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【3】 長い夜

 島で何か恐ろしい事が起こっている。

 いやな予感は確信へと変わった。

 雨が降る前に吹くような、湿った風が海から吹いてくる。じっとりと重いそれは、島民たちの声を徐々に強まらせ、数を増しながらリュイーシャの耳へと訴えかけてくる。

 風は様々なものを運ぶ。

 まずは形のない『先触れ』を。

 そして『音』を、『声』を――『香り』を。

 先程歩いた白い地面の一本道を戻り、リュイーシャはカイゼルやリオーネが住まう島長の館までたどり着いた。

 夜の静寂の中で仄かな花の香りが辺りに漂っている。

 館の門扉のそばに植えられた二本のハルシオンの木が、子供の拳ぐらいの大きさの花を幾つも咲かせて見頃を迎えていた。

 ハルシオンは黄昏の時間になると角笛の形に似た花を咲かせ、早朝には萎んでしまう。別名「夜の到来を告げる花」と言われる島の自生種だ。

 その柔らかな香りでリュイーシャは昂った心が少し落ち着くのを感じた。

 それは、月光に照らされ青鈍色に光る島長の館が、ほんの数十分前、後にした時と同じように、静寂に包まれていたせいなのかもしれない。

 低い石垣で囲まれたその建物は、島民の住居と同じように岩山から切り出された石で組まれた平家である。けれど島を訪れた要人の宿泊所にもなっているので、母屋の裏の中庭には小さな別邸がある。

 この度島を訪れた商人達は母屋の客室に泊まり、リュニスの第二皇子ロードは別邸で休む事になっていた。

 生温い風はリュイーシャへまだ島民の声を運んでくる。

 泣き叫ぶ赤子の声が唐突に響き、頭が締め付けられるように痛んだ。

 リュイーシャはこめかみを抑え、そろそろと母屋の格子扉へと近付いた。

 黙って耳をそばたてる。けれど館からは何の音もしない。


 ――父様はまだ、島で起こっている異変を知らないのかも。


 もっとも、『声』さえ聞こえなければ、リュイーシャだってそんなこと思いもせずに眠りについていた。

 リュイーシャは母屋の扉から静かに離れた。そのまま壁伝いに館の裏へと回る。やがて中庭からもハルシオンの花の香りが密やかに漂ってきた。

 黒々とした木々の合間に父の兄が泊まる別邸の低い屋根が見える。格子がはまった四角い窓からは、黄色いランプの明かりがこぼれていた。

 双子の月が天頂を過ぎた深夜だというのに。

 どうやら父の兄ロードはまだ起きているらしい。

 いや。

 リュイーシャが神殿に戻ることをカイゼルに告げた時、父はお気に入りの酒が入った壷を手にして、兄皇子のいる離れへ行く所であった。

『ロードは酒が好きでね。私が船で諸国を回るといったら、各領地の名酒をぜひ土産に送ってこいと言っていた。クレスタの幻の酒「月の雫」の話をしたら、早速持ってこいと言ったよ。もっとも、こいつはいつかロードに飲ませたくて、私も飲むのを今まで我慢してきたんだけどね』

 父の顔には普段の快活な笑みが戻っていた。

 神殿での会見ではよそよそしく見えた二人だが、考えてみればそれは、十八年という長い年月がもたらした疎遠の結果だったのかもしれない。

 酒を酌み交わしていくうちに、離れていたせいで生まれた二人の距離は徐々に縮まり、今は互いの近況を話し合っているのだろう。

 それでまだ二人は起きているのだ。きっと。

 リュイーシャはそれを母屋の影から覗き見ると踵を返し、勝手口まで戻った。格子状に木を組んだ扉を開けて中へ入る。

 クレスタは絶海の孤島ゆえに、商人以外の他所者は滅多に来ない。

 よって、島民の共通の財産である真珠の保管蔵をのぞいて、戸口に鍵を掛ける習慣がなかった。

「……」

 リュイーシャは辺りを見回した。台所の薄暗い土間にも人の気配はない。

 翌朝客人に振る舞うために用意してある野菜の入った籠がずらりと並ぶ中を歩き、リュイーシャはまずリオーネの部屋へと向かった。

 まだ幼い妹のことが心配だった。

 リオーネはリュイーシャと違い、風を操る『術者』の能力を有してはいなかった。けれど、まったく力が使えないわけではない。

 リオーネはリュイーシャ以上に風の意思を感じることができた。

 風の運ぶ『先触れ』の意味を、予知として正確に読み取る事ができるのだ。

 リュイーシャですら不安に駆り立てられる島民達の悲愴な声が、リオーネに聞こえていないはずがない。

 母屋は色とりどりの糸で織られたタペストリーで部屋が区切られている。

 リオーネの部屋は台所から程近く、淡い草原色に染め抜かれた糸で織られたそれがかかっている。

 リュイーシャはタペストリーを静かにめくり、部屋の中に入った。

 声をかける間もなくぱっと布団が跳ね上がって、白い寝巻き姿のリオーネが飛び出してきた。獣に追われた小兎のように。

「姉様っ、姉様!!」

 ぎゅっとリオーネが抱きつく。リュイーシャの腰に細い両腕を回し顔を埋めた。ぶるぶると小さな肩が小刻みに震えている。

「大丈夫、リオーネ。落ち着いて」

 リュイーシャはリオーネの肩に手を置いた。そっとやさしくさすってやる。

「で、でも姉様! みんなが、みんな、どこかに連れていかれようとしてるの! 聞こえるの。ほら! 姉様だってきこえるでしょ!? わたし、怖くて。姉様の所にいきたかったけど、外に出るのがこわくて……!!」

 リュイーシャは黙ったまま跪いてリオーネの柔らかい白金の髪を抱きしめた。妹は心の底から怯えている。寝汗をかいたのだろう。すっかり体が冷えきっている。その冷気がじわりじわりと手のひらごしに伝わってきた。

「リオーネ、父様の所へ行かないと。まだ異変をご存知ないみたいなの」

 リュイーシャは優しく、けれどはっきりとした口調でささやいた。

「私、こわい。ここから動きたくない!!」

 リオーネの大きな新緑の瞳から一筋の涙がこぼれおちた。

 激しく頭を振って抵抗する。

「行かないで姉様! 側にいて!」

「リオーネ。駄目よ。島の人達が危ない目に遭っているというのを知っていて、それを無視することなどできないわ」

 リオーネは一層激しく首を振った。

「気持ち悪いの。すごく嫌な予感がするの。ここから出ちゃだめなの、姉様! お願い、わたしと一緒にここにいて! リュイーシャ姉様!」

 リュイーシャは唇を噛みしめ静かに立ち上がった。

 リオーネは島民たちの声に怯えているのではない。そこからもたらされる『何か』を予見している。だから動きたくないのだ。

 残念ながら先見の力を持たないリュイーシャには、それが何かまでわからない。

「……リオーネ。ここでじっとしていれば、嵐はいずれ過ぎ去るかもしれないわ。けれど私達が風の『声』を聞く事ができるのは、みんなのために嵐を鎮める役割を与えられたせいだと思うの。だから、どんなに危険なことが待ち構えているとしても、私はこのクレスタの巫女として、風が伝えてきた異変を父様に知らせなければならない」

「姉様……!」

 再びリオーネが抱きついてきた。

 二、三度、青白く輝く髪をリュイーシャは撫でた。

「……いく。姉様がいくんなら、わたしも……」

「うん。私のそばから離れないで、リオーネ」

 大きくリオーネはうなずいた。




  ◇◇◇




 リュイーシャはリオーネと連れ立って台所の勝手口から外へと出た。

 二人はしっかりと手を繋ぎ、ハルシオンの花が咲く裏庭へ、ロードと酒を酌み交わしているであろう、カイゼルたちのいる別邸へと歩いていった。

「……」

 ぎゅっとリオーネが強い力でリュイーシャの手を握りしめる。

 別邸の明かりは先程と変わらず窓から黄色い光がこぼれていた。

 リュイーシャは扉の前に立つと、意を決して軽く二度叩いた。

「……」

 息を潜めじっと耳をすます。

 けれど部屋の中から音は聞こえない。

 リュイーシャは眉をしかめ、再度扉を叩こうと、軽く右手を握りしめ拳を作った。

 その刹那。

 目の前の扉が音もなく開いた。

 はっと顔を上げると、黒尽くめの服を着た男が壁のように立っている。

 神殿で執拗にリュイーシャを見つめていた、野性味のある眼帯の男だった。

「……!」

 男は無言で黒手袋をはめた手を伸ばし、リュイーシャの手首をつかんで、有無を言わず中へと引っ張った。

「ああっ!」

「きゃあ!」

 不意を突かれ、リュイーシャとリオーネはもつれるように床へ倒れた。

 竹で編まれた幾何学模様の敷布の上で、リュイーシャは身を起こし、ちらついた星を追い払うためゆっくりと首を振った。


――何? 一体何なの…?


  一瞬何が起こったのか理解するのに、ひと呼吸する程の時間を要した。

「これはこれは。誰かと思ったら巫女殿とその妹か」

「……あ……」

 けれどリュイーシャは頭上からの声を無視していた。

 何度も目をしばたき、違和感に息を飲んでいた。

 敷布の上に置いた自らの手に何かがついて滑る。指先を擦るとそれは赤黒い液体でリュイーシャの白い指を穢した。

 液体は細い川をつくってリュイーシャの所まで流れている。

 顔を上げ、その先を追うと紫のマントを纏った男が、床に膝をつき、何故かこちらに背を向け横向きに倒れているカイゼルの顔を眺めていた。

 カイゼルは酔いつぶれて床で眠ってしまったのだろうか。

 男――カイゼルの兄ロードは、困ったように弟の寝顔を見ているようであった。 

 黒檀の机の上に置かれたランプの光が、ロードの額にはめられた金の飾環を鈍く光らせている。

 その光は同時に、赤い液体にまみれた彼の右手が鋭利な短剣を握りしめている様も照らしていた。

「父様……っ! 父様ぁああ!」

 まさか。

 脳裏に過ったその事実をリュイーシャが認識する前に、リオーネが悲鳴まじりの叫び声を上げた。

 リュイーシャは咄嗟にリオーネの頭を抱えて自らの胸に抱いた。

 父の変わり果てた姿を見せたくなかった。

 今なら何となくだが、リオーネが部屋から動きたがらなかった理由がわかった気がした。妹は感じていたのだ。多分、このことを。

「……どう、して。父を? あなたの、弟、でしょ……?」

 リュイーシャはリオーネを胸に抱いたまま青緑の瞳を見開き、カイゼルの傍らに立つ兄皇子ロードの顔を見上げた。

「何故殺したの! どうして父を! あなたは何をしに島へ来たの!?」

「どうして、か」

 くぐもった笑いを口の中で漏らし、ロードは紫のマントの裾を揺らして立ち上がった。部屋の中の照明が小さなランプ一つだけなので、ロードの顔は暗い影で縁取られており、彼がどのような表情をしているかまでリュイーシャには良く見えなかった。

「どうして、だなんて。問題はそれではない」

 ロードはリュイーシャの問いを一笑し、血濡れた短剣を黒檀の机の上に突き立てた。その卓上には数時間前、父が兄へふるまってやるのだと、うれしそうに見せてくれた細長い素焼きの酒の壷があった。

 ロードは壷を手に取ると、水を飲むように直に口を付け喉を潤した。

「……カイゼルが何者であるか。それが、一番の問題なのだ」

「あなたの言う意味がわからない。父が一体何をしたというのです。あなたの……あなたの弟なのに……!」

 リュイーシャは恐ろしさよりも怒りで震える唇で答えた。

「弟。ああ、そうだ。カイゼルは可愛い弟だった。幼い頃はな。俺と母親は違うが、父親はこの五百の島を統べるリュニス群島連合の皇帝だ」

 ぎらりとロードの目が熱を帯びた。穏健な父カイゼルとは違い、この腹違いの兄皇子はその態度から察する事ができるように、力で物事を、人の心を、自らの思い通りにしようとする人物だ。

 リュイーシャはロードの肉食獣のように凄んだ目を覗きそれを感じた。

「父は皇位継承権を放棄して、クレスタの民になることを本国に告げたと言っていました。父はもうリュニスの皇子じゃないはずです!」

 ははは!

 ロードが乾いた笑い声を上げた。

「ああ。そうだったらどんなに良いか! けれどカイゼルにリュニス皇帝の正当な血が流れている事実は消えはしない。その証拠にわが父が、皇位継承権第一位のデュークと二位の俺を無視して、カイゼルを次代の皇帝にすると公言した。父は諸島の領主を王宮へ呼び、しかも俺とデュークは反論する間もなくその場で立ち会わされ、それが正当な遺言であるという証人にされたのだぞ!」

 カイゼルの血にまみれた赤黒い右手を握りしめ、ロードは唇をわななかせながらリュイーシャの顔を睨み付けた。

「俺の悔しさなどお前のような小娘にはわかるまい。デューク兄上は虚弱だった母上の体質を受け継いだせいで、名家ハイランドの姫君を娶ったが子ができなかった。けれどリュニスの不安定な内政を、病に伏した父上の代わりに執り存分に支えてきた。そして俺は軍部を強化し、諸島の領主達がよからぬ気を起こさぬよう自ら先陣に立って、武力を誇示して王宮を守ってきたのだ。ずっと! それなのに……!」

 ロードがぎりと歯ぎしりする音がはっきりと聞こえた。

「お前の父親は! あの放蕩者は! 一体奴は国の為に何をした? 独り気ままに諸国を船で外遊していただけじゃないか! おまけに奴は自分が国を背負う皇子としての立場を、島の女のためにあっさりと捨てた外道なのだ!」

「……」

 リュイーシャは今だすすり泣くリオーネを抱え、ロードが口角から唾を飛ばしながら苛々と部屋の中を歩き回る姿を見つめた。

 あの眼帯を着けた黒服の男も、部屋の一角で影のように立ち、その様をじっと眺めている。

「だからといって……」

 ロードが憤慨する気持ちはわからなくもない。

 いや、それならばなおさら。


――こんなことになるなんて。


 リュイーシャはともすれば眠っているだけのように見える父の顔を一瞥して唇を噛んだ。

「あなたが私達の父の命を奪う権利などない。父は皇子という身分を捨てた。皇位を継ぐよう通達が来たって、父は絶対に応じなかった。遺言なんて無視すればいい! あなたが皇帝になりたければなればいい! 父様を……あなたの都合で殺す事はなかった!」

「……なんだと!」

 ロードは紫のマントをひらめかせ、リュイーシャに蔑んだ視線を投げた。

 こうして見てみるとカイゼルとロードは面差しがよく似ていた。年は五、六才離れているみたいだが、同じ焦茶色の髪に彫が深い二重の翠の眼。日に焼けた肌。行動力があり威風堂々とした態度。母親は違うが、どちらもリュニス皇帝である父親の方に似たのだろう。

 リュイーシャはリオーネを抱く手に力を込めた。

 ロードがリュイーシャの前に立ったのだ。低く、唸るように笑いながら。

「物事はそんな簡単にいくものではないんだよ。カイゼルが王宮を去り、辺境のクレスタへ住み着いたことは、群島の領主達は皆知っている。あいつがそもそも外交を担当していたから、懇意になった領主もいるだろう。だからこそ困っているのだ! 父がお隠れになった後、俺やデューク兄上のやり方に不満を持つ者が、カイゼルを次期皇帝として擁護するため動き出すだろう。遺言として正式に決定すればなおさらだ! そうすればリュニスに内乱が起きる」

 ロードがマントの裾を揺らして膝をついた。

 揺らがない翠の瞳がリュイーシャを一直線に見つめる。

「父はまもなく死ぬ。いや、もう死んでるかもしれん。だから俺は内乱の種を潰しに来た。父がカイゼルを後継に選んでも、奴が死んでいればどうしようもない」

「……」

 ロードは意味ありげに唇を歪ませた。

 不快なものを見るように眼を細め、ぐっと拳を握りしめながら。

「……父はカイゼルの母だけを愛していた。軍船を操り諸島を回るしがない一軍人の女を」

 そして低くつぶやいた。

「シグルス」

 その時、じっと部屋の片隅に立っていた眼帯の男が動いた。

「嫌っ! 姉様っ!!」

 眼帯の男――シグルスが、不意に背後からリオーネの肩を掴んだのだ。

「やめて!」

 リュイーシャはリオーネを抱える手に力を込めたが、シグルスに無理矢理振り解かれ、その勢いで再び床に体を伏した。

 嫌がるリオーネの口元を覆い、その体を抱えたシグルスは背後の扉まで後ずさる。

 リオーネは恐怖のあまり顔を一層青ざめさせ、虚空をただ見つめている。

「妹をどうする気!」

 リュイーシャは立ち上がった。長い金の髪を乱しながら、シグルスに向かって踵を返そうとした時ロードに腕を掴まれた。

「……つっ!」

「随分くだらん話をしたが、カイゼルの娘であるお前達も無視できない存在なんだよ」

 リュイーシャは目を見開きロードを凝視した。

 ロードは小馬鹿にするように鼻で笑い、リュイーシャの手首を掴んだまま自分の方へと引っ張った。

「お前達も正当なリュニス王家の血を受け継ぐ者だ。だから一緒に来てもらう。カイゼルは流行病ですでに死んでおり、お前達だけが島にいたということにするためにな。それに、カイゼルの娘なら、俺の息子の妃にすれば内乱を防ぐことができるだろう」

「……私、は」

 ロードは目をすがめ再び鼻で笑った。

「もっとも、お前はカイゼルの母に似過ぎている。泣きも叫びもせずに俺を正面から睨む。こんな強情な女はどんなに器量がよくても俺はご免だ。息子の妃には、妹の方が従順でいいかもしれん。美人になりそうだしな。なあ、シグルス」

 眼帯の男は声を立てず、無表情のまま、ただ小さくうなずいただけだった。

 ははは。

 乾いた笑いを立てて、ロードはリュイーシャの腕を引っ張った。

「さあ行くぞ」

「……嫌です!」

 リュイーシャはそれに抗った。軍人でもあるロードの握力は強く、握られた手首が痛みに軋んだ。

「私は――巫女です。クレスタを離れるわけには……いかない!」

「それがどうした」

「私がいないと、島のみんなが――」

 シグルスが扉を開けて先に外へ出た。

 ロードもリュイーシャを引きずって後に続く。

「お前が守るものなんて、もう何もないんだよ」

 リュイーシャはロードの肩を掴み唇を震わせた。

 母屋から声が聞こえたのだ。

 あれは確かに女中頭メルジュの叫び声だ。

 その他にも館にいた女中たちの狂乱する声と、荒々しい軍靴が床を鳴らす音も。

 そして風が運んできた。

 いがらっぽい、喉に絡みつく不快な臭いを。

 白い煙が霧のように中庭を包み始めている。

 島長の館は火に包まれていた。

 いや。その背後の丘陵に立つ島民達の家屋からも火の手が上がっていた。

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