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ステラの供述を受けてすぐ、神官長の身柄が拘束された。
取り調べの結果、ステラの話はすべて真実であることが判明する。
神官長はもともと野心家ではあったそうだが、魔石を使ってグウェルを復活させようと目論んだのは、ステラと出会ったかららしい。
王都神殿の復権を目指し、世の中を恐怖と混乱に陥れたとしても、グウェルを封印できる聖女がいなければ元も子もない。
ステラという聖女候補の出現によって、神官長は邪な野望を具体的に夢想し、その実現を画策するようになったのだ。そういう意味では、聖女候補という存在自体がすべての発端といえるのかもしれない。
王都神殿内部にも騎士団の捜査の手が入り、厳重に保管されていた魔石の存在が確認された。
神殿は、このまま神聖力の加護のもとで魔石を保管させてほしい、と一旦は主張した。でも、今回のようなことが再び起こらないとも限らない。話し合いの末、今後は王家が責任を持って魔石を厳重に保管していくことでなんとか決着がついた。
ただ、王都神殿の最高責任者である神官長が聖職者にあるまじき悪事を画策していたという事実は、社会全体に大きな衝撃を与えることとなった。結果として、神殿に対する不信感を露わにする者が増え続けているのは、まあ、仕方のないことだと思う。
神官長の抱いた野望とは裏腹に、神殿の弱体化は今後ますます加速していきそうである。
そんな神官長の極刑はすんなり決まったけど、ステラの罪状をどうするかに関してはだいぶもめたし、すったもんだがあった。
そもそも、ステラが語った『原作小説』とか『転生』などという現象について、国の上層部は半信半疑だったのだ。当たり前である。あんな荒唐無稽な話を何の疑いもなく信じてくれるのは、セウェルスくらいなものだ。
とはいえ、代々の神官長だけが語り継いできた魔石の存在や、当代の神官長の企てについて最初から知っていたことを考えると、馬鹿馬鹿しい戯言だと一蹴することもできない。
でも原作だの転生だのといった不確かな現象を公にするのは、さすがに憚られる。
いろいろと紆余曲折があったものの、最終的には『ステラと神官長が共謀した』というそれらしいストーリーを仕立て上げ、公表することが決まった。事実とはだいぶ違うけど、真実を公にはできないのだから致し方ない。
それからまもなく、身勝手な理由で世間を騒がせた二人は、あっけなく極刑に処された。
ステラは最後の最後まで、「なんで私が!?」とか「こんなのおかしいわよ!」とか、取り調べのときと同じようなことを何度も何度も叫んでいた。
確かに、ステラは神官長の企てについて知っていながら、何も言わずに黙っていただけだ。そういう意見もあるにはあった。
でもあいつは、物語の筋書きをもとに戻すためにはグウェルを復活させる必要があると確信していたはずだ。封印の解き方を知っている以上、もしも神官長がやらなかったら確実にあいつが手を下していたと思う。
それに何より、あいつはリーチェに対して明確な殺意を抱いていた。
「死ねばいい」なんて、いったい何様のつもりだ。思い上がりも甚だしい。
そんなやつを、この俺が生かしておくわけがない。修道院送りも、国外追放も、生涯幽閉も生ぬるい。
リーチェを害そうとするやつは、この国には必要ないのだから。
ステラの騒動が一段落した、数週間後。
俺とセウェルスは報告も兼ねて、久しぶりにツッキーのいるイシルの森へと向かうことにした。
ツッキーは俺たちの話を聞き終えると、神妙な顔をしながら「なるほどねえ……」とつぶやいた。何やら思うところがあったらしい。
そして、ふと思いついたようにこう言った。
「ところでお前さん、自分がこの世界の理の外にいる人間だということを、愛しの婚約者には言わなくていいのかい?」
思いがけない質問に、俺は正直戸惑った。
セウェルスは「そうだそうだ」と言わんばかりに、何度も頷いている。
「……話すつもりは、ありませんけど……」
「どうしてだい?」
「だって、何を馬鹿げたことを、と思われるだけだろうし。リーチェに嫌われたくはないですし」
「本当のことを言ったら、お前さんを嫌うような相手なのかね?」
「……それは……」
わからない。
いや、嫌われることはないと思う。そんなことで俺を嫌うようなリーチェじゃない。ただ、妄想めいたおかしな話をしていると、俺が思われたくないだけで。
「この期に及んで、まだ二の足を踏んでいるとはね」
ツッキーはちょっと呆れたような、それでいてどこか慈愛を含んだ視線で、俺を見返した。
「すべてを明かすことが常に正しいなんて言うつもりはないが、どうもお前さんは婚約者相手となると、慎重が過ぎるというか及び腰になるというか右往左往して往生際が悪いというか」
「……言い過ぎじゃないですか?」
「いずれはその婚約者と結婚して、この国の王になるんだろう? ともに国を治める大事な相手に、肝心なことを隠したままでいいのかい?」
「俺はただ、リーチェに余計な不安を抱かせたくないだけです」
「そうかもしれないが、お前の婚約者はそれを望んでいるのかね?」
「……え?」
「お前の婚約者は、何も知らず、何もさせてもらえない状態のまま、ただただ大事に守られるお飾りのような王妃でいたいと思っているのかい?」
「あ……」
俺は言葉を失った。
リーチェは多分、そんなことを望んではいないだろう。
今のリーチェなら、俺に心を許してくれたリーチェなら、きっとすべてを知りたいと思うはずだ。
俺がリーチェを守りたくて勝手に走り回っていたことを知ったとしても、ちょっと呆気に取られた顔をしながら「これからは一言言ってくださいね」なんて笑ってくれるような気がする。
リーチェはきっと、俺の隣で、この国のために奔走することを厭わないだろうから。
「まあ、人生は長いんだ。考えておくといい」
ツッキーはそう言って、ゆったりと微笑んでいた。
すべての脅威と憂いを排除して、かつてないほどの解放感に浸っていた俺にとって、ツッキーの意外な言葉は結構重かった。しばらく頭から離れなかった。
この世界は、すでに原作の強制力から自由になっていると言っていい。
だとしたら、これからリーチェとともに生きていくために、必要なことは何なのか?
今まで以上にリーチェを甘やかしながら、ずっと考えに考えて、やっぱりすべて話すべきなんじゃないかと思いながらも、踏ん切りがつかずに数か月。
でも、どうやらリーチェに見透かされていたらしい。
「アンドレア様、何か思い悩んでいることがおありですか?」
ウィタリス公爵家の中庭で一緒にお茶を飲んでいたら、リーチェが何やら思い詰めたような顔をしていきなり尋ねた。
「え……? なんのこと……?」
「ここのところずっと、気づけばなんだか難しい顔をなさっているじゃないですか。何か思い悩んでいるのでしょう?」
「そんなことは……」
「私では、力になれませんか? アンドレア様の憂いを払うことはできませんか?」
「リーチェ……?」
「私だって、アンドレア様がずっとそうしてくれたように、あなたの憂いを払って差し上げたいのです」
思いの外真剣なまなざしで、じっと俺を見つめるリーチェ。
その揺れるガーネット色の瞳を見ていたら、俺はいつのまにか、ごくごく自然に、今まで明かしてこなかったリーチェの知らない裏側の話をすっかり全部話してしまっていた。
俺が転生者だということも、この世界が『星降る夜のフェアリーテイル』という小説の内容に酷似していたことも、だからリーチェを守るために奔走し、物語の筋書きを変え、あらゆる脅威をすべて排除して、そして今があることも。
話し終えて恐るおそるリーチェの顔を窺うと、ただただ唖然とした表情をしている。
まあ、いきなりとんでもない話をされたら誰だって驚くだろうとは思っていたし、話の内容が想定外すぎて理解が追いつかないのもわかるんだけど、こっちが不安になってしまうくらい、一切反応がない。
「……あ、あの、リーチェ……?」
まさか、俺の話が荒唐無稽すぎてドン引きしてるのか? と思った瞬間だった。
「……アンドレア様も、転生者だったのですか……?」
リーチェの声が、少しだけ掠れている。
「……『アンドレア様も』って、もしかして――』
「実は、私も転生しているのです……」
「……は!? リ、リーチェも!? マジで!?」
「マジです……」
俺たちはお互いに信じられないという思いで、顔を見合わせる。
「ただ、気づいたときにはすでに原作とちょっと違う状況になっていて、その後も原作の筋書き通りには進まないどころかどんどん状況が変わっていって、なぜだろうとは思っていたのです。それもこれも、全部アンドレア様のおかげだったのですね……」
感極まったように、リーチェの目からどんどん涙が溢れ出す。
「……ありがとうございます、アンドレア様。私を、救ってくれて……」
「そんなの、どうってことないよ。俺だって、君を失いたくなかったんだから」
そう言ってまぶたに滲む涙をそっと拭うと、柔らかく微笑むリーチェ。
「……でしたら、私の側の話も、聞いていただけますか?」
そうして俺は、リーチェが転生したと気づいた瞬間からの話を聞くことになるわけだが。
お互いの秘密を打ち明け合って、今まで以上にあれこれ話して、最終的には苦笑交じりにこう言われてしまうのだ。
「アンドレア様、これからは何事も、一言言ってくださいね」
無事に終わりました……!
当初はタイトル通り、ベアトリーチェは何も知らないままで終わらせるつもりでした。
でも書いている途中であれこれ思い悩みまして、結局はこういう形になりました。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!




