第121話/初めての独り(3)/RISA
鳥の声と眩しい光。
ぱりぱりして目が開けにくかった。
涙だった。
泣いちゃってた。
ナギが夢に出てきてた気がする。
二日目?だよね多分。
目が覚めても誰もいないのって初めてかもしれない。
話す人もいない。
ナギに会いたい。
なんであたしドミヌスにいたんだろ。
枝から降りて歩く。
どこに向かってるのかわかんないけど。
とりあえず水辺。のどかわいた。おなかもすいた。
お金あってもなんも役に立たない。
ナギはどこ行ったんだろ。
街に戻ったのかな。
あたしも出てきちゃったけど、
別に街に戻って暮らせたりするんじゃないの?
宿とればいいし。
ふと足が止まる。
ふいにナギの巻き起こした砂の柱が浮かんで、つばを飲み込んだ。
腕を擦ると、鳥肌が立ってた。
クラックランの人達も全滅だろうな。
あの砂の柱で。生き埋め。
でもクラックランの人達も悪いんじゃないの?
ミトハロ襲うしさ。
あの人達が来るからややこしくなってない?
ナギとも街に居れなくなっちゃったし。
〝半ば無理やり一緒に居させられたとか、意味わかんねえ言葉作り出すなよ?半ば無理やりってなんだい。〝お ま え が〟コッチ側にいる事を承諾したんだろ?コッチ側にいる自分を許したんだろ?〟
また、ブローチの声。
街に居れたら、あたしはナギと一緒に居れた?
ドミヌスに居たくせに?
街に居れたらナギと話せてた?
ラグナロクの刃が木の枝に食い込んで我に返る。
草が舞い散っている。
引っ張っても抜けない。
もう一度体の方に力を込める。抜けなかった。
思いっ切り幹を蹴る。
脛に走った痛みでその場に仰向けになった。
あたしのせいだ。
右足がじんじんする。
勝手に胸が上下する。
息が上がってた。
〝なんかの物語で出てきそうな魅惑みてえな魔法でもない!ミラだってそんな魔法使えやしない!いい機会だ!教えてやろう!この世に魅惑みてえな、他人を操作をする魔法はねえ!何が言いたいかって?こいつは!リサは!自分の意志でおまえを裏切ったのさ!〟
頭の中に聞こえるブローチの声が大きかった。
サファもアネットもクラックランも関係ない。
抗争がどうだとか、周りの国が攻めてくるとか、ミトハロを守るとか、そういうのも関係ない。
あたしのせい。
ナギと今一緒に居れないのは、あたしのせい。
ナギはあたしと話をしたがってた。
広場でも、あたしを殺せたのに、殺さなかった。
ずっと会話をしようとしてくれてた。
〝いつからだ〟
魔女の声。
誰かに肺を鷲掴みにされたように、重くなった。
頭が真っ白になる。
涙で滲んだ木漏れ日が宝石みたいにきらきら光ってた。
いつからあたしは何かがおかしくなったの?
アネットとナギが抱き着いていた時から?
ミトハロについて三人でごはんを食べてた時から?
ナギの事が好きだった?
いや、違う。
嗚咽が風の音にかき消されていった。
*
その日の夜は太い枝の木が見つからなかった。
適当な幹に寄り掛かって座る。
お尻が冷たい。
真っ暗。
目の前から急になんかの顔が飛び出してきそう。
それまで全然気づかなさそう。
鳥や獣の鳴き声がする度に、手を添えるラグナロクの柄に力が入る。
暗闇から出てきた手に掴まれて引っ張られそうなくらい深い暗さだった。
〝今回、たぶん経験してるでしょ?勝手に考えが浮かぶの。頭の中に文字が出てきて止められなかったでしょ?それね、止められる人と止められない人がいるの。お姉ちゃんには止められないんだよ。お兄ちゃんには出来るの。〟
頭の中でブローチの声がする。
ブローチが話しかけてくる頻度が増えていた。
怖くはない。
暗闇に溶けているみたいに自然な感じがした。
ブローチは知ってた。
なんで?
ミトハロについてから、あたしはずっともやもやしてた。
勝手に考えが浮かんでた。
止まらなかった。
〝いつからだ〟
ナギの事を考えるとなんかもやもやしてた。
今もそう。
顔が熱くなっていくのがわかる。
あたしは別に、ナギの事が好きなわけじゃない。
でもなんか気になってた。
たしかにあたしはナギを気にしてた。
気にしてたんだけど気にしてる事がバレたくなかった。
気にしてたんだけど話したくなかった。
マリがちらついた。
なんかの物語とかでよくある〝男の子の事が気になってたんだけど、実は恋してるのにそれが恋だと気づかない〟みたいな。これはそういうやつじゃない。
〝いつからだ〟
ブローチの声が近づいてくる。
恋じゃない。彼の事が好きなわけでもなかった。
でもナギがキューを誘ったり、他の人がナギの事を話し出す時に、もやもやしたのはなんでだろ。
一緒にごはんを食べてる時にアネットがナギを褒めた時、食べる気失せたし。
話を聞く気も失せた。
あれなんでだろ。
〝いつからだ〟
ずっとその声が追いかけてくる。
頭が割れそうだった。割りたかった。
誰かが頭の中を這ってる。
肺を掴まれてる。
勇者の剣を抜いた時、初めて女神様に会った時の事が浮かぶ。
息が吸いにくい。
手足に力が入らない。
リヴェル村の池の前で不安そうな横顔のナギと話した事。
アルセナまでの馬車で吐きまくってた彼が浮かぶ。
息を吸えないのに心臓の動きが速い。
立ち上がろうとしたけど腰にも力が入らない。
家に帰りたい。
誰でもいいから抱き締めてほしい。
なんでもするから抱いて欲しい。
消えたい。
もう自分をしたくない。
吐きたいのに吐けない。
突っ伏して何かを握り締める。
現実みたいに落ち葉が音を立てて拳の中で砕けてた。
もういい。




