第三十六話 嫌われる理由
俺のテンションがだだ下がりになって、項垂れていた頃、隣から聞き覚えのある音が聞こえてくる。
「きゅるるぅぅ」
ヒューのお腹の虫が鳴いたなぁと思ったら、それに呼応するかのように俺のお腹の虫も「ぐぅぅ」と鳴いた。そういえば、とっくに昼飯の時間を過ぎてしまっていたことを思い出す。
「えへへ。お腹空いたねルート」
「ああ、そうだな」
ヒューは、はにかみながらお腹を押さえる。お弁当は持参していなかったのだが、道具袋の中には、食材ならある。だから、料理すればご飯を作れないこともない。出来ればヒューにおいしいご飯を作ってあげたいところなのだが。
・・・やはり、止めておいた方が無難だろうな。少なくともこの町の住人である魔族の人に受け入れられていない状況で、目立つようなことはしない方が良い。
俺は、仕方がないなぁと心の中でため息を吐きながら、道具袋をまさぐる。
「ヒューは、ルルカは好きか?」
「ん?好きだよ?」
ルルカは見た目や食感は柿なのに、味はリンゴというギャップのある果物だ。だが、その味は元の世界のリンゴの味に似ていて嫌いじゃない。まあ、そんなことを思うのはこの世界で俺ただ一人だろうが。
俺は、道具袋からルルカを取り出し、樹のマナに働きかけて半分こに分けた。
「はい、ヒュー。どうぞ」
「ありがとー。でも、ルート?ルルカって土の季節の木の実だよね?どうして持ってるの?」
「さて、なぜでしょう?それよりも、半分じゃ足りなかったら言ってくれ」
「ルートはまだルルカを持ってるの?」
「いや、手に持ってるこれだけだよ?」
ヒューは、俺の答えに首を傾げると「それだと、ルートの食べる分が無くなっちゃう」と俺の心配をしてくれる。俺はその言葉を少し嬉しく思いながら首を横に振る。
「いや、問題ないよ」
俺は、ルルカの切り分けた断面がヒューに見えるように左手で持つ。そして、右手でその断面を覆い隠すように手を添えてパッと右手を離す。
「あ、元に戻った!!」
俺はルルカを元の一つの実に戻す。ヒューの反応に気を良くしながら、元の一つの実になったルルカを再度、半分こに分けて、今度は両手で持った。そして、両手で持ったルルカの切り分けた断面をヒューに見せた後、サッと背中に隠してすぐにヒューの目の前に持ってくる。
「わあ。ルルカがニ個になった!!」
・・・ふっふっふ。これぞ我がハンドパワー(魔法)
「どうだ、ヒュー。凄いだろう?」
「うん。ルート凄い!」
それにしても、ヒューは返してほしい反応を返してくれるなぁ。傷心中の心をヒューの反応がちょっと癒してくれる。俺は、いつの間にかヒューの頭を撫でていた。
「ん?どうしたのルート?」
「いや。ちょっとだけこうさせてくれると嬉しい」
「えへへ。仕方ないなぁ」
ルルカでお腹を満たした頃、門番のお兄さんが戻ってきた。確認してくると言って詰所に入ってから結構、時間が経っている。何か収穫はあっただろうか。
「やあ、待たせたね」
「何か分かりましたか?」
「ああ、ヒューちゃんのお母さんは昨日、この町に来ていることが分かった。今、呼びに言ってもらってるからすぐに来るよ。それじゃあ、私は門に戻るから」
「本当ですか!?やったな、ヒュー」
「うん!うん!!」
門番のお兄さんからヒューのお母さんがフラウガーデンにたどり着いていたことを聞いて俺は安堵する。良かった。本当に良かった。お父さんの方は、と気になるところではあるけど、今は、母親の安否が分かったことだけでも十分だろう。再度、不安な思いをさせる必要はない。
ヒューと喜び合っていたら、空から「ヒュー!!」と女性の声が聞こえてきた。ヒューがその声にピクッと反応すると、凄い勢いで飛び上がる。俺は空を見上げると、空から飛来して近づく影にヒューが飛び付くのが見えた。
「おかーさん!!」
「ああ、ヒュー。私の可愛いヒュー」
ヒューはお母さんに抱きとめられながら、ゆっくりと地面まで下りてくる。ヒューのお母さんは、髪の毛と羽根が青色をしていた。ヒューの髪の毛と羽根が青緑色をしているから、お父さんは緑系統の色合いをしていそうだ。それにしても、ヒューのお母さんはヒューと同じ髪型をしており、さすがは親子、雰囲気が似ていた。
「本当に良かったなヒュー」
「うん、ありがとねルート」
「ああ、あなたがここまで連れてきてくれたのですね。本当にありが・・・」
俺がヒューに話しかけるとそれに反応したヒューのお母さんは、ヒューに顔を埋めるように抱きしめていたのを止めて、顔を上げながら俺の方を見てお礼を述べようとする。だが、俺の姿を見た瞬間に目を丸く見開いて、怯えるようにヒュッと息を呑んだ。そのせいで、お礼の言葉を最後まで言えていない。
・・・ああ、またですか。またその反応ですか。町の魔族の人の反応を見ていたので、そうなるんじゃないかとは思っていたけど、やっぱり堪えるなぁ。俺、本当にそろそろ泣いてもいいと思う。
俺の目頭にちょっと涙が溜まり始めた頃、ヒューが母親を見上げながら全力で俺のことをフォローしてくれる。
「違うのお母さん。ルートは違うの。ルートはあいつらと関係ないの。それにルートはとっても優しいの。ヒューの怪我は治してくれたし、ご飯を食べさせてくれたの。それにここまで、連れてきてもらったの」
ヒューの積み重ねた言葉に、ヒューのお母さんは、緊張が解きほぐされたのか、強張った肩の力が抜けていく様子が見て取れた。ヒューのお母さんは、そっと一度、息を吐いた後、優しい表情を浮かべ、ヒューの頭を撫でてから、改めて俺の方に見る。
「ごめんなさいね。恩人に対して、失礼な態度をしてしまって。ちょっとあなたを見て驚いてしまったの。本当にごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。・・・でも、もし、差支えがなかったら何に驚いたのか教えてもらえませんか?この町にいる魔族の人もあなたと同じような反応をするんです。俺にはそれがなぜか分からなくて・・・」
俺は、肩を落としながらヒューのお母さんに尋ねてみる。ヒューのお母さんは「そうですね」と言ってその理由を話してくれる。
「私やこの町のいる魔族の人は、その多くが魔族領から避難してきたのは知っていますか?」
「はい、俺の母様から話を聞きました」
「私たちが避難することになった原因が、魔人族なのです。魔人族は自分たちの意に反する者達を襲っています」
「魔族領が内乱状態になっているのは、魔人族のせいということですね?」
「ええ、その通りです。そして、その魔人族の特徴なのですが、種族総じて髪の毛の色が黒色なのです」
俺は、ヒューのお母さんが教えてくれたことに、「ああ、なるほど。そういうことか」と心の中で深く頷く。俺の髪の毛の色は黒色である。通りで皆、俺のことを避ける訳だ。黒髪である俺のことを魔人族だと思ったに違いない。
ヒューと初めて会った時、びっくりするほど拒絶されたのは、魔人族から逃げ延びて、あの木の下で休憩をしたのに、目を覚ましたら、黒髪の俺が目の前に居てパニックを起こしたと、そんなところだろう。
それにしても、髪の毛が黒色なんて、そんなにも特徴になる話だろうか?黒髪なんて大して珍しくもないと思うのだが・・・。
・・・いや、あれ?ちょっと待った。そもそも黒髪が珍しくないって思っているのは、元の世界の記憶じゃないか?
俺はこの世界にルートとして意識を持ってからのことを思い返す。
・・・いない。一人もいないぞ。家族も、ルミールの町の人もそうだが、皆の髪の毛は、基本、カラフルだ。落ち着いた色合いの人も居るには居るが、髪の色が真っ黒な人は、今までに見たことがない。もし、この世界で、魔人族しか黒髪がいないのだとしたら、なるほど、確かに特徴的である。
ヒューのお母さんは、考え込んでいた俺の顔に納得の色が出たことでさらに話を続けてくれる。
「だから、一目見てあなたのことを魔人族だと思ってしまったのです。本当にごめんなさい。でも、よくよく見ると違っていました。魔人族にはもう一つ、種族としての特徴があるのです。魔人族は黒髪であることと共に、瞳の色が灰色をしています」
「それも種族総じてですか?」
「その通りです。あなたの瞳の色は、青色ですから魔人族ではありません。髪の毛の色が黒なのはきっと、ご両親が黒に近しい色合いをしているのですね」
俺は、ヒューのお母さんの最後の言葉にドキリとする。走ってもないのに、だんだんと息苦しくなり、胸の鼓動が嫌な音を立てながら早まった。俺の脳裏には、嫌な考えが頭を過ぎり、首筋の辺りが寒くもないのにヒヤリとする。これ以上、この話を聞いていたくないと思った俺は、自ら振った話を打ち切った。
「話してくれて、ありがとうございました。通りで、魔族の皆さんから目の敵のように見られるわけですね。出来ればもう少し、この町に長居して、色んな魔族の人と交流を持ってみたかったのですが、事情が事情なだけに仕方がありません。それに、そろそろルミールの町に戻らないと日が暮れてしまうので、俺はそろそろ帰りますね」
「これから帰られるのですか?大丈夫かしら?」
「大丈夫だよお母さん。ルートは早いんだから!」
「あはは。ヒューの言う通りです。ご心配には及びません。それじゃあ、俺は行きますね。ヒュー、落ち着いたらいつか俺のウチに遊びに来てくれ。妹のリリも紹介したいしな。」
「うん、今度は遊びに行くね」
「本当に、この子を連れてきてくれて、ありがとうございました」
ヒューとヒューのお母さんの二人に見送られながら、俺は大きな門から町の外に出る。門を潜ったところで、門番の仕事に戻ったお兄さんを見つけたので、一言お礼を述べておくことにした。一言お礼を述べてから、そういえば、黒豹の魔族の人は?と思い振り返ると黒豹の魔族の人が、俺のことを見ながらサムズアップしていることに気が付いた。
・・・それは、良くやったという風に捉えていいんでしょうか?それとも獣人族的に、二度と来るなというジェスチャーでしょうか?・・・俺を見る目が優しくなっているような気がするので前者ということにしておこう。
黒豹の魔族の人に、軽く会釈をした後、俺は人目のつかないところまで普通に走る。そして、ある程度、町から離れたところで雷属性と光属性の補助魔法で素早さと体力を上げて、来た道を戻る。
帰り道、行きと違って一人きりなので、本当にひたすら走るだけだ。だから、どうしても、先ほどの嫌な考えが頭をチラついて仕方がない。
「両親の髪の色が黒に近しいか・・・」
俺の父のアレックスの髪の毛は少し赤みのある茶色、母のリーゼは少し淡い金色をしている。そして、二人の子供である、姉のソフィアは茶色で、妹のリリは金色をしており、それぞれ、両親から受け継いだ色をしている。ヒューを例に取ってみても、ヒューのお母さんは青色をしており、ヒューは青緑色をしていたから親から受け継いでいると思われる。
・・・だとしたら、俺はどうなる?
両親の髪の色からすれば黒色になることは、まずないだろう。髪の毛の色が遺伝だとして、先祖返りみたいなこともあるかもしれないが・・・。
ルートとなってからもう少しで一年が経とうとしている。初めの頃は、ルートとの約束をただ守るためにという気持ちであったが、今では、自分の家族として皆を守りたいと思えるようになっていた。だが、不意に発覚した、俺はアレックスとリーゼの本当の子じゃないかもしれないという考えに、心がかき乱される。
俺にとって大切と思えるようになった繋がりが本当はなかったとしたら。別の世界から来た俺は、この世界で天涯孤独の身になるんじゃないだろうか。
悪い考えが何度も頭を過ぎり、その度に頭を振って、その考えを振り払う。気分はどんどんと落ち込み、ただひたすらに人恋しい気持ちが心を占めた。
日が落ちて、夜が始まろうとしていた頃に、俺は家にたどり着いた。家に入ると、リーゼが食事をテーブルに運んでいる様子が目に入る。俺が帰ってきたことに気が付いたリーゼは「おかえりなさい」と言ってくれる。その瞬間、俺はいつの間にか駆け出して、飛び付くようにしてリーゼに抱き付いていた。
突然、抱き付いてきた俺にリーゼは、ちょっと驚いたような声を上げる。だが、その後すぐにリーゼは、腕を俺の背中に回して優しく抱きとめてくれる。
「どうしたのかしらルート?何かあったの?」
「・・・いえ、何も。・・・あの。ヒューは、無事にフラウガーデンでお母さんと会うことが出来ました。・・・その。ヒューが、ヒューのお母さんとの再会をしている様子を見ていたら、何だか急に寂しい気持ちになって・・・」
取り繕った俺の説明に、リーゼは何も聞き返すことなく「そう」と一言だけ言って、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「ふふ。でも、ちょっと安心したわ」
「・・・何にですか?」
「ルートがこうして私に甘えてくれていることがです。・・・ルートが瀕死の怪我を負ってからもう少しで一年になります。怪我が治ってからのルートは、強くなるために頑張っていたでしょう?強くなるために大人になろうと、精一杯、背伸びをしていたのでしょう?そんなルートがお母さんは、とても心配なのです」
「母様・・・」
「ルートは早く大人になりたいのかもしれないけど、まだまだ子供なのですから、こうして甘えてくれて良いんですよ?あなたは私の大切な子供なのですから。むしろお母さんはルートが甘えてくれなくなってちょっと寂しいぐらいなのですよ」
リーゼの言葉の中にある母親としての確かな温もりを感じて、俺の落ち込んで荒んでいた心は、ひどく満たされる。そして、俺は自然と涙を流していた。
「ひっ、うぐ、ううぅ・・・」
「あらあら。・・・本当に、何かあったんじゃない?大丈夫?」
「うぅ、ひっく、うぅ。・・・大丈夫、うぅ、です。ひっく、けど、もう少し、このままで」
リーゼは、俺に何があったか追求することなく、俺の望み通りにしてくれる。リーゼが俺の背中に回した手で、赤ちゃんをあやす時のようにトントンと叩いてくれることに安らぎを感じながら、俺はひたすら涙を流す。
「ルゥ兄様、帰ってきたのですか?」
少し遠くからリリの声すると、こちらの方にやってくる足音が聞こえてくる。
「ルゥ兄様。おかえりなさい。どうしたのですかルゥ兄様?泣いているのですか?」
「ルートわね。ちょっと、寂しくなる思いをしたのよ」
「それで、母様が慰めているのですね。だったら、リリもルゥ兄様を慰めてあげます!」
リリはそう言うと俺の背中側に回って、俺のことをギュッと抱きしめてくれる。俺は、リーゼとリリにサンドイッチされた形で抱きしめられている状態となる。それを頭で想像した俺は「何だこれ」と思い、涙を流しながら思わずクスリと笑う。
家路に着くまでに考えたことに対して答えは出ていない。だけど、今は、家族からこれだけの愛情を向けてもらえていることが分かったことだけで十分である。・・・俺の取り越し苦労ということもあるかもしれないしな。
俺は、もしかしたら本当の家族じゃないかもしれないという考えを、一先ず頭の片隅に仕舞っておくことにした。