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2-29 『この救いなき世界に、別れを。』

次回、最終回となります。

 本日、早朝。渋谷、新宿、六本木、その三都市より等距離に位置する明治神宮御苑。

 緑の葉が生い茂るイチョウ並木を超え、先にある噴水の中で……ただ静かに、彼女は待っていた。


「——」


 長らくそのままだった服を脱ぎ、足を水に浸し、汚れに汚れた裸を清める。紫とオレンジの境界にある空は、美しくも切ない思いを心に浮ばせてくる。

 何故、自分は報われなかった。この世界から捨てられた。この醜く、でも苦難の果てに掴み取ったはずの人生を拒絶されたんだ。価値はない、確かにないけど、こんなにも酷い仕打ちを受けなければならないほどの、醜さなのか。なあ、どうなんだ。


「——教えて欲しい、私が捨てられた意味を。捨てるくらいなのに、こうして生み落とされてしまった理由を」


 天を仰ぐよう嘆き……そして心のどこかで、ただ救いを求めている。

 決して返らない答えに、とめどない虚しさを覚えて顔を下ろすと、まさにその時、イチョウ並木の向こうから彼女は現れたのだ。


「あぁ……ワラ、ビ」


 裸の自分の前に現れたのは、自ら死に身を向けた、自分にとって希望の子。死を担い、死に選ばれ、死と共に歩んでくれる少女。

 その横にも、何かが連れ添っているように見えるが、そんなことはどうでもいい。自分にとって大事なのは、彼女、彼女だけ。


「……ここにいたんですね、カグラさん」

「ワラビ……喜びなさい。今日は貴方と私にとって、最も記念すべき日になるのよ。私と貴方に、この世界中に永遠の幸せが訪れるんだから」




「さあ、もう一度この胸においで。私はずっと、ずっと待ってたのよ」




 報われない自分を、世界から忘れられた自分を、生き続けられなかった自分を、受け入れてくれる唯一の存在を。

 カグラは噴水を抜け出し、腕を広げてゆっくりとワラビに近づく。ワラビもこちら側に歩み寄ってくれるはずだ。もう一度、また昨日の続きを……そう信じていたのに、


「……いいや、ごめんなさい、カグラさん……ううん、先輩」


 ワラビはその場で顔を伏せ、カグラと目を合わせようとはしなかった。


「え、っ……」


 その意味を、カグラは理解できなかった。


「なに、どう、したの……何、の、つもりなの?」


 いや、理解したくなかった。何故だ、ワラビがそんなことを言うなんて、ありえない。自分と同じく苦しんで、あんなにも死を望んでいたはずなのに……なのに、どうして。


「私は……まだ死ねない。やり足りない、やりたいことが、私の中にたくさん残ってることを、思い出したから」


 そう動揺するカグラへ、ワラビは臆することなく思いを伝える。生と死の狭間から、自分が辿り着いた答え……それは。


「私は、死ねばそれだけで楽になれると思ってた。生きることは苦しむことだけだって思い込んで、生の裏返しの死に、甘えそうになってた……でも、その答えに自分の本心なんてなかった」

「本、心……?」


 カグラも僅かに反応を見せる、本心という言葉。思い当たる節が誰しもある、死者達が最も目を背けていたもの、自分自身だった。


「思い込んでるだけで、それは本心なんかじゃなかった。私の本当の思い、本当に望むものは……やっぱり、夢を追い求めて生きていたい!苦しいことがあっても、それでも夢を持って、頑張って走り続けていたい!これまでだって私は、そうやって生きてきて、楽しんできたから!!」

「!?」


 夢、頑張る、生きる、楽しむ……ワラビから溢れ出る希望に満ちた言葉達に、カグラは動悸を覚え、両手で耳を塞いで立ち止まる。

 何故だ、何故またそんな戯言を口にする。お前はその叶わぬ理想を捨てられた、生の柵から自由になれた、選ばれし利口者であったはずなのに。


「死ねば永遠に立ち止まれるけど、夢は生きてないと掴めない。だから私は、夢を求めない人生よりも……ほんの僅かな希望でも、自分を信じられる人生を歩みたい!!たとえまたうまくいかなくて挫けそうになっても、生きてる限り、私は希望を信じていたい!!それに……」


 やめろ、生に希望を抱くな。死に、死に身を委ねて、もう一度自分の元へ——




「一番近くに、私を信じてくれる、大切な友達がいるから!!」




 その時、盲目的になってボヤけていたカグラの目に、ようやくハッキリとその姿が映る。ワラビの隣に連れ添う謎の物体達、それは落葉でもモノでもなく、


「夢を追い求めたい……若い子が口にする、最っ高に素敵な響きね!その思い、私たちにも後押しさせてもらうわよっ!」

「これが生きることなら……俺も全力で、みんなと一緒に戦う!!みんなの、この世界の、俺自身のためにも!!!」


 ノゾミマリエ、サカバカナデ。渋谷アーバン。


「わ、わわ、私だって……ワラビちゃん、は、大事な友達なんだもん!!困った時は、お互い様、だからっ!!おかず君だけじゃなくて、友達のためにも、私、頑張るよ!!!」

「へへっ、いい顔してるじゃん、ワラビちゃん!私も、みんなの熱さに負けてらんないね!大事な友達の笑顔は、アツミちゃんがぜ〜〜んぶ守っちゃうにゃんよ〜〜っ!!」

「可愛い後輩達に道を示せるのが、真の『先輩』ってもんよ!!ちんちくりんても、見かけ以上のもんを努力で掴めるってこと、思い知らせてやるわっ!!」


 ダラバメグミ、サカイアツミ、ハナミツカオリ。六本木アーバン。


「へっ、ぜってえ手放したりなんかしねえよ。安心しな、世界の全部の悲しみは、この俺がぶった斬ってやるからよ!!だからみんな、気にせず目一杯に笑っちまえっ!!」

「ワラビ……ようやく雲が晴れて、良かったね。さあ、この戦いを勝ち抜いて、今日は最高の祝杯を上げようじゃないか!」


 ホムラオウマ、ウツツカイドウ、そして、


「……私たちはこんなところで終われない。私たちの目標、いつかの夢を追い求めて、叶えるために……そのために、この世界を守り抜く。そうでしょ、ワラビ」

「うん……今度こそ一緒に叶えよう、ユカリ」


 親友の肩に手を置くクズモチユカリ、そしてその親友の瞳を見て、信頼の表情を浮かべるアマダレワラビ。新宿アーバン。

 大切な相棒が隣にいるこの世界で、ワラビは生きることを選んだ。カグラの差し伸べた手は、対照に誰とも繋がらない。ただ空虚に、その場にあり続けるのみ。


「……そう、そうなの、ね」


 死に溺れているのは、自分と、自分に勝手に着いてきた同胞の死者達だけだった。だが、彼らを仲間だと思ったことなど、カグラには一度もない。孤独……それだけが変わらずに残っていた。


「結局、私は一人のまま、だったの……何も得られずに、ただ無駄だけが積み上がる、人生でしかなかった……何もかも、私には虚無しか残らない」




「——もう、いい」




 もう、この僅かに残った希望を抱くことも、やめにしよう。ワラビも、ユカリも、自分にとっての救済なんかじゃない。

 救済など、この世界のどこにも、初めから存在しないんだ。


「——聞け。今この時間に存在する、全ての死者達よ。お前達死者は、この私により世界を意のままにできる、二度とない唯一の機会を得たのだ」


 天を仰ぎ、救いではない、苦しみを求める声を上げる。


「不満、復讐、哀愁、憤怒、絶望……お前達の負の思いは、私が請け負ってやる。だから今、ここに集え……この世界を変えるために、私に……その強大な死の力を授けろ!!!」


 この救いなき世界を変えた先に待つもの……それを求め、カグラは最後の反乱を東京へと仕向ける。

 カグラの声に呼応するよう、街中から無数のお尋ね者達が現れ、この明治神宮御苑に集っていく。


「私のソートは、『吸収』。いくつものエリアの死者達の残留思念を取り込み、その力を私そのものとして発現する。

そして、いつしかそれは、存在そのものも——」


 集った無数の死者達の魂が、一挙にカグラの中に入り込んでいく。一人の身体には到底受け止められない質量に、節々から溢れ出る粒子が凝固していき、もはや人の形を留めない異形へと変貌していく。


「これで私は、『死』そのものとなる。この腐った世界……人間のための、苦しみに満ちた世界を変える力を、ここに……うぐ、ぐ、がぁ……っっっっっ!!!」


 とうとう完全に粒子に飲まれるカグラ。身から溢れ出る粒子は、新たなる姿と化し、この世界に顕現する。死者達の魂の集合体……膨大な負の感情。




「ッッッ、ァァ、ァァッ……ハァァ……ケシテ、ヤル……スベテノイノチ、ヲ……シノモトニ!!!!」




 まるでカラスのような、超巨大な一つの生命体となり、東京の空へと飛び立つ。この街中の、様々なエリアを次第に抹消し、その地に囚われた死者、そして忌まわしき生者全てを取り込んでいく。

 止めなければ。彼女達の悲しみを、永遠に晴れることのない無念を。


「先輩……貴方の苦しみも乗り越えて、私たちは未来に進む。だから、絶対に私たちが止めてみせる」


 『死』は新宿方面の空へと向かい始めている。東京最大の脅威を迎え撃つべく、渋谷、新宿、六本木のメンバー、マネージャーもソートを発現し戦闘態勢に入る。そして、


「今なら自信を持って言える。私はこの世界で生きていく、だからそのために……この力を使いたい!!」


「お願い、私に力を貸して……本当の、世界を守る力を!!!」


 手にしたマイクスタンドを掲げ、ワラビは、自身の真の生の力を示す。この世界のため、自分自身の生きたい思いのために……示された真の『生きる意志』に、これまで不完全だったソートが覚醒し、彼女の本心に基づいた『本当の姿』が明かされる。




「——アーバンチェンジ!!!」




 本心に目を背け、仮初の姿であったマイクスタンドは光を放ち、世界の均衡を保つ『光槍パラスアテナ』へと変化した。


 祈るよう槍を握りしめる。すると舞い散るよう大量の天使の羽が現れ、その身を包み込み……ワラビを、純白の女神へと変身させる。美しく気高きその姿は、これまでのブレたものではない、軸である勇気を有していた。

 真の力を手にした女神は槍を掲げ、戦う者達に勇気を示す。


「豆打悶堕を、ツクモカグラを止める!!行こう、みんな!!!」




「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」




 生者の心が重なり合う。今、生と死の全存在をかけた決戦が、始まった。






「ミンナ、キエロ……シニ、トケロ!!!!」


 暴走を始めたカグラは、空を駆ける『死』となり、東京全土へ襲いかかる。手始めに新宿の街の上空へと辿り着くと、そこから無数の雷を放ち、地上の生命達を蹂躙する。

 ビルも車も、建物も、生者が築き上げた全てを崩していくが、


「いや、溶けて消えるのはアンタよ、カグラ!!!」

「行くよ、ユカリ!!!」

「ええ、ワラビ!!!」


 そこに、女神の翼を広げるワラビと、戦士の跳躍を見せるユカリが現れ、『死』の真下へと降り立つ。カラスの姿をした『死』の胴体部より、無数の雷やソートが降りかかる中、彼女達は巧みに攻撃をかわし、


「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!」」


 跳躍と飛行で天に昇り、手に持つ光槍と大剣で斬撃を喰らわせる。たまらず呻く『死』は放出するソートの数を増し、さらには地上の瓦礫を浮遊させ、醜い二体の生者を殺そうと攻撃の手を早める。


「っ、くっ……」


 回避を重ねる中に、僅かにもつれが生じるユカリ。昨日受けた傷がまだ癒えない状態で、そこから大きな隙が生まれ、ソートの『ステージ照明』が直撃しかけるが、


「ふっ!!」


 素早く間に潜り込み、ワラビがユカリを抱えて空中の瓦礫の裏に隠れる。その他のソートの猛攻が何度も襲いくるが、ワラビは光槍を回転させて盾のように扱い、その度に本体へと攻撃を弾き返す。

 ソートは死を乗り越え、人が生きたいと思う心の顕現。思いが強いほど、ソートの力はより強力になる。


「ワラビ……っ」

「任せて、ずっと助けられてきた分、今日は私がユカリを助けるから。相棒として、今度は隣で一緒に戦うからね!!」

「相棒、ね……ふっ、私のことばかりで気抜くんじゃないわよっ!!」

「ふふっ、もちろんだしっ!!」


 ハイタッチを交わすと、瓦礫を経由し、攻撃を素早くいなして本体へと向かう二人。

 『死』を新宿上空で足止めすることは出来ているが、今度は街の攻撃への対処が問題だ。雨のように降りかかる雷とソートより、肝心の新宿と人々を守らなければならない。


「ユカリ、ワラビ!!君たちはそのまま本体を叩き続けるんだ!!地上への攻撃は、僕たちに任せてくれ!!」

「ワンダ〜〜〜スピ〜〜〜〜〜〜ンっ!!!!あんな電撃、リボンで私が全部消してやるわっ!!」

「けっ!先輩様だけに良いとこ持って行かせるかよ!!俺だって、やってやるぜ!!!」


 ワラビとユカリが『死』を攻撃する中、戦場となっている新宿の街を防衛するその役割に、カイドウ、カオリ、オウマが名乗りを上げる。


「我が弓よ、破滅を駆ける世界へと、導きの光を射せ!!!スターパレス……レイン!!!!!」

「ワンダ〜〜ワンダ〜〜ちょ〜ちょ〜ちょ〜〜〜〜〜スーパーハイパーギガンティックドラマチック〜〜〜スピ〜〜〜〜ンっっっっっっ!!!!!」

「ヴォイドソードよ……絶望を無に返し、全てを希望に変えてやれぇぇぇぇっ!!!!!」


 矢を一斉に放ち、リボンを振り回し、ドライバーに納刀して抜刀する。弓矢でソートを打ち抜き、ゴム素材で雷を打ち消し、漆黒の剣であらゆる攻撃を無に返し、地上に行き着く前に防ぎ切る。


 女神と戦士も共に、こうして五人の生者達が戦闘を繰り広げる、その中で。

 一方残りの四人は新宿ではなく、どういうわけか、渋谷方面へと足を運んでいた。


「——はぁ、はぁ、デカいくせにビュンビュン飛ぶなんて、私たちの能力じゃまともに戦えないわ。何か『考え」があるみたいだけど、どういうのなの、カナデ君?」

「……マリエさん、昨日最新話更新されたアレ、見ました?」

「ん?それって、君がこの前キテるって言ってたやつだったっけ?私はまだ見れてないけど……あっ、そこに何かいいアイデアでもあった?」

「はい、実はその中で、結構面白いシーンがあって……」


 渋谷へ向かう道中で、当たり前のように趣味の漫画の話をしだすカナデとマリエに、同じくいたメグミとアツミは困惑の表情を浮かべる。


「えっ、ど、どゆこと?……趣味の漫画から、何かインスピレーションを受けて、じゃあそれでって感じだったの?え、今までそんな風に戦ってたんだ……」

「お、おかず君が、私たちを、連れてきたことも……その考え、に関係するってことかな?」


 何やら案があるというカナデは、マリエ、メグミ、アツミを連れて東京を駆け、そして明治神宮御苑から渋谷へと辿り着く。


「そうそう、そのためにもまずは、俺が知ってる上で一番高い場所……渋谷スカイに行く」

「へ?渋谷スクランブルスクエアの最上階に行くってこと?」

「うん。そんでそこから、あー、えっと……ま、まあ色々準備してく感じ」

「言葉にするの、む、難しいの、かな?もたついちゃってるの、可愛い……」

「うぐっ、だ、だって絵で見てんだからさ……」


 ある漫画のワンシーンを再現する。そんなざっくりすぎる内容でも、アツミは友達を信じる一心で、カナデの賭けに乗っかる。人生はやったもん勝ち、大好物な言葉だ。


「ん〜、まだよく分かんないけど、まあやってみれば分かるもんね?よしっ、だったらアツミちゃん、とっておきを用意しちゃおっかにゃ〜?」

「とっておき?」

「私のソートが、ARカメラ上のシールを現実に出来るのは知ってるでしょ?だからたとえば……ほらっ!」


 得意げな表情でアプリを起動すると、アツミはあるデコレーションシールを貼っつけ、現実世界に投影する。みるみるうちに現実に構成されるモノは、ふわふわとした絵柄の羽がついた、ギザギザとした絵柄のバイクだった。


「じゃじゃーん!ここのシール欄にあるものは、組み合わせ次第で何でも現実に出来るんだにゃ!ささ、これで近道してこ、みんな!!」

「は、羽が付いたバイク……確かにすごいけど、めちゃくちゃすぎるだろ……」

「ん?ちょっと待って?いくら空を飛べても、バイクなら運転しなきゃよね。だ、誰が、やる、の?」


 座席とシートベルトはカナデのスプレーで増設し、四人が乗れるようには出来る。だが肝心な問題は動かす手段、バイクというなら、当然運転する誰かが必要だ。

 一体誰が……そう尋ねた時、既にマリエは三人から同時に目線を向けられていた。


「「「じーーーーっ」」」

「うん、そりゃそうよね、分かってたわよもう!!!免許なんて持ってないし乗ったことすらないけど!!えぇ?無免許運転!?上等よ!!年上のぶっとい意地で何でもかんでもやるわよこんちきしょぉぉぉぉっ!!!!!」


 いくら連れと遊んでた頃でも、共に街をバイクで暴走したことなどない。だが今は世界の危機だ、言い訳してでも、文字通り意地で乗り切ってやる。

 マリエにしがみつくようカナデがまたがり、そこにメグミとアツミが捕まり、全速力で渋谷の陸、そして空を駆けてスクランブルスクエアの屋上を目指すのだった。




「……フッ、ッ、ムダ、ダ……シハ、キエズニ、エイエンニオマエタチヲ、オイツヅケル……」




 カナデ達が行動を開始し、それを感じ取ったのか。ワラビとユカリが同時に攻撃を繰り出す瞬間、『死』は大きく脈動し、そして自身の胴体部より複数回液体を放出する。

 放出された液体は一回り小さい『死』のカラスとなり、新宿の空より、東京中の全方向へと飛び立っていく。


「なっ、分裂した!?まさか、分体としてカナデ達を叩きに!」

「それもそうだし、多分東京中の私たち以外のアーバンにも攻撃するために……でも、その分体もカグラさんの吸収の力から成り立ってるはず。本体を叩くことに、変わりはないよ!!」


「でりゃぁぁぁっ!!おい、カオリさん、カイドウさん!!カナデ達からの連絡は!?」

「ふっ!!いいや、まだだよ。送られる合図とやらを、僕たちは戦い抜いて待ち続けるだけだ!!」

「っ、カナデにマリエ、それにあの子達も、しくじったらしょーーーちしないんだからっ!!ぷんぷーーんだ!」


 こちら側に有利かのように見えた状況に変化が起き、新宿側の五人がざわめき始める。懸念通り、『死』の脅威は渋谷にも迫り来て、空中を駆けるマリエを見つけ次第、分体は攻撃を仕掛けてきたのだ。


「え……う、うおぁっ!!?なっ、新宿だけじゃなくてこっちにも!?」

「ちょっ、う、嘘でしょ!?来るならせめて着いてからにしなさ、って、いぎゃぁぁぁぁっ!!!」


 既にスプレーで準備を始めていたカナデは、手が塞がれて身動きが取れない。同じくマリエも、慣れない運転以外に気を配る余裕はない。


「んじゃ、ここは私たちの出番だね!!落ちないよう気をつけて、メグミちゃん!」

「ひ、ひぃぃぃぃっ!!!た、高い高い高い高い……い、いいいいいいや、が、ががが、がはっ、が、がんばりゅぐむぎゅぐっ!!!」


 『死』の分体より放たれるソートは、六本木アーバンが対処するしかない。飛ばされてくる中、物体としてのソートはコンクリート壁のシールを貼って防ぎ、魔法や超能力としてのソートは氷の蔓で相殺する。


「萌え萌え〜〜、きゅ〜〜〜ん!!!なんちゃって〜」

「ふ、ふふふふふ、ふっ、震えろぉぉぉぉぉっ!!!!!?」


 向こうの攻撃の波が止んだ瞬間、僅かな隙を捉えて逃さず、二人は消えない炎と溶けない氷を同時に放ち、お得意のコンボ攻撃で分体の身動きを奪う。時間は十分に稼がれ、とうとう渋谷スカイの芝生が目の前に見えた。


「ささっ、今のうちだよ、マリエさんにカナデ君!!」

「まあ、なんとも頼もしい子達な、ことねっ!!」


 バイクから飛び降り、転がり込むよう渋谷スカイにダイブするマリエとカナデ。まだ分体は氷の蔓と炎の牢に囚われたままでいる。今が最大のチャンスだ。


「マリエさん、俺は準備を進めるから、みんなに連絡しといてください。あと、ついでに漫画も読んどいてもらえば」

「ふふっ、分かったわ……君のナイスアイデア、信じてるわよ、カナデ君」

「……はいっ、もちろんです、マリエさん」


 空中のバイクには、悶える分体を見張るメグミとアツミを残し、カナデは自身のスマホで漫画を開き、そのシーンを忠実に目の前に描いていく。

 カナデがわざわざ渋谷の頂上で描きあげるシーン、それは。


「——行くよ、マリエさん!!!」


「——ええ、カナデ君!!!」


 渋谷スクランブルスクエア屋上に生まれた、巨大なスリングショットの付いた、より超巨大な大砲……全身が赤ではあるもの、ディテールも細かく造形されている、漫画に描かれていた『レーザー砲』そのもの。

 もはや一つの等身大アート作品とも言える、この銃口の向く先は新宿上空……ここからでも見える『死』本体。スリングショット部分に、マリエは飛び乗ってスタンバイをして、そして。


「「うおぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」」


 カナデがスリングショットを放ち、凄まじい勢いで空を飛ぶマリエ。浮遊感に恐怖を煽られるものの、最後までカナデの信頼を纏い続け……そうして、マリエの身は吸い寄せられるようにして、『死』の背中部と豪快に着地した。


「グッ、ナ、ッ……!?」

「ふぅ……これでやっと、好き放題やれるってもんね」


 想像を絶する、あまりにも現実離れした作戦を果たし、『死』は動揺を隠せずにマリエを潰そうと攻撃を焦る。

 だが、ソートは事前にワラビとユカリが潰す。背中側のマリエまで届くことはない。


「ツクモカグラ……確か、貴方は私たちに言ったわね。刺激なんて、期限付きの紛い物。幸せを求めるから不幸になるって」

「グゥ、ゥゥ……」

「それも一理はあるわ、私も昔はそうだったから。けれども今は……カナデ君にとって頼れる存在になりたい、明確な気持ちがある、今は違う」


 マリエは胸に手を当てる。自分自身の心に宿る炎は、今も消えずに燃え続けている。目標……夢を果たす、いつかの未来へと向けて。


「心から願ったことは、私たち人間に自由と力を与えてくれる。自分に嘘をつかないで、自分に素直になって生きれば、それは期限なんか超えて、自分自身の永遠の宝物になる」

「ク、ッ……」

「例え不満だらけの世界でも……見え方さえ変えてみれば、案外楽しめるものなのよ」


 マリエはそう言い、新宿から渋谷スカイの方を見る。そこにいる一人の、自分にとってかけがえのない少年。

 彼も自分を信じてくれている。お互いに信じているからこそ、こんなことが出来る。その事実が嬉しくて、頼もしくて、温かい。

 愛おしくて、抱きしめたくなって……大事に守りたくなるんだ。




「——ありがとう、カナデ君。私の未来を変えてくれた貴方のことが……いつまでも、どこまでもずっと、大好きよ」




 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、決意をここに固める。カナデを、あの子を信じる……さあ、準備はこれで全て整った。


「……よしっ、さあ、これで終わりにするわよ!!!みんな、合図よ!!今から放たれる、最大攻撃に備えなさい!!!」


 とうとう発せられた合図に、地上にいた三人、空中にいた二人は頷き、その場から一斉に退避する。


「よし……準備オッケーーーッ!!!」


 一方、レーザー砲の最終調整が完了したカナデも、渋谷スカイから声を上げる。エネルギー充填を終え、いつでも放出が可能となったレーザー砲を構えて。


 カナデ、マリエ。二人の心が一つになった時、覚悟の最終攻撃が始まる。


「今よ!!!撃ちなさぁぁぁぁぁぁい!!!」

「……いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!」


 強大なエネルギーを有するレーザー砲は、長いチャージ時間の末に放たれ、その威力を遺憾なく発揮する。放たれる極大の赤いレーザーは大気を掻き消し、『死』に向けて一直線で伸びていく。当たればひとたまりもない、そう誰もが思ったが、


「ッ……ン?」


 ところがレーザーは『死』の頭部スレスレをかすめ、そのまま後方へと流れていってしまう。『死』は未だに健在している。


「ナン、ダ……?」


 どうやら外したのか。作戦とやらは失敗したのかと、思わず『死』の気が緩んだ、その瞬間。


「——いつまで余裕でいられるかしら?ほら、こっちよ」


 初めから背中でスタンバイしていたマリエが、確信めいた口調で告げる。

 手にしていたハルバード……その斧部分が赤く光を放っている。そう、カナデは初めから本体ではなく、マリエの掲げていたハルバード目掛けてレーザーを放ったのだ。


「これが私たちの……今を必死に生きてる人々の力よ!!!!!」


 フェイクにハマって完全な隙を晒した『死』は、余裕を完全に喪失する。マリエを食い止めるべく、なりふり構わず攻撃を仕掛けようとするも、遠くに離れていたワラビがそれを阻止する。


「光の力よ……仲間達に、祝福の加護を。哀しき魂達に、安らかな裁きを……トドメを、マリエさん!!!」


 女神の力でマリエの身体能力を補助し、『死』の動きを鈍化させる。もう邪魔はできない。この一撃を振り下ろし、この生と死の戦いを、終幕へ。




「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ、マリエさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!」




 カナデの雄叫びと共に、マリエはハルバードを垂直に突き立て。






「ぐぉぉぉぉぉぉりやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」






——『死』を、真っ二つに切り裂いた。

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