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ロストアンデルス  作者: 忠犬
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7.瑕疵は広がり、埋めるのもまた

縦窓や天窓から光が溢れ、まるで屋外のような光量に包まれている。広く厳かな一室。


「さて、先ずは貴君の口から聞こうか、オズバーン大佐」

一段高い長机、重厚な椅子に腰掛けた壮年の男が言う。会議とされていたものは、低い声と口調から始まった。

実際、会議とは軍の諜報機関内部で行われるものだ。それに当人であるオズバーンを始め、近しい部署にいる者が意見交換のために招かれている。

声の主は中佐の纏めた書類を厳しい表情で眺めていた人物だ。年は50手前程だろうか。老いを感じさせない佇まいをしている。金髪をエアリーオールバックに正し、髭は整えられ、薄手の白シャツの上に羽織った真っ黒なコートが彼の存在をより大きく、圧のあるものに誇張し、射抜くような瞳は冷ややかにオズバーンを映していた。この沈黙と視線だけで人を殺せそうな気迫を纏う男こそ、コーザ・アグリム少将だ。アルタマイルの情報を管理し、監視する諜報機関の司令塔の一人。

同席しているのはアイアスとマーク、そしてオズバーン。その隣には銀の髪に青い眼が特徴的なリクシード大尉がいる。彼女は存在を隠すように押し黙ったまま書類を眺めていた。

アルタマイルには二つの戦闘部隊がある。主に壁の外を担当する遊撃部隊と、内側を担当する迎撃部隊。リクシード大尉は、その外側の遊撃部隊の指揮官だ。今もダスクと戦ってきた直後なのか、軍服を脱いで随分とラフな格好をしている。

コーザの背後で30は下らない人々が沈黙に沈んでいる。彼等は諜報機関の者であり、同時にコーザの部下達だ。

マークやアラムはアイアスが贔屓にする部下だからこそ招かれているに過ぎない。だがアラムはすこぶる少将との相性が悪く、彼女自身も少将からの呼び出しには極力応じなくなっている。

見逃しそうになったが、コーザ少将の背後に控える人々の最前列の端。すらりとした体躯に長髪の女性が座っている。

あの方はニオ中将だ。何故中将があんな所にいるのかまでは分からないが。

「損害に関して今は閉口するが、元凶である侵入者とやらの正体について全く具体性がない」

報告書をデスクに置くコーザ。彼の瞳の奥は平静を失わずに状況も人間も客観的に観ている。言葉の端々に人を責める棘はあるものの、彼は決して怒っているわけではない。

「その書面にある以上の言及は出来ません」

割り切った口調で短く告げるオズバーン。それに対してコーザは眉間の皺を寄せた。

「貴君は眼を閉じながら敵襲者と対峙していたのか。加えてこの人物を街中に取り逃がしたとあるが、何か弁明はあるか?」

「いいえ、何も」

暫しの沈黙が流れた。オズバーンの面持ちに現れるような嘘偽りは何もなかった。鋭利なナイフのような視線を受けて尚、彼は臆するどころか視線の揺らぎさえ見せなかった。本当にこの大佐は勇敢だなと感心してしまう。

「にも関わらず、補佐官から貴君を責めないよう仰せつかっている。次に俺が口を開く前に失せたまえ」

「はっ。失礼します」

深々と頭を下げる。オズバーンは踵を返して会議室のドアに手を掛け、足早にその場を去った。

「あまり彼を責められるな、少将」

言葉を挟んだのはアイアスだ。コーザの視線がアイアスに向けられる。

「大佐は良くやってくれました。貿易帰路の侵入者に加えてダスクの介入もありながら死傷者を出さなかったのは彼の功績でしょう」

「分かっている」

貴君等以上に、と。早く帰らせた事が少将なりの気遣いとでも示唆するつもりか。労いの言葉一つくらいあれば良いのにとマークは思う。勿論そんな言葉、口に出して言えるはずもないが。

当のコーザは重厚な椅子から立ち上がり、手を後ろに組んでゆっくりとした歩調で歩き始めた。窓外の光を吸い込むような黒コートが空気を含んでふわりと広がる。

「問題はダスクの動向にある。その為に喚んだことも分かっているだろう」

「勿論。私もそれを睨んでいたもので」

アイアスは一つ間を開ける。

「原因は不明ですが、壁の外のダスクが活性化している。個体に意思のない奴等が態々走る列車目掛けて襲撃するなど、これまでには見られなかった。原因として考えられるのは、ダスクに害意が存在したか、或いは」

「列車内部の強烈な感情に惹き寄せられたか」

ちらりとコーザの奥に控える人々に目を向ける。諜報機関に携わる彼等はどこか機械的だ。特にこういった場面ともなると咳やくしゃみ所か、物音一つ聞こえない。なのに視線はしっかりと感じられて、この場にいるだけで尋問を受けているような気分になる。

中佐はそんな状況下でも強張り一つ感じさせない調子で言葉を続けている。

「妥当に考えるならば大佐の『怒り』でしょうが、左側全車窓を割る量だ。個人の怒りに惹かれたとしても量が少々異常に思える」

コーザの歩調が止まる。彼は今の今まで手元の書面ばかり見ているリクシードの肩を叩いた。

「大尉。貴君は何か知っているかね」

リクシードはちらりとコーザを見る。黙り込んでいたが、やがて書類を机に置いた。

「視察部隊が飛行型のダスクに異常行動の予兆を視ている。恐らくは活性化しているのではなく、何か大きな引力のあるものに惹かれている」

彼女は腕を組み、椅子の背にもたれかかった。

「そして行動から推察して、原因は都市の中にある」

その一言で、場の空気は一層重くなった気がする。コーザは言葉を挟んだ。

「暁の侵入者か」

「断定はしない。だが無関係とも考え難い。ミストが汽車の物資に何か仕込んだ可能性もある」


まさか、アラムが連れてきた男がダスクに悪影響を与えているなんて考えもしなかった。

仮にそれが事実で、奴の目的が大総統の殺害だというなら、彼はダスクを率いてアルタマイルの転覆を図っている敵だと断言出来る。

いっそ言ってしまいたい。いや、言うべきだろう。暁の侵入者はアラムが匿っているのだと。だが、少将に言えばどんな懲罰があるか分からない。それ以上に、アラムに固く口止めされている。幾ら言うべきだとしても、そんな短絡的な告げ口はするべきではない。

そこで、ふとコーザと視線が重なり、マークはぎょっと肩を震わせた。

「今一度貴君の力が必要になるだろう。然るべき時に手を貸せ、中尉」

昂ぶる心象を落ち着け、マークは肯定も否定もなくただ眉根を寄せて頭を下げた。

頼られるのは苦手だ。昔は果敢に戦うことしか頭になかったが、今は期待を裏切ってしまう恐怖ばかりが脳裏をよぎる。


コーザが自分を目にかける理由は分かっている。マークは4年前、災害とされていたダスクを討伐した攻撃部隊の唯一の生き残りだからだ。

武勲が讃えられ、無名の才能持ちから中尉の官位を与えられたが、嵐の夜、多くの仲間と戦って得た結果だというのに、まるで自分だけの功績のように扱われたことに対して息苦しさを感じずにはいられなかった。勿論、生きて生還したのが自分だけなのだから、そのような形になるのは分かっている。

ただ一人、運良く少女に救われただけだというのに。


「報告あり」

そんな声と共に沈黙に沈んでいた諜報員の後方から手が上がった。

「聞こう」

「オブジェクトコードCのダスクが都市内部に侵入。時計塔近くの市場を襲撃。現在巡回員が迎撃中、負傷者有り」

諜報員の隊列が少し騒ついた。眉間に皺を寄せるコーザに、感嘆するアイアス。リクシードは驚く程無反応だった。

そんな、と声をあげたのはマークだ。時計塔近くの市場と言えば、アラムがよく向かうバザーの事だろう。まさかそんな所がダスクに襲撃されたとあっては、アラムは黙って家にいる筈がない。

コーザは声の方向を見ながら淡々とした口調で言った。

「その声は、クガセか。大尉の可能性を仮定すれば、ダスクの行動から侵入者の隠れた先が分かるやもしれん。貴君は偵察に行け」

「御意」

声の主が足早に後方の扉から出ようとした時。

「ま、待ってください!」

椅子から立ち上がり、呼び止めたのはマークだった。

「俺も行きます!多分市場にはアラムがいるんです!彼女に何かあったら…」

それ以上の言葉は出なかった。今更人の視線が痛い。

「良いだろう」

驚く程迅速な答えが返ってくる。てっきり無駄だと止められるかと思った。

「迎撃部隊に出撃を要請しろ。以上だ。動け」

パン、とコーザが手を打ったかと思えば、諜報員達は一斉に立ち上がり、ゾロゾロと会議室を後にする。後に残っていたのは中将ただ1人だったが、彼女は何を言うでなくゆっくりと立ち上がり、その場を去った。ちらりとコーザと視線を合わせていた所を見ると、コーザも中将の存在には気付いていたらしい。あの2人が何を考えているのか、何故中将があんな場所にいたのか、今やマークの知るところではない。

マークはアイアスの方を見る。少将の許可を得たとは言え、中佐の同意なくして行動するのは憚れる。

だが、そんな杞憂も他所に、彼は深く頷いてから言った。

「大丈夫。行ってくれ」

ありがとうございます、と頭を下げる。少将の前だと、尚更中佐の優しさが身に染みる気がする。

「では、失礼します!」

敬礼し、くるりと踵を返して足早に会議室を後にする。部屋を出た瞬間、息苦しい空間から解き放たれた気持ちになって一息ついてしまう。いや、一息ついている暇ではない。

あぁ、しまった。机に帽子を忘れてしまった。今更取りに戻るのも気が憚られる。絶対に戻りたくない。

「旦那、こっちこっち!」

明るい声色で呼びかけられる。声のした方を向くと、何やら黒い丸眼鏡をした人影が満面の笑みでこちらに手を振っている。

短い茶髪に着崩した軍服、薄手のストール。一見するとラフな印象だ。だが、その格好には些か無骨なホルスターを二本携えている。あれはナイフだ。

あのような知り合いはいない筈だが、

狼狽えるマークを察したのか、その好青年は再び声を上げた。

「諜報員のクガセっす!案内するんでついて来てください!」

「えっ、まさかさっき報告していた…」

あの時は人に隠れて挙手した腕しか見えなかったが、今手を振っている好青年があんな無機質な報告をした人物とは思えない。

「上官の前では主語と述語以外喋るのを禁じられているんでさ」

「えぇ…」

文章言葉しか喋ってはいけないなんて、そこまで諜報機関は厳格なのか。知れば知るほど配属されたくないと強く思ってしまう。万が一にもそんな事はないだろうが。

「とにかく行きましょう。最短ルートを案内しますぜ」

クガセは和かな笑顔で言った。




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