第三十五話 フラウガーデン
「きゃー!はやーい!!」
ヒューは俺にお姫様抱っこされながら嬉しそうにはしゃいでいる。俺は今、猛スピードで走っているのだ。気分は、高速道路で車をブッ飛ばす感覚だろうか。ここには、スピード違反なんかない。ガンガンスピードを上げていくぜ!
・・・おっといけない。ヒューが余りにも楽しそうにしているから思わず悪乗りしてしまった。人とか障害物にぶつからないように、気を付けないと。
それにしても、肝が据わってるなこの子。多分、今までに経験をしたことがないぐらい速いと思うんだけどな。
「ヒュー、速くて怖くないか?」
「んー?怖くないよ。飛んでるみたいに速いねルート」
「・・・ヒューは、飛ぶと速いのかい?」
「うーん?速く飛べると思うよ!」
なるほど、飛行で速さには慣れているから怖くはないようだ。けど、ヒューの目が泳いでいるので、今、俺が走っているほどの速さではないと思われる。
「だったら、ヒューに運んでもらったら良かったかな?」
「え?むー、ヒューはまだ子供だからルートは重くて運べないよ」
ちょっと、意地悪な気持ちで聞いてみたら、ヒューは頬っぺたをプクッと膨らませて、両腕と両足をバタバタさせながら猛抗議である。可愛らしく頬を膨らませたヒューを見て無性に頬っぺたを突きたくなる。だが、俺の両手は塞がっているため、それが出来ない。実に残念である。何にしても、楽しそうにしてくれているヒューの様子に俺はそっと息を吐く。
・・・ちょっとでも不安な気持ちがまぎれるのならそれで良い。
「・・・どうかしたのルート?」
「いや、何でもないよ。・・・おっとと。ほらほら、余り動くと落ちちゃうよ」
「えへへ。ごめんなさーい」
でも、この速さから落ちたら冗談じゃなく、大惨事になる。本当に気を付けないと。まあ、仮に落としてしまった場合は全力で魔法障壁を張って守るだけだ。
それよりも、さすがに走りっぱなしでちょっと疲れてきた。雷属性で素早さを上げたとは言っても、素早くなっただけなので、体力が増えた訳ではない。俺は、光属性の治癒魔法で体力を回復させつつ、ついでに、補助魔法で体力を強化する。
俺が光属性の魔法を使用してから少しして、ヒューの様子かおかしくなる。何やら居心地が悪そうにもぞもぞと身体を動かし始めた。
「ヒュー?どうかしたか?」
「ルートに抱っこしてもらってるところがね、ぽわって暖かくなったと思ったら、今度はピリピリするの」
「ぽわっとした後、ピリピリする?・・・もしかして、ヒューは風属性の以外の魔法も使えるのか?」
「使えないよ?」
「試したことは?」
「ない」
使えないのではなく、試したことがないのであれば、もしかしたらヒューは光と雷のマナに愛されているのではないだろうか。少なくとも、マナを感じ取っているのだ。それにしても、どうしてヒューは、今になって雷属性を感じるようになったのだろうか?走り始めてからそこそこ時間は経っているはずなのだが。
・・・いや、そうか。さっき俺が光属性を使ったからか。
以前、エリオットのお師匠様の話を聞いた際、基本属性以外の属性は、複数の属性から愛されていることが使用出来る条件だと聞いていた。
ヒューは元々、風属性を扱える。そして、俺が使った光属性の魔法から光のマナを感じ取ることが出来た。それにより、ヒューが光属性を使用出来る条件が整ったとしたら。そして、さらに素早さ強化のために展開中の雷属性を感じ取った?
つまり、雷属性は、少なくとも風と光のマナから愛されている必要があるということではないだろうか。六属性以外の属性を使用するための条件は、世間的に知られていない。使用出来る俺もまた条件は知らない。それを解明する糸口が見えてことに俺はちょっと嬉しくなる。とは言え、実は、ヒューは他の属性も使えましたと言う可能性がない訳じゃない。
・・・どうせ、フラウガーデンに着くまでには、まだまだ時間が掛かる。折角だからちょっと試させてもらおう。
「ヒュー、ちょっと暇つぶししないか?」
「うん、する!なにするの??」
俺は、俺が使える属性を一通り、ヒューに感じ取ってもらった。結局のところ、風、光、雷以外の属性をヒューは感じ取ることが出来なかった。ということは、これで雷属性に必要なのは風と光のマナに愛されていることが条件であることがはっきりとした。満足満足。
・・・これをエリオットに教えたら喜ぶかな?それとも、やっぱり光属性が足りないから自分じゃ使えないって悲しむかな?
ちなみに、色々と属性を試してもらった後、ヒューは光と雷を少し扱えるようになっていた。さすがは魔族と呼ばれるだけのことはあって順応が早いなぁと俺は感嘆の息を吐く。
道中、何度か治癒魔法を使用することになったが、ようやくフラウガーデンの外周の壁と町の門が見えてきた。太陽はすでにてっぺんを通りすぎ、少し傾き始めていたのだが、だいたい予定通りだろうか。
ヒューは、少しはしゃぎ疲れたのか俺の腕に揺られながら寝ていた。
「ほら、ヒュー、起きて。町が見えてきた」
「ん、んー?・・・あ、本当だ!」
ぱちくりと目を開けたヒューは嬉しそうに声を上げる。そんなヒューを見ながら俺は、「どうにか、ヒューの両親がフラウガーデンに居てくれますように」と心の中で祈る。
ある程度、町に近付いたところで俺は、ヒューを下すことにした。さすがに、この速さで門に突っ込むのは良くないだろう。「敵襲か!?」と思われても困る。俺は、ヒューに「ここからは歩くよ」と促すと、「じゃあ、ヒューは飛ぶね」と言って、ヒューは空に舞い上がる。ずっと俺の腕に抱かれて身動きが取れなかったせいもあって、ヒューは生き生きとして空を飛んでいる。
・・・まあ、ヒューの場合は、空を飛んでる方が普通か。
俺は歩きながら、ヒューは飛びながらフラウガーデンの門へと近付く。門には門番が二人居て、門の左右に一人ずつ立っていた。俺から見て右側に立っている人は、人族のように見えたが、左側に立っている人は明らかに魔族の人だった。黒豹のような顔にごつい体つき、獣人と呼ばれる人だろうか。
魔族の人に興味を引かれたのでそちらに近付こうと歩みを進める。だが、近付くにつれ、黒豹の魔族の人が、なぜか俺のことをものすごく睨んでいることに気が付いた。突き刺さるような鋭い眼光に、凄味のある顔が凄く怖かったので俺は、魔族の人に近付くのは止めて、人族と思われる人に近寄って話し掛けた。こっちは、気が良さそうなお兄さんである。
「あの、すみません」
「何かな?君たちは、子供二人だけかい?親御さんは?」
「えっと、ですね。あ、そうだ」
俺は、道具袋から冒険者ギルドのギルドカードを取り出して、門番のお兄さんに見せた。事前にリーゼから「子供だけだと怪しまれると思うから、ちゃんと身元を証明しなさい」と教えてもらっていたのだ。
「おや、それは冒険者のギルドカードじゃないか。文字が青と言うことは見習いだね。ええっと、ルート・エルスタード君か。・・・ん?エルスタード?・・・それに黒髪の少年」
門番のお兄さんは、俺のギルドカードを見つめながらブツブツと何か言い始める。そして、何かに気が付いたようにハッとした顔をしながら俺の顔を見た。
「君、もしかして、一対一の決闘でソフィア様を負かしたという弟君かい!?」
「へぁ!?・・・えっと、確かに俺はその弟ですが。なぜお兄さんがそれを?」
俺の中では、もう終わった話だと思っていたことを見ず知らずのお兄さんに聞かれて変な声が出る。まさか、こんな所で決闘の話が出てくるとは思いもしなかった。去年の土の季節に入った辺りからは、全くと言っていいほど、ソフィアのことで俺に絡んでくる奴はいなくなっていたのだ。だから、もう皆に飽きられたか、忘れられたかと・・・。
「なぜって結構、有名な話だよ?」
「そ、そうなのですか?・・・ちなみにどれぐらい有名ですか?」
俺は頬をヒクッと引きつらせながら、聞きたくないなぁと思いつつも尋ねてみる。
「んー?そうだなぁ。少なくともルミールの町の近郊にある町や村の人は知ってるんじゃないかな?それにソフィア様のことだから、王都だと広く知られているんじゃないかな?」
「へぇ。ルートのお姉さんって人気者なんだね」
「・・・・・・ソウダネ」
俺は、噂が広まっているであろう範囲に愕然とする。まさか、そんなにも影響力があるとは・・・。ソフィアの人気を甘く見ていた。もしかしたら、今後、色んな町に行く度に同じ様なことを言われるのだろうか。まだ、聞かれるぐらいなら良いのだが、また、決闘を申し込まれる可能性があるかもしれない。・・・何と言うことでしょう。考えただけで頭が痛い。
・・・いやいやいや、今は俺の噂のことは、どうでもいい。とりあえず、俺の身元の証明はある意味で、達成された訳だ。頭は痛いが、切り替えて本題に入ろう。俺は、頭を左右に振って気持ちを新たにしてから、門番のお兄さんに再度、話し掛ける。
「実はこの子は・・・」
俺は、門番のお兄さんにヒューを連れてきた経緯を話した。
「なるほど、避難してきた子なのか。分かった。ちょっと、詰所の前にあるベンチに座って待っててくれるかな?もしかしたら、昨晩の担当が記録を付けてるかもしれない」
門番のお兄さんは、朝から交代で立っていたそうなのだが、今日は誰も来ていないそうだ。でも、もしかしたら、昨晩の内に来ているかもしれないとのことで記録を調べてきてくれると言ってくれた。
俺とヒューは、指示通りに門から入ってすぐ目の前にある詰所のベンチに行くために門を潜ろうとする。ところが、門に踏み入る前に、なぜか門番のお兄さんに呼び止められる。
「ああ、二人ともちょっと待って。悪いんだけど、こっちから町に入ってもらって良いかな?少し遠回りなるんだけど」
門番のお兄さんはそう言いながら、お兄さんが立っている後方を指す。指示されたところに目を見遣ると大人二人ぐらいが並んで通れそうな小さな門があることに気が付いた。ベンチのところへ行くのであれば、このまま大きな門から入るのが一番近いので確かに少し遠回りである。
・・・うーん、まあ、わざわざこっちを通らせるだけの何か意味があるのだろう。ここは、大人しく言うことを聞いておいた方が良い。俺は、ヒューを連れて小さな門から町へと入った。
「・・・光のマナ?」
小さな門を潜った時に、光のマナを感じた。たが、感じただけ何も起こらない。一体何が?と自分の身体や小さな門の辺りをキョロキョロと見てみたがやはり何もない。変化があったと言えば、依然として黒豹の魔族の人が俺のことを睨みつけるように見ているのだが、さっきよりも眼光が弱まったような気がするぐらいである。
「どうかしたのルート?」
「いや、何でもないよ。それよりも早くベンチに座って休もう」
俺はベンチに腰を掛けて一息ついた後、改めて町の中に目を見遣る。町並みは、ルミールの町と似たような感じであったが、一つ大きな違いがあった。避難してきた魔族を受けて入れている町だとリーゼから聞いていただけのことはあって、人族よりも魔族の人の往来が多い。人通りも多く、それなりに賑わっていた。
・・・何というか、ファンタジーを詰め込んだような町だな。
門番の黒豹の人は、完全に獣よりの顔立ちをしていたが、町の中に居る人の中には、人よりの顔立ちで、獣の耳としっぽを付けた、一見するとコスプレのように見える魔族の人も居る。
それにあの耳が長細く先がとがっているお姉さんはもしや、エルフ?あっちの背は小さいけど、がたいが良くて立派な髭を生やしているのはドワーフか?あ、あの透き通った薄い羽根で飛んでる小さい人は妖精だろうか。向こうの方に見えるトカゲっぽい人は、もしやリザードマン?あ、でも、トカゲと言うよりかはドラゴンぽい?となると龍人?
そこでふと、メルギアの種族はどうなんだろうと頭をよぎる。・・・って、メルギアは人に化けれるだけで、自分でレッドドラゴンだと言っていたから、種族的にはドラゴンか。でも、ドラゴンは一体何になるだろうか。魔物か?・・・うーん、遺跡に居た魔物とかと比較すると強さが別格、いや、次元が明らかに違うから魔物と位置付けてしまうのは、どうもしっくりしない。そういえば、ゲーム的に、幻獣と言われることもあったかな?
・・・よし!メルギアの種族はこの際、置いておこう。とにかく、やばいなこの町。めっちゃくちゃテンションが上がるじゃないか!
さすがに、真横にはヒューが座っているので、興奮していることは、おくびにも出さないでいたが、心の中では、グッと両手を握って高々とガッツポーズをしていた。
それにしても、これだけ色んな種族の人が居てる割には、町の中は至って平穏なことにちょっと驚きである。これだけ居ればいざこざあったり、いわゆる犬猿の仲とかあったりしそうなものなのだが・・・。やっぱり、避難してきた者同士、仲間意識があったりするのだろうか。
出来ればこの町に少し滞在して、色々な種族と交流を持ってみたいものだと思った矢先、事態は急変する。
背の小さい子犬のような顔をした魔族の人が俺のことに気が付くと、ぎょっとした顔をして、慌てながら逃げるようにその場を後にした。その不自然な行動を目の当たりにした周囲の魔族の人もまた、俺のことに気が付き始める。そして、皆が皆、同じようなリアクションをした後、足早に居なくなる。町の中を往来していた魔族の人達は、蜘蛛の子を散らしたように居なくなってしまった。
・・・俺が一体何をしたと?
そういえば、ヒューと初めて会った時も「超」がつくほど拒絶されたっけか。本当に、一体どういうことなのだろう。もしかしてあれかな。実は指名手配されてる犯人に俺が似ているとか。この顔にピンと来たら110番的なやつ?
とにかく、なぜか魔族の人達に毛嫌いされていることだけはよく分かった。さっきまで上げに上げていた俺のテンションは、見事に急降下を遂げる。
ちょっと泣いても良いだろうか?




