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狐さんに出会った

※兎さんの事情


うっかり入ったばかりの新刊に熱中してしまいました。外はすっかり暗くなって、もうすぐ学校の門が閉まってしまいます。そうすると警備員さんにお願いして、あけてもらわなければならないのです。どうして知っているかって?うっかり閉門時間に間に合わなかったことが数回あるからですよ。図書室って魔の領域ですね、やれやれ。

 すっかり暗くなった廊下では、熊川くんも現れません。部活もとっくに終了している時間ですからね。安心していられるってものです。

「おー、兎ちゃんじゃん」

……安心できませんでした。

「今帰りぃ?奇遇だねぇ、俺もなんだ~」

「ははははぃ~?」

廊下で会ってしまったのは、狐みたいな顔をした隣のクラスの男子で、確かバスケ部の人だったと思います。一般的に見てハンサムと言われる部類の男子らしく、よくわたしのクラスの女子が騒いでいるから嫌でも知っています。名前なんだったでしょうか。

「もう暗いし危ないじゃん?一緒に帰ろうぜ」

「ええええぇ~…」

なんですか一緒に帰るのは狐くんの中では決定事項なんですか。そんなの嫌ですよ。もう暗いとはいえ、狐くんと一緒に歩いていたなんて噂が立ったら、わたし明日からいじめられるじゃないですか。ただでさえ友達が少ないのに。

 ですが今現在のわたしは、狐くんにロックオンされた状態で固まってしまい、動こうにもぷるぷる震えることしかできない始末。ああ!最近やっと熊川くんに慣れて逃げることができるようになったばかりなのに!新たな敵の出現ですか!?ここは呪いの廊下なんですか!わたしが何かしましたか神様!?遅くまで図書室にいるのが悪いんだよ、なんて正論は聞こえません。

「ほら、早くしないと門が閉まっちゃうよ?」

狐くんがわたしの腕を掴もうと手を伸ばしました。絶体絶命!

「待て」

どこからか待てが入りました。犬猫に命令するような言い方でした。何故か狐くんは腕を掴もうとした状態で素直に待ってます。どうしました、ご主人さまでも現れましたか?

「兎田、待たせたな」

部室棟の方から現れたのは、熊川くんでした。まだ帰ってなかったのですね。

「なぁんだ、熊と待ち合わせしてたのかぁ」

「そうだ、心配無用だ」

心配有用です、熊川くんはなに嘘ぶっこいているんですか。誰と誰が待ち合わせしているんですか。嘘は泥棒の始まりです。警察に訴えますよ。

「俺余計なお世話だったか」

「すまんな」

手をひらひらと振り、あっさりと立ち去る狐くん。それに手を上げて挨拶する熊川くん。いやいや、なに二人で分かり合っているんですか。わたしは何一つ分かっていませんよ。

 未だにぷるぷるしているわたしに、熊川くんは困ったような顔をしました。

「すまん」

「……。」

そのすまんはどういう意味ですか、主語述語をつけて言ってくださいよ。

「早瀬と一緒だと、目立つから嫌なのではないかと気を回したのだが。余計なお世話だったか?」

狐くんは早瀬という名前、言われてやっと思い出しました。

 熊川くんはどうやら、狐くんと一緒のところを誰かに見られて、噂になるのを防ごうとしてくれたらしいです。そんな細やかな気を配れたんですね。見た目で脳筋そうだとか思っていました。本当にごめんなさい。

「ああありがと、ごじゃいましゅ」

そんないろいろをこめてお礼を言いたかったのに、やっぱりかみかみでした。

 だけど、熊川くんは小さく笑ってくれました。お、笑うとちょっと怖さが薄らぐ、ような気がしなくもありません。

「帰るか」

そう言って、先を歩きだした熊川くん。ちゃんとお礼を言えなかったので、気持ちよ届け!と念を込めて熊川くんの制服の裾を握り締めました。

 ちょっと驚いた顔をした熊川くんに、わたしはしてやったり、の笑顔をしました。


分かれ道になって手を離すと、熊川くんの制服の裾はものすごい皺になってました。

 本当にすみませんでした。




※熊さんの事情


空手部顧問の先生の長話に付き合っていると、すっかり暗くなってしまった。急がないと閉門時間だ。

 いつもの廊下で兎田に会うこともなかった。さすがにもう帰ったのだろう。他の部員が帰って、がらんとした部室で、急いで着替えて帰り支度をする。戸締りをしていると、隣のバスケ部の部室からぞろぞろと部員が出てきた。

「バスケ部はずいぶん遅いな」

「おー、熊川。ミーティングが長引いてな。その鍵ついでに返しとこうか?俺等先生に顔見せなきゃなんねーし」

バスケ部の部長のありがたい申し出に、俺は礼を言って鍵を渡す。鍵を返すために職員室に寄るのは、結構な回り道をしなければならない。こういう遅くなった場合はお互い様なのだ。次のときはは俺が返せばいいだろう。

 せっかく鍵の返却を引き受けてもらったのに、ぐずぐずしていては申し訳ない。早足で歩いていると、いつも兎田と会うあたりの廊下から、人の声がした。

「もう暗いし危ないじゃん?一緒に帰ろうぜ」

「ええええぇ~…」

あれはバスケ部の早瀬と、兎田?

 早瀬が遅いのは分かるが、兎田はまだいたのか。図書室の司書も時間を知らせないのだろうか。もう少し遅いと閉門時間を過ぎるというのに。

 早瀬に話しかけられている兎田は、いつものようにぷるぷる震えている。早瀬は悪い奴ではないのだが、見た目が派手なので兎田のような人間には気後れして感じるのかもしれない。それにあいつは女子に人気があるので、一緒にいるところを誰かに見られたくはないだろう。

「ほら、早くしないと門が閉まっちゃうよ?」

兎田が進退窮まって死にそうな顔をしているので、つい。

「待て」

何も考えずに声をかけてしまった。そしてその後に思った。この状況は早瀬が俺に変わっても、兎田にとっては同じことではないだろうか、と。己とて、未だにぷるぷる震えて逃げられるのに。しかし、もう遅い。

「兎田、待たせたな」

さも約束していました、という様子を装って、できるだけ自然に兎田の隣に立つ。

「なぁんだ、熊と待ち合わせしてたのかぁ」

「そうだ、心配無用だ」

ぷるぷるしながらも、ぎょっとした顔でこちらを見る兎田。ちょっとすごい顔になっているぞ兎田。

「俺余計なお世話だったか」

「すまんな」

兎田が何も言えないことをいいことに、話をさっさと終了させる。「硬派な顔してやるな」と早瀬が俺にだけ聞こえる声で言うと、ひらひらと手を振って去っていく。俺もそれに手を上げて返す。対して、まだ隣でぷるぷるしている兎田。

 そして、誰もいなくなった。俺的には一つ問題解決したのだが、兎田的には何も解決していないだろうと思われた。

「すまん」

「……。」

兎田に、意味が分からない、という顔をされた。意外に思っていることが顔に出るタイプである。

「早瀬と一緒だと、目立つから嫌なのではないかと気を回したのだが。余計なお世話だったか?」

俺がそう言うと、兎田は驚いた顔をした。そして百面相で考えているのをしばし眺めていると。

「ああありがと、ごじゃいましゅ」

お礼を言ってくれた。そして気がついた。今俺は兎田と会話らしい会話が成立している!なんということだ!

 この、いいカンジの空気のまま、あれを言おう!

「帰るか」

違う!「一緒に帰ろう」だろうが俺!どうして脳内シミュレーションではうまくいくのに本番で出ないんだ俺!これでは「一緒に帰りたい」のか、「俺はじゃあ帰るから」なのか分からん、というか普通後者だろう。

 失敗した、と気分がだだ下がりで歩き出すと、なんと後ろから兎田がついてきた。いや、一緒にというよりも、兎田もさっさと帰らないと閉門時間になってしまうからであろう。余計な期待を持ってはいけない。

 懸命に後ろを振り向かないように歩いていると、制服が後ろに引っ張られる。何事か、とちょっと振り向くと、兎田は俺の制服の裾を握り締めていた。目が合うと、兎田はにっこり笑った。

 …笑った!

その状態のまま、二人で何も喋らずに帰った。俺的にはとても幸せだ。



家に帰って、裾に皺の寄った制服を眺めてにやにやしていると、「気持ち悪い」と姉たちに言われた。


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