第60話 【震撼】あまりに残酷な『白紙の結末』。俺に突きつけられた「究極の二択」。
映画館の暗闇は、まるで静謐な海の底のようだった。
アイスコーヒーとゼロコーラをホルダーに差し、俺たちは並んで座席に身を沈める。
隣に座るみさきさんの柔らかな匂いと、どこからか漂う香ばしいポップコーンの香りが、かろうじて俺を現実につなぎ止めていた。
スクリーンでは、劇場版オリジナルストーリーがいよいよクライマックスを迎えている。
『神の誤字で「無能」が「無双」になった件』
かつて「無能」と蔑まれた主人公が、神の書き間違いによってチート能力“無双”を授かり、異世界を席巻する大人気シリーズ。
物語は終盤、主人公は光り輝く「聖域の門」を前に、究極の二択を突きつけられていた。
その門は、かつての停滞した現実と、英雄として称えられる異世界を分かつ絶対的な境界線。
「選べ、旅人よ」
門の番人が、重厚なエフェクトの効いた声で告げる。
「このまま、望むすべてを手にした勝利者として生きるか。それとも――」
番人の杖が、重く地面を打つ。
次の瞬間、門の向こうに映し出されたのは……「現実」。
どんよりとした薄暗いアパート。生気のない顔をした「何者でもない主人公」。
努力しても報われず、ただ虚無感の中で時間だけを浪費する毎日。
「不条理と孤独に満ちた現実へと帰るか」
BGMのテンションが跳ね上がる。
スクリーンの中の主人公の迷いが、そのまま自分自身の古傷を抉るように刺さった。
(……もし、俺なら?)
主人公が拳を握りしめた瞬間、俺の手のひらにも変な汗がにじむ。
トレーニングに出会う前の俺なら、答えは決まっていた。
現実を捨て、迷わず異世界へ。たとえそれが刹那の幻想だとしても、英雄でいられる場所を選んでいたはずだ。
主人公が何かを叫ぼうと、肺の底から息を吸い込んだ時。
唐突に、音楽が途切れた。
白い閃光がスクリーンを飲み込み
――物語は、そこで終わった
結末は一切語られないまま、静まり返った劇場にエンドロールが流れ始める。
主人公がどちらを選んだのか。
英雄としての異世界か、泥臭い現実か。
その答えは、冷徹なまでに観客に丸投げされた。
「……なんだよ、それ」
エンドロールが終わっても、俺は立ち上がれなかった。
「あとはお前たちが勝手に考えろ」
と言わんばかりの、あまりに潔く、残酷な余韻。
やがて場内に明かりが灯り、人々はぞろぞろと「現実」へと帰還していく。
俺とみさきさんも無言のまま、ロビーへと出た。
繁華街の喧騒が、遠くから戻ってくる。
けれど、俺の意識はまだあの「門」の前に立ち尽くしていた。
主人公が最後に見せた、あの表情。
あれは絶望だったのか。それとも、何かに立ち向かう覚悟だったのか。
喉に刺さった小骨のように、その答えの欠片だけが、ずっと胸に引っかかっていた。




