第15話
◆◇◆◇◆
私、平岡愛梨は今日を楽しみにしていた。
なぜなら今日は紫苑とデートーーだと本人は思っているーーの予定だからだ。
「なんか今日嬉しいそうね」
お母さんには雰囲気でバレたようだ。
「この後紫苑と遊びに行くの」
別に珍しいことではない。幼い頃からよく遊んでいた。
「本当に紫苑君が好きね。高校でも同じクラスになれてよかったわね」
「うん!」
正直不安だった。
中学の友達とはつながりが薄くなったし、まして男子というと紫苑くらいしか連絡すら取っていない。
高校生になったら自然とそうなるだろうなと思っていたが、紫苑と疎遠になるのはどうしても避けたかったのだ。
だがら、高校でクラスが同じだとわかったときは入試に合格した以上に嬉しかった。
また紫苑とお喋りしたり遊んだりできる!
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彼のことは昔から好きだった。
この気持ちに気付いたのは、小学校の高学年あたりだと思う。
幼稚園も同じだった紫苑とはいつも一緒にいた。楽しかった思い出ばかりだ。
彼の両親は海外にいるらしく、姉と二人で暮らしている。小学校まではよく遊びに行った。
そうやって彼と過ごすうちに自然と彼を好きなってしまった。
このままずっと一緒にいたいと思ってしまう。
彼のどこが好きなのかと聞かれると返答に困る。なんだろう、彼のどこを好きになったのか。よくわからない。
歳の割には大人びた雰囲気? 頭が良いところ? 運動神経がいいから?
彼の良いところなど沢山ある。
強いて一番を言うなら、優しいところかな。誰にでも。
本当は、私だけに優しさを向けてほしいと願わないわけではないが、昔から誰にでも優しい彼を好きになったのだろう。
告白はまだしてない。勇気が出ない。
私はこんな恋する乙女(?)だが、恋には心配事が付き物だ。
私が不安を抱き始めたのは、たしか中学二年生になってからだと思う。
あの時から私の心の中には、何か嫌なものが潜んでいる。
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二年前。
やった! また紫苑と同じクラスだ!
中学二年生になった私は壁に掲示されたクラスの名簿を見て喜んだ。
うちの中学校は毎年クラス替えをしている。去年も紫苑と同じクラスだった。
「ねぇ見て! また私たち同じクラスだね!」
偶然近くに紫苑がいたので、声をかける。
「お! マジか。よろしくな」
「もうっ今更何言ってんのーずっと前からよろしくされてるわよ」
「それもそうだな」
「じゃあクラスに行きましょ」
二人は教室に向かった。
「まぁ皆見慣れた顔だな」
「そりゃそうよ。ほとんどが同じ小学校から来たんだから」
ここは、山梨の田舎の中学校。ほとんどが同じ小学校から上がってきたのだ。違う小学校の子も数人いるが、あまり新鮮味はない。
教室に入ると既に話が盛り上がっていた友達も私たちに気づいた。
「おや、夫婦揃って登校ですか。仲睦まじいねぇ〜」
私の友達が声をかけてきた。
お決まりのからかいだ。もう慣れた。それでも、顔が火照っていくのがわかりつい言い返してしまう。
「もうっ! 変なこと言わないで! 私たちはまだ……」
「まだ?」
しまった! またやってしまった!
「ほぉ〜ん『まだ』ね〜」
「もういいでしょ! ニヤニヤしないで!」
「わかるよ〜紫苑はかっこいいもんね〜それで、告白とかはしないのかなにゃ〜?」
「しないわよ! ……だって……勇気……いるし」
「愛梨可愛いー」
とまあこんな感じ。お陰で交友関係に困っていない。
当の紫苑は既に男子グループに入って何か話をしている。
もう少し意識してくれてもいいのに!
いつも紫苑はからかわれても華麗に受け流している。
この鈍感!
私はほぼ八つ当たり気味に紫苑を睨んだ。
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始業式が終わって、放課後。
「おーい愛梨? 何怒ってんの?」
「怒ってないわよ!」
「怒ってるじゃん……」
帰りも紫苑が一緒に帰ろうと誘ってくれた。そのこと自体は凄く嬉しかったのだが、やはりからかわれた。それに対し、この男は何ともないようにスルー。
もしかして意識してるの私だけ⁉︎
そう考えるとイライラしてしまう。
「愛梨、明日から部活行く?」
「行くわ」
無愛想に応えてしまう。
私のバカ! 紫苑に嫌われちゃう!
そんなことになったら立ち直れないかもしれない。
「さっきから何怒ってんの? 俺何かした?」
「したわ! 悪いと思ってるなら、今週末私の買い物に付き合いなさい!」
「少し理不尽じゃないか? まぁいいけど」
「え! いいの?」
「付き合えと言ったのはお前だろうに」
え、マジ!? やったやった! デートできるじゃん! さすが私。
「時間に遅れないでよね」
「おう。じゃあなー」
なんとか最後まで顔がニヤけるのを抑え、家に着いた。
玄関のドアを閉めた途端、ニヤニヤしてしまう。楽しみにで仕方ない。
その後、私のニヤニヤを見ていたお母さんに本気で心配された。
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そして週末。天気は快晴。最高のデート日和!
身だしなみもしっかり整え、出かける。ちなみに今日の服を選ぶのに二時間かかった。
まぁ紫苑は私がどんな服を着ても褒めてくれるのだが。
待ち合わせ場所に行くと既に紫苑はいた。よかった。本当に来てくれた。
紫苑は約束を破る男ではないが、このデートは一方的なものだったので少し不安だった。
「お待たせ」
「お、来たか。それじゃあどこ回る?」
「ちょっと! その前に何か言うことあるでしょう!」
「ん? ああ、服ならよく似合っているよ」
さすが、私の求めていることがわかってくれる。
「いつもそれね」
「だって、本当のことだからな」
ストレートに言われると照れてしまう。
「は、早く買い物に行きましょう」
そう言って私は紫苑から目をそらし、足早に進む。
彼もそれについて来てくれる。
私たちのデートが始まった。
やはり紫苑とのデートは楽しい。
細かいところでこちらに気を使ってくれる。
だが、ここで愛梨の頭に疑問が浮かんだ。
ーーそういえば、紫苑てこんなに女慣れしてたっけ?
明らかに少し前よりエスコートが上手い。まるで女性とデートを沢山してきたかのように。
私の知っている紫苑は人見知りだった。女性に関して言えば、そこまで親しい人はいなかったはずだ。
疑惑はまだある。
何故か中学生になってから、紫苑の家に行かせてもらえない。
昔は、よく遊んだ。紫苑の家は一般的な家より大きい。広い庭で走りまわった。
なのに、家はダメだと言う。
なんで? 何か隠してる?
ズキンっと胸が痛む。
誰にでも秘密はある。そんなことわかってる。だけど、それがもし他の女の子と付き合ってるとかだったらどうしよう。
聞いてみようかな。でも怖い。
「愛梨? どうした?」
「えっ? なんでもないよ」
愛梨は平然を装う。
それからは、嫌なことを考えるのを止めデートに集中した。
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デートが終わって家に着いた。
凄く楽しかった。楽しかったはずなのに、もやもやする。
考えたくなくても、考えてしまう。
もしかしたら、彼女とかがいるのかもしれない。私のことは、ただの幼馴染にしか見えていないのかも。
涙が浮かんでくる。
苦しい。
やっぱり直接聞いてみよう。
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次の日、部活が終わり帰ろうとしている紫苑を捕まえた。
人気のないところまで連れてくる。
「紫苑、ちょっと話があるんだけど……」
「なんだ?」
勇気を出して聞いてみる。
「……紫苑てさ、その……か、彼女とかって……いるの?」
「……は?」
「だがら! 恋人はいるかって聞いてんの!」
「い、いないよ! 恋人なんて」
「本当に!?」
「本当だよ」
「本当に本当?」
「ほんとほんと」
「はぁ〜よかった……」
「なんでそんなこと?」
「だって……紫苑最近女慣れしてるし」
「はぁ? そんなことないと思うけど」
「ねぇ、本当に彼女いないよね? デートとかしてないよね?」
「うん。『彼女』はいないな」
うーーん。私の思い違いだった? ま、いっか!
「じゃあ帰ろっか!」
「お、おう」
私は上機嫌になり、紫苑と帰った。
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あれから二年経った。やはり紫苑は女の子の扱いが上手い。しかも、日に日に上達しているような気がする。
でもあの後、何度か彼女はできたかと聞いてみた。応えは全てNO
私は、紫苑が私に嘘はつかないと信じている。ずっと昔から一緒にいたのだから。
そろそろ待ち合わせの時間だ。
「行ってきます!」
「デート頑張ってね」
「うん!」
絶対私は紫苑を虜にしてみせる。
過去編 完
今回は愛梨メインでした。
次回は、学園祭編です。