第二十五話 イザーク式経済政策・Ⅱ
「足りない需要を増やすかぁ……。」
「でもさ、需要と供給のバランスを取ればいいのなら、現状は需要が低くて供給が高すぎるんだから、供給を減らしてバランス取った方が楽なんじゃない?」
アシュレイが思いついたようにイザークに提案した。
「その方法でもバランスが取れて良策に見えるけど、どちらかを削ってバランスを取るととんでもない事になるんだよ。」
実際にイザークの前世で同じような事をした国があった。
第一次世界大戦後のアメリカである。
当時すでにデフレ状態だった経済状況で、アメリカのフーヴァー大統領時代、当時の財務長官アンドリュー=メロンが需要に対して多すぎる供給を削る事で需給バランスを取ろうとした。
結果供給を削ったが故に失業者が増大し、たった四年でGDP(国内総生産=国民の所得の合計)が半分に落ち込み、失業率が平均3・2%から25%にまで膨れ上がったのだ。特に都市部での若者の失業率は50%前後まで上がった地獄絵図の状態に陥り、それが世界中に広がったのであった。
世に言う『世界恐慌』である。
世界恐慌は紙幣が紙の価値しかないハイパーインフレーションだと勘違いされがちだが、実はデフレーションである。
イザークの前世で昔イタリアを舞台にした赤い飛行機に乗った豚の賞金稼ぎが活躍する大人気アニメがあったが、あのアニメの時代設定も世界恐慌時であった。飛行機工場の男達は失業で働き口を探して外国に出稼ぎに出ており作業員が女しかいないデフレ状態であるのに、一方飛行機の修理代が莫大で、その理由が不景気で紙幣が紙の価値しかないインフレ状態などというカオスなデタラメ設定であったのをイザークはふと思い出した。
ともかく、需給バランスは『少ない方を増やしてバランスを取る』のが正解である。
「そういう訳で、今後の方針としてはヘルタベルン家の金庫から財政出動して需要を拡大する。」
イザークが宣言した。
「うちの金庫からって、そもそもうちそんなお金あったかしら?あったらもっと裕福になってるとおもうけど……。」
アシュレイが考え込んでいる。
「姉さんの見送りで王都に行った時に換金してもらったお金があるだろ。」
「あっそうだったね!結局アレいくらになったの?」
イザークの答えにアシュレイがはっとあの時の事を思い出し聞いた。
「四百億リクルだ。」
「「四百億リクル!?」」
アシュレイとフィオナが驚きの声を上げた。
「四百億って……ヘルタベルンって結構お金持ちだったんですね……。」
フィオナが金額に動揺しながら以外だという言わんばかりの感想を漏らした。
「まぁちょっとしたボーナスみたいなもんだね。これを有効に使おうと思う。」
中央都市イプセンのヘルタベルン屋敷に到着した一行は、クラウスとエリーザの出迎えを受けた後、迅速に行動に移った。
まず、オーレン州の州知事に就任したアリーゼは早速用意されていた別の馬車に乗り換え、オーレン州に向かった。
アリーゼの役目はオーレン州に巨大な酪農・畜産地帯を造る事であった。
その仕事を担うのは南の部族である。移動や農作業の補助に活躍できる馬、さらに食肉用の牛、豚、鶏なども飼育し乳牛からは乳製品が生産できる。
オーレンの産業は比較的早めに供給が可能なものであった。
「絶対兄様の役にたってみせるからっ!お母様も見ててね!」
アリーゼは息巻いていた。
そしてフィオナも予定通りトリステン州に向かう。
フィオナの役目はトリステン州に広大な果樹園を造ることであった。色々な果物や香辛料なども同時に育てる。さらにはその果実を使った酒造も手掛ける事になった。一次産業である果実栽培からスムーズに二次産業の酒造に移れるメリットがあるからだ。
これらの産業は物によって成果が出るまで少し時間のかかるものであった。
担当はケモミ族。獣人だけあって木登りや高所での作業は得意分野であったし、鼻もいいので酒造での香りの判別などで適任といえた。
「アリーゼには負けません!イザーク様に頂いた恩義、トリステンにてきっと果たして見せます!」
アリーゼに負けじとフィオナも意気揚々とトリステン州に向かったのであった。
二人を見送った後、クラウスが感嘆の声を上げた。
「流石はイザークだな。オーレンとトリステンに巨大産業を造ると同時に需要拡大を狙うとは。」
そう言った直後、クラウスの脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「ん、まてよ……?イザーク、ふと思ったんだけど、二州に巨大な産業と作ってそこに雇用という形の需要(投資)作ったとしても、同時に供給(生産力)も上げてしまう事になるんじゃないのか?」
「ああ、そうだね。だからもう一つ、重要な投資が必要なんだ。」
そうイザークが言い終えた時、ちょうど一台の馬車が屋敷前に到着した。
「ふい~、やっと着いたぜ。おうイザークの旦那!それで俺たちはこれからどうすればいいんだい?」
馬車から降りてきたのは北の部族の代表達であった。シガーはイザークの横に立つ夫婦に視線を移し、彼らの中で最も丁寧な言葉を選んで話しかけた。
「これはこれは、もしかしてヘルタベルンの領主様ですかい?この度は俺たちを救ってくださってありがとうごぜーやす。これからはヘルタベルンの領民として粉骨砕身働くつもりなんでよろしくおねげーいたしやす!」
「ごぜーやす……。」
エリーザがぽかんと口を開けていた。
その様子を気にするでもなくシガーはイザークに向き直る。
「んで、俺たちゃなにをすんだい?」
「ああ、お前たちにはインフラの整備を頼みたい。」
「イ、インフラ?って何だ?」
「人々を暮らしやすくする為の国土基盤だ。」
いざーくは簡単にシガー達に説明した。
「まずは石畳で舗装された街道の建設。この街道をトリステン~イプセン~オーレンと東西に繋げてもらう。街道建設にあたる者を四つの班に分け、イプセン側から作る班とトリステン、オーレン側から作る班に分けて作業してくれ。」
「次にアーカンベルグ山岳地帯から流れる河を利用し筏を使って石材を、イプセンの南からオーレンへ続く河を使ってメルトの森林地帯から木材を調達する為の班も組織する事。」
「残りはイプセンの大工職人と協力して新領民の居住区の建設だ。幸い移住者の中で北の部族の比率が一番多かったから助かったよ。」
「おお、全部俺たち北の部族の得意分野じゃねーか!正直ごちゃごちゃ頭を使った仕事は苦手なんでね。ありがたいぜ!」
「そう思ってそれぞれの長所を生かした仕事を回したつもりだ。」
「へぇ、アンタ、将来いい領主になれるよ!」
エミがイザークを称賛した。
イザークと北の部族との一連のやり取りを見てクラウスがはっと気づいた。
「そうか!新たな住民の中で一番数が多く力仕事を得意とする北の部族。彼らが担うインフラは実際に完成しなければ供給できない。しかも供給されるまでかなりの時間が必要なものだ。それまでの間需要だけを増やす事ができるという事か。」
イザークの狙いはそこであった。
インフラが完成するまでの間に需要と供給の差を埋める。しかも三つの州を結ぶ上質な街道が完成すれば物流の効率が飛躍的に上がるのだ。物流の効率が上がるという事は間にイプセン州を挟み遠く離れたトリステンとオーレンの二州の行き交いも簡単になるのであった。
「それぞれの州にまんべんなく産業を作らず各々特化させたのは、ヘルタベルン領内で交易が可能になるからさ。一つの州で完結してしまっては経済は収縮してしまう。互いに足りないものを補完し合う事で通貨が回りその結果領民の懐も温まるんだ。」
「領民の懐が温まれば税収の額も増えて投資のしがいがあるってものよねっ。結局は税収というのは領民の所得からしか出ないんだから。」
エリーザは自らの息子に感嘆せずにはいられなかった。




