番外編2 遠い日の約束
宰相視点です。
*ご注意*
フェリクス陛下とセシーの子供が出てきておりますので、子世代が苦手な方はご注意ください。
「さいしょう様、いま、よろしいですか?」
幼い声と共に、私の執務室に入室を求めたのは、フェリクス陛下とセシーリア妃殿下の第一子、オリバー様だ。
オリバー様の名は、フェリクス陛下の今は亡き兄君の名を頂いたと聞く。
名付けは妃殿下も賛同されてのことと聞くので、彼女がご納得されているのならば私が口を挟むことではないが、名づけられたお名前を初めて聞いた際は、亡き御方のことが偲ばれた。
扉に出向き、幼い子供には少々重いであろう扉を開けると、オリバー様がおつきの者と共にいらっしゃった。
オリバー様は、もうすぐ七歳になられる。
第二王子のミカル様は御年三歳だ。今の時間なら保育室にいらっしゃるのだろう。
「どうなさったのですか?」
ソファへと案内し、侍女にオリバー王子のための飲み物を準備させる。
本日は、陛下と妃殿下も午後からご家族のお時間を取られると伺っていた。
もうすぐその時間だが、このようなところにいらしてどんなご用事だろうか。
オリバー王子はソファに座るなり身を乗り出すようにしておたずねになる。
「さいしょう様は、むかし、かみが長かったって、ほんとう?」
一瞬、言われた意味がわからず目を瞬いたものの、すぐに以前の髪型の話を誰かから聞かれたのだろうと思い至る。
髪は、かつてオリバー様が初陣に赴かれる際、無事王位を継がれることを願って伸ばし始めた。しかし、オリバー様は王位を継がれることなく、何度目かの戦場で命を落とされた。
いつかは切らなければならないと思いながら、次兄のベルトルド様も戦場にて命を落とされてしまい、せめてオリバー様の弟君であり、かつての教え子でもあるフェリクス陛下がご結婚なさる姿を見届けるまでは、と伸ばし続けていた。
そして、陛下がご結婚されたのを機に、短髪を維持していた。
「そうですね。何年も前の話ですが、伸ばしておりましたよ。どなたから伺ったのですか?」
「ちちうえがおっしゃっていたの」
「そうでしたか」
「どうして切っちゃったの?」
「そうですね、もともとは願いが叶ったら髪を切ろうと思っていたのです。
けれど思いがけず切る機会を失いまして、伸ばしたままになっていました。ですので、自分への区切りを兼ねて陛下のご結婚を機に切ったのです」
オリバー様には驚く話だったのか、目を丸くされている。
「おねがいごと?」
「遠い昔の約束です」
陛下と妃殿下のご尽力で、今は、かつてと比べて遙かに平和となった。
フェリクス陛下の母君が亡くなられてからフェリクス陛下がご即位なさるまで、この国は暗黒時代だったといっても過言ではないだろう。
この国の歴史として、いつかはお教えする必要はあるけれど、健やかにお育ちのこの方に、今伝える必要はない。
「殿下が大きくなられましたら、いずれお話し致します」
「うん! わかった!」
ご納得頂けたことにほっとする。
「そういえば、本日は陛下と妃殿下とお出かけではなかったですか?」
「そう! これから、お母様とお父様と一緒に町に行くんだ。ロクムっていうアメを買ってもらうんだよ!」
「そうでしたか。楽しまれてきてください」
「さいしょう様はお留守番?」
そう言った後、誘った方が良いだろうかと迷う様子を見せるオリバー様が微笑ましい。
「そうですね。せっかくのご家族でのお出かけですので、私はここでお仕事をしています」
「そっか、僕、お土産買ってくるね」
「楽しみにしております。
戻られたらまたお話しをお聞かせください」
「うん! 約束だね!」
そういうと、オリバー様は侍女の準備したジュースを飲み干し、席を立たれた。
「それじゃ、もう行かなきゃ。また来るね」
そうして元気よくご挨拶をなさった後、部屋を出ていかれた。
飲み干されたコップを侍女が片づけ、執務室は再び静かになる。
同じ名を持つ方だが、あの方とオリバー様とは全く違う方だ。
そこにどうしても面影を探してしまうのは、私が未熟だからだろう。
それでも、私は陛下のためだけではなく、いずれこの国を継ぐあの方のためにも、この国の平和を維持し、可能ならより良い状態で繋いでいきたいと思う。
しばらくして、暖かな日差しの差す窓の向こうから、オリバー様のはしゃぐ高い声がかすかに聞こえてきた。
その声に、再び髪を伸ばしてみようかと思うのだった。