Ep.4 異世界でお茶会
マリーさんの語りで、本編感謝祭ラストのルチアーナ様とのお茶会 ~本編中に入れ忘れていた設定を添えて~ です。
♪ナナナナ~、ナナナナ~、異世界でお茶会。
娯楽に溢れていた前世、私はゲームやマンガや小説を好んでいた。
基本的に頭を使わなくても良いものが好きだった。
ていうか、『娯楽』なんだから、『楽しい』だけで成り立っててイイと思うし。世の中には苦行みたいなゲームもあるらしいけど、そういうのをプレイする人の気持ちがよく分かんないわ。
「『緊張と緩和』です。苦行の果てに、全てを蹂躙し尽くす快感があるのです」とエリザベス様は真顔で言ってらしたけど、『蹂躙し尽くす』って……。そんでそれが『快感』て……。
……本当に、この人が『王妃』でいいのだろうか。ちょっと好戦的過ぎやしないだろうか……。
それはさておき、私はそういう苦行を強いるゲームは得意ではない。
あと、考えなきゃいけない事が多いゲームも苦手だ。ついでに言うなら、アクションも苦手。コントローラーと一緒に身体が動いちゃうタイプで、大昔に超有名なオーバーオールの配管工おじさんの横スクロール・アクションゲームでコントローラーを引っ張り過ぎて断線させた事があるくらいだ。
そんな人間なので、テキストを読んで選択肢をポチポチ……みたいなゲームは大歓迎だ。コントローラーの寿命的にもウェルカムだ。
しかもシナリオに鬱展開なども望まないので、平和にただイチャコラしてるだけみたいな乙女ゲームは大好物だ。
一部、シナリオがエグいものもある。
そういうゲームはレビューを見て回避する事にしていた。
ヤンデレだらけの血塗れパーティーみたいなゲームは、そういうものと覚悟して購入したが、やはりクリアは出来なかった。
監禁までは許そう。だが、何故全員、バッドエンドでこっちを殺しに来る!? バッドじゃなくて、デッドエンドじゃん! グッドかバッドかっつったら、そりゃバッドだけども! むしろワーストだけども!
足の腱切って鎖で繋ぐとか、それの何が『ハッピー』エンドなの!? ハッピーなの、ヤンデレ男だけじゃん! ていうか、『ヤンデレ』じゃなくて、『病んでる』だけじゃない!? あぁ、これが『メリバ』ってヤツか。……解せん……。
……ヤンデレ界は私には難度が高すぎた……。
深淵を覗き込んで、深淵に覗き込まれた気分だった……。
いいのよ。
シナリオに深淵を覗き込む勢いの『深み』なんて要らないのよ。
浅瀬でちゃぱちゃぱしてるのが楽しいのよ。
リアルな恋愛の懊悩なんて必要ないのよ。
そんな遠浅万歳な私にジャストフィットしたのが、『夢幻のフラワーガーデン』という乙女ゲームだった。
美麗なスチル、耳当たりの良いBGM、クソダサいオープニングとエンディング、チープな演出、深みも悩みもないペラッペラのテンプレシナリオ……と、私のニーズに120%フィットするゲームだった。
褒めています。心の底から賞賛しています。
「心の底から分かります! むしろ分かりみしかありません!!」
拳を握り、力強く同意してくれるルチアーナ様。
この国から遠く離れたアメーティス王国という国の王女様だ。
そして、転生者仲間だ。
ていうか『分かりみ』とか、すごい久しぶりに聞いたわ。懐かしくて嬉しいわ。……エリザベス様、そういう言葉遣われないもんな。
「わたくしも『テンプレ万歳、鬱展開は不要』派ですので、あのゲームは本っ当に大好きだったのです!」
「仲間ですね」
笑いながら言うと、ルチアーナ様も嬉しそうに笑いながら「はい!」と頷いてくださった。
聖地巡礼にいらしたルチアーナ様が、前世のお話をしたがっていらしたようなので、我が家へご招待したのだ。
お城だと、侍女さんも護衛の騎士様もいっぱいで、あんまり大っぴらにお話できないしね。
アメリカの田舎風(と、私は勝手に思っている)な我が家だったのだが、マイダーリン・ポール君が凄まじい有能さを発揮してくれたおかげで、フツーに『お貴族様のお邸』風な家に様変わりした。
別にいいのだが、自宅なのにちょっと落ち着かない。……別にいいんだけども。
ちょっと私の心の小市民が「これに慣れたらいけない」と叫ぶだけだ。
本当はエリザベス様もお誘いしたのだが、「乙女ゲームは守備範囲外でして……」と申し訳なさそうに言われてしまった。
そして私やルチアーナ様にとっては、エリザベス様のプレイされてきたゲームたちが守備範囲外だった。
ていうか、タイトル言われても知らないゲームが多かったよ……。「ご存知ないんですか!?」とめっちゃ驚かれたけど、そんなに有名なゲームなのかな……? 聞いた事すらなかったけど……。
でも……。
「日本に居た頃、周りに一人も居なかった同好の士が、まさか異世界で見つかるなんて……」
「全くもって同感です」
しみじみと頷かれるルチアーナ様。
本当に、まさか異世界であのゲームのファンでオフ会が出来るとは……。♪ナナナナ~、ナナナナ~、異世界オフ会。
ルチアーナ様はお茶を一口飲まれると、こちらに向かって軽く身を乗り出してきた。
「マリーさんは攻略対象の方々を間近でご覧になられてきたのですよね!?」
「まあ、一部の方だけですけれど」
未だにインケン眼鏡と脳筋には出会った事がない。……別に、会いたいとも思っていないけど。
あと、エルリック様にもお会いした事はないが、先日のエリザベス様と侍女様のお話を聞く限り、『会わない方が色々といい』ような気もしている。見たかったお姿は、肖像画で見る事も出来たし。……その肖像画がアレなカンジではあったけど。
幸いと言うべきか何と言うべきか、マクナガン公爵家は社交の場に一切出てこない家なので、パーティや夜会などへ出席してもエルリック様にお会いする事はない。
「ゲームの時間軸からは既に七年経っていますけれど、七年前の皆様はどのような感じでしたか!?」
「そうですねぇ……」
七年前。
まだ私が学生だった頃だ。そして大量の課題に血反吐を吐く思いをしていた頃だ。……優等生なエリザベス様とエミリアは、毎日楽しそうだったが。……ていうか、何で二人してあんな出来いいのよ。エリザベス様はまあ転生者って事で前世の知識チートみたいなものもあるだろうけど。生粋の庶民のエミリアは何なのよ……。
その七年前の攻略対象の方々の様子と言えば……。
「皆様、今と大差ないかと」
……としか言えない。
案の定、ルチアーナ様は「えぇ~!」と不満顔だ。
でもそうなんだから、仕方ない。
「でも、ゲームをプレイしてる時も思ったんですけど……」
お茶を一口飲む。……結構冷めちゃったな。冷めてても飲めるから、個人的には気にしないけど。でも、淹れ替えてもらった方がいいかな?
「ルチアーナ様、お茶、淹れ替えますか?」
一応、確認を取ってみる。するとルチアーナ様は笑いながら、「いえ、わたくしは猫舌ですので、これで構いません」と言ってくれた。
優しい……♡
「わたくしは『王女』という立場ですので、こういった発言は普段控えているのですけれど……。マリーさんでしたら、同郷の誼でご理解いただけそうですので言いますが……」
ルチアーナ様はそう前置きをすると、私を見て苦笑するように笑われた。
「お茶なんて冷めても飲めますし、いちいち交換するのも勿体ないと常々思っておりまして……」
「分かりみしかない!!」
思わず言ってしまった私に、ルチアーナ様も深く頷いてくださった。
貴族ですら『勿体ない精神』を発揮してしまうと、「貧乏くさい」だの何だの言われてしまう世界だ。
見栄と体面は時として命と同等程度に重い。
ルチアーナ様のように王族となれば、それは更に重い事だろう。
話が逸れてしまった。
……でもやっぱ、日本人相手の会話はラクでいいなぁ。
「えっと、お話を戻しますけど、ゲームをプレイしてる時も思ってたんですけども、主人公は伯爵令嬢な訳じゃないですか」
「ええ、そうですね」
「で、攻略対象の方々は、殆どが主人公より身分が上の方ですよね」
「まあ、大抵の乙女ゲームにおいて、そういうものなのでは?」
「まあ、そうですけど」
『夢幻のフラワーガーデン』の攻略対象は、上は王太子殿下から下は騎士見習いまでだ。その騎士見習いの脳筋にしても、お父上は騎士爵をお持ちの準貴族だ。完全なる平民ではない。
あのゲームの登場人物の権力ヒエラルキーはこんな感じになる。
王太子殿下>ロバート・アリスト公爵>エルリック・マクナガン公爵令息>ヘンドリック・オーチャード侯爵令息>インケン眼鏡侯爵令息>アルフォンス・ノーマン騎士爵>脳筋騎士見習いだ。
そこにヒロインを加えるとするなら、アルフォンス様と脳筋の間だ。
つまりヒロインの序列は下から二番目。
頂点の王太子殿下とは、天と地くらいの身分差がある。
「ヒロイン、登場人物の中でも下から数えた方が早いくらいの身分でしかないのに、ヘーゼンと王太子殿下に話しかけるとか度胸エグくないですか……?」
「それは確かに思いましたけれど、そこは敢えて目を瞑らなければならない箇所ではないかと……」
やっぱ思いますよね!
「でもって、ですね……。ゲームをプレイしててもそう思うくらいなんで、現実で攻略対象の方々にお声をかけるとか、もう不可能過ぎて爆笑するレベルですよ……」
「ああ……。言われてみたら、その通りですね……」
そう。
ゲームをプレイしているだけでも「乙ゲーヒロインの『敢えての空気の読まなさ』スゲーな!」と思うのだ。そう思いつつプレイするような人間が、何故、現実の彼らに声などかけられようか。
「ゲーム期間は私も実際、学校に通っていましたけれど……。日常的にお会い出来るのは、王太子殿下とアルフォンス様のお二人だけでしたし。……で、そのお二人に声をかけるなんて、まあまず無理ですし」
「そこは! マリーさんの『ヒロイン力』でもって!」
ルチアーナ様はグッと拳を握って、そんな事を仰るが。
「そんな力、私にはありません……」
どうやったら、あの殿下に気軽にボディタッチなんて出来るっていうのよ!! 怖すぎて有り得ないわ!! ていうか、エリザベス様ですら殿下に気軽に触ったりとかしないっていうのに!!
それに、だ。
「殿下はゲームだと『俺様王子様』だったじゃないですか」
「はい。……実際の殿下はとても柔らかな印象で、目が潰れそうなくらい眩しくていらっしゃいますね」
……殿下が『柔らか』でいらっしゃるのは、ルチアーナ様がエリザベス様のご友人だからですよ……。
そうでなければきっと、殿下は歯牙にもかけませんよ……。
けれど、ゲーム中の『レオナルド殿下』と印象が大分違うのは本当だ。
あちらはきっと、『ゲーム的なキャラ付け』として『俺様』という属性だったのだろう。♪ナナナナー、ナナナナー、俺様王子様。
「私、『俺様キャラ』って、あんまり好きじゃないんですよね……」
「あら、そうなのですか?」
「はい。ルチアーナ様はお好きなんですか?」
「ゲームやマンガなんかの二次元でしたら、どちらかというと好物寄りです」
ほう……。好物でいらっしゃいましたか。
「『俺様系』が苦手でいらっしゃるなら、実際の殿下の方が近寄り易いというか、そういう事は……?」
「ルチアーナ様」
チッチッチ……と、舌を鳴らしつつ人差し指を振ってみせる。
「王太子殿下、気安く話し掛けられる雰囲気でしたか?」
言うと、ルチアーナ様は「あぁ……」と小さく声を漏らした後、一度頷かれた。
「激烈、ムリです」
仰る通りです。
「とにかく、『生粋のロイヤルオーラ』みたいのが凄いじゃないですか。もーなんか、畏れ多すぎて、用もないのに話しかけるとか無理ゲー極まれりですよ!」
「分かります」
ルチアーナ様は深く頷かれると、一度ため息をついて苦笑された。
「こちらの国は、わたくしのアメーティス王国と比べまして大国でしょう? その大国の王太子殿下というだけでも気後れしてしまいますのに、非の打ちどころの見当たらない立ち居振る舞いでいらして……。『大国の王族』という方は、こうも威厳あるものかと……」
「でもルチアーナ様も、王族でいらっしゃるんですから……」
「マリーさん」
急に静かに呼びかけられ、思わず「ハイ」と返事をして姿勢を正してしまった。
ルチアーナ様、ちょっと目が坐ってらっしゃるけど……。なんかコワいんだけど……。
「何事も、『格の違い』というものはあるのです」
「そ、そうですね……?」
「そうです。わたくしの兄は我が国の王太子ですが、レオナルド殿下を拝見してつくづく思いました。『我が国屈指のイケメン』などと呼ばれてちょっとイイ気になっている兄ですが、レオナルド殿下と比べたら『ハリウッド俳優』と『クラスで一番人気の男子』くらいに差がある、と。乙ゲーでメインを張るような方と、その辺の『ちょっとカッコイイ』くらいの人とでは、雲泥の差があるのです」
坐った目できっぱりと言い切るルチアーナ様が、ちょっとコワい……。
「そ、それ程に差が……」
「あります」
きっぱり。
……ルチアーナ様のお兄様、どんな方なんだろう……。逆に興味出てきちゃうわ。
ちょっと今度ポール君にお願いして、アメーティスの王太子殿下の絵姿、取り寄せてもらおう。
そんな事を考えている私に、ルチアーナ様はやはり坐った目できっぱりと言った。
「レオナルド殿下と兄とでは、同じ一国の王太子という立場ではありますが、イ○ローとニッ○ローくらいの差があるのです!」
分かり辛い!!
ルチアーナ様、『会心の喩えをしてやったり』みたいな顔してらっしゃるけど、ビックリする程分かり辛いよ!!
でも更に、ルチアーナ様のお兄様が気になるよ!!
ニッ○ローさん、面白くていい人じゃないの!
これは何としても、アメーティスの王太子殿下のお姿を確認しなければ……!
ルチアーナ様は気持ちを落ち着けるようにお茶を飲むと、小さく深呼吸するように息を吐かれた。
見目は可憐なお姫様でいらっしゃるし、所作なんかも優雅で落ち着いてらっしゃるけれど、やっぱり中身は『元フツーの日本人』だわ……。
どうしてイ○ローとニッ○ロー……。
「マリーさんもエリザベス様も、『この世界は乙女ゲームの中ではない』と仰られますけれど……。エリザベス様の説明も合点のいくものではありましたけれど……」
ルチアーナ様は何か考えるように目を伏せて軽く言葉を切ると、ややして考えが纏まったように視線を上げた。
「『改変された乙女ゲームの世界』である可能性……というのは、ないのでしょうか?」
「それはつまり……」
小説なんかで良くある、『ゲームの世界』や『マンガの世界』である事は確かで、『原作通り』にならないように転生者が頑張る……的なお話だろうか。
「そうです。前世の記憶を持ったマリーさんやエリザベス様の行動によって、『原作』から逸れてしまった世界である……という可能性は……」
「ほぼ、『ない』と思ってます」
これは、私とエリザベス様とで、結構な時間をかけて一つずつ可能性を検証していった結果だ。
「ゲームとこの世界とである『差異』が、もし私やエリザベス様によって齎されたのだとしたら、その『差異』は私たちが関与できる範囲でしか有り得ない……という事になりますよね」
「まあ、そうですね」
そう。
『破滅フラグを何とかする為に頑張る』だとか、『断罪エンド回避の為に頑張る』だとかの場合、当たり前だが『頑張った人の周囲から影響が広がっていく』。
手の届く範囲から変わっていって、最終的に物語そのものが原作を外れていく。
では、どう足掻いても手の届かない場所は?
前提条件から考えると、『変わりようがない』が正解だ。
「ゲーム開始前の段階で、私が接触した攻略対象はゼロ人です。つまり、私がゲーム世界の登場人物を改変できる機会はありません」
そしてそんな事をするつもりもありません。
……だって、インケン眼鏡とか脳筋とか、会わずに済むなら会いたくないじゃん……。
「では、エリザベス様は?」
ルチアーナ様は、軽くこちらに身を乗り出してきている。
分かるわぁ。こういう『マンガや小説の中の出来事』みたいなの、ワクワクするよねー。
「エリザベス様はゲームの通りに、殿下が九歳の頃に婚約されました。エリザベス様曰く、『その頃既に、殿下は殿下だった』そうです」
俺様の気配なんて微塵もなかったそうだ。
「あと、エリザベス様のお兄様ですが、エリザベス様が言うには『コックフォードに通うという事が、どう考えても有り得ない』んだそうです」
そもそも、『マクナガン公爵家』という家は、この国の貴族の中でも異端中の異端だ。
一切の外交も出仕もせず、王都の邸に居る事すら本来は稀なのだそうだ。
実際、マクナガン公爵家の方々は、エリザベス様がお輿入れをされたのを見届け、領地へと引き払われてしまっている。
折に触れ王都へ来ることはあるそうだが、彼らにとって王都とは『用事がある時に来る場所』なのだそうだ。
ですので、もし私という存在がなかったとしても、兄が王都の学園へ通う……というのは、非常に考え辛いのです。
父に、もし兄が王都の学園へ通いたいと言ったならどうするか――と訊ねてみました。返事は『通いたいと言うのであれば好きにしたらいいだろうが、……そもそも、通いたいか?』と真顔で言われました。
『コックフォードだろう? 有象無象の貴族連中が、笑顔で腹の探り合いとマウンティング合戦を繰り広げている、見目だけ華麗な見世物小屋だ。余程の用でもなければ、あんな場所、足を踏み入れたいとも思わんだろうよ』だそうです。私も父の意見に賛成です。
「『見目だけ華麗な見世物小屋』、ですか……。マクナガン公爵という方は、辛辣な方でいらっしゃるのですね……」
エリザベス様の言葉を伝えると、ルチアーナ様はほうと息を吐きつつそう呟かれた。
でもですね、ルチアーナ様。私、公爵に何度かお会いした事あるんですけどね、めっちゃニコニコした愉快なイケオジっていう印象しかないんですよ……。
そんな毒吐くような人に見えないんですよ……。
マクナガン公爵家、何か怖い……って思いましたよ。
余談だけれども、ポール君が言うには『この国で一番、侮ってはいけない家』として、大商人たちの間では有名らしい。
そして裏社会では『絶対に関わってはいけない家』としても有名らしい。
……大貴族って、やっぱおっかないわ! でもそう言ったら、ポール君に笑われた。「大丈夫。そこまで怖いの、マクナガン公爵家くらいだから! あ、後は今ならアリスト公爵家も追加だなー」だそうだ。
……確かに、アリスト公爵家は怖い。あの超絶エリート公爵夫妻は、おっかない事この上ない。
それはさておき。
七年前のゲーム期間中、エルリック様は領地に居たそうだ。ご両親は王都にいらしたそうだが、それもエリザベス様が殿下の婚約者となられたからだそうで、そうでなければ王都になど用はない、とエリザベス様は言ってらした。
つまり。
ゲーム通りにエリザベス様が殿下の婚約者を降りていた場合、マクナガン公爵家の面々は、全員そもそも王都になど居ないという事になる。
「成程……」
ルチアーナ様は、何かに納得されたように一つ頷いた。
「『ゲーム通りになった場合にこそ、差異が生じる』という訳ですね……」
「そうです」
そしてその『差異』に関して、エリザベス様は何の関与もされていない。
『王都に用がないならば王都に居る必要もない』と、マクナガン公爵ご自身が仰っているそうだし。
「他の『差異』ですと、ルチアーナ様はゲーム中での王太子殿下の愛称を覚えていらっしゃいますか?」
訊ねると、ルチアーナ様は即座に頷いた。
「『レオ様』ですよね」
「そうです」
殿下のご尊名は『レオナルド』だ。愛称が『レオ』でも不思議な事は特にない。
だがしかし。
「現実では、殿下はご家族などから『レオン』と呼ばれてらっしゃるのです」
エリザベス様も『レオン様』と呼んでらっしゃるし。
ゲーム中でヒロインが王太子殿下を愛称で呼ぶのは、ある程度親しくなった頃に殿下に「そう呼んでくれ」と言われるからだ。
ヒロインはそう請われて、「分かりました、レオ様」と秒で快諾する。
いや、ちょっとは迷わない!? 相手、雲の上も上、成層圏付近のお方よ!?
現実のエリザベス様は、「それまで『殿下』とお呼びしてましたので、慣れるのに少々時間がかかりました」と苦笑してらしたけども。
現実の殿下の愛称である『レオン』は、エリザベス様はゲーム同様に殿下から「そう呼んでくれ」と言われたそうだが。
それは何も、エリザベス様の為に用意された愛称などではない。
殿下のご両親である両陛下や、従兄のヘンドリック様なんかもそう呼んでいる。
つまり、ゲーム中との差異となる愛称に関しては、エリザベス様がお会いする以前からゲームと異なっているのだ。
ゲーム中の『レオ』という愛称が、ヒロインの為だけに用意されたものであるかというと、そうではない。
ゲーム中の愛称はやはり、ゲームの殿下自らが「親しい者からはそう呼ばれている」と言っている。
そして実際、ゲームに出てくるロバート様やアルフォンス様は、殿下を『レオ様』と呼んでいる。
「ロバート様やアルフォンス様が、殿下を愛称で呼ぶ……というのも、現実の彼らを見ていると不自然極まりないんです」
ロバート様は『公爵』という位を王家より賜っている、王家の臣だ。
あのスーパーエリート公爵閣下は、その態度を崩す事が一切ない。怖い。
なのでまかり間違っても、殿下を愛称で呼ぶ……などという事態は有り得ない。怖い。
そして彼が鉄壁のスーパーエリートとなる過程に、エリザベス様は関与していない。というか、出来ない。
彼をそう教育したのは、前公爵夫人であるお母上だそうだ。エリザベス様は「何度かお顔を合わせた事はあります。会話などはした事がございません」と言っていた。
今はロバート様の弟のエドアルド様とも交流があるそうだが、エドアルド様も「兄は昔から『ああ』でして……」とスーパーエリート兄を恐れているらしい。怖い。あとエドアルド様、個人的に気が合いそうな気がする。
そしてアルフォンス様は、現在こそエリザベス様の専属護衛騎士筆頭であるが、元は殿下の専属護衛だった。
『専属護衛騎士』という人々も、騎士の中の選ばれしスーパーエリートだ。
アルフォンス様だけでなく、他の護衛の騎士様方も殿下を『護衛対象』というだけでなく、『唯一絶対の主』と定めていらっしゃる。
そんな人々が、主を軽々しく愛称で呼んだりしない。
それ以前に、彼らは就業中に自発的に無駄口を叩いたりしない。そもそも、就業中に無駄口を叩くような人では、『護衛騎士』になどなれないそうだが。
『護衛騎士』というものは、ゲームで描かれていたような『ただいつも護衛対象の傍に侍る騎士』というだけの存在ではない。
「何があろうと、あらゆる危機から主を守る」という覚悟をしっかりと決め、通常の騎士以上の技量を持ったハイパーエリート騎士様だ。
そんな人が、幾ら愛するヒロインの為とはいえ、簡単に騎士を辞めたりする筈がない。
それ以前に、己の信条や立ち位置に惑うような人では、護衛騎士になどなれる筈がない。それくらいの難関職だ。
「はー……。色々と、違っている点があるのですねぇ……」
ルチアーナ様は、私の話に感心したようにため息を吐かれている。
まぁね、実は半分以上がエリザベス様が考察された事なんだけどね。
……だって仕方ないじゃん! 成り上がり伯爵家の小娘程度じゃ、日常的にお顔を合わせられるような方々じゃないんだもん! 『ゲームと現実の差異』以前に、『現実の彼ら』なんて殆ど知らないもん!
そして何よりの『ゲームと現実の差異』は、舞台となったコックフォード学園だ。
外の通りから見た門構えや、その向こうに見える風景なんかはほぼ一緒だ。だが、中身が違い過ぎた。
いやー……、キラっキラだったわぁー……。
スタインフォードが無駄な装飾とかない、いかにも「だってお前ら、勉強しに来たんじゃん?」という場所だったから、余計にそう感じるのかもしれないけど。
あれは、頭がパーンてなるわ……。ていうか、キラキラ過ぎてついて行けないわ……。
余談だが、スタインフォード校の廊下にも装飾品はある。あるのだが、三つに一つが贋作だ。正解を知りたい場合、講師のどなたかに聞けば教えてくれる。というか、「これとこれが贋作です」と申告すると、正誤だけを教えてくれる。その際、何故贋作と思ったかを問われる為、あてずっぽうは不可である。
……マジで何なの、あの学校……。いや、ちょっと面白かったけど。
学長がカリキュラムの説明なんかもしてくれたけど、貴族の令嬢だと授業で『お茶会』とかあるんですってよ! うっわ、冗談じゃないわ!
そんでマジでありましたよ、『ダンスの授業』。
えっと、『統計学』は? 『法令学』は? 『ストーデル語』(前世で言うならラテン語的な、学術にしか使わないみたいな謎言語ね)は? 『外国語』と『第二外国語』は?
あ、スタインフォードの『一般教養』、こっちじゃ悉く『専門学科』なんですね……。そ、そうですか……。
エリザベス様は「それぞれの学校の『存在意義』からして異なってますので、まあこんなものなのでは?」と仰ってたけど……。
改めて、スタインフォードのカリキュラムが鬼だと感じると同時に、「でもコックフォードって、マジで通う意味なくない?」となったものだ。
スタインフォードの『一般教養』が向こうでは『専科』となるのだとしたら、王太子殿下やそれ以外の攻略対象の方々も、通う理由が全くない。
何故なら彼らであれば、その『専科』までをも家庭学習で修めているからだ。
実際、エリザベス様と殿下は、一般教養の講義は八割以上を学習済みだった。……高位貴族、こっわい!!
コックフォードのそのカリキュラムは、私たちが生まれる以前からずっとそうだ。
そして私たちが生まれる以前から、あの校舎はあそこにある。
「もしもここが『ゲームの世界』であったなら、少なくともコックフォードの校舎はゲーム通りである筈です。あそこは改修なんかもされてませんので、私たちがこの世界に生まれる以前から、今ある通りの建物なんです」
「確かにその点は、『どう足掻いても改変しようのない箇所』ですね」
そうなのだ。
そしてその、『どう足掻こうが改変できない箇所』で、ゲーム中のイベントは起こるのだ。
それ則ち、『この世界でゲーム展開は再現不可能』という事になる。
「……何だか、がっかりさせてしまうようなお話で、申し訳ありません」
わざわざ遠路遥々、聖地まで巡礼にこられたというのに……。
頭を下げた私に、ルチアーナ様はにこっと笑ってくださった。
「あら、いえいえ! そんな、マリーさんが謝られるような事ではありませんから!」
ルチアーナ様は「うふふ」と少し楽しそうに笑われた。
「確かに、この世界が『ゲームそのもの』でない事には、少々ガッカリいたしました。ですが、そんな事以上に、マリーさんやエリザベス様という素敵なお仲間と出会えた事の方が嬉しくて大切です」
る、ルチアーナ様……♡
「マリーさんは、『夢幻のフラワーガーデン』以外には、どういったゲームをプレイされてました?」
笑顔でそう仰って下さるルチアーナ様に、私はかつてプレイしたゲームのタイトルを次々に挙げた。
それにルチアーナ様は「わたくしもそれはプレイしました!」や、「マリーさんはこれはプレイされてないんですか?」などと反応してくださる。
素敵なお仲間に出会えたの、私の方じゃないかな。
嬉しくて、楽しくて。
その日は時間いっぱいまで、ルチアーナ様と好きだったゲームやマンガや小説の話で思い切り盛り上がったのだった。
カールくんは? とお思いの方、いつもお待たせして申し訳ありません。
書いてはいます。進んでないだけで。
スリくんも書いてはいます。進んでませんが。
気長にお待ちいただきたいかと思います。本当に申し訳ない……。
あ、この話はこれで終わりです。単発です。
そして今回も、誤字報告お待ちしてます。
多分ある。どっかに絶対ある。
そんな気持ちです。