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7章 小さな行列

昼前の空気は、まだ軽かった。


商店街のシャッターはほとんどが開き、

人の流れも、ゆっくりと増え始めている。


ソレアの前にも、いつもより少しだけ人の気配があった。


ハルノは、カウンターに立ち、静かにその流れを見ていた。


——来ているな。


「ああ」


短く、心の中で返す。


最初の客が、足を止める。


少しだけ店内を見て、

そして——入ってきた。


「……ひとつください」


初めての客だった。


ハルノは、いつも通りうなずく。


「どの味にする?」


「おすすめは?」


一瞬だけ、間が空く。


第四章の記憶が、頭をよぎる。


——やりすぎるな。


「ああ」


ハルノは、小さく息を整えた。


「……甘口が多い」


それだけ言った。


押しつけない。

ただ、情報だけ渡す。


客はうなずく。


「じゃあ、それで」


ハルノは、静かに肉を削いだ。


丁寧に。

無駄なく。


「はい」


差し出す。


客は受け取り、すぐに一口。


「……あ、うまい」


素直な声だった。


ハルノは、何も言わずに軽くうなずく。


——いいな。


「ああ」


そのときだった。


「すみません、自分もいいですか?」


後ろから声がする。


ハルノは、顔を上げた。


もう一人、客が立っている。


さらに、その後ろにも——もう一人。


「……」


一瞬だけ、思考が止まる。


——来ているぞ。


「ああ……来てるな」


小さくつぶやく。


ソレアの前に、三人。


列と呼ぶには短い。


だが——


今までにはなかった光景だった。


「順番にいくから、少し待ってて」


落ち着いた声で言う。


焦らない。


ハルノは、目の前の一人に集中する。


肉を削ぐ。

パンに挟む。


丁寧に。


だが——


背後の気配が、少しずつ圧をかけてくる。


「まだかな」

「急いでるんだけど」


小さな声が、耳に入る。


手が、わずかに速くなる。


——乱れるな。


声が言う。


「……わかってる」


だが、焦りは確かにあった。


次の客。

その次の客。


同じ作業のはずなのに、少しずつリズムが崩れる。


肉の厚みが、わずかに変わる。

ソースの量も、ほんの少しだけズレる。


「……」


ハルノは、それを感じていた。


——崩れている。


「ああ……くそ」


小さく、心の中でつぶやく。


列は短い。


だが——


“誰かを待たせている”という事実が、重い。


そのときだった。


「……大丈夫」


聞き覚えのある声。


顔を上げると、あの少年が列の最後にいた。


「ゆっくりでいいよ」


そう言って、軽く笑う。


ハルノの手が、止まる。


ほんの一瞬。


——戻せ。


「ああ」


ハルノは、息を整えた。


焦るな。


いつも通りでいい。


丁寧に。


一つずつ。


手の動きが、ゆっくりと元に戻っていく。


肉を削ぐ。

パンに挟む。


リズムが整う。


「はい」


客に渡す。


「ありがとうございます」


今度は、ちゃんとした声で返ってきた。


次。


その次。


そして——


少年の番。


「……甘口」


いつもの言葉。


ハルノは、うなずく。


「わかった」


もう、迷いはない。


丁寧に作る。


それだけだ。


「はい」


少年は受け取り、一口。


「……うん」


その一言で、すべてが整う。


ハルノは、ゆっくりと息を吐いた。


気づけば、列は消えていた。


また、いつもの静かなソレア。


だが——


何かが違う。


「……来たな」


——ああ。


“選ばれる側”に、少しだけ近づいた。


だが同時に——


新しい課題も見えた。


「……回せてないな」


一人一人には向き合える。


だが、複数になると崩れる。


それが、今の限界だった。


少年は、食べ終えて言う。


「今日、ちょっと忙しそうだったね」


ハルノは、苦笑する。


「……まだまだだな」


少年は、うなずいた。


「でも、なんかよかった」


その一言に、ハルノは少し驚く。


「……何がだ?」


少年は、少し考える。


「……ちゃんとやってた」


それだけだった。


ハルノは、何も言わなかった。


だが——


その言葉は、深く残った。


「……そうか」


静かに、つぶやく。


完璧じゃなくていい。


崩れながらでも、整え続けること。


それが——


今の自分にできることだ。


ソレアの前に、風が吹く。


その流れは、少しだけ強くなっていた。

「成長」と「限界」

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