番外編3 ダンスの練習
結婚式を挙げて数か月。
フェ―グレーン国の王宮ではエヴァンデル王国との国交が盛んになってきたことによる影響が出ていた。エヴァンデル王国からの客人をもてなすため、ダンスを取り入れた夜会の席が多くなり、皆、習得に励んでいるのだ。
私は公爵令嬢として一通りステップは学んでいるけれど、聖女としての務めもあり夜会に出席した回数は多くない。そのためフェリクス陛下がステップを一通り体に覚えた時点で一緒に練習することになっていた。そして、今日がその練習の第一日目だった。
私はフェリクス陛下が迎えに来られる前に、もう一度、自室の大きな姿見の前に立った。
深い青の踊りやすい布の靴と、ダンスが栄えるようドレープを多めに取ったドレス。安全を取って、髪飾りではなくリボンを編み込んでもらっている。
(自分ではおかしいところはないと思うけれど――)
鏡越しに後ろに控えているマリーと目が合うと、マリーは微笑みを浮かべたまま頷いた。
「とてもお似合いでございます。きっと陛下もお喜びになられるでしょう」
「そうだと嬉しいわ」
「間違いありません」
「マリーもダンスを練習しているのよね」
「はい。宰相閣下からは、いずれこの王宮で国を挙げての夜会を開きたいと伺っております。ですので、大変ありがたいことに、こちらに勤める私たちにもお声がかかっております」
実は私にも、宰相閣下から内密にダンスを趣向とした夜会を開かないかとお話がきている。
もちろん引き受けたので、もう少ししたら夜会のことを公示する予定だ。
マリーと話をしていると、フェリクス陛下の来訪を告げる取り次ぎの者がやってきた。許可を出すと共に、私も迎えに行く。
そこには、ダンス用の衣装を身につけたフェリクス陛下がいらっしゃった。
私とおそろいの青の布地に、縁飾りは銀色を基調としたロングコートを身にまとっていらっしゃる。
ダンスの文化はエヴァンデル王国のものだから、衣装もどうしてもエヴァンデル王国風のものになる。
ダンスの際に栄えるよう、いつもよりも装飾の多い服装のフェリクス陛下は、一段ときらめいて見えた。一瞬見とれていた私に陛下が言う。
「今日はよろしく頼む」
「精一杯努めます」
差し出された手を取ると、陛下は内緒話をするように口元を私の耳へと近づける。
「今日の装いもよく似合うな」
囁かれたストレートな褒め言葉は、嬉しいものだった。私も素直に思ったことを伝える。
「ありがとうございます。フェリ様もとても素敵です。見とれていました」
「着慣れないからか少々不安だったが、セシーがそういうのなら大丈夫のようだな」
そうしてフェリクス陛下と二人、ダンスホールへと向かった。
ダンスホールは、宮殿の中庭を望む風の通りが良い部屋を改装して作られている。
室内には既に演奏家の方々とダンスの先生が待機しておられた。挨拶をして、早速練習に入る。
まずは相手がいる状態でのステップの確認ということで、先生が手拍子と共にカウントを取ってくれる。共にゆるやかなステップを踏み、歩幅を調整しながらホールを半周したところで、先生が手拍子を止め口を開いた。
「お二人ともお上手です。陛下は今日が初めてと伺っておりましたが、とてもそうは見えませんでした。少々難易度が上がりますが、次は伴奏をつけますので、音楽にあわせて踊ってみてください」
先生の合図で、ゆったりとした曲の演奏が始まる。
フェリクス陛下と呼吸を合わせ、足を踏み出した。
「まずは、基本のステップで一周なさってください」
フェリクス様のステップには迷いがない。そのうえ、私にも注意を払ってくださっているので、私が先に進みすぎることも、置いていかれることもない。少々ぎこちない感じはするが、無難に一周を終えた。
しかし、先生的にはまだまだのようだ。
「お互いを気遣うのはとても良いことですが、二人で踊る感覚が掴めましたら、もう少しダンスを楽しむ余裕をお持ちください。では、もう一周お願いします」
「ダンスを楽しむ余裕、か」
フェリクス陛下は、先生の言葉に頷いておられる。先生のお言葉で少しフェリクス陛下のぎこちなさがとれていく。私もお手本通りに踊ることよりも、フェリクス陛下とのダンスを楽しもうと体を動かす。
何周も繰り返すうちに、陛下の動きと自分の動きがかみ合い、踊っていてふっと体が軽くなるのを感じることが多くなる。それが楽しく自然と微笑んでいたようで、気がつくと陛下も楽しげに目を煌めかせておられた。陛下も同じように思ってくださっているのだろうか。
今まで踊ってきた中で、一番楽しい体験だった。
「すごくよくなっておられます」
先生の声に、意識がそれたのがよくなかったのだろう。
次の瞬間、ステップが乱れた。
「あっ」
テンポに遅れバランスを崩したところをフェリクス陛下が支えてくださった。
転倒は免れたけれど、私が陛下に抱きついたような形になってしまって少し恥ずかしい。
「セシー、大丈夫か?」
「はい。支えてくださって、ありがとうございます」
気がつくと、呼吸が少し上がっていた。
怪我がないかを確認され、問題はなかったものの、先生は私が疲れたと判断したのだろう。
「本日はここまでと致しましょうか」
「それがよいだろうな。今日は有意義な時間を過ごせて楽しかった。礼を言う」
「ありがとうございました」
「過分なお言葉、身に余る光栄です」
「次回も楽しみにしている」
「かしこまりました。お二人とも、とても上達も早いようですので、次回はもう少し難しいステップも混ぜてみたいと思っております」
「そうか。練習しておこう」
辞去の挨拶をした後、なぜかフェリクス様は私を横抱きにすくい上げた。
「フェリクス陛下?」
「疲れているようだから、な」
変わらぬ微笑みを浮かべたままの先生に見送られ、ダンスホールを後にした。
◇◇◇
部屋に戻ると果実水が準備されていた。ソファに座り、二人でそれをいただく。
「ダンスというのはただ音楽に合わせて足を運ぶだけではないのだな」
どうやら、フェリクス陛下もダンスの楽しさに目覚めてくださったようだ。
頷く私に楽しげに目を細め、陛下は続ける。
「夜会に取り入れる日はまだ先になるだろうが、楽しみだな」
「はい」
「その際は、采配を頼むと思う」
「皆が楽しめるような夜会にできるよう務めます」
ダンスのないフェーグレーン国の夜会も好きだが、夜会でフェリクス陛下と踊るのは楽しいだろう。
その際はダンスが得意な人も苦手な人も皆が楽しめるような夜会にしたい。
書籍版・電子版ともに本日2/17発売となります。
皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
よろしければ、書籍版もお手にとってお楽しみくださると嬉しいです。
明日は子世代編も一話更新します






