表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/90

翌日のあたふた看病

「熱が高い……回復魔法をかける」


 真琴の額に触れ、静かに宣言する。すると、布団の中から弱々しい抗議がなされた。


「……だめ……」

「なぜだ」

「……昨日……使わなかったの、リオンです……」


 ぐ、と言葉に詰まる。


「状況が違う」

「……違いません……」


 真琴は薄く目を開けて、じっとこちらを見る。


「……ズルして……甘えて……熱移したの……誰ですか……」

「……私だ」

「じゃあ……」


 真琴が指先で、私の袖を掴む。


「責任、とってください……」


 その言葉が胸に直撃する。


「責任は取る。そのための回復魔法だ」

「リオン……それ、楽なほうです」

「何?」

「ちゃんと……看病して……」

「……している」

「もっと!」


 その一言で、完全に追い込まれた。


「真琴……私にどうしろと」

「……そばにいて」

「いる」

「……撫でて……」

「……」

「昨日みたいに……」


 真琴は辛そうに目を閉じたまま、ぽつりと続ける。


「……あったかいの……好き……」


(抗えるわけがない。こんなの、完全に反則だ――)


「頼む。回復魔法を使えば、すぐ楽になる」

「ねぇ……リオンは……すぐ楽になりたかった?……昨日」

「……」


 痛いところを突かれた。私は昨日、楽になどなる気がなかった。むしろ、あの時間を引き延ばした。


「卑怯だな」

「ふふっ……お互い様です」


 真琴はどこか嬉しそうに、小さく笑う。熱で赤い頬と、少し潤んだ瞳を見ているだけで。


(くそっ……魔法など使えるか)


「……分かった」


 魔力を集めかけていた手を握りしめながら、ゆっくり下ろす。


「今回は使わない」

「……ほんと……?」

「ただし」


 真琴の額に軽く触れる。


「無理をしたら、即座に使う」

「……はーい……」


 どこか満足そうな返事に、苦笑を浮かべた。


「……リオン……」

「なんだ」

「……怒ってる?」

「……自分に」

「僕じゃなくて……?」

「君には、とことん甘い」


 正直に言うと真琴は少し目を丸くして、それから微笑んだ。


「……知ってます」

「……」

「だから、使わなくていいです……」


 布団の中から腕が伸び、私の手を抱き込む。


「……あったかい……」

「馬鹿だな」

「……はい」


 静かな呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


(――結局、私が負けるのか。だが悪くない敗北だ)


 回復魔法は、あとでいい。今は――。


「……責任は、最後まで取る」


 そう呟くと真琴の指が、きゅっと強く握り返してきた。


***

「……じゃあ、次は僕がわざと風邪を引きますね」


 ぽろっと、冗談半分で言った――その瞬間、リオンの眉間にしわが寄った。


「却下だ」


 即答だった。低く短く逃げ道ゼロな口調に、しまったと思った。


(あ、これは……)


「えっと、冗談です」

「冗談に聞こえない」


 鋭い視線が、真正面から突き刺さる。


「……君は、自分の体を軽く扱いすぎる」

「でも昨日、リオンだって――」

「私は副団長だ」


 ぴしっと言い切られ、言葉を遮られる。


「君は守られる側だ。私と比較するな」

「……」

「それに」


 リオンは顔を寄せて、距離を詰める。


「そもそも、“わざと”という発想が問題だ」


(――ひぇ!)


「私がどんな気持ちで、君の熱を見ていると思う」


 口調はいつもより静か。だからこそ、怒っているのがはっきりわかる。


「仕事を休んで……看病してくれてます」

「それは結果だ」


 リオンは、苛立ったようなため息をひとつ吐く。


「最悪の場合を考えろ。高熱、悪化、回復魔法が間に合わない状況――」

「……」

「君が苦しむ姿を、私は二度と見たくない」


 その一言で、胸がきゅっとなる。


「……冗談、でした」


 小さく言うと、少しだけ表情が和らいだ。


「冗談でも、言うな」

「はい……」

「……本当に反省しているか?」

「してます」


 即答したら、リオンの表情が穏やかになる。


「次は?」

「わざと風邪を引きません」

「よろしい……ただし」


 リオンはさらに顔を寄せて、突き刺すように蒼い瞳でじっと見つめる。


「体調を崩した場合、私に隠すな」

「はい」

「無理をしたら――」


 少し間を置いて、低く囁いた。


「……厳しく叱る」


(それはそれで、ちょっと……)


 思わず口元が緩みそうになって、奥歯を噛みしめる。


「笑うな」


 即座に指摘されてしまった。


「……だって」

「だって、なんだ」

「心配してくれるの、すごく嬉しい」


 一瞬、完全に固まるリオン。数秒の沈黙。そして――。


「……君は、そういうところが危険だ」


 そう言いながら、額に手を置かれる。


「私の理性を試すな」

「試してません」

「結果的に、だ。君が倒れるくらいなら――私が代わりに倒れる」

「それもダメです」


 即ツッコミをぶちかましてあげた。


「……ふ」


 僕らは目を合わせて、ほんのわずかに笑う。


「……それなら、二人とも健康でなければないけない」

「はい」


(叱られたけど……愛されてるなあ)


 そう思いながら、こっそりリオンの袖を掴んだ。


「……リオン」

「なんだ」

「ちょっと……離れません?」

「断る」


 即答。しかも、腕の力がほんの少し強まる。


「リオン反省は?」

「している」

「全然してないよね?」

「しているから、甘くしている」


 意味がわからない。さっきまであんなに怖かったのに、今は妙に優しい。額に触れる手も髪を撫でる指も、声も低くて柔らかい。


(ずるい……)


「……真琴」


 名前を呼ばれるだけで、胸が跳ねる。


「顔が赤い」

「さっきの続きですよ……」

「熱はない」

「そういう意味じゃないです」


 視線を逸らそうとした瞬間、顎に指がかかる。


「逃げるな」

「逃げますよ、これは!」

「なぜだ」

「……だって」


 言葉に詰まる。


「さっきまで叱られてたんですよ?」

「そうだな」

「なのに今こんなに……優しいの、ずるいです」


リオンが一瞬だけ目を細める。


「嫌か?」

「嫌じゃないけど……」

「なら問題ない」

「あります!」


 思わず声が大きくなる。


「心臓がもちません!」


 ぴたり、とリオンの動きが止まる。


「……そんなにか」

「そんなにです!」


 じっと見つめられる。そのまま、さらに近づく気配。


「っ、だから!」


 勢いで言ってしまった。


「……さっきみたいに怒られてる方が、まだマシだったかも……」


 言った瞬間、空気が止まる。


「……ほう。つまり、私に怒られたいのか?」

「違います違います!」

「では」


 耳元に、息がかかる。


「甘くされるのが苦手か?」

「苦手じゃ……」

「では?」

「……慣れてないだけ……」


 正直に言うと、リオンがふっと笑った。


「なら、慣れろ」

「横暴!」

「副団長だからな」


 そんなの、全然関係ない。


「……真琴、私は」


 ほんの少しだけ、真面目な声が耳に落ちる。


「怒るより、甘やかす方が好きだ」

「……!」

「ただし、必要なら叱る」

「……」

「だが」


 指先で、頬をなぞられる。


「君がそんな顔をするなら――」


 軽く、唇に触れるだけのキス。


「やはり、こちらの方がいい」

「……もう……」


 完全に顔を覆う。


「……副団長ずるい……」

「褒め言葉として受け取る」

「違います」


 でも、袖は離さない。


(怒られるよりマシって言ったけど、やっぱりこっちの方が好きかも)


 小さくため息をつくと、


「何だ」

「……慣れる努力します」

「よろしい」


 満足げな声。そのまま、また抱き寄せられる。


(だめだ、勝てない。でも――嫌じゃない)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ