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男装護衛騎士の幸福

最終話です!

「勝負あり!」


 その声に顔を上げれば、シルヴェスターの方の赤い旗が上がっていた。

 ……これで、決勝の相手は決まった。



「……イアン殿下と、シルヴェスター様……」



 誰かの呟きに、皆が思わず唾を飲み込む。

 そんな静寂の中、言葉を発したのはシルヴェスターだった。


「この勝負で私は、イアン殿下と決着をつける」


 そう言葉を発した彼に対し、どよめきが広がった。


(お、お兄様……?)


 その妹であるシェリーは何が起こるのかと、気が気でなく息を飲めば、不意に視線が合う。

 見れば、シルヴェスターとイアンにじっと見つめられていた。



「賭けるのは、私の愛しの妹であるシェリー・ワイアットだ」

「え?」


 ハッと気がついた時にはもう遅い。

 その二人の視線を辿り、シェリーはすぐに皆の視線を集めてしまう。


「……シルヴェスター様の、妹……?」

「病弱ではなかったのか?」

「初めて拝見した」


(っ……仮面で素顔を隠している意味がないじゃん! それに、あっさりこの場で素性を明かしても良いの!?)


 何て心の中で抗議するシェリーに対し、口々に言う貴族の方々に、思わず小さくなってしまうシェリーだが、いつの間にか近づいて来ていたシルヴェスターにその手を取られ、すぐに救出されるようにそのまま手を引かれる。

 されるがまま、シェリーは何処から出て来たのか椅子に座らされた。



(……これではまるで、見世物だ)



 なんて遠い目をしたシェリーとは裏腹に、両者は間合いを取ると、開始の合図とともに地を蹴った。




 そうして幕を開けた勝負は、思わず息を呑むほど、互角の争いだった。

 ……いや、どちらかというと、シルヴェスターの方が優勢だった。

 イアンは防戦一方の中、シルヴェスターは息一つ乱さず、短い剣戟を何度も繰り出す。

 皆、固唾を飲んでその光景を見守っていた。



(イアン、違う! もう少し右……、でもあんなに速いと、もし私がお兄様と戦ったとして、イアンのように互角には争える自信がないかも)


 そう椅子に座りながらシェリーが見守る中、ついに決着の時がきた。

 イアンの手から、剣が滑り落ちたのだ。イアンは慌てて剣を握ろうとするが、その間にシルヴェスターが狙いを定めて……



「っ! イアン殿下!!」



 思わずシェリーの口から、イアンの名が飛び出していた。

 これには観客もシルヴェスターも、勿論イアンも、そして他ならぬシェリーまでもが動揺する。



(……わ、私、今何を……)



「……あぁ、何か私が悪いような気がして来た」


 そう苦笑まじりに口を開いたのは、シルヴェスターだった。

 シェリーは返す言葉もなく立ち竦んでいれば、シルヴェスターはゆっくりと口を開いた。



「……この勝負は私の負け。 妹との仲を引き裂いてまで、勝ちたいとは思わないからね」

「……!」


 その言葉に驚きの表情を浮かべたのはほぼ皆だった。

 そしてシルヴェスターはにこりと笑うと、イアンの目の前に跪いて言った。



「無礼をお許し下さい、殿下。 私はただ、貴方に妹を取られたくなかった。

 それだけの感情で動いてしまったまでです。

 この忠誠心、そして、この剣はこれから先、生涯貴方をお守りする為だけに振るうと、シルヴェスター・ワイアットの名にかけて誓います」



 そう言って胸に手を当てるシルヴェスターの姿に、今度は観客中がわぁっと歓声をあげる。



(……! まさか、お兄様が言っていた20年間の決着って……!)



 シェリーの目に、思わず涙が浮かぶ。

 そんなシェリーの姿を見て、シルヴェスターはにこりと笑い、何かをイアンに耳打ちした。

 それを聞いたイアンはハッとしたような顔をした後大きくうなずき、ゆっくりとシェリーの目の前へと現れる。


 そして、そっとシェリーに向かって手を差し伸べた。



「……私にどうか、貴女をエスコートさせて頂くお許しを」



 そう述べたイアンに対し、シェリーは涙交じりにはにかんで……、「喜んで」と返す。

 そうして二人が出て行く最中、シルヴェスターはにこやかに笑みを浮かべて言った。



「私はいつまでも、イアン殿下と我が妹の幸せを、願っております」





 そう優雅に会釈をしたシルヴェスターに対し、御令嬢方や貴族の方々は怒るどころか、その反対に感嘆の息を漏らす。



(……あとは君次第だからな、イアン)



 そう心の中で訴えかけたシルヴェスターのファンがより一層増えたことに、シルヴェスターもシェリーもイアンも、気が付くことはなかった。




 ☆




「い、イアン」


 足早に歩くイアンに対し、おずおずと口を開いたシェリーが呼び止めれば、イアンは慌てたように言う。


「! すまない、慣れない靴のまま歩かせてしまって。 配慮が欠けていた。 足は痛むか?」

「! あ、の、イアンが足にテーピングをしてくれたお陰で大丈夫、だけど……、イアンは、大丈夫?」



 先程まで試合をしていたのだ、疲れているだろうと思って声をかけたのだが、イアンはシェリーの予想を超えて少し声を大にして言った。


「悔しい!」

「……はい?」



 思いがけない言葉に、シェリーは目をパチリとさせる。 そんなシェリーを見て、イアンは仮面を取り、水色の髪を無造作にかきあげ溜息をついた。



「……シルヴェスターに、勝てなかった。

 シェリーの目の前で、堂々と勝って、シェリーに告白するつもりだったのに」

「……え?」



 シェリーは再度、理解が追いつかず、目をパチリとさせてイアンを凝視した。

 するとイアンはその視線に気付き、力なく笑う。


「……シルヴェスターはきっと、君をかけての勝負と言いつつ、俺に忠誠を誓って、本物の“シルヴェスター”の実力を皆の目の前で披露することで、自分が君に代わって護衛騎士であることを確認させたんだ」

「! やっぱり」

「気付いていたのか」


 私は頷き、苦笑した。


「……すっかり、騙されたよ。 お兄様はまだ病弱なのだと思っていた。

 今日だって、本当は止めるつもりだったけれど、それを止めることによって、お兄様の病気を認めると言うことになると思うと、何だか怖くて。 それでも、お兄様が無理をしてしまうのではないかと思う自分が怖くて、何も出来なかった。

 だけど、それをいとも簡単にお兄様は、私の目の前で自分の腕前を披露した。

 ……あれでは絶対、私は勝てない。 そう心から思ったよ」



 やはりシルヴェスターは、色濃く血を受け継いできた、正真正銘の“騎士”であると。 シェリー達の父に当たる現騎士団総司令官に似た戦いぶりは、女であるシェリーには到底真似など出来ないと思っていたが、兄であるシルヴェスターは難なくこなしてしまった。


「……これから、どうしようかな」


 シェリーはふっと息をついた。

 ずっと長い間、騎士になる鍛錬を受け、男として生活をしてきた彼女にとっては、今から女として、だなんて言われても彼女には想像がつかない。

 こうやって淑女のドレスを身に纏っても、やはり落ち着かないし、男装をしている時の姿の方が好きなことに彼女は変わりはなかった。

 そんな彼女を見たイアンは、ポツリと呟いた。



「……俺の隣に、居てくれないか」

「……え?」



 イアンの言葉に、シェリーは呆然として聞き返した。

 イアンはゆっくりとシェリーと視線を合わせると、そっと頰に触れた。


「!」


 驚いたシェリーだったが、先ほどの酔っ払いのようにその手を払い落としたりなんてしない。

 それは、シェリーが心からイアンを想っているからだった。


「……改めて、言わせてくれ。

 ずっと、君が好きだったんだ、シェリー。 男装をしてまでも、俺の隣で支えていてくれた君のことを」

「!! ……イアンが、私を、好き……?」

「あぁ。 ……何度、諦めようとしても無理だった。 他の御令嬢と付き合おうとしても、心の中にいつも君が浮かんで。

 ……幼い頃からずっと、君だけを見ていたんだ」



 そう真っ直ぐと見つめるコバルトブルーの瞳と、真っ直ぐな言葉が、シェリーの心を大きく揺さぶる。


「……それは、本当、なの?」


 少し震える声で口を開いたシェリーに、真剣な表情で「あぁ」と頷くイアン。

 それを見たシェリーの瞳から、とめどなく涙が零れ落ちる。


「し、シェリー!? そ、そんなに嫌だったか!?」

「ち、違うの! ……う、嬉しくて」

「え」


 イアンの驚きの声に、シェリーは上手く言葉が出ない。 代わりに、と言わんばかりにシェリーは、勇気を振り絞って……、そっと、イアンの頰に口付けた。


「!!」

「……こ、こういうこと」


 シェリーは真っ赤な顔でそう言えば、みるみるうちにイアンも顔を赤くさせ……、やがて破顔すると、シェリーの両手を包むように握って言った。



「俺と、結婚してくれないか。 シェリー」

「……!」



 飾りのない、真っ直ぐな言葉。

 イアンらしいその告白に、シェリーはやがて、笑顔で「はい!」と大きく返事をする。

 そして二人は見つめ合うと、どちらからともなく、唇を重ね……。



「その前に、一つ聞いて良いか?」

「? はい?」


 良い雰囲気だったのに台無しだと、一瞬シェリーは頭に来たのも束の間、イアンはシェリーのドレスを指差して言った。



「そのドレス、シルヴェスターが選んだのか?」

「え?」



 予想外の言葉だったがシェリーは自身のドレス……、淡い水色のふりふりのドレスを見下ろし、苦笑いする。


「うん、そうだよ。 何も言わずにお洒落だからって着せられたんだけど……、似合わないよね」

「! いや! ……違う、逆に……シルヴェスターが選んだというのは何だか悔しくて、俺の好みを把握されているようで複雑だけど、その」


 だから何が言いたいんだ、と首を傾げるシェリーに対し、一人顔を真っ赤にさせたイアンは、「あぁ、もう!」と最後はやけくそのように、けれど視線を逸らさずに真っ直ぐと、シェリーの瞳を見て言った。



「……そのドレス、とても君に良く似合っている。 俺と同じ髪の色だという所も、愛おしく思える。

 凄く、綺麗だ」

「!? い、いいイアン!? 何言って……んっ」



 それ以上言わせまい、とイアンは少し強引に、シェリーに口づけを落とす。

 そしてすぐに離れると、シェリーまで顔を真っ赤にさせながら、今度は何も言わなかった。

 そして、二人はやがて見つめ合って……、どちらからともなく唇を重ねたのだった……―――





 それから数ヶ月後、ブラッドフォード王国では、盛大に結婚式が執り行われた。

 第一王子であるイアンの横には勿論、シルヴェスターの妹であるシェリーの姿があった。

 “イアン殿下は男色家”。

 そんな噂が飛び交う裏でいつの間に、シェリーとイアンが恋仲になっていたのか。

 そんなことが王国中では囁かれていたのだが、それを知るのは、未だ、王城の一部の人間とワイアット家のみであるという……―――





 殿下、あらぬ誤解が生まれているのでどうにかして下さい。 END

作者の心音瑠璃です。

書きたいことが多くて5話ギリギリでしたが(笑)、如何だったでしょうか?

シルヴェスター(兄)が思った以上に自分で書いていて「おぉ…目立ってる(笑)」となりましたが、二人のキューピッド役として活躍してくれたかなと思います!(笑)

楽しんでお読み頂けていたらとても嬉しいです♪

最後に、評価、ブクマ登録をして下さった皆様、読者の皆様有難うございました!

*****

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― 新着の感想 ―
大変好みな3人です!ぜひ大人っぽくスイートに彼女を翻弄するくらい攻め堕とす後日談,また読ませてください‼️
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