第2話
片桐と紫苑の過去です。
◆◇◆◇◆
片桐がウチに来て一週間。
姉の立花とは、仲良くしているようだ。紫苑とは、必要最低限の会話だけだ。
ーー嫌われるようなことしてないんだけどな
相変わらずの無愛想。美人なんだからもっと笑えばいいのに。
家事は、3人で分担している。片桐は、家事もそつなくこなす。
そして、片桐は武術などの教え方も上手かった。これで、好意的に接してくれたら完璧なんだけど。
と言っても片桐が、俺の指導役になることによく思ってない。その理由も紫苑はわかる。
いきなり、紫苑の指導役にさせられ学校も編入させられ、忙しい日々を強いられる。片桐が、紫苑をよく思ってないのもわかる。
姉さんの命令だから、渋々従っているのだ。
それでも、しっかりと教えてくれるだけありがたい。
☆
何故私が、一条家次期当主の面倒を見なければならないのか。
私が千冬お嬢様から、指導役を頼まれた時に一番最初に思ったことだ。
しかも、相手は男の子。
お嬢様によると、私が優秀だから。
ーー別に一条紫苑の指導役になるために己を磨いてきたわけではない。
だが、私がお嬢様に逆らえるはずもなく、仕方なく承諾した。
◎
私が最初に一条紫苑と対面したとき、不快感を抑えるため感情を殺すのに必死だった。
ーーこの子が、一条紫苑。背は私の方が高いが、中学生にしては大人びている。あとは、普通か。
これが、私の彼に対する第一印象。
お嬢様からは、前もって彼のことを聞いていた。お嬢様によると、「可愛い」とか「良い子」とか言われた。
これからこの子のことを、紫苑様と呼び、面倒を見なければならないのか。
そう考えるだけで、憂鬱な気分になった。
◎
私がこの家にきて、少したった。
紫苑様の姉ーー立花様とは仲良くしている。
紫苑様とは、どうしても仲良くできない。彼と一緒にいると何故か嫌悪感が湧いてくる。
(何故私が、貴方の面倒を見なければならないのか。私の人生を返せ)
声には出さないが、そんな感情がいつも出てくる。
もうどうにもならないのだから、彼を恨んだところで仕方ない。わかっていても、彼を嫌悪してしまう。
ーー私はイヤな女だ。
彼も私と好意的に接したいと思ってくれているようだ。
彼には罪はない。罪があるとすれば、彼が一条家に生まれたことであろうか。
私の使命は、彼を3年間で強くすること。組織内の誰よりも。
それさえ果たせればいいのだ。別に彼と仲良くなる必要はない。
このような関係のまま、3年間過ごせばいいのだ。そうすれば、彼は私を筆頭部下にしたいなど考えないはずだ。
私だって、彼の筆頭部下などお断りだ。片桐家のためにも、誰かの下につくのではなく、誰かの上に立たなければ。
そんな使命感にも、私は囚われていた。
ーー頑張れ、私。あと3年の辛抱だ。
☆
片桐が、ウチに来て一ヶ月がたった。もうだいぶ、慣れたみたいだ。
紫苑も彼女のことを片桐と呼んでいる。以前は片桐さんと呼んでいたのだが、「私は貴方の指導役といっても、部下ですから」と相変わらずの無愛想で言われ、片桐と呼ぶようにした。
お世辞ではなく、彼女は凄かった。武術も一流、高校でもトップクラスの成績らしい。さぞ、人気があることだろう。
だが、高校卒業後はどうするのだろう。
怖くて紫苑は聞けなかった。
自分のせいで、大学進学の道を断たれたのだ。彼女の成績なら、どこへでも進学できるのに。
胸が苦しくなる。後ろめたさでいっぱいになる。
だが、今更どうすることもできない。
紫苑には、真面目に日々を送るしかできないのだ。
☆
3年間紫苑の面倒を見ると決まったとき、片桐の中から、大学進学という選択肢は消えた。
片桐は、大学に通いながら組織の仕事もするつもりだった。
別にどうしても大学に行きたいわけではない。大学生活というものも、送ってみたかったのだ。
組織で仕事をしていれば、それなりの報酬はもらえるし、生活にも困らない。
大学を卒業して、就職するといった一般的な人生とは違うのだ。
彼女が片桐家に生まれたときから、この定めは変えられない。組織に尽くし、家を繁栄させる。そのために今まで、頑張って己を磨いてきた。
一条家の筆頭部下は、位が低いわけではない。今の片桐家よりは、高くなれる。だが、そんなところで満足しない。
片桐は、九条家をはじめとする組織の主要な家と、同等とまでは言わないがそれに次ぐ家にしたかった。
大学進学という選択肢を奪われ、さらに片桐の本当の目的まで、彼に奪われるわけにはいかない。
ーー早く3年が経て。
何度彼女が、思ったことだろうか。
そんなこんなで、片桐が来てから一年が経った。
片桐も出会った頃より、柔らかい態度になったか。
そんな時、ある事件が起こったーー
〜続く〜