど。自分にとっては恥ずかしいモノだったからだ。


私の父は獅子に例えられる。一方、息子の私はというとまるで驢馬のようだと例えられ。私はそれを酷く気にしていたんだ。


馬鹿にされていると思っていたし。私は顔を真っ赤にして俯きながら。自分の渾名は驢馬だと羞恥に耐えながら答えた。彼女は目を瞬かせて素敵と声を華やかせた。


「え?」


「驢馬は忍耐強い生き物よ。貴方は人の何倍も我慢強くて。それでいて寛容な男の子なのね。とても素敵!格好良いわ!」


「···驢馬みたいだなんて情けなくない?」


「あら。情けなくなんかないわ。それに驢馬って利口なのよ。その驢馬に例えられるんだもの。貴方もきっと頭の回転が早くて賢い子なのね!ますます素敵だと思うわ!」


彼女の笑みは目の奥がチカチカするような。明るく、力強く。そして深い慈しみの籠ったものだった。羞恥とは異なる熱に私の頬はきっと赤らんでいただろう。このとき私は初めて人に認めて貰えた気がした。私という人間を。ありのままに。


胸が痛いぐらいに脈打つ。私は至極単純な人間だからね。彼女の言葉と笑みで舞い上がってしまった。嬉しくて、嬉しくて。何故だかね。涙が溢れて仕方がなかった。


ああ、人に認めて貰うというのはこんなにも心を満たし。軽やかにするのかと。私は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

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