番外編4 北の離宮で
*ご注意*
フェリクス陛下とセシーの子供が出てきておりますので、子世代が苦手な方はご注意ください。
第一王子オリバー様 十二歳
第二王子ミカル様 八歳
第一王女オフィーリア 五歳
その夏、オリバーは両親と弟のミカルと妹のオフィーリアと共に北の離宮へ避暑に来ていた。
今日は奥の庭と呼ばれる離宮の奥に広がる丘に、ミカルとオフィーリアと共にピクニックに来ている。
年が離れた兄弟だが、三人の仲は良く少し前までよく一緒に遊んでいた。
けれど、オリバーの王太子教育が本格的になったことで、ここ最近は三人で遊ぶ時間が滅多にとれなくなっていた。
だからこそ、ミカルもオフィーリアも今日を楽しみにしていたのだろう。
オリバーの右手をミカルが、左手をオフィーリアが繋ぎ、三人で黄鈴草が群生する草原を歩いて行く。後ろからは護衛の騎士と昼ご飯の入ったバスケットを持った侍女がついてきている。
「オリバーにいさま、こっちです!」
「兄上、早く参りましょう!」
「危ないから、走ってはいけないよ」
オリバーの忠告に、二人はご機嫌な返事をする。
丘を登っている途中に、ミカルが何か気がついたように顔を上げた。
「あれ、何か聞こえない?」
ミカルが立ち止まったため、オリバーも立ち止まり、オフィーリアも立ち止まる。
オフィーリアが耳を澄ます。
「フィも、きこえます」
オリバーも、『ぴぃ』とか細い鳴き声が聞こえた気がして、耳を済ます。
どうやら、丘の途中にある茂みの中から聞こえるようだ。
「僕、見つけました!」
オリバーの手を払い、ミカルが走り出す。それを見て、騎士がいち早く追いかける。
「ミカル、待って」
ミカルへと声を掛けるものの、止まる気配はない。オフィーリアもオリバーの手を引っ張って、早く行こうと促している。
「ちいにいさま、フィも!」
「フィ、待ちなさい」
とうとうオフィーリアも走り出した。
手をつないだままのオリバーも駆け足になり、丘の中腹で立ち止まっているミカルに追いついた。
そこでは騎士はミカルが見つけた物への確認を行っていた。どうやら危険はないようで、もう少し側に寄ることを許された。
「ミカル、何がいるの?」
「しっ、兄上、お静かに」
ミカルが振り向くと、声を掛けたオリバーに声を抑えるようにジェスチャーをする。
騎士は、オリバーに頷くと、一歩下がる。
オリバーはオフィーリアと共に、ミカルが見ている茂みを覗き込んだ。
「小鳥……?」
そこには一羽の傷ついた小鳥がいた。
他の動物に襲われて、羽を怪我しているようだ。
幸い茂みのおかげで天敵に見つからず生き延びることができたようだが、オリバー達が覗きこんだせいで必死で威嚇し、傷ついた羽でなんとか逃げようとしている。
その様子が痛々しく、オリバー達は、小鳥から距離を取った。
「兄上、僕たちで手当てできないでしょうか」
「うーん。どうだろう。連れ帰ることができれば手当はできると思うけれど、とてもおびえているみたいだ」
一応、侍女に頼み、小鳥を連れ帰るための籠を取りに戻って貰う。
その間も、小鳥は警戒した様子でオリバー達を見ている。
どうやってこれ以上傷つけることなく捕まえることが出来るだろうか。
ミカルとオフィーリアにも話し、三人で方法を考える。
「フィ、できると思う」
突然、オフィーリアが声を上げる。
オフィーリアが何かひらめいたようだ。
どうするつもりか、オリバー達が問う暇もなく、オフィーリアは目を伏せて手を組むと、魔力を集中させ始めた。
「オフィーリア、だめ!」
「まだ無理だよ!」
オリバー達三人は、母であるセシーリアの指導の元、毎日、魔力の訓練を行っている。
十歳を過ぎて、オリバーは魔術も教えて貰うようになったが、まだ幼いからと下の二人は瞑想による魔力の制御訓練だけだったはずだ。魔術を使おうとすることも禁止されている。だが、どうしてか、オフィーリアは治癒魔術を使おうと思ったようだ。
「フィ、できるもん!」
二人の静止は、オフィーリアを煽るだけだった。オフィーリアはさらに魔力を集中させ始め、体の周りに魔力がきらめきだす。
万が一の魔力暴走を恐れてだろう。侍女と騎士が、オリバー達を庇うように二人の前に出る。
「小鳥さんを治して!」
元気な声と共に、強い光がオフィーリアの体からあふれてくる。
光は小鳥に触れると、光は傷を癒やすように傷口に吸い込まれていった。治癒魔術の効果があるようで、小鳥の怪我が次第に治っていく。
「できた! フィできたよ!」
「フィ、すごい!」
ミカルが歓声をあげる。
「フィ、わかったから、もう止めていいよ」
「あれ、あれ? とまりません」
その言葉に、オリバーはひゅっと息をのんだ。
戸惑うオフィーリアは、あふれ出る魔力に次第に涙をにじませている。
制御訓練の際に、魔力の使い過ぎは命を削ることになるため、暴走に注意するようにといつも言い聞かされている。そのことに、オフィーリアも思い至ったのだろう。
「待って、大丈夫だから。落ち着いて」
オリバーは、言い聞かせるように、言葉をつむぐ。
お父様はいつも「どんな時でも、焦らないように」と、オリバーに言っている。その言葉を思い出したのだ。
オリバーが辺りを見回すと、騎士の一人の姿がない。おそらくは、オフィーリアの魔力暴走を見て、報告に走ったのだろう。おそらくは、オフィーリアを止められる人――母上を連れてきてくれるはずだ。
オリバーは、自分に出来ることをと思い、オフィーリアに近づこうとするが、あふれ出る魔力が強く、障壁のようになっているため近づくことができない。そこで、できるだけいつもの声色になるように気をつけて声をかける。
「魔術の訓練の時みたいに、ゆっくり息を吸って吐いてごらん」
オフィーリアが頷き、小さく肩が上下する。
「僕達がついているから、がんばって」
ミカルも我に返ったのか、応援の言葉をかけている。
オフィーリアが呼吸を整えると、少しだけ、魔力の放出が落ち着いた。
「上手だよ」
「うん、オフィーリア、とっても上手だ」
ひたすらオフィーリアを励ましていると、丘を馬に乗って駆け上がってくる人影が視界に入った。
「母上! 父上!」
ほっとして、力が抜けそうになる。母上は魔術の名手だ。きっと、大丈夫。安心したのは、ミカルもオフィーリアも同様のようだ。ミカルの目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。
母上は父上の手を借りて馬を降りると、父上と共に駆けてくる。
「みんな、よく頑張ったわね。オフィーリアは、もう少しだけ頑張れるかしら」
そう言うと、母上は微笑んでオフィーリアの手を取った。オリバーはミカルと共に、父上に抱きしめられる。
「よく頑張った。きっと、お母様がオフィーリアを助けてくれる。お前たちは二人の姿をよく見ていなさい」
「今から、お母様が魔力を流すわ。その流れに逆らわないで。一緒に、魔力を流してね」
「わかりました」
オフィーリアが頷く。
「いくわよ」
その言葉を合図に、母上がオフィーリアを魔力に添わせるように重ねていき、同調させる。
母上の魔力は深く澄んだ水のようだ。オフィーリアの魔力は、透き通った水色をしていて、その二つの魔力が溶け合っていく。母上が作り出す安定した一つの流れに身を任せながら、二人で音楽を奏でるような、そんな光景だった。
そうして、垂れ流すだけだった魔力を母上はまとめあげると、ある程度膨らんだところで、空へと打ち上げた。
天空から、雪の様に魔力の光が舞い落ちてくる。
「オフィーリア、もう、大丈夫よ」
母上の言葉にオフィーリアから力が抜けた。
「オフィーリア⁉」
「大丈夫だ。力を使いすぎて眠っているだけだ」
オフィーリアはどうやら気を失ってしまったようだ。母上が抱き留めている。
ほっとしたミカルに、父上が言う。
「オリバー、ミカル、よくオフィーリアを守ってくれた」
「みんなが無事で、本当に良かったわ」
父上と母上の言葉に、本当に終わったのだと実感がわいて、オリバーは思わず涙ぐむ。
オフィーリアを止められなかったらどうしようと、怖かった。
父上にミカルと共に抱きしめられる。
その時だった。
羽音と共に、小鳥が飛び立った。小鳥はまだオフィーリアの魔力をまとっていて、うっすら輝いているように見える。
美しい鳴き声を奏でながら上空で旋回し、しばらくすると空の向こうに飛んで行った。
「怪我、治ったみたいだね」
「オフィーリアが治したんだ」
「あの小鳥を助けようとしたのね」
母上が、納得したように頷いている。
「さぁ、戻ろうか。セシー、オフィーリアをこちらに」
「お願いします」
父上がオフィーリアを抱きかかえ、全員で離宮へと戻る。
オリバーは歩きながら、もし次があるならば、自分の力でもミカルとオフィーリアを守れるようになりたいと思うのだった。
その後。オフィーリアは数日寝込んだが、すぐに元気になった。そして、母上に叱られた。魔力の制御訓練の際に、まだ魔術を発動しないよう約束していたにも関わらず魔術を使おうとしたためだ。また、オリバーとミカルも父上から叱られたが、最後に、よく妹を守ったとも褒めてもらった。
そして、翌年以降。北の離宮では、毎年、夏になると鳥の美しい鳴き声を毎年聞くようになるのだった。






