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豊臣秀次に転生しました! やばっ! バッドエンド確定じゃん!  作者: イサクララツカ


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プロローグ 猫を助けたら、関白になって切腹する運命でした。……なんでやねん!

令和八年(西暦二〇二六年)十月二十八日 水曜日 午後四時三十分

京都市左京区 京都大学吉田キャンパス

「……あかん。卒論が終わらへん」

京都大学農学部四回生、二十二歳。

俺は図書館の机に突っ伏していた。

目の前には、戦国時代の農業に関する資料が山積みになっている。

卒業論文の題目は、

『戦国期の農業生産構造と太閤検地による土地支配の変容』

……我ながら、面倒くさい題目にしたもんや。

「せやけど、面白いんよなあ……」

戦国時代といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。

合戦、謀略、天下統一。

みんな武将の話ばかりする。

でも、俺が興味を持ったのは、彼らの足元を支えていた農民たちだった。

戦国時代の兵糧は、どこから来たのか。

水田の収穫量は、どうやって増やしたのか。

用水路を整備したのは誰なのか。

そして、太閤検地は農村をどう変えたのか。

「結局、天下を支えとったんは百姓やからなあ」

俺は資料を閉じた。

教授からは、

『君なあ、農学部の卒論で戦国史をそこまで掘り下げるんやったら、歴史学の先生にも相談しなさい』

と呆れられている。

そりゃそうだ。

俺は農学部生なのに、戦国史の研究書ばかり読んでいる。

しかも趣味は、野菜作り、薬草栽培、盆栽、歴史研究、昼寝、筋トレ。

友人からは、

『お前、二十二歳の皮を被った七十歳の爺さんやろ』

とまで言われた。

失礼な話だ。

七十歳の爺さんが極真空手三段、合気道二段、柔道二段を持っとるか?

……いや、持っとる人もおるか。

「まあ、平和が一番やな」

俺は大きく伸びをした。

武道を長年続けてきたが、喧嘩は嫌いだ。

人を殴って喜ぶくらいなら、畑で大根を育てているほうがよほど楽しい。

それに、週末は地域の子供食堂でボランティアもしている。

子供たちが笑いながら飯を食べる姿を見るのが好きだった。

「……あ、明日の大根、収穫せな」

スマートフォンで予定を確認する。

帰ったら盆栽の手入れ。

それから筋トレ。

忙しい毎日だが、不思議と苦にはならない。

「さて、帰ろか」

鞄を肩に掛け、図書館を後にした。

このときの俺は、まだ知らなかった。

あと数分で、自分の人生が終わることを。

そして、次に目を覚ましたときには、戦国時代でも屈指の悲劇的な最期を迎える人物になっていることを。

---

同日 午後四時四十五分

京都市左京区 百万遍付近

「……にゃあ」

「ん?」

歩道を歩いていた俺は、足を止めた。

車道の端に、小さな三毛猫がいた。

まだ子猫だ。

「おいおい、そんなとこおったら危ないで」

しゃがみ込んで声を掛ける。

「こっちおいで。怖ないで」

ところが、子猫は俺を見るなり、車道の中央へ走り出した。

「ちょっ、お前!」

そのときだった。

ブロロロロッ!

大きなエンジン音。

角を曲がってきた路線バス。

子猫は車道の真ん中で固まっていた。

「……あかん!」

身体が勝手に動いた。

鞄を放り出す。

地面を蹴る。

子猫に飛びつく。

「こらっ! こんなとこで何しとんねん!」

抱き上げた子猫を歩道へ向かって放り投げた。

子猫が着地する。

よし!

助かった!

次の瞬間。

プアアアアアアッ!!

クラクション。

目の前いっぱいに広がるバスの車体。

「……あ」

避けられへん。

ドンッ!!

激しい衝撃。

身体が宙を舞った。

痛みは一瞬だった。

視界が白く染まる。

地面が近づく。

そして、何も見えなくなった。

……ああ。

俺、死ぬんか。

まだ卒論、完成してへんのに。

教授、怒るやろなあ。

母ちゃんも泣くやろなあ。

子供食堂の約束も守れへんかった。

……ごめんな。

けど。

「……にゃあ」

遠くから猫の声が聞こえた。

ああ。

よかった。

お前は助かったんやな。

それなら、まあ……。

悪い人生やなかったかな。

俺の意識は、静かに闇へ沈んでいった。

---

元亀三年(西暦一五七二年)九月十五日 早朝

尾張国愛知郡中村

「……にゃあ」

「……ん?」

猫の声がした。

……あれ?

俺、死んだんちゃうん?

ゆっくりと目を開ける。

見知らぬ天井。

黒ずんだ梁。

茅葺き屋根の裏側。

土壁。

障子。

「……どこや、ここ?」

病院ではない。

どう見ても古民家だ。

「……まさか、あの世?」

俺は起き上がろうとした。

その瞬間。

「……ん?」

身体が軽い。

妙に軽い。

両手を持ち上げる。

小さい。

指が短い。

ぷにぷにしている。

「……は?」

足を見る。

短い。

腕を見る。

細い。

「……ちょっと待て」

声まで高い。

俺は慌てて立ち上がった。

視界が低い。

「……なんや、これ!?」

部屋の隅にあった水桶へ駆け寄る。

水面を覗き込んだ。

そこには、四歳ほどの男の子が映っていた。

「…………」

俺は頬をつねった。

「痛っ!」

夢ではない。

もう一度、水面を見る。

やっぱり子供だ。

「……え?」

俺は深呼吸した。

落ち着け。

状況を整理しろ。

俺はバスに跳ねられた。

死んだはずだ。

ところが、目覚めたら子供になっている。

しかも、見知らぬ古民家。

つまり。

「……転生?」

そうつぶやいた瞬間だった。

頭の奥に、知らない記憶が流れ込んできた。

母の名は、とも。

父の名は、弥助。

叔父の名は、藤吉郎。

もう一人の叔父は、小一郎。

そして、自分の名は――。

木下治兵衛。

「…………」

木下?

治兵衛?

母、とも?

叔父、藤吉郎?

……待て。

ちょっと待て。

この家族構成、どこかで見たことがある。

いや。

見たことがあるどころではない。

卒論の資料を調べているとき、何度も目にした名前だ。

木下藤吉郎。

後の羽柴秀吉。

豊臣秀吉。

小一郎は、後の豊臣秀長。

その姉、ともの息子。

木下治兵衛。

後に三好信吉を名乗り、羽柴秀次となり、豊臣秀次となる人物。

「…………」

俺は固まった。

頭の中で、戦国史の年表が猛烈な勢いで回転する。

豊臣秀次。

秀吉の甥。

近江八幡城主。

尾張清洲城主。

関白。

そして――。

文禄四年。

西暦一五九五年。

高野山。

切腹。

享年二十八。

さらに、妻妾や幼い子供たちまで京都で処刑される。

「…………」

俺は水桶の中の少年を見つめた。

少年も俺を見つめ返している。

「……うそやろ?」

頬をつねる。

痛い。

もう一度つねる。

やっぱり痛い。

「……いやいやいや」

俺は首を振った。

「待ってくれ」

転生やろ?

異世界転生とか、戦国転生とか、そういうやつやろ?

普通、こういうのって、織田信長の家臣になって大活躍したり、現代知識で農業改革したり、天下統一を目指したりするんちゃうの?

それが、なんで。

よりによって。

「豊臣秀次やねえええええん!!」

俺の絶叫が、静かな朝の屋敷に響いた。

「切腹するやん!」

関白になる。

秀頼が生まれる。

後継者としての立場が揺らぐ。

高野山へ追放。

そして切腹。

「……完全にバッドエンド確定キャラやん!」

いや、待て。

まだ諦めるな。

俺は日本史が好きだ。

戦国史なら歴史学者並みに勉強してきた自負がある。

しかも農学部生だ。

農業も分かる。

薬草も育てられる。

身体を鍛える方法も知っている。

武道だって三種類も修めている。

……もっとも。

俺は自分の小さな手足を見た。

「……この身体で極真空手三段とか、どうせえっちゅうねん」

正拳突き。

ぺちっ。

畳を叩いてみた。

痛い。

「……弱っ!」

合気道?

相手の腕に手が届かん。

柔道?

大人に組みついたところで、抱き上げられて終わりだ。

「……あかん。戦闘力ゼロや」

俺は頭を抱えた。

しかも、豊臣秀次は単に合戦で死ぬ人物ではない。

政治で死ぬ。

身内の都合で死ぬ。

天下人の後継問題に巻き込まれて死ぬ。

いくら武道を鍛えても、秀吉から切腹を命じられたらどうにもならない。

「……詰んどるやないか」

俺は畳に倒れ込んだ。

だが。

その瞬間、ふと思った。

……本当に、そうか?

今は一五七二年。

俺が死ぬのは一五九五年。

二十三年もある。

しかも、秀吉はまだ天下人ではない。

秀頼も生まれていない。

関白就任どころか、豊臣という姓すら存在しない。

「……二十三年」

俺はゆっくり起き上がった。

二十三年あれば、何ができる?

農業改革。

薬草栽培。

治水。

飢饉対策。

衛生改善。

人材育成。

困窮する農民の救済。

そして、何より。

自分自身の生存基盤を作ること。

「……そうや」

俺は拳を握った。

天下なんかいらん。

関白なんか、もっといらん。

大名にも、別にならんでええ。

畑があって。

盆栽を育てて。

昼寝ができて。

嫁さんと子供がおって。

孫に囲まれて。

八十歳くらいまで生きられたら、それで十分や。

「……決めた」

俺は小さく息を吸った。

「俺は、絶対に天寿を全うしたる!」

そのとき。

ガラッ!

障子が勢いよく開いた。

「治兵衛っ!」

「ひゃあっ!?」

若い女性が飛び込んできた。

「朝っぱらから何をぎゃあぎゃあ騒いどるんだね!」

母、とも。

後の瑞龍院日秀。

俺を心配そうに見つめている。

「……母ちゃん?」

「そうだがね! 母ちゃんの顔も忘れたんか!」

「…………」

この人が。

俺の母親。

史実では、息子の悲惨な最期を見届けることになる女性。

俺は思わず、その小袖を握った。

「……母ちゃん」

「なんだね?」

「……俺、死なんから」

「はあ?」

「絶対に、母ちゃんより長生きするで」

母ちゃんは目を丸くした。

そして、俺の額に手を当てた。

「……熱でもあるんかね?」

「ない!」

「なら、妙なこと言っとらんと、さっさと顔を洗っておいで!」

「……はい」

母ちゃんは呆れたように笑った。

俺も笑った。

この笑顔を、絶対に泣き顔に変えたくない。

そう思った。

ところが。

「そうそう、治兵衛」

「……ん?」

「今日は藤吉郎叔父さんが来るでね」

「…………」

藤吉郎。

木下藤吉郎。

後の豊臣秀吉。

俺を関白にして、最後には死へ追いやることになる人物。

「……え?」

「おぬしの将来について、話があるそうだわ」

「…………」

将来?

俺の?

まさか。

まさか、もう。

「近江のお侍さんのところへ、養子に行く話だそうだがね」

「…………」

宮部継潤。

浅井家から織田方へ転じる武将。

史実で秀次が最初に養子入りする人物だ。

「……うそやろ」

俺は天井を仰いだ。

神様。

仏様。

御本尊様。

俺、まだ転生して一時間も経ってへんのですけど。

もう政治の道具にされるんですか?

「……なんでやねえええええん!!」

母ちゃんの拳骨が落ちた。

ゴツンッ!

「朝からうるさいがね!」

「痛ああああっ!」

こうして。

元・京都大学農学部四回生。

現・木下治兵衛。

後の豊臣秀次。

数え五歳。

死亡予定まで、あと二十三年。

目標は天下統一ではない。

関白就任でもない。

ただ、生きること。

大切な人を守り、誰も不幸にせず、畳の上で天寿を全うすること。

……ただし。

俺はまだ知らなかった。

戦国時代において、農業の知識とは、単に野菜を育てる技術ではない。

兵糧を生み、領民を養い、城を支え、国を富ませる力そのものだということを。

そして。

その才能を秀吉に知られた瞬間。

俺が最も避けたい「出世」という名の死亡フラグが、猛烈な勢いで立ち始めることを。

「……頼むから、俺を偉くせんといてくれえええ!」

――戦国農業サバイバル、開幕。

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