16・元王妃の述懐
判っている。
口さがない者は色々と噂したが、補佐官に野心は無い。
効率化を求めただけの話だ。
だが、本当に?
と私の中の何かがざわめく。
他に思惑が全くないと本当に言えるのか。
私を害したり排除したりする事はないと思う。
だが、ほんのわずかの棘を仕込む事は、ないとは言えない。
白い花や茶葉のように。
対外的には何の影響もない。
だが、確実に私には「知っている」とだけ告げる棘。
小さな棘。
大した傷にはならないが、抜けにくく、何時までも不快に痛む。
補佐官が導入を決めた書類の書式は、元がエルヴィエラ考案だった。
一部に残って使用されていたそれを、「良くできていましたから、少し手を加えて王妃宮全体はこれに統一しました」と何気なく告げられたのは、すっかり全体がそれに馴染んだ頃だった。
書類仕事にはもう一切触れず、補佐官へ丸投げしていたが故に気づくのが遅れた。
彼女にとってみれば、嫌味やあてつけではなく、本当にそうする事が利便性と効率を上昇させると判断しただけの話なのだ。
だがそこに、私に対する気遣いは無い。
そういう事だ。
私が、エルヴィエラの残した物を目の当たりにしてどう思うかを、彼女は少しも考えていない。
効率化一辺倒で、一切頓着しない。
私は、押し黙るほかない。
聖女業へますます逃げ込んだ。
妊娠しても、ぎりぎりまで仕事をした。
出産後も、長く休まなかった。
私の名声は高まった。
疲れ知らずだった身体が、徐々に回復が遅れるようになった。
医師は「いつまでもお若いままの身体ではありません。少しは休まれないと」と気遣った。
代替わりした大司教は面談の際「老いてまで聖女の力を保った者はいません。皆ある程度の所で退くのです」と告げた。
私はずっと、夫から贈られた魔法道具の指輪で己の力を抑え気味にしてきた。
常に全開にしていては、それこそ長く続けられないと思われたからだ。
指輪は力を増幅する、と聞かされたが、使っている感覚としては、「どこからか魔力が流れ込んでくる」ようだった。
それも無尽蔵に。
使っている時は万能感に気分も高揚するが、術の発動が終わると反動が強い。
己の容量以上の魔力を行使しているからだろうと予測した。
続けて使用すれば、魔力器官に負荷がかかりすぎる事は明らかだった。
夫からは「三割程度を上乗せするように」と言われていた。
そのくらいが限度だから、と。
だが、実際は、吸い出せば吸い出すほど魔力は湧き出てきた。
そして私は、誰にも言っていなかったが、繊細な魔力制御が苦手だった。
三割程度と言われて、三割に抑えられなかった。
気持ちの上でも、なるべく大がかりな術を行使して、人々に見せつけ、己の価値を示したかった。
「ごきげんよう、お母様」
少し長い遠征から王宮へ戻り、夫の執務室で報告をした帰り、回廊を歩いていると、向かいから娘である第二王女が歩いてくるのに出くわした。
王家の教育を受けた娘は、私の子供の頃と違って行儀よく落ち着いていた。
長く伸ばした金色の髪が陽光にきらめいていた。
回廊の端へ寄り、翡翠の瞳を伏せて私が通り過ぎるのを待つ。
「久しぶりね。元気にしていた?」
私の傍仕えだけでなく、娘の乳母や護衛もいる。
さっと聖女の仮面を被る事は容易い。
「恙なく。お母様は遠征よりお戻りの所とお見受けします。お疲れではございませんか?」
次女の返答はきっちりと躾が行き届いていた。
時折王妃宮にまで聞こえてくる長女の噂とは大違いだ。
曰く、第一王女殿下は天真爛漫で明るく誰からも好かれ、髪の色から瞳の色まで聖女様にそっくりだ。それに比べて、妹君は、大人しくいつも本ばかり読んでいて、とっつきにくい。髪も瞳も王家の色そのもので少しも聖女様には似ていない。
私の周囲の人間は、長女と私の共通点を楽しげに語り、長女に親しみを持っているようだった。
私は私の信奉者ばかりで周りを固めている為にそのような話にもなるのだろうが、自身は皆が言う程長女に親しみを感じてはいなかった。
あれはあれで、やはり父親の血を引いているように思う。幼い頃から私に懐いている様子を見せながらも、どこか探るような眼差しを感じていた。
翻って次女は、私に少しも似ておらず、王家そのものの外見をしているが、己の好奇心の向かう先以外の事には興味がない人間に思えた。
王宮図書館に入り浸り、家庭教師を質問攻めにし、姉が恐らく敢えて遅らせている教育も興味の向くものからさくさくと進めているらしい。
父親にも似ていない。
どこか……夫の元婚約者に似ているような気がした。
彼女もまた王宮図書館によく出入りしていた。興味関心が多岐にわたり、手先が器用で、孤児院にある刺繍やレース編みの図案も、元は求められて王宮図書館に収められた図案集の写しだという。
物静かで、控えめで、大人しい……が、存在感がある。
改めて共通点を認識して曰く言い難い感情を覚えた。
娘は数冊の書物を抱えており、この先の王宮図書館の帰りと判ってなおさら。
「ええ、少し疲れたわね。あなたは図書館からの帰り?」
じっと手元を見つめていたのを誤魔化すように尋ねる。
「お大事になさってください。ええ、魔法士の先生に、良い魔法制御の副読本を教わりまして」
娘達の魔法教師は、先代の王から専属で勤めている老魔法使いだ。私も王宮へ上がって少しの間、彼の教えを受けた。神殿で教わったのは主に神聖魔法だった為、通常の魔法と魔力制御の基礎について改めて解説され、神殿の教育より判りやすかったのを覚えている。
「先生の教科書も判りやすいと思ったのですけれど、こちらの副読本は導入にはとても良いと評判で最近では魔法を学ぶ者は最初に必ず読むのだそうです。手配して頂いているのですが、待ちきれなくて図書で借りてきてしまいました」
娘が差し出した魔力制御の副読本とやらは、図書館独特の香りを纏っていた。
思ったより薄く、「魔力制御」ときいて、これなら私でもすぐに読めるのではと触れようとして、表紙の著者名に思わず手が止まった。
「この方、子供向けに判りやすく書くのがお得意だったそうです。お母様もご存じですか?他に手芸の本などもあるそうで、多彩な方ですね」
気づいて娘は微笑んだ。
「先生お薦めの方なので、そちらの本も後で見てみようと思っています」
「そう……」
私は手を引いた。
彼女の著者名だった。
伯爵家の名前は記さず、セカンドネームまででとめる。
彼女が何を思ってそうしていたのかは知らないが、それ故に、図書に残っている。
「励みなさい」
そう言って、その場を離れたが、平然とあの女の本を娘に薦める老魔法使いが信じられなかった。
純粋に出来が良い副読本なのだろう。恐らくそれだけの事で、あの男には何も含みは無いのだろう。
だが、ほんの少しも躊躇いはないのか。
補佐官と同じなのか。
いや、老魔法使いは補佐官とは違い、追い落とされた夫の元婚約者に思い入れは僅かにも無い筈だ。元生徒であっても。あの男はそういう人間だ。
であれば、全く気遣う必要がないと思われているだけなのだろう。
私は周囲を私の味方で固めている。
だが、その外側はどうなのか。
平民出身の王妃として相変わらず軽んじられたままなのか。
このままずっと、心に小さな抜けない棘の存在を感じていなければならないのか。
午後から大神殿へ訪問する予定になっていた。
大司教へも夫と同じ報告をする為に。
気を病んで衰弱していった前任者の後釜に座った男は、程々に腹が黒く野心に溢れている中年だったが、やや用心深くもあった。
前任者の失敗を知っているのだろう。
「禁書庫へ入ってもいいかしら」
滅多にない私の申し出に男は不審そうな顔をした。
私は、あまり図書へは近づかない。
「そろそろ娘達も本格的に魔法制御を学び始めたようなの。聖力に関しては私が教えた方がいいんじゃないかしらと思って。浄化についてちょっと調べものがしたいの」
聖女聖人の「浄化」については、一般的な本以外は全て禁書庫に収められている。
別段、秘密にする必要があるとも思えないのだが、これもまた、神殿が神秘を独占しておきたいが故か。
娘達の事を言うと、大司教は表情を緩めた。
どちらかが、神聖魔法に目覚める事は神殿にとっても望ましい事ではあるのだ。
「そういう事であれば、どうぞお使いください」
そういってあっさり手続きをしてくれた。
「少し、部屋へも寄るわね」
神殿で暮らしていた時の部屋はそのまま残されている。
残しておくよう、前の大司教へ頼んだのだ。
息抜き場所が欲しいとこっそり願い出た事になっている。
実際は、企みごとの隠し場所になっていた。
いずれ引退する時がくれば、その中身を丸ごと処分しなければなるまい。誰の目も届かない場所で。
私は、侍女と護衛を禁書庫の扉外へ待たせ、一人中へ入ると、浄化の棚を軽く見て、通り過ぎた。
奥の奥、ひっそりと隠されるように置かれている棚へ近づいた。
棚には結界の鎖が巻かれている。
この棚に触れられるのは、大司教のみとされている。
だが、例外もある。
聖人、聖女にはこの鎖が用をなさないのだ。
私はそれを知っていた。
手を伸ばし、光の鎖に触れると、常人であれば弾かれるはずが、私の指は抵抗なく並ぶ本の背表紙に到達した。
引き抜いたのは、古びた黒い革表紙の薄い本。
開くとじっくりと中を確認した。
必要な物は、血と髪。
髪は、そう、「あれ」があったはず。
神殿の聖女の私室には、一応執務机が置いてある。
傍仕えは部屋の外へ出した。
机の右上段の引き出しには、憶える為に何度か書き写した神殿の教えの書が数冊入っていて重い。古い紙の臭いがした。
書き取りの練習を兼ねていたので、紙は質の良くない植物紙だった。
それを完全に引き抜いて机の上へ置き、更に引き出しの奥を覗き込んだ。
奥に打ちつけられた板の端にほんの小さなでっぱりがある。
それに指をかけて引っ張ると、するりともう一つの引き出しが滑らかに現れた。
この隠し場所に気が付いたのは、神殿に入ったばかりの頃だった。
手前の引きだしに数枚の紙が入っており、恐らくは前の聖女の誰かの走り書きが残されていた。
そのうちの一枚が、どういうわけか向こう側へ引き出しと噛むように飛び出してくしゃりと潰れていた。
破れないようにそっと引きだすと、「内緒の隠し場所」と記されていた。
それは前のどの聖女かの遊び心で、恐らくは当初は、聖女の周辺の人間は周知の事でもあったのかもしれないが、時が経った現在、誰もが忘れてしまっているのではないか。
好奇心に駆られて奥へ手を伸ばし、そうして見つけた。
古い机のはずだが、驚くほど引っかかりもなく滑らかに滑り出てきたそこには、前の聖女の本音が記された紙と、古い装身具が幾つか入っていた。
紙片には、恐らく今よりずっと過酷であった聖女の務めの辛さが書かれていた。
殆ど休む間もなくあちこちの浄化を命じられ、緊急性の高い所というよりは力のある貴族の領地が優先されて無理な術を使わされていたようだ。
家族の元へ帰りたい、と書かれていた。
装身具はそれぞれそれなりの宝石が貴金属で留められていた。たまに貴族が贈り物としてよこした物のうち、神殿に見つからず取り上げられなかったものらしかったが、金に換える手段がなく、また換えられた所で神殿から出る手段もなく、「いずれ、もし、家へ帰る事ができた時には」持ちだす為に、隠しておくしかなかったらしい。
家へ帰れなかったのだろう。
ため息が漏れたのを思い出す。
今、その隠し場所には、小箱が二つ入っている。
一つには、かつて枕元に置かれていた、あの編み紐。
もう一つには、銀の髪。
どちらも赤茶色の汚れがついている。
髪は、伯爵令嬢の馬車を襲った実行犯たちが、証拠に持ち帰った物だ。
憎らしい銀の髪。
切り口はぎざぎざで、一部は千切れていた。切れ味の悪い短剣でも使ったのだろうか。
大司教から慌てて押し込められた反省室から忽然と消えた司祭の部屋に残されたこれを、何故持っていようと思ったのか自分でもわからない。
付着した血が、そうさせたようにも思う。
聖騎士の血にまみれた首を抱いた時から、ふわふわと熱病にかかったかのように意識が不鮮明だった。
見慣れない多量の血に酔ったのかもしれなかった。
私は、上質な羊皮紙を広げた。
これは書き取りに使っていた植物紙とは違う。
護符を書くために用意された紙だ。
大神殿に上がった時から、司教に聖力を込めて決まった文言を書けと言われてきた。それは私の毎日の仕事の一つだった。
按配が判らず、適当にやっていたが、それなりに効力があったものらしい。書き終えると疲れるが、それでも何年も言われるがまま書き続けたおかげで神殿はかなり儲けたようだった。
私はその上へ、禁書庫の本で見た図形を描く。
聖力を込めて。
呪いの魔式を。
これで発動するのかどうかは判らなかった。
だが、あの女という棘を抜くためにはこれ以外の方法が思い浮かばなかった。
かつてないほど集中した。
聖女の術を行使する時以上に。
周囲から音は消え、意識は澄み渡り、ただ目の前で出来上がっていく図だけが宙に浮きあがって見えた。
描き終えると、両手で持ち上げた。ふわりと仄かな風が起こり、手の上に僅かに浮いたように思えた。
机の中央の浅く広い引きだしを引き、からっぽのそこへ紙を置いた。
風がやはり、意志を持つように紙を導いた。
端がうっすらと光を帯びている。
小箱の中の銀の髪を取り出し、図の上へ置くと、やはり定められた場所へ嵌るようにするすると動いたように思う。
私は願った。
あの女を跡形もなく消滅させて。
存在さえなかった事にして。
私の心の棘を抜いて。
私はもうあの女に煩わされたくない。
四角い紙の角がひらひらと揺れた。
呪いというのに、紙は光を帯びる。
ふと気づくと、中央に置かれた銀の髪がその光をきらきらと反射しはじめていた。
残された血糊はその光に燃やされるように輪郭を揺らめかせ、蒸気を上げ、光の粉になって消えていった。
血糊が消えると、次は髪本体が。
厳かな、見るからに浄化の炎だった。
どういうことなのか。
私には判らなかった。
呪いの儀式が、なぜこれほどまでに光に満ちているのか。
これで本当に呪いは成ったのか。
よもや己の有り余る神聖魔力によって、無効化されてしまったのではないか。
呆然と眺めていると、しゅっと微かな音を立てて黒い煙のような靄が湧きあがった。
見慣れた瘴気に似ていた。
呪いの本体かと思えたが、先ほどから発現している浄化の炎がそれを押し包むように燃え上がった。
目を眇める。
黒い靄は消えない。
消えないが、浄化の炎も消えない。
反発する同士が離れず、拮抗し、熱が上がり。
はっと息をのむと同時に、眩い光を放ちながら、二つは宙に舞いあがってどこかへ吸い寄せられるように天井の隅へ消えて行った。
何が起こったのか。
呆然と光が消えた天井を見上げていたが、やがて、底浅の引き出しに残った呪いの図の上に焦げた文字が残されている事に気が付いた。
『呪いは、半分。祝福も、半分』
すっと背筋が冷えた。
突然、冷水を浴びせられ、熱に浮かされた頭が冷静になった気がした。
私は、一体何をしたのか。
相反する二つの力を混ぜ合わせてしまった。
ちり、っと左手の薬指に刺すような刺激が走った。
目をやると、指に馴染み過ぎて日常では存在さえ希薄になっている、根元に嵌められた魔法銀の指輪。
夫が婚約の折に、揃いで誂えて手ずから嵌めてくれた。
「親愛と信頼の印に」と言って。
魔法道具であるが故に、持ち主が定められた途端に指から離れなくなる。
優しい言葉でくるみながらも有無を言わさぬ所業だった。微かな不快感を感じたが、希少な魔法銀の装身具はそれだけで金を遥かに上回る価値があり、そこに魔力増強の魔式が組み込まれていると聞けばその価値は天井知らずであり……。要は「目がくらんだ」。
直後の遠征から役にも立ったので、気にすることもやめにした。
以来便利に使っている。
巷でもてはやされているような「夫の愛の証」というよりは、文字通りの「道具」として。
その石には、夫の瞳の色に合わせたのだろう、小さな緑の石が伏せこみではめ込まれていた。
翡翠と聞いた。
ほんの小さな屑のような石でありながら、その透明感と濁りのなさから、いわゆる琅かんというもので、滅多な事では見つからぬ石だと聞かされた。
魔法で保護されていた筈のその緑の石が。
白い濁りを帯び、透明感を失っていた。
思わず目の高さに上げた途端。
石にまとわりつくように見慣れた黒い靄が湧きあがった。
驚いて顔から離すと、靄は石を取り囲み、濁りと合わさり、そこにもまた、先ほどの文言を刻んでするりと消えた。
『呪いは、半分。祝福も、半分』
小さな石の上に残されたそれ。
濁りの中に混ぜ込まれてしまったそれ。
決して外れない指輪の中の。
私は幼い頃から日常的に神に祈ってきた。
私に取り入ろうとして油断すれば傍へ寄ってくる欲深い人間達とは違って、私は確かに、神の存在を感じていた。
今思えば私よりはずっと力の弱かった聖女の浄化を目にした時の得も言われぬ感動は忘れない。
同調した私は、本当に、天にも昇る心地を味わったのだ。
空から差す虹色の光輝を感じながら。
忘れていない。
それであっても。
私は、神の教えを反故にした。
してしまった。
私は、底浅の引きだしを震える手でそっとしめた。
呪いの図は底板にへばりついたがごとく剥がれなくなっており、またそれに下手に触れる事はどのようにか成立してしまった呪いを壊し、どこへどんな影響を及ぼすか判らない。
そんなことさえ、気にしている余裕がなかった。
終わって、後悔に襲われても、もう遅い。
呪いは、半分。
祝福も、半分。
指輪の石に刻まれてしまったそれを、どう解釈してよいのか判らない。
もしや私の聖力も神聖魔法の威力も半減したのではあるまいか。
それであれば、私は、この地位を失う事になる。
事ここに至っても、私は自分の事しか考えられなかった。
どうしてこんな人間に成り果ててしまった、と思いながらも、それでも、後悔はない、とも思いながら。
その後、どうにか気持ちを落ち着けて机の上を片付け、隠し引き出しも元に戻した。
あの女の髪が入っていた空の小箱も編み紐の小箱も。
この執務机は、私が退く時にはどう処分するか考えなければならないだろう。
移動先へ持って行く以外の方法は今のところ思いつかないが。
石は曇ったが、指輪の効果に影響はないようだった。そのことに安堵した。
相変わらず、術の度、過剰なほどの魔力を供給してくれる。
心なしか己の聖力がすり減ってきているような気がしていたが故、なおさらだ。
ただ、自身の力とは異質な魔力を己の物として調整する事が、時を追うごとに困難になってもいった。
まるで暴れ馬のようだった。
その度、左手の薬指が指輪を中心にちりちりと痛んだ。
そこからあの日見た黒い靄が今にも大量に噴き出てくるような気がした。
術は聖女の術としてきちんと成立してはいるが、そのうち崩壊するのではないかと不安に駆られた。
平静を装って王宮魔法士に私の聖力と指輪に異常がないか確かめさせた。
老魔法使いは矯めつ眇めつ私の指に嵌ったままのそれを眺め、「正常に動いている」と太鼓判を押した。
「あなたの力はじりじり減衰しているが、それは今に始まったことではない」とも。
恐らく、聖女という役割が永遠である事ではない証左なのだろうと。
私は何も知らされていなかった。
この魔法道具の制作者が彼であることをそこで初めて知った。
石が濁っている事への言及はなかった。
私にしか見えていないのかもしれない。
そんな時に、娘が、第二王女が言ったのだ。
「お母様は、聖女の術の時だけ、通常の力と違う力を使っているのですね」と。
表情は変えなかったと思うが、うまく応えられなかった。娘は気にせず、柔和な微笑を浮かべていた。王都に近い領地で崖崩れが起こって街道がふさがれ、娘二人も慰問と見学と称して着いてきた折の事だった。
帰還後、老魔法使いに確認した。
彼曰く、娘は「魔力が見える」らしい。
稀にそういう人間もいるそうだ。
魔力量が少ないので、見えるといっても微かに空気の揺らめきを感じ取る程度だとの事。
とはいえ、珍しい能力らしく、「王家にはそういう力も出やすいという事ですかな」と老魔法使いはどこか楽しそうに言った。彼には魔法の全てが好奇心の対象だから。
ちなみに長女には見えていない。
私は微かに苛ついた。
私に似ている子には何一つ王家の特色が出ず、夫に似た子にはそうではない。
その頃には子供たちに対する興味を失っていた私は、それでもそこにまた、あの「棘」を感じた。
どうして、私の周りは……
忘れていたが、この老魔法使いも私には何の心遣いも見せないのだった。
「そういえば、第二王女殿下の魔力量を調べた際、魔力の波長も調べたのですが、王妃殿下に似ておられたように思いますな」
「波長……?」
それまであまり聞いたことのない話だった。
私の場合は聖力だが、魔力は魔力だ。
「私の魔力計測器に取り付けているのです。私が魔力量を測る場合は、波長も見ていますが、皆それぞれ違いますね。興味深い事です」
「……私と第二王女は似ているの?」
「ええ。王女殿下の方は弱いですが、波形が似ておられます」
親子だとそういうこともあるのでしょうな、と更に楽しげに老魔法使いは言った。
私は娘と違って魔力を見る能力は無い。
だが、指輪が。
石が濁ってから指輪は少し、予想外の反応を見せるようになった。
第二王女の手に触れた時、ふわりと一瞬だけ、私たちの魔力が同調するのが指輪を通して伝わってきたのだ。
娘もまたそれを感じたのかもしれないが何も言わず、小首を傾げて微笑んでいた。
石の濁りは、以前より濃くなったような気がした。
「ねえ、少し相談があるのだけれど」
私は老魔法使いにそっと内緒ごとのように話しかけた。
ふ、と意識が浮かび上がった。
胸の重苦しさから一時的に解放され、眠りに落ちていたのだろう。
私は深く息をついた。
ひりひりと火傷の様な痛みが半身に走り。
また、胸に重みが生まれ始めていた。
随分長くなってしまったのに、まだ終わらない……
私は話を短くする訓練をするべきなのかもしれませぬ。
これでも色々削ってはいるんですよ?
(ボツの分量の方が多かったり)
見に来てくださってありがとうございます。




