32.売られた聖女は話を聞く
部屋に入ってきたヤコブソン隊長はいつもの研ぎ澄まされた気配がかげり、どこかやつれた様子だった。
グルストラ騎士団長が立ち上がる。
「第五騎士隊隊長ヤコブソン、呼んでいないというのに、何をしに来た」
私と陛下に背を向ける形で立ち上がったグルストラ騎士団長の声音は、厳しい。
ヤコブソン隊長はその場でさっとひざまずき、騎士の礼を取った。
「申し上げたき儀がございます」
「それはこの場でなきゃいけねぇことか」
「はい」
グルストラ騎士団長は、仕方ないというふうに方をすくめると、ヤコブソンの方に近づき、陛下の方に振り返った。そして、ヤコブソン隊長と同様にひざまずいた。
「グルストラ騎士団長!」
騎士団長がヤコブソン隊長を庇おうとしていることがわかり、宰相がとがめるように厳しい声を上げる。
グルストラ騎士団長は頭を下げたまま発言する。
「本来なら、突然やってきたからと発言が許されることでないのはわかっています。
ですが、こうまでしてやってきたヤコブソン隊長は、何か重要な話があると思うのです。
後で処罰は受けさせます。
しかし、騎士団長として、陛下には、第五騎士隊の隊長に発言を許してほしく思います」
しばらくの黙考の後、フェリクス陛下は頷いた。
「よかろう。話してみよ」
頷く陛下に、宰相は短く息を吐く。けれど、何も言わなかった。
「ありがとうございます」
グルストラ騎士団長が、さらに深く頭を下げる。
それに続くように、ヤコブソン隊長も頭を下げた。
「発言をお許し頂けたこと、感謝いたします。
そして、まず、ロセアン様に謝罪をお伝えさせてください。
せっかくの浄化の申し出を断り続けたこと、そして、魔力に干渉する飲食物を提供してしまったこと、大変申し訳ありませんでした」
「確認させてください。
あの日、いただいたお菓子と飲み物に、魔力を乱す効果があるとはご存じなかったと伺いました。
それは本当ですか?」
私が尋ねると、ヤコブソン隊長は言いにくそうに口を開く。
「……あのお茶に関しては、存じませんでした」
「おい、それはどういう意味だ」
ヤコブソン隊長の言葉に、グルストラ騎士団長が反応する。
「待て。話を聞くのが先だ」
思わず立ち上がったグルストラ騎士団長を陛下が止める。その声音は厳しい。
陛下は、無言でヤコブソン隊長に続きを促した。
「あの日、本来なら別のお茶をお出しする予定でした。
しかし、直前でそのお茶に毒が混入されていることに気がつきました。
代わりとなるものが、先日帰省した騎士のあの茶葉しかなく、このような結果になるとは存じずお出ししました」
「その茶葉はあるのか」
「こちらです」
「あなたの言葉をそのまま信じるわけにはいきませんが、それはパルム医師に解析にまわしましょう。
エーリク事務官、至急持って行ってください」
フェリクス陛下の問いに、ヤコブソン隊長が差し出した缶をエーリク事務官が受け取り、退室する。
「なぜ、毒があると気がついた?」
フェリクス陛下の問いに、ヤコブソン隊長が顔を上げ告げる。
「少し、長くなりますがよろしいでしょうか」
「話せ」
陛下が短く促す。
「ご存じかもしれませんが、私はもともと貧しい家の生まれです。
レンネゴード様に取り立てて頂くことができたからこそ、騎士団の試験を受けることもできましたし、隊長職まで上がることができました。
その点では感謝しています。
ですが、取り立てて頂く代わりに、レンネゴード様の意思を汲み手足のように働くことが求められました。
役職が上がってからは、特にその命令内容も酷くなり、ここでは口に出すのがはばかられるような仕事を頼まれることが多くありました」
「あの人の敵対者が不慮の事故でなくなることが多かったのは、そのせいですか」
宰相が目を細めて頷いている。
ヤコブソン隊長は続ける。
「騎士団では、陛下たちがアーネスの村からお戻りになって以降、騎士団で陛下とロセアン様の親しさについて噂が広がっていました。
その頃からずっと、レンネゴード様からはロセアン様を排除するよう命令されていました。
私は接点がないということで、その要請を叶えることができないとご報告していました」
それが、私の浄化を拒んでいた理由だろうか。
「レンネゴード様は、お嬢様のマルティダ様を陛下のお妃様にして、権力をもっと手に入れるのだというのが口癖でした。
そして、先日の夜会の失態で、後がないとお考えのようです。
あの日はロセアン様のお茶の準備をしていた際、茶葉から変な匂いがすると鼻のきく部下から報告が入り、まさかと思い確認したところ、匂いから毒だと判断しました。
部下には茶葉が悪くなっていたようだと言って別の茶葉を探させたのです」
「では、茶葉に仕込んだ毒はお前が用意したものではないと、そういうことだな」
ヤコブソン隊長はグルストラ騎士団長に同意した。
「はい。私の他にも第五隊にはレンネゴード様の息のかかったものがいるようですが、誰がそうなのかは私も存じません。
私としては、身を削り騎士団やこの国のために働いてくださっているロセアン様のことを害するようなことをしたいなどと思っておりませんでした。
けれど、昨夜、再び私に命令がくだされました。
治癒魔法が使えない今のうちに、その――、今度は確実に、ロセアン様を害するように、という命令です」
ヤコブソン隊長は言いにくそうに私を見る。
「今回、たとえ私が断ることができたとしても、おそらく別のものがやってくるだけでしょう。
あるいは、別の者も同時に命令を受けているかもしれません」
「それを我々に言いに来たということは、お前はどうしたいのだ」
フェリクス陛下がヤコブソン隊長に問う。
ヤコブソン隊長はより頭を下げた。
「ロセアン様のお命をお守りし、どうかレンネゴード様を止めてください。
私は隊長の職を返上し、これまで騎士団を裏切っていた罰を受けます。
レンネゴード様にとっては、私を助けたのは、ただ、便利に使う人間がほしかっただけのことかもしれません。
ですが、何の身分も持たず、貧しかった私を、支援してくださったのはあの方だけなのです。
本来なら、恩を受けた私が止めて差し上げるべきなのはわかっています。
ただ、私ではレンネゴード様を止めるだけの力もなく、かといって、ロセアン様をお守りするだけの力が足りないのです」
「ヤコブソン隊長の言い分はわかった」
グルストラ騎士団長が頷く。
「しかし、今の話だけでは、レンネゴード卿を罰することはできません」
「茶葉も、直接レンネゴード卿の手から押収したわけではないのだ。証拠にはなるまい」
「そもそも、今の話をすべて信じてよいものか」
トルンブロム宰相とフェリクス陛下が頷く。
ヤコブソン隊長の顔には血の気がなく白いままだ。
「だが、セシーリア嬢が危険にさらされる可能性があるのなら、対処は必要だ」
フェリクス陛下が私の方を見る。
「この身に代えてもあなたに危険がないように取り計らうつもりだ。セシーリア嬢、あなたにもご協力願いたい」
「かしこまりました。よろしくお願いします」
陛下は頷くと再びグルストラ騎士団長とヤコブソン隊長の方を向いた。
「グルストラ騎士団長、この件に決着がつくまでヤコブソンの処分は一旦保留とするように。
ヤコブソン、お前はここで拘束することになるが、よいな」
「……信じていただいて、ありがとうございます」
ほっと肩の力を抜くヤコブソン隊長に、トルンブロム宰相がいう。
「表立って拘束しては、レンネゴード元大臣に知られる可能性があります。
何か理由を考えないといけないでしょうね」
「そうだな」
その後、さらに詳しい話がなされ、段取りが決められた。






