閑話 マクナガン公爵領中央広場 噴水設置に関する会議の記録
コントの台本みたいな感じで読みづらいかと思います。
別に読まなくても、カールくんのお話に影響はありません。「読むの、面倒くさ」という方はスルーで全然OKです。
後半の語りは因みに、カールくんの独り言です。
『中央広場 噴水設置に関する有識者会合 議事録』より。
議長 : 「中央広場に噴水を設置する事に決まった訳だが、その噴水の意匠について諸兄らの意見をいただきたくー……」
北補佐官 : 「熊は絶対に必要です! あれは北を象徴する悪魔ですから!」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「マジか!? それ採用されんなら、もっと他になんかあんだろ!」
西補佐官 : 「ブドウの木……とかは? ワイン、有名ですし」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「あんた、『採用』しか言わねぇな!?」
北補佐官 : 「クマちゃん、おさかな咥えちゃいましょう。ほぉら、カワイイ!」
商工会長 : 「悪魔じゃねぇのかよ!」
東補佐官 : 「あー、じゃあ、ウチの村で有名な、メイさんも入れといて下さい」
商工会長 : 「誰だよ!?」
東補佐官 : 「え!? ご存知ないんですか!? メイさんですよ!?」
商工会長 : 「だから、誰だよ!」
東補佐官 : 「あの、腕一本で暴れ牛を大人しくさせたと噂の……」
商工会長 : 「知らねぇけど、すげぇな!!」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「採用すんのかよ!」
北補佐官 : 「ではそのメイさんに、北の特産である武具を持たせましょう! ほーら、カッコいい、カッコいい!」
商工会長 : 「そんでアンタは、ロクな組み合わせ考えねぇな!?」
西補佐官 : 「少々お待ちください。私は今ある案の重大な欠点に気付いてしまいました……!」
議長 : 「欠点……とは?」
商工会長 : 「欠点しかねぇから、どれの事言いたいのか分かんねぇよ」
西補佐官 : 「はい。メイさんとは、女性ですよね?」
東補佐官 : 「ええ。ふくよかで穏やかな風貌ながら、腕一本で暴れ牛をどうにか出来る、『東の母ちゃん』を象徴するような物理的に強い女性です」
商工会長 : 「精神的に強くあれ!」
西補佐官 : 「女性だけを配した場合、男性から不公平との不満が出ませんでしょうか……?」
北補佐官 : 「成程……!」
商工会長 : 「多分、出ねぇよ……」
北補佐官 : 「クマちゃんだけをフィーチャーした結果、狼たちが『何で俺らは……』と不貞腐れるかもしれないというお話ですね!」
商工会長 : 「アンタの耳、腐ってんな!?」
西補佐官 : 「北方補佐官殿の仰る通りです」
商工会長 : 「そんで、アンタも頭おかしいな!?」
東補佐官 : 「では、公平に男性も組み込んでしまえばいいだけでは?」
西補佐官 : 「公爵領を象徴するような男性……」
北補佐官 : 「あー、じゃあ、アレでいいんじゃないですか? ここ来る途中で見た、チェス指してる爺さんたち」
東補佐官 : 「いいですね!」
商工会長 : 「いいのかよ!」
西補佐官 : 「ああ、いいですねー。西にも、そういう爺さん、いっぱい居ますしねー」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「たまには不採用しろよ!」
東補佐官 : 「でもお待ちください! おばさん、爺さんと採用した訳ですが、そうなると今度は若い男女やオッサン、または婆さんから不満が出ませんでしょうか……!?」
北補佐官・西補佐官 : 「!! (ハッと息をのむ)」
商工会長 : 「……出ねぇよ。賭けてもいい。出ねぇ」
北補佐官 : 「では、こういう案はどうでしょう! それら若い男女や婆さんやオッサンを、クマちゃんが踏みつけているというのは……!」
商工会長 : 「絵面がヒデェ!!」
西補佐官 : 「クマに踏みつけられるというのは、少々残虐なのでは……」
商工会長 : 「『少々』どころの騒ぎじゃねぇだろ!」
東補佐官 : 「分かりました! それらは土台に埋まっている事にしたら良いのです!」
商工会長 : 「なんも良くねぇな!?」
北補佐官 : 「おお……! 素晴らしい案です……!! 流石は東方補佐官殿……!!」
西補佐官 : 「成程、成程。ではクマちゃんの足元に、掘り返したばかりのふかふかの土を用意しましょう!」
商工会長 : 「埋めたてかよ!」
東補佐官 : 「決して彼らを蔑ろにしている訳ではないという事を理解いただく為に、足元は花畑にしましょう」
北補佐官 : 「綺麗なお花の下に埋めてもらえたら、それは嬉しいでしょうね!」
商工会長 : 「んな事ぁねぇだろ!!」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「アンタ、楽な仕事だな!?」
西補佐官 : 「綺麗なお花……と仰いましたが、花は何にします?」
北補佐官 : 「その辺の原っぱに咲いてる花でいいんじゃないですか?」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「蔑ろに過ぎる!!」
北補佐官 : 「何を仰います。野の花というのは、素朴ながら美しく、嵐に耐える健気さと逞しさを持ち、それでいてそよ風に散る儚さをも持ち合わせているのです。決して蔑ろになどしておりません」
商工会長 : 「スゲーそれらしい事言うな!?」
北補佐官 : 「そんな風に生きていけたら素晴らしい……」
商工会長 : 「とってつけた風にうるせぇわ!」
西補佐官 : 「あ! 分かりました! こう……モチーフのどこかに、こっそりとそれらを彫り込んで貰えば良いのではありませんか? 『隠れ婆さんを見つけると幸運が訪れる』とかなんとかそれっぽい文言を添えて」
議長 : 「採用」
商工会長 : 「『それっぽい』とか言っちまってるけどな!!」
北補佐官 : 「では是非、隠れ狼もお願いします!」
東補佐官 : 「他、何隠しますぅ?」
商工会長 : 「隠す必要ねぇだろ!」
* * *
この地へ来てから、私は『私の知る〇〇と違う』という事象を数多見てきたように思うが、これもまた『私の知る会議とは違い過ぎる』という感想を持ってしまった。
これを記した書記は、一体どのような顔でこの会議の記録を取っていたのだろうか……。もしかしなくても「いつもの事」と、淡々と職務を遂行していたのだろうか。
後にエルードに聞いた話によれば、この一人常識を盾に頑張っていた商工会長は、皆から『孤立無援の戦いに、敗れはしたが最後まで戦い続けた勇者』として称えられたそうだ。
確かに、商工会長の心労はいかばかりか。同情を禁じ得ない。
私はエルードの許可をもらい、この議事録の写しをもらう事にした。
何か嫌な事があった時には、これを見よう。
きっと、何もかもがどうでもいい事に思えてくるだろうから。
そんな風に思うのだった。