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後日談(おまけSS)

以前、活動報告に載せていたSSと、おまけのアルベルト王子編です。






◇サカタトワコがトザムの養女になるまで(白魔道士・ミシェル視点)◇



「王子殿下! 例の術が成功したようです!」


 その知らせを、私達はどんなに待ち望んだことだろう。

 長椅子で仮眠を取っていたアルベルト殿下は、憔悴しきった身体を跳ね起こし、無言で部屋を飛び出していった。慌てて皆がその後を追う。


 魔王を封じる為、その身を犠牲に捧げた異世界の少女。

 普段から露悪的なことばかり口にしていた軍師殿は、いざという時には自分を犠牲にすると最初から決めていたのだろうか。だから、メンバーとも距離を置こうと苦心されていたのだろうか。


 『リックはいい男だよ。間違いなく、買い。ねえ、どう? どう?』


 執拗なほど、私に盗賊の若者を勧めてくるのには、本当に閉口したものだが、あれすらも彼女一流の思いやりだったのだろうか。

 サカタさまを失った後も、私が悲しまずに生きていけるように、と――。



 サカタさまが戻ってきてくれて、みんなが泣いた。

 面倒くさそうな顔で号泣するトザム様の背中を撫でていたサカタさまは、最初に出会った頃の姿のままだった。痩せ細った最後の方のサカタさまじゃないことにも、安堵してしまう。


「うわ、はやっ」


 びっくりしたように目を丸くするサカタさま。

 そんなサカタさまの足元では、フェルナンド殿下が膝をつき、天に感謝を捧げている。


 アルベルト殿下は、サカタさまの手を握ったままのトザム様を突き飛ばし、代わりに少女をかき抱いた。


「ひどい嘘をっ……。殺すわけじゃない、と言ったではないですか! 元の世界に帰るだけだ、とっ」


 泣きながら少女を抱きしめ、髪に頬ずりまでしているアルベルト殿下に、その場にいる全員が思った。


 ――いい加減、離れろ。


「ごめんね、アルベルト王子。あの時は、本気でそう思ってたんだよ」


 抱きしめられるがままになっていたサカタさまが、苦笑しながら答える。

 その後、私を含め残りのメンバー全員がサカタさまと再会の抱擁を交わした。ダールは感激のあまり鼻血を出し、フェルナンド殿下の魔法で吹っ飛ばされた。


「もういいでしょ! うざいっ!!」


 最初は我慢していたらしいサカタさまも、感激のあまり我を忘れたメンバー全員に取り囲まれ、ベタベタ触られているうちに、どんどん不機嫌になっていき、しまいには怒りだした。

 プリプリ怒って、みんなの手を振り払うサカタさまは、本当に愛らしかった。


 紆余曲折の末、サカタさまはトザム様の養女になった。


 「この世界で生きていく為の後ろ盾が必要だというのなら、私の妻になればいい」と、アルベルト殿下はサカタさまに求婚なさった。

 それで決まりかと思いきや、兄王子はキッと弟を睨みつけ、異議を唱えた。

 いつもアルベルト殿下に遠慮し、息をひそめるように生きてこられたフェルナンド殿下が、ここでは一歩も引かなかった。


「そんなのダメだよ! アルには、ミディがいるだろう?」

「兄さんだってご存知ではないですか。ミディリアナと私はそのような艶めいた関係ではないことを。彼女が髪まで短くして討伐についてきたのは、公爵令嬢という肩書きにうんざりしていたからだし、命を落としたのだって、習いたての剣の腕試しをするとか何とかいって、闘技場に勝手に出かけていったことが原因だったでしょう!?」


 これは本当の話だ。

 ところが、それを聞いていたサカタさまは、真っ青になってよろめいた。


「そんなアルミディは認めない……これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ」


 ぶつぶつ言いながら髪をかきむしっている。

 そんな彼女の肩を、トザム様は生温かな眼差し付きでポンと叩き、すぐさま回し蹴りをくらっていた。

 かわすことなど容易い筈なのに、爺馬鹿のトザム様がサカタさまの拙い攻撃を避けることはない。


 あわや掴み合い!? というところまで加熱した王子2人の言い争いに、終止符を打ったのはトザム様だった。


「サカタさまの力を借り、ようやく平和を取り戻したというのに、このままでは国が乱れる元となります。当の本人の意思を無視した我の張り合いは、そこまでになさいませ」


 大賢者であるトザム様が本気の片鱗をのぞかせる。

 少しでも魔法を使える素養のある者ならば、震え上がらずにいられない。そのくらいの法力が、瞬時に場を満たした。

 平然としているのは、サカタさまくらいのものだ。


「ト、トザム様。どうか、そのあたりでご容赦を」


 苦しげに眉を寄せながらも騎士団長のハーシェル伯がたしなめると、トザム様はふっと力を抜かれた。一気に汗が噴き出してくる。


 ――これは、大変なことになった。


 サカタさまを慕うメンバー全員、彼女を守る堅固すぎる城壁の存在を見せ付けられたのだった。






◇◇懲りない王子様(SIDE:アルベルト)◇◇



「殿下! 聞いておられるのですか」


 大都市タクスと王都を結ぶ大きな橋の建設には100年もの歳月を要した。

 魔族との争いで中断を繰り返していた工事がようやく完遂され、王太子であるアルベルトは王陛下の名代として開通式に立ち会った。

 その帰り道。

 アルベルトはどうしても大賢者トザムの屋敷に立ち寄りたい、と言い張り、仰々しい王室紋章入りの馬車の行き先を変えたのだ。

 側近の一人が苦々しい顔でたしなめようとするものの、知らんふりで窓側に頬づえをついている。


「ブランデル家の養女になられたとはいえ、トワコ嬢は元はといえば異界人。身分的にも教養的にも、殿下とは釣り合いが取れません」


 アルベルトと同じ馬車に乗ることを許されたくだんの側近は、由緒ある侯爵家の跡取り息子である。

 ゆくゆくは政治面でも力を持っている父の後を継ぎ、アルベルト王子を王と拝し、全身全霊でお仕えしたい、と考えていた。

 先の戦の立役者である軍師とはいえ、得体のしれない粗野な娘を妃陛下とは呼びたくないな、とも思っていた。


「トワコは命をかけて我が王国を救って下さった素晴らしい女性だ。貴様が軽々しくその名を口にしてよい方ではない」


 美しい造作はそのままに、侮蔑と嫌悪だけをありありと群青色の瞳に浮かべたアルベルトが、側近を睨みつけた。瞬時に馬車の中の空気が凍りつく。


「ま、誠に申し訳なく――」


 息も絶え絶えに謝罪の言葉を口にすることしか出来なかった彼を見て、誰もが「オワッタ」と心の中で呟いた。

 先の戦役に同行した騎士の一人は、「正妃も何も、向こうは非常に嫌がっておられるのだがそれは……」と心の中で呟き、これからの展開を想像して、じんわり滲んでくる脂汗をぬぐった。



 そしてたどり着いたブランデル伯爵領、の入口。

 目に見えない結界のせいで、王子の乗った馬車はそこから一歩も進めない。


「殿下。これは一体どうしたことでしょう」


 戸惑う御者の報告を受け、別の側近が首を捻る。


「いつものトザム殿の悪戯だよ。いや、意地悪かな。私の生体認識に反応する術式がかかってるね」


 剣だけではなくある程度の魔法を使うことの出来るアルベルト王子は、苦笑を浮かべながら馬車を降りた。

 おもむろにしゃがみこみ、左手の小指を噛みちぎって血を垂らすと、地面に魔法陣を描き始める。

 唖然としている一行を「危ないから」と下がらせ、口の中で二言、三言呪文を呟いた直後。

 突然あたりに激しい突風が吹き荒んだ。


『――これは、殿下。前触れもなくご訪問とは、何か急なことでもありましたかな?』


 アルベルトの描いた魔法陣の上空に、トザムが姿を現す。正確には、トザムの幻影が。


「そんなつれないことを言わないでくれ、トザム。私はただトワコに会いたいだけなんだから」

『はて。乗り気でない我が娘を食べ物で釣って王宮に連れ去り、監禁しようとなさったのは、アルベルト王子殿下の本意ではなかったと?』

「監禁だなんて、とんでもない! 男女が仲を深めるのに、男親がいては何かとやりにくい。ただそれだけの理由だったんだよ」

『ですが娘は、かなり居心地の悪い思いをしたようです。王宮には二度と行きたくない、と申しておりますので、どうかお引取りを』


 トザムはにっこり微笑んだが、皺くちゃの額にはよく見れば青筋が浮いている。

 本気で怒らせれば、トワコを連れて国外逃亡など朝飯前の大賢者だ。

 アルベルトはひとまずこの場をおさめることにした。


「王宮でなければいい、ということだね。では私の所有している別荘に近いうちに招待しよう。どうかトワコに伝えてはくれないか」


 めげずに言い募るアルベルトとの通信を切ろうとしたトザムの背後から、ひょこんと顔を出した人物に、王子の顔はぱあっと明るく輝いた。


『げっ! また来てたんですか。いい加減私のことは諦めて、その情熱をミディさん搜索に当てて下さい!』


 当のトワコはしかめっ面で腰に手を当て、大層ご立腹だ。

 アルベルトが初めて会った時は肩までしかなかった黒髪は艶やかに伸ばされ、上品な仕立てのドレスに身を包んではいるものの、気取らない性質は変わっていない。


 アルベルトが欲しくてたまらない唯一の女性が、幻影とはいえ目の前にいる。

 王子は切なげに目を細め、空に手を伸ばした。


「ミディはただの幼馴染だと、何度申せば分かっていただけるのか。やはりあの夜、無理矢理にでも貴女を奪ってしまうのだった」

『ぎゃああああ!! あれ以上のヤンデレキャラ化は認めないいいい!!』


 意味不明な文句を悲鳴と共に撒き散らし、トワコは脱兎のごとく走り去ってしまった。

 後に残されたトザムは、正体不明の笑みを浮かべ、ゆっくりと杖を掲げていく。


「まずい……」


 アルベルトは側仕えの一人から黒馬を奪うと、思い切り鐙を蹴り、ものすごい勢いでその場から逃げ出した。


「殿下!?」

「お前たちは後から来いっ。案ずるな。狙われるのは、私一人だ!」


 アルベルトが言い終わらないうちに、晴れた空から無数の氷の槍が降ってくる。

 王子だけを狙ったその攻撃を巧みに避けながら、アルベルトはひたすら馬を駆って領地を離れた。


「もう勘弁して下さいよ~!」


 護衛なしで一人王都まで駆けさせるわけにはいかない。

 半泣きになりながら、騎士たちは必死でアルベルトの後を追った。


 巻き添えをくらい氷漬けにされた者5名、という今回の結果の責任は、懲りないアルベルト王子にある。

 そう誰もが思っている。



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