Ep.3 明日はきっと、今日よりいい日! (1)
本編にてエリザベスにスリを働き、領地送りにされたスリくんのその後。
国のトップオブトップたる国王陛下と公爵閣下の友情物語の真逆、国のボトムズなスリくんのお話。
スリくんの飲む領都のコーヒーは苦い。(CV.銀〇万丈)
目が覚めたら、この世ではなかった。
何を言っているのかと思われそうだが、その時の俺にはそうとしか思えなかった。
だってだよ!?
俺は王都でケチなスリを生業にしてた、これっつって目立つとこもねえ、言っちまえばフツーの好青年なんだよ。
学もねえから仕事もねえし。両親早くに死んじまったから、妹食わせてかなきゃなんねえし。その妹もまだ小せえから、兄ちゃんが頑張んなきゃなんねえし。
仕事ねえから、持ってるヤツからお零れ貰うしかねえじゃん? 俺、悪くねえじゃん?
そんなただの好青年な俺なのだが、ちょーっと当身を食らって気を失って、目が覚めたらおかしな世界だ。
……俺、そんな悪い事してたか……?
どこかに寝かされているらしい。
その俺を、頭にドデカいリボンを付けたオッサンがのぞき込んでいる。
どう見てもオッサンだ。
顎割れてっし、髭跡が塗ったみてぇに真っ青だし、首太えし……。
でも唇はどピンクでてらってら光ってて、頬も塗りすぎなくらいピンクで、睫毛は瞬きすると風起こるんじゃ……ってくらいバッサバサで、長い髪は無駄に綺麗に巻かれている。そんで、頭にドデカいピンクのリボン。
……オッサン、ピンクやめろや。服までピンクだけど、吐きそうなくらい似合ってねぇから。
そのオッサンは、俺が目を覚ました事に気づくと、どこかを見て声を上げた。
「キャンディちゃ~ん! この子、目ぇ覚ましたわよォ~!」
裏声、太え!! 裏声なのに太え! 甲高いのに太え声って、初めて聞いたわ!
あとオッサン、爪までピンクだな!
「どれどれェ? あら、ホント。ウフフ……、オハヨウ、坊や♡」
言いながら、今度は別のオッサンが俺を覗き込む。
頭にやたらと花を飾った、厳つい顔立ちなのにフリルとリボンがやたらとついたドレスのオッサンだ。
なんでオッサンら、ドレスなんだよ。
何の罰ゲームだよ。
それともここ、死んだら行くとかいう世界か?
「坊や、起きられるかしらぁ?」
新手のオッサンも、野太く甲高い声だ。こう言っちゃなんだろうが、えらく耳障りだ。
身体を起こそうとしたら、鳩尾の辺りが鈍く痛んだ。まあその辺殴られたしな。
身体を起こした俺に、可愛らしい女の子がグラスに入った水を手渡してくれた。
水くれた子、フツーに可愛いな。あの子、何でこんなとこに居んだろーな。
水を飲み終えると、空になったグラスを花頭のオッサンが取り上げた。
……あの子が良かったな……。水渡してくれた子。
「さァて、坊や。ちょっとアタシとお話しましょうか」
うふふ、と笑うが、目が笑ってねえ。やべえ。このオッサン、怖え。
薄暗い界隈で生きてきたから、ちったぁ人を見る目はあるつもりだ。
その俺から見て、この花頭のオッサンはやべえ。クッソガタイが良いのもやべえが、そうじゃなく、このオッサンは『下手に関わっちゃいけない人種』だ。
ドレスも化粧もクソキモいが、そういう意味ではない。
『必要ない』と判断した人間を、『モノ以下』に扱える人種だ。
組織の上の方なんかに、一人は居る人種。
こういうのに目を付けられると、大抵がロクな事にならない。
オッサンは俺が寝かされているベッドの脇に、椅子を持ってきて座った。
……しっかし、ガタイがいいな……。よくこのガタイで、入るドレスなんかあんな。でもあれか。貴族の奥様なんかは、ブックブクな体型のヤツも居るから、そう思えば不思議でもねえのか。
「アタシの名前は、キャンディ。貴方のお名前は?」
キャンディて。これまた、似合わねえ事この上ねえな。
「お名前は? 坊や」
「……グレン」
ずいっと顔を寄せてきたキャンディから、視線を逸らしつつ答えた。……いや、至近距離で直視はムリだ。勘弁してくれ。
「『グレン』ね。いい名前じゃないのよ。ケチでチンケなスリなんかには、勿体ない良い名前だわ」
「……うるせぇ」
チンケなスリなのはその通りだけども、名前に良いも悪いもあるかよ。
こんなん、ただの記号みてーなもんだろうに。
「……で、あんたはどうしてスリなんてやってたのかしら? お姉さんに事情を話してごらんなさい?」
お姉さん!? アンタ、どう見てもオッサンだろ!? お姉さんとか、図々しくねぇか!?
「なァに、坊や? 何か言いたい事があるかしら?」
だから、凄むなよ! 怖えんだよ!
キャンディが怖かったので、俺は素直にこれまでの境遇を話した。
親が死んで、食うに困っていた事。
学がないから、職がなかった事。
まだ幼い妹を食わせていかなきゃいけない事。
……おい。なんか後ろの方に居るオッサンら、泣いてねぇか? 何泣いてんだ? 怖えな。
「妹ちゃんは、今何歳なの?」
「九歳だ」
「それじゃあ坊や、貴方は今、いくつ?」
「知らねえ」
妹の歳は、毎年数えているから知っている。でも俺の歳は、誰も数えてくれなかったから、知らない。
妹が九歳だから、それよりは上なのは確かだ。
両親が生きていた頃に、誕生日を祝って貰ったような記憶はある。けれど、それが何月の何日だったのかも覚えていない。
「まずはそうねェ。妹ちゃんのお名前は?」
「……リラ、だけど?」
「どの辺りに住んでたの? リラちゃんの見た目の特徴なんかは?」
何やら根掘り葉掘り聞かれ、訳が分からないながらもそれに答えた。
俺の境遇なんか聞いて、どーすんだよ? あと後ろの方のオッサンら、いい加減泣き止めよ。低い声の嗚咽が怖えんだよ。
俺の境遇を一通り聞き終え、キャンディが「ほう……」と溜息をついた。
「『学がない』って言ってたけど、読み書きなんかは出来るの?」
「出来ねえよ」
だから、学がねえっつってんじゃん。
「無償の幼年学校がある筈だけど、行ってなかったの?」
「無償……って、タダって事か?」
「そうよ」
「そんなんあんのか!?」
知らなかった。
キャンディの話では、俺の暮らしていた辺りなら、その近所にあった教会で読み書きや計算の基礎なんかを教えてもらえたらしい。
タダなんだったら、リラを通わせれば良かった。
「知らなかったの?」と言われたので、「誰も教えてくんねーんだから、知る訳ねえだろ」と返すとキャンディは何やら複雑そうな顔をしていた。
「ちょっとコレ、エリちゃんに言っとく必要ありそうね……」とか何とかブツブツ言っていた。
そして俺は、「とりあえず、もーちょっと寝ときなさい。寝て起きたら、ご飯にでもしましょ」と言われ、素直に横になることにした。
だって、殴られたハラ痛えし。こっから逃げようって、かなり不可能くせーし。
横になったら、すぐに眠気がやって来た。
そういえば、こんなふかふかな枕も布団も初めてだな……と思いながら、あっという間に眠ってしまった。
どれくらい眠ったのかは分からないが、目を覚ましたらやけに頭がスッキリしていた。ふかふか布団の威力スゲェ。
眠った時は、窓の外が明るかった。そんで、今も明るい。
……そんな時間経ってねぇのかな。けどやけにスッキリしてんな。ふかふか布団、マジスゲェ。
ベッドに身体を起こしてみる。
鳩尾の痛みは大分和らいでいる。……まだちょっと痛えけど。つうか、どんだけガチで殴ってくれてんだよ。
いや、でも、急所に当身一発で気絶させるって、もしかしなくても相当にやれるヤツじゃねぇか? そんでその一発がこんだけ重いって、マジでかなりアレなヤツだったんじゃ……。
……フツーのその辺に居そうな、ちょっとぼんやりした兄ちゃんだったけどな……。
ちょっとノド乾いたな。
水とかねえかな。
いや、それ以前に、ここドコなんだろな。
俺、死んだワケじゃねえよな? 生きてんだよな?
そんな事を考えていると、誰かがドアを開けた。
見ると、花頭のオッサン――えっと、キャンディだったか? その人だった。
「あら、お目覚め?」
「ここ、ドコだ?」
言うと、キャンディは一瞬きょとんとした後、弾かれたように笑い出した。笑い声がきゃらきゃらしているのに野太いという、奇跡の耳障り感だ。
「ようやくちょっと、頭が働いてきたのかしら。その疑問、普通は真っ先に出そうなモンだけどねェ」
ごもっともで。
けど、気絶して目ぇ覚ましたら、ドレスとフリルのオッサンに囲まれてる……とか、意味分かんな過ぎて頭も働かんわ。
俺、間違ってねぇよな?
「ねえ、坊や。お腹空いてない?」
訊ねられ、自分の腹に手を当ててみた。
良く分からん。
ハラ減ってるのなんて、いつもの事過ぎて、ハラ減ってんのか何なのかもよく分からんのが常態だ。
答えない俺に、キャンディは小さく笑った。
「ご飯、食べられる?」
「食えば食えんじゃね?」
知らんけど。
メシなんて、二日に一回食うか食わないかだ。
流石にリラには毎日最低でもパン一つくらいは食わせてたけど。リラはハラ減るとぐずり出すから。
けど俺は別に、食わなくても我慢くらい出来たし。共同の井戸行けば、水は飲み放題だったし。
「食べられそうなら、こっちいらっしゃい。食べながら話しましょ」
言って部屋を出ていくキャンディに、俺はついて行くことにした。
ベッドを降りたところに、誰かの靴が揃えて置いてあったので、それを勝手に借りる事にした。
……そういや、服もなんか俺んじゃねえな。俺が着てた服とか靴とか、どーしたんかな。
キャンディについて行くと、テーブルの上にメシの用意がしてある部屋に出た。
そこ座んなさい、と言われた席に座ると、フリルのリボンのオッサンが「どうぞ~、召し上がれ~」と言いながら、スープの入った皿を俺の目の前に置いてくれた。
幾つかある椅子には、キャンディとフリルリボンのオッサン、かなり身形と見目の良い中年の男、そして俺にグラスを手渡してくれた美少女が座っている。
家族……って感じではねえな。なんの集まりなんだ、この人ら。
「さ、いただきましょ」
キャンディはそう言うと、さっさとパンをちぎって口に運び出した。
フリルのオッサンと中年の男は、テーブルに肘をつき両手を組み合わせ、そこに額を付け何かをぶつぶつ言っている。あれは確か、教会の連中がやる仕草だ。お祈りだか何だったかの。
美少女はキャンディ同様、さっさとメシを食い始めている。
俺もメシ食うか。
うお、パンやらけー! ぱさぱさしてねえとか、スゲエ。……これ、リラに食わしてやりてーな。持って帰っても……って、いやちげーわ。それ以前に、ここドコだよって話だわ。
……リラ、ちゃんとメシ食えてっかな。多分、二日分くらいなら何とかなる程度の小銭は、家に残ってた筈だけども。
「お口に合わなかったかしら?」
フリルのオッサンが、そんな事を言ってきた。
気付いたら、俺の手が完全に止まっていたからだ。
「いや、そういうワケじゃねーけど」
『口に合う』も『合わない』も、特にない。メシなんて、腐ってなくてハラに貯まれば充分だ。
「つか、ここドコだ? そんで俺、どーなってんだ?」
スリが『良くない事』だって事くらい、いくら俺がバカでも知ってる。警邏なんかに捕まったら、どんなんか知らんけど罰があるって事も知ってる。
けど、どう考えてもここ、騎士の詰め所じゃねえよな。
フリルにドレスにリボンの騎士とか、新しすぎる。
「ここはマクナガン公爵領よ」
マクナガン公爵領。……って、ドコだよ。とりあえず、「王都じゃない」って事以外、分かんねーよ。
キャンディは俺の顔を見て、「ふふっ」と笑った。……笑い声、きめぇ。何か、高え音と低い音が絶妙に混じってるみてーな、不思議な気持ち悪さがあんだよな……。
「坊やが居た王都から、馬車で二日くらいの場所ね」
そこそこ離れてんな。どこなのか、やっぱよく分かんねーけど。
「アナタ、小さい女の子から、財布すろうとしたでしょう?」
したな。
ちょっと裕福そうなちっちゃい女の子と、ぱっとしねえカンジの兄ちゃんの二人連れだった。
「その女の子がね、マクナガン公爵家のご令嬢だったのよ」
「…………あ゛?」
公爵家の? ご令嬢?
そんな桁違いのお嬢様、あの場には居なかったぞ?
その辺の女の子と大差ない服装だったけれど、顔立ちが可愛らしかったし、髪も綺麗に手入れされていた。だからこそ、『ちょっと裕福な民家の子』だと思ったけれど。
公爵家? 公爵家ったら、貴族でもいっちばん上の方の位だよな? 上にはもう王族しか居ねーとか、そんくらいの……。そんな家の子には、見えなかったけどな……。
「エリちゃんの変装術、ちょっと良し悪しじゃなァい?」
「悪い事はないんじゃないかしら? 貴族のご令嬢丸出しじゃあ、もっとタチ悪いのに絡まれる可能性あるもの」
「それでも、小悪党に狙われるくらいに『町娘』になりきらなくてもいいんじゃないかしら……」
「仕方ないわよ。だってエリちゃん、あの奥様の娘なのよ?」
「ああ……。納得しかなかったわ……」
オッサンらはそんな会話をしている。
会話から察するに、『エリちゃん』とやらが、俺が狙った公爵家のご令嬢とやらなのだろう。
そしてあの、ただの『その辺の女の子』のような見目は、変装によるものなのだろう。
つうか、『公爵家のお嬢様』なんだよな? 何で呼び名が『エリちゃん』だよ。様とか付けるモンなんじゃねーの? 知らんけど。
「まあ、いずれにせよ、運が良かったわねぇ」
キャンディは笑うと、ワインを一口飲んだ。
「信じるも信じないも自由だけど、坊やが手を出そうとした相手は、貴族の中でも上から数えて二つ目の公爵家のお嬢様で、王太子殿下の婚約者なのよ」
…………は!?
王太子殿下の? 婚約者?
つまりは何だ、未来の王族って事か!?
いやいや、待て待て! 何でそんなんが、あんな薄暗え裏道歩いてんだよ! 何の罠だよ!
「もしエリちゃんに傷でも付けようもんなら、今頃どうなってたかは分からないわねぇ」
マジでそうだな!!
未来の王族になんて、傷でも付けようもんなら、処刑とかも有り得たんじゃねぇの!? 怖え! マジで何の罠なんだよ!
「多少の傷なら、エリちゃんは気にしないでしょうけどねェ」
「エリちゃんが気にしなくても、殿下は気にされるんじゃないかしら。……というか、普通にお怒りになられるんじゃないかしら」
「エリちゃんも罪な女ねェ」
「無自覚な分、タチが悪いのよねぇ」
「ふふ。殿下はきっと、苦労されるわねェ」
「それも恋愛の楽しみの一つじゃないかしら」
オッサンらは、楽しそうにそんな話をしているが……。
いや、怖えな!?
今更ながら、なんか冷や汗出てきたぞ!?
「で、坊やはそのお嬢様に手を出そうとして、失敗して、ここに送られてきたってワケ」
「……何かよく分かんねーけど、分かった」
何で警邏じゃなくて、こんなとこに送るんだ、とか。公爵家のご令嬢とか嘘だろ、とか。色々分かんねーことだらけだけど。
「で、坊やの妹ちゃんだけど、多分今日中にはこっちに着くから、それまで坊やはここで待ってて頂戴」
「今日中……って。馬車で二日かかるとか言ってなかったか?」
いくら俺が計算できねえっつっても、さっき話しての今日中が有り得ねーって事は分かる。
「馬車なんて、そんなに速度出ないもの」
キャンディはケロッとそう言うが。
そういう問題じゃなくてさぁ!
「つっても、さっき話して、そんで今日中って……」
「さっき? ……ああ! 坊や、分かってないのね!」
キャンディはまたきゃらきゃらと笑うと、右手の手首のスナップをやけに効かせ、手をぶんぶんと振った。
「ヤダわぁ、もう! 坊や、丸一日寝てたのよ! 坊やから妹ちゃんの話聞いたの、昨日よぉ!」
丸、一日……。マジか……。
そら、スッキリもするわ。つか、丸一日とか、寝られるモンなんだな……。ふかふか布団、スゲェ通り越して怖えな……。
メシを終えると、リボンのオッサンがお茶を淹れてくれた。食後のお茶とか、スゲーな。お貴族様みてえ。知らんけど。
「さて、と。それじゃ、簡単に自己紹介といきましょうか」
キャンディはそう言うと、俺を見てパチッとウインクをしてきやがった。……お茶、吹くかと思ったじゃねぇかよ。ヤメてくれよ。
「アタシは昨日も言ったけど、キャンディよ。困った事なんかがあったら、アタシに言って頂戴」
うふ♡と笑いつつ小首をかしげる仕草が、言葉にならんくらいキモい。
「アタシの事は、ビアンカと呼んで頂戴♡」
リボンのオッサンは言いながら、チュッと投げキスをしてきた。……あんたら、キモい選手権でも開催してんのか? 甲乙つけ難えキモさだわ。レベル高えわ。
「ビアンカちゃんは、ここでアタシと一緒に暮らしてるのよ。アンタも食事なんかで世話になるんだから、粗相のないようになさい」
キャンディに言われて、そういえばメシの配膳とかお茶とか、全部ビアンカがやってくれてたな……と思い至った。
キモいけど、メシは美味かったな。
「……メシ、美味かった。ありがとう」
一応、礼を言ってみた。するとビアンカは「あらぁ!」と素っ頓狂な声を上げた後、嬉しそうに目を細めて笑った。
「どういたしましてェ! お口に合って何よりだわァ!」
ビアンカ、笑うと目じりの皺が人懐こい感じになるんだな。……全体的にはキモいんだけども。
「私の事は、ローランドと呼んでくれ」
中年の男は、低い静かな声でそれだけ言うと、口を噤んでしまった。
……このオッサン、表情がかなり『無』に近くて、何考えてんのかとか全然分かんねーな……。
「ローちゃんは、アタシと一緒にこの辺り一帯の仕切りをやってくれてるのよ。もし変なのに絡まれたら、ローちゃんに教えてあげてね」
ローちゃん……。そんな可愛い呼び名が似合うオッサンじゃねぇけどな……。
ちっとキャンディと雰囲気似てて、怖えんだよな……。黙って周り見てるカンジ。そんで、要らんものには容赦しねえカンジとか。
「僕はビル・アリスター。アリスって呼んでほしいな」
……ん!? 美少女、声、めっちゃ低えな!? てゆーか、今『ビル』っつったよな!?
「男……、か……?」
可憐な美少女にしか見えねえけども。……うわ、よく見たら喉仏あんじゃん。そんで更によく見ると、手ぇゴツいな。そんで剣タコあるな。……うっわ、ガックシ……。
俺の発した疑問に、ビルだかアリスだかが楽しそうに笑った。……どちゃくそ男声だ。
「か弱く儚く可憐な美少女にしか見えないだろうけれど、残念ながら男なんだ」
よく手前でそんだけ誉め言葉並べられるな……。悔しい事に、間違ってねえのが何とも言えねーけど。
つうか、何だ?
ここ、もしかして、男は全員ドレスが正装なんか? いや、ローランドはフツーの服だな。五人中三人がドレスにリボンって、どういう世界だ?
「アリスちゃんはこの辺の警邏担当だから、顔合わす機会もそれなりにあると思うわ。仲良くしてネ」
警邏!? このナリでか!?
驚いてアリスを見ると、アリスは「ふふ」と笑った。笑顔は可愛いけど、声低いんだよ……。
「マクナガン公爵領私設騎士団、警邏担当だよ。今日は非番だから愛くるしいドレス姿だけど、普段は騎士服着てるから。見かけたら声でもかけてよ」
だからさ……、『愛くるしい』とか、手前で言うかね、フツー……。いや、ドレスも本人も、見た目は仰る通りだけどもさ。
けど、アリスの着てるドレス、マジで可愛いな。
袖やらスカートの裾やらがひらひらしてて、色合いも淡いブルーで、白いレースなんかがいっぱいついてて……。こんなん、リラ、めっちゃ好きそうだな。……兄ちゃんじゃ、買ってやれねーだろうけど。
ごめんなー、リラ。兄ちゃん、甲斐性なくて。
「どうしたの、坊や? もしかして、アリスちゃんに惚れちゃったァ?」
ビアンカに言われ、俺は慌てて両手をブンブンと振った。
こいつに惚れるとか、恐ろしい事言うなよ!
「じゃねぇよ! そうじゃなくて、そのドレス、妹が好きそうだなーと思ってただけだよ!」
言うと、俺を見る全員の目が、何だか生ぬる~くなった。
うっわ、居心地悪ぃ……。
「もー……、『憎めない』って、こういう事よねぇ?」
ローランドを見て苦笑したキャンディに、ローランドも小さく笑った。……いや、笑顔、怖えな、ローランドさん。この人には『さん』付けていこう。怖えわ。
「下を見たらキリがない、という事を、久しぶりに思い出しますね」
「忘れちゃいけない事なんでしょうけど、その通りねぇ」
「『ここ』が、ぬるま湯すぎるんですよね」
やはり苦笑したアリスに、キャンディは微笑むと軽く目を伏せた。
「でも『ぬるま湯』に保つ為に、火をくべ続けてくれてる人が居るのよ。それは忘れちゃダメ」
「分かってます。僕、こう見えても『マクナガン領騎士団』ですよ?」
「そうね」
ふふっと笑うキャンディに、アリスも笑っている。
アリスは可愛いけど、キャンディ、キモい通り越して薄ら怖えよ。
アリスはその可愛い笑顔で俺を見て、軽く首を傾げてくる。そういう仕草はちょっと見惚れそうなくらいに可愛い。
「妹さん、身長どれくらい?」
あぁ~……、声が残念過ぎるゥ……。
俺より声低いぃ……。
つか、身長? リラの?
んー……と……。
「これくらい、じゃねーか?」
大体これくらい、というあたりを手で示した俺に、アリスはふむと頷くと、またにこっと笑った。
「僕の持ってる服で妹さんが着られそうなの、妹さんにあげてもいいかな?」
「へ? あ、……え? ……何で?」
思わずきょとんとしてしまった。
あげる……って、『くれる』って事だよな? タダって事だよな?
意味分からん。
『安値で譲る』なら、分からなくもねーけど。
「『何で?』って、どういう意味で?」
キャンディに訊ねられ、俺は軽く首を傾げてしまった。
「どういう意味って?」
「『あげる』って言われて、要るか要らないかじゃなくて、『何で?』って訊き返すの、ちょっと気になって。何がそんなに不思議だったのかしら?」
「不思議っつーか、意味分かんなくね、フツーに」
あれ? 俺、おかしい事言ってるか?
俺以外の四人の方が、不思議そうなカオしてんな。
「タダで他人から物貰えるとか、フツー、有り得ねーじゃん」
金の代わりに働けとか、そういう交換条件アリとかなら、全然納得だけど。
けれど俺の言葉に、四人は暫く黙った後、全員そろって深い溜息をついた。
……何か知らんけど、地味に傷つくな……。もしかして俺、すげー『変わったヤツ』扱いか? それはちっと痛えな。
俺が変わってんだとしたら、フリルにリボンにドレスのあんたらはどーなんだ、って話よな。
……って、あ、そーだ。
「なあ」
誰にきいたらいいか分かんねーから、キャンディでいいか。
「俺のこの服とかって、どーしたんだ? 俺の服は?」
知らん内に着替えさせられていたシャツの襟元を引っ張って見せると、キャンディは「ああ」と気付いたように呟いた。
「坊やの服、あんまりにも汚れてたから、お洗濯しようと思ってねぇ」
そこまで言って、キャンディは言葉を切ると、頬に手を当てて「ほぅ……っ」と息をついた。キメェ。
「お洗濯してたら、破れてボロボロになっちゃって……」
「おぉい!!」
何してくれてんだよ! 服の替えなんて、持ってねぇのに!!
「だからお詫びに、その服、あげるわ。坊やの服、繕えないくらいボロボロになっちゃったから、捨てちゃったもの」
「マぁジか……。ま、けど、そういうんならしょーがねえか……」
俺が元々着てたシャツなんかより、質が良さそうだけど。
でも、これ貰っとかねえと、俺、マッパになっちまうしな。
「……で、幾ら払えばいいんだ?」
いくらお詫びっつっても、元の服より上等な品物だ。差額……なんつっても、払えねーだろうけど。けどまあ一応、向こうの言い値くらいは聞いとかねーと。
そう思ったが、キャンディはまた息をつくと苦笑するように笑った。
「だから、『お詫び』よ。お金なんていらないわ。こっちが申し訳ない事しちゃったんだもの。それにその服、もう着られなくなっちゃったものだから、要らないのよ。……貰ってくれない?」
「まあ……、そういう事なら」
要らねーって事は、捨てようと思ってたかなんかだよな。
捨てられてる品物なら、勝手に持ってっても大丈夫だ。なら、金は要らねーか。
あー、良かった! 法外な値段とか請求されなくて!
ほっとしたら、あくびが出た。
腹いっぱいにメシを食う……なんて、すげー久しぶりの経験だ。腹空いて眠れねーなら、しょっちゅうだけど。
腹空くと眠れなくなるのと逆で、腹いっぱいになると眠くなんだな。
人間の体って、おもしれーな。
「眠くなっちゃった? 妹ちゃんが到着するまで、もうひと眠りする?」
「……そうすっかな……」
どーせ、起きてたってやる事もねーし。
「さっきまで寝てた部屋、勝手に使っていいわよ」
「ん」
眠くて、返事するのも面倒だ。
俺は席を立つと、またさっきの部屋に戻り、ふかふかの布団に包まった。
そして、何か考える暇もないくらい、あっという間に眠ってしまった。