第4話
◆◇◆◇◆
事件後、紫苑は病院で目覚めた。左腕に痛みを覚える。
どうやら、左腕を切りつけられたらしい。
ーーだが、そのときの記憶がない。
ベッドの横には、紫苑の手を握ったまま寝ている片桐がいた。目元には、涙を流した跡がある。
紫苑は、片桐の髪をそっと撫でた。
片桐も気付いたようだ。
「紫苑様!」
片桐は、抱き付いてきた。彼女がこんなに感情を表に出すのは初めてだ。
紫苑が驚いていると、片桐が静かに嗚咽を漏らす。
「……申し訳ありません……」
だが、紫苑も状況をよくわからない。
「……片桐、怪我しなかった? 俺何も覚えてないんだ。俺は、何をした?」
すると、片桐は泣きながら話し始めた。
◆◇◆◇◆
ーーぷつんっ
何かが切れた。
その後、紫苑は我を忘れ敵へ突っ込んでいった。
片桐の話によると、そのときの紫苑は修羅のようだったらしい。
まず、敵へ突っ込み勢いそのまま2人を後ろから後頭部を殴り、気絶させた。
紫苑に気付いた残りの4人は、一斉に紫苑に襲いかかったーーが、紫苑はナイフをギリギリのところで躱しながら、相手を容赦なく、殴る蹴る。
それは全て、片桐が紫苑に教えた技術だったらしい。
片桐は、それを見ていることしか出来なかった。
ーー今の紫苑は敵味方関係なく、攻撃しかねない。
もし、片桐が紫苑に加勢しても片桐がやられるかもしれない。そんな恐怖が片桐には、あった。
だが、次の瞬間ーー
「ぐっ……」
紫苑が切りつけられた。左腕から垂れる血、血、血……
それは、止めどなく流れる。
☆
固まっていた片桐は、ハッとした。
自分が守るべき紫苑が、切られた。
私が、彼に守られてしまった。
だが、後悔しても遅い。
すでに、敵は全て戦闘不能だ。
それでも、紫苑は止まらない。まるで何かに取り憑かれたように、倒れている敵を殴る、蹴る、殴る、蹴る……
もう敵は、血だるまだ。
紫苑に着いてる血は、自分のものなのか、敵のものなのか、区別がつかない。
「紫苑様! おやめください! もう十分です!」
片桐が、叫ぶ。
「……殺す。絶対許さない……」
だが、紫苑には届いてない。
「紫苑様! これ以上やったら、紫苑様が罪に問われてしまいます! お願いですから、もうおやめください!」
片桐は、満を持して紫苑を止めに入る。
「紫苑様!」
片桐は、自分も攻撃される覚悟で彼を抱き締める。
すると、彼女の願いが届いたのか紫苑の全身の力が抜け、片桐に体重を預けてきた。
紫苑は、気絶していた。その間も、彼の左腕からは、血が流れている。
「……申し訳……ありません……」
片桐は一人、血の海の中で紫苑を抱き締めたまま涙を流した。
その後、救急車が到着し全員病院に運ばれた。その間も、ずっと片桐は紫苑の側にいた。
◆◇◆◇◆
それで、今に至る。
「……そうか。そんなことが……」
「……紫苑様……本当に申し訳ありません……」
「片桐が謝ることではないよ。俺が勝手にやったことだ」
「ですが、紫苑様にお怪我を……」
「これは、相手がやったことだ。片桐は、何も悪くない」
こんな時でも、この人は私を許してくれるのか。
私は、紫苑様に何も出来なかったのに。
ーートクンっと胸の奥で何が鳴る。
「それに、片桐はずっと俺の側に居てくれたんだろ? ありがとう」
「やめてください! そんなに優しくされたら、私の立場がなくなります……
もっと、私を突き放してください! 私は……貴方の側に居る資格はない……」
このとき片桐は、自分の気持ちに気付いた。
ーー本当は、もっとこの人の側に居たいのだ。
でも、それは出来ない。私は紫苑様に怪我まで負わせてしまった。
「……え、片桐はM気質なの?」
紫苑が、笑いながら冗談を言ってくる。
「紫苑様! 真面目な話です! 私は、これで紫苑様の指導役を外されます……」
今回のことが、千冬に知れたら激怒するだろう。彼女が溺愛する、紫苑が怪我をした挙句、それを何もしないで呆然と見ていたのだから。
もしかしたら、鷹司家からも見放されるかもしれない。
「……片桐、さっきも言ったけどお前に非はない。何も悪くないんだ」
「……いいんです、紫苑様。私は、罰を受ける覚悟は出来ています」
「罰だと? 誰が片桐を罰するんだ?」
「……千冬お嬢様は、私をお許しにならないはずです」
「あぁ、姉さんか。事情を話せば、大丈夫だ。俺からも言っておくから」
「……どうして……そんなに私に優しくするのですか? 私は、いつも貴方に無愛想で嫌悪感を抱いていたというのに……」
片桐は、涙を流しながら問う。紫苑は、彼女が涙を流すところも美しいと思った。
「……それはね、これからも片桐に側にいてほしいからだ。この先も、俺を支えてほしい」
少し、照れたように言う。
「片桐、お前は俺の側にいるのは嫌か? お前の人生を狂わせた、俺といるのは嫌か?」
今度は、紫苑も真面目に問う。
「……そんなことっ……」
ない、と言いたかった。ずっと貴方を支えていきたい、と。言える資格などないのに。
「……片桐、今回俺はお前に刃物が向けられて、我を忘れてしまった。こんなことは今までになかった。
確かに、この1年間片桐はずっと無愛想で、感情を殺していた。
でも俺は、そんなお前でもかけがえのない仲間だと判断したんだ。
片桐、お前はどうなんだ? 俺はもっとお前に支えてほしい。お前の本心をきかせてくれ」
「……私はっ……紫苑様ともっと一緒にいたいです……」
すると、紫苑は安心したように笑みを浮かべ、片桐の髪を撫でた。
「片桐の本心が聞けてよかった。あとは俺に任せてくれ」
それがどういう意味なのか、そのときの片桐はわからなかった。
千冬から罰を与えられることは、確実だ。
ーー私は、もっと彼と一緒にいたい。こんなところでお別れなどしたくない。
片桐は、再び涙を流した。
〜続く〜
片桐の次は、白雪と千冬の過去も書いていく予定です。