31.売られた聖女はお休みをもらう
魔力が使えなくなり二日経った。
私は、相変わらず魔術を使えないままでいた。
体感ではわずかに回復の兆しはある。
ただ、それはそれまでさらさらと指からこぼれていくばかりだった魔力が微かに手のひらに留まるようになったというだけの違いで、魔術が使えないことに変わりはなかった。
私が倒れたために休止となっていた騎士団の浄化と治療と私自身の魔力の調査は、魔力が回復してから再開するということで正式に休みに変わった。
普段あまり話すことのない騎士たちや城内で仕事をしている人たちの中には、私が魔術を使えなくなった話を聞き、態度を変える人もいる。
ただ、身近にいるマリーやエーリク事務官はこれまで通りと変わらぬ態度をとってくれていた。
今日は、これから休みに入る挨拶にグルストラ騎士団長のところまで行くことになっている。
いつものようにエーリク事務官と共に騎士団の建物に向かう。
エーリク事務官が取り次いでくれて騎士団長の執務室に入る。
ここに入るのは二度目だった。
「失礼いたします」
「おう。こっちだ」
執務を行っていたグルストラ騎士団長が立ち上がり、応接用のソファに移動する。
エーリク事務官は入り口付近で待機するようだ。
それぞれ一人がけの椅子だ。
私は着席する前に頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「話は聞いてる。難儀してるのはロセアン嬢の方だろう。
むしろ、うちのやつらが関わっているかもしれないんだ。
謝る必要はない。その、早く回復するといいな」
「お気遣い頂いて感謝致します」
「別に気遣いってわけじゃねぇよ。まぁ座ってくれ」
グルストラ騎士団長にうながされて着席する。
「こうして、ロセアン嬢が来てくれて陛下だけではなく俺たちにも惜しみなく力をふるってくれていたことこそが幸運だったんだ。
騎士団の任務は過酷だ。
何年に一回は辺境の任務がまわってくるし、普段だって魔獣の対処に国内をかけまわる。
これまでは怪我をしたって、治療は受けられるが、基本は自己治癒能力に頼るしかないのが普通だった。
浄化の魔術なんて、使えるものはいなかったんだ。
だから今回のことはひとまずは休暇だと思ってゆっくり休んでほしい」
「……過分なお言葉を、ありがとうございます。
そんな風に思ってくださっているなど、思っていませんでした」
「そうか?
ま、あんまり言う機会もないかもな。でも騎士団でロセアン嬢の治療を受けた人間はみんな感謝しているはずだ。
そういうわけで、ロセアン嬢にまた力が戻ったら期待してるぜ」
当然のように私に力が戻るという態度をとる騎士団長に心があたたかくなる。
「さて、それじゃ送っていこう」
「そこまでしていただくわけには」
「あっちの息抜きさ」
グルストラ騎士団長の視線の先には書類が山と積まれていた。
思わず笑みがこぼれる。
「やっと笑ったな。騎士団の人間だって怪我をすればその期間、休むんだ。この程度のこと、気にすんなよ」
そうして、騎士団長の部屋を退室した。
騎士団長の部屋を出て、エーリク事務官と三人で出口に向かい廊下を進んでいると、廊下の先の曲がり角の方から話し声が聞こえてきた。
「け、聖女様はまたお休みか」
「お前らまだ浄化を受けてないんだっけ?」
「そうだよ。やっと受けれると思ったのに、俺らの治療は嫌だとよ。やっぱ陛下のご寵愛がある方は何やっても許されるのかな」
「おい、それくらいにしておけよ。何か事情がおありかもしれないだろ。それに、聖女っていうのは団長と陛下からやめるように言われてたろう」
「どうせ誰もいないんだしいいだろ」
隣にいる騎士団長は怖い顔をされている。
そうかと思うと一瞬後には飛び出していかれた。
「お前、所属と名前をいえ」
「え、団長!?」
「そっちのお前もだ」
騎士団長を追いかけると、グルストラ騎士団長は騎士の一人の上に馬乗りになり、もう一人はしっかりと手で捕まえていた。
あまりの早業に、『さすが』というしかない。
グルストラ騎士団長に捕まった二人の騎士はどちらも青い顔をしている。
「わりぃ、こいつらから詳しく話を聞こうと思うから、ここまででいいか?」
「かしこまりました」
騎士団長にうなずいて、騎士たちの方を向く。
「一つだけ、訂正をさせてください。私は、皆様の浄化を嫌だと思ったことはありません。
今は魔力が使えずに中断しておりますが、回復しましたら必ず浄化するとお約束します。
それでは、失礼します」
騎士たちのうち、暴言を止めていた方の人は必死に頷いている。
グルストラ騎士団長に馬乗りになられている騎士は、ふてくされたように顔をそむけた。
私はエーリク事務官に促されるようにして騎士団の建物を後にした。
好意的に受け止めてくれる人ばかりでないことは自覚していたが、実際に言われると大分こたえた。
翌日、宰相の執務室まで呼び出しがあった。
迎えに来たエーリク事務官と共に二人で向かう。
(昨日のことかしら……?)
エーリク事務官も詳しい話は知らないようで、なんだろうと思いながら向かう。
取り次ぎの後、宰相の執務室に入ると、中には宰相の他にフェリクス陛下とグルストラ騎士団長もいた。
中に入ると、私だけ上座におられるフェリクス陛下の隣の席に誘導される。
私の正面にグルストラ騎士団長、陛下の正面にトルンブロム宰相が座り、エーリク事務官は扉の近くに壁を背にして留まった。
私が座るなり、グルストラ騎士団長が勢いよく立ち上がり頭を下げる。
「ロセアン嬢、今回のこと本当に申し訳ない!」
「昨日のことでしたら、気にしておりません」
「そうだけど、そうじゃねぇ」
「グルストラ騎士団長、それでは話が伝わりませんよ」
「そうなんだがよ、どう言えばいいっていうんだよ」
「一つずつ、順を追って話すしかないでしょう」
見かねたトルンブロム宰相が口を挟んでくれた。
「そうだな。まずは、昨日の話からするしかねぇか」
グルストラ騎士団長が頷いて、椅子に雑に座った。
フェリクス陛下は腕を組み、黙って話を聞いている。
「昨日の二人だが、悪口を言っていた騎士は第五隊所属だった。
止めていた方は第二隊所属の騎士だ。
詳しく話を聞くと、第五隊の間で『ロセアン嬢の意思で浄化を休んでいる』という噂が出回っていることがわかった。
他の騎士隊に話がまわっていないのは、第五隊以外のほとんど全員が浄化を受け終わっているからだと思う。
軽々しく噂話をしていた二人には、騎士団の規則にもとづいた懲罰をそれぞれ与えている。
不快な思いをさせて、本当に申し訳なかった」
「お話はわかりました。ですが、昨日の件は私からもきちんと訂正いたしましたし、事情をわかってくださったのならこれ以上の謝罪は不要です」
「感謝する」
そういうと、グルストラ騎士団長はもう一度頭を下げていた。
「もう一つ、お話があります。こちらは私の方から話しましょう」
続いて、トルンブロム宰相が口を開いた。
「ロセアン殿の魔力に関してです。
第五騎士隊で出された飲み物と食べ物に、同時に摂取すると一時的に魔力を乱す成分が含まれていることがわかりました。
作用するのは魔力に関してのみ。だから魔力を持たないエーリク事務官には効果がでなかったようです。
私の部下で魔力を持っているものに協力してもらい、効果を確認しています。
パルム医師によると、摂取した量にもよりますが、効果は長くても十日ということでした」
「ということは、元通り魔術を使えるようになるのですね」
どこか緊張していた体から力が抜ける。
魔術を再び使えるようになる、という事実がとてつもない安堵をもたらしていた。
「そうですね。
それ以外に怪しいものは含まれていないとのことですからそう思って頂いて大丈夫でしょう。
第五騎士隊のヤコブソン隊長に話を聞きましたが、あちらでもこの食べ合わせの効果を把握しているものはいませんでした。
念のためにこちらでも調査をしたが、菓子については隊長は頻繁に食しており、お茶については偶然里帰りしていた騎士が珍しいものだからと提供した、という証言を得ています」
納得のいく説明だ。
けれど、これまで積み重なってきたことを考えると、本当に今回のことが事故だったのか、さすがの私も疑いの気持ちがわきあがる。
「また、第五隊か」
フェリクス陛下がぽつりとこぼす。
宰相も同じように考えているのか頷いた。
「そうですね。偶然にしては、第五隊関連で事件が起こりすぎている気がします。
最初にロセアン殿の浄化を受けようとしなかった件でエーリク事務官から報告を受け、第五隊を中心に再調査を行いました。
そこで、第五隊の隊長を務めているクリストフェル・ヤコブソンは、現在謹慎を言いつけているレンネゴード卿の領地出身だということがわかりました。
関連がないか現在調査を行っているところです」
「そうか。引き続き頼む」
「はい」
トルンブロム宰相が私に向き直る。
「ロセアン殿に一つお願いがあります。
これから毎日パルム医師の診察を受けてもらいたいのです」
「魔術が使えるようになったかを、見てもらうのですね」
「そうです、よろしいですか?」
「わかりました」
そうして話がまとまりかけた時だった。
執務室の扉がノックされ、入室を求める声がする。
取り次ぎに出たエーリク事務官が、宰相に意見を伺いにやってくる。
宰相が陛下を仰ぎ、陛下が頷いた。
そうして、入ってきたのは第五騎士隊のヤコブソン隊長だった。






