ハンター
「ここがハンターギルドだ」
カイルがそう言って指さした先には、一軒の建物が立っていた。その建物は木造の平屋で、人が数十人入れる程度には広かった。
「ありがとう、カイル」
「どういたしまして。それよりも、本当に大丈夫なのか?」
「うん。さすがに何もかも世話になるわけにはいかないから……」
そう言って苦笑する和人。
二人が話しているのは、先日の「面倒を見る」といったカイルの発言についてだ。カイルは本当に和人の衣食住の面倒を見ようとしていたらしく、これにはさすがに和人も顔を引きつらせた。最終的に、「命の恩人にそこまで世話になるのは忍びない」と言ってカイルを説得した。
もちろん、この他にも理由はある。そこまで干渉されてしまうと、和人が異世界人であるということが露見しかねないのだ。和人が異世界転生したということは当然ながら機密事項。ばれると間違いなく面倒なことになるだろう。であれば、必要以上に関わりすぎるのは危険だという判断だ。
「そうか……まあ無理強いは良くないしな」
カイルも和人の言い分に納得してそれ以上は踏み込んでこなかった。
「それじゃあ、俺はここで」
「うん。本当にありがとう、カイル」
「さすがに、襲われてるところを見過ごすわけにもいかないからな」
カイルはそう言って笑う。それにつられて、和人の顔にも笑みができた。その後、カイルは和人と別れ人混みの中に消えていった。
(根が良い人だったな……)
和人はカイルを見送りながら、心の中でそう思うのだった。
やがて、和人も振り返ってその建物--ハンターギルドに向かう。その扉を開けると、カランと鈴の音が鳴り和人が入ってきたことを知らせる。その音を聞くや否や、ギルド中の視線が和人に向いた。
一斉に見られ和人はびくりと肩を跳ねさせるが、その時には視線のほとんどは興味をなくしたように和人からは外れていた。突然の事態に驚きつつも、和人はまっすぐ進む。その先にはカウンターのような机、そしてその奥で同じ服を着て座っている受付嬢らしき女性たち。
「すみません、いいですか?」
和人はカウンターまで着くと、その奥の女性の一人に声をかけた。女性のほうは、驚いた様子も見せずに決められた動きをするように和人に対応する。
「はい。どうしましたか?」
「ハンターのことについていくつか質問があるんですが……」
「わかりました。どうぞ、質問してください」
和人はそれを聞いて、遠慮なく聞きたいことを尋ねだした。それらの情報をまとめると以下のようになった。
まず、ハンターは魔物を討伐して報酬を得る仕事である。魔物の討伐についてはギルドがクエストを発注するので、ハンターはそれを受注すればいいそうだ。それで書かれた内容を満たせば、クエスト達成となる。
次に、ハンターは非常に死亡率が高く、好んでなりたがるような職業じゃない。ハンター人口が全人口の一割もいないこの世界では、ギルド側としては、まさに猫の手も借りたいくらいハンターが過疎状態なのだ。
そこでギルドは、腕利きならばどんな人物でもハンターにさせようとする。実際、ハンターになるための条件というのを、ギルドは全く定めていない。
こうなったときに、腕利きのハンターというと、後ろ暗い過去を抱えている者が多くなってくるだろう。彼らはそんな過去を晒そうとすることはなく、これを知った人物を何もせずに放っておくなんてこともない。したがって、ハンターの間では「ハンターの過去は詮索しない」ということが暗黙の了解として伝わっているそうだ。
和人はこれを聞いて、ハンターになることを決意した。自称記憶喪失でも働ける仕事というのは、これくらいしかないだろう。今更だが、こうまでして和人が仕事に就きたがるのはもちろん金を稼ぐためだ。カイルは餞別と言って最低限の金銭は渡してくれたが、それでは宿も食事もままならない。ここで暮らしていくには自分で仕事をするしかないのだ。
そんなわけで、ハンターになる旨を受付嬢に伝えると、
「そうですか。では、少々お待ちください」
そう言って、席を立ちカツカツとその場から去っていってしまった。そのまま待機すること数分、和人の前に現れたのは小さな板のようなものと小刀を持った受付嬢だった。
「それでは、この板の上に血を垂らしてください」
「血?」
「はい。そうすることで、ハンターとしての情報がこれに記載されます」
受付嬢はそう言って、板を手渡してきた。和人はそれを受け取りながら確認してみるものの、特別変わったところは見当たらない。縦7センチ、横10センチほどの、免許書と同じくらいの大きさの木の板だ。
和人は訝しげに思いながらも、言われたとおり小刀で親指の薄皮を切り、板の上に血を落とす。
すると、血が板に吸い込まれるように消えていき、代わりにその表面に文字が彫られ始めた。音もなく変化していくそれを、和人は目を丸くしながら見ていた。
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三河和人 17歳
ジョブ:ガンナー Lv.1
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変化が終わり、板の表面にはこのように書かれていた。書かれた文字は日本語ではなかったのだが、和人にはそれが何を意味するのかしっかりと把握できる。和人が目の前で起こった不思議な光景にしばらく放心していると、受付嬢が話し出した。
「こちらがあなたのギルドカードになります。これはハンターであることを証明するカードですので、なくさないようにしてください。また、紛失した場合は再発行を受付まで依頼に来てください」
唐突な説明に、和人は慌てながらも説明に集中しだす。それから、受付嬢からギルドカードに書かれていることについて説明された。
名前と年齢は言わなくてもわかる。ジョブというのは、ハンターになるにあたってどんな武器や戦い方が最も好ましいのか、その適性のようなものらしい。
例えば、剣士だったら剣を使うことに長けていて、敵との至近距離での一対一が得意。魔法使いなら魔法を使った後方からの支援・大規模攻撃が十八番。他にも、弓での遠距離の狙撃を得意とする狙撃手、体力と耐久力に優れ敵の攻撃を受け止めるのに特化したタンクというジョブもある。
また、Lv.というのはレベルのことだ。魔物を倒すと経験値というものが得られ、その量が一定に達するとこの数値は上昇する。魔物が強ければ強いほど得られる経験値は大きくなる。レベルとは言わば、そのハンターがどれほどの実績を積んでいるかの指標になる数値と言えるだろう。
もちろん、レベルが上がることによって得られるメリットはそれだけではない。レベルが上がることでハンターのステータス値が上昇する。これはギルドカードには書かれていないことなのだが、その人間の基礎的な能力を数値化したものらしい。これが上がると、当然ながら強くなる。なので、ハンターたちは安全に倒せる魔物でレベルを上げて、倒せる魔物の強さを徐々に上げていく、というスタンスが基本なのだ。
余談だが、ギルドカードにステータス値が表示されないのは技術不足だかららしい。ギルドカードに血を垂らすとその人物の情報が書きだされるのは魔法によるものらしい。存在は分かっているが、目に見えない数字、それがステータス値なのだ。これは日夜研究されて、はっきりとわかるようになるのも時間の問題だという。
そのような説明を聞かされた和人は、なるほどと頷く。だいたいはゲームとかでよくある設定だ。例えるなら、リアルハンティング要素のあるRPGといったところだろう。そもそも、現実をゲームで例えるのはいかがなものかと思うが……
「これで説明は以上です。なにか質問はありますか?」
「いや、ないです」
「それでは、ジョブに合わせた武器を渡しますのでこちらに来てください」
そう言って席を立ち、誘導する受付嬢。和人は黙ってそれに付いていく。
ギルドとしては、ハンターに魔物を討伐してほしいので、そのための支援は惜しまないようにしている。新人ハンターにそのジョブの武器を提供するというのも、その一つだ。ギルドには武器庫があって、そこで様々な武器を保管しているらしい。
和人はその道中でずっと考え事をしていた。それは、知った時から今まで頭から離れなかったこと。
(ガンナーってなんだよ…………)
和人は声には出さずに、心の中でそう言った。
異世界転生して、ハンターになり、そのジョブがガンナーだったのだ。魔法とか使ってみたいな~、という和人の夢もロマンもぶち壊しにされたのである。和人はがくりと肩を落とす。
ハンターのジョブというものは先天的に決められている--つまり変更が効かないのだ。例え、どれだけ魔法使いに憧れていたとしてもガンナーだと言われたら渋々頷くしかない。
もちろん、違うジョブの武器を使うこともできる。ジョブはあくまでも適正であって、絶対的な使用規則というわけではないのだから。しかし、適正でないジョブではどう頑張っても本職には及ばない。素直にそのジョブになった方が、確実に強くなれる。
そんなわけで、和人は自分がガンナーであることを受け入れるしかないのだ。
「はぁ~~」
和人は失意のため息をつきながらも、ガンナーになるために受付嬢の後に続くのだった。