第7話:バーベキューをしよう!
秘密基地の存在を知ってから数日。
たまには気が向いて他へ行く事もあったが、大人達がよほど忙しくも無い限りは、少年達は毎日のように坂の上の一軒家に足を運んだ。
先日までの静けさが嘘の様に、家に行けば大きな男性が複数人必ずうろうろとしていたので、彼等は行くたびにビックリしていたものだが、気がつくと向こうから声をかけてくれる……どころか過剰なスキンシップで構ってくれる事もあり、子供達はすぐにその存在に慣れた様であった。
残念ながら、大人の許可なく秘密基地へ行く事は許可されなかったが、あの日見たものについて子供達が訊ねると、目をキラキラさせて詳しく解説してくれた。時に、それは質問した方がどっ引きする位に。
大地やロストが家の施設やこれまで発売されたゲームについて意見をいえば、否定やバカにする事も無く一緒の目線で真剣に検討してくれるので、子供達にとってはその事が一番嬉しかった様だ。
「おいお前ら、明日も来るなら腹減らせとけ、肉食うぞ」
実にイイ表情で、大柄な男がニヤリと笑う。
まさに獰猛な肉食獣が好物のエサを目の前にした時の表情の様だったと、子供達は揃ってそう思った。
開発会社ドルフィンキックの代表にしてチームリーダー大和リュウヤからの、突然の宣言。
氷魚に確認という名の抗議をしても「いつもの事」と、とりあってもらえず、子供達はこうしてなし崩し的にバーベキューへの参加を余儀なくされたのであった。
「いつも娘と義弟が申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。こちらも、いい気分転換をさせていただいていますから」
当日は、とてもいい天気に恵まれた。
いつも子供が遊んでいる北側の庭には、今日はバーベキューグリルと炭が用意され、早くも野菜の焼けるいい匂いが漂って来ていた。
普段は子供達に任せているのだろう、めったに表に出てこない保護者の―――クルルの父親でロストの義兄だという―――グリフィリオス氏が、どこでそんな作法を覚えたか、家主で会場提供主でもある氷魚に「食後にでも」と、ゼリーの詰め合わせを渡す。
リュウヤに負けず劣らず上背のあるグリフィリオスは、今日はそれらしく簡素なシャツにパンツといったラフな格好である。
正直似合っているかと言えば、体格と貫禄……風格とでも言い直した方が良さそうだが……が良すぎて微妙な所ではある。
だが、普段はここまでラフな格好をしないのだろう、子供達からは意外に似合っているとむしろ好評だった。
特に娘のクルルは、これまた普段の女の子らしいスカートとは違い、父と同じ色のシャツに丈の短いホットパンツという、ひと昔……どころかかなり昔で言う所のガールスカウトもどきの様な格好で、父と同じ格好だと無邪気にはしゃいでいた。
「氷魚ちゃん……」
「小母さん、小父さんも。ごめんなさい、うちのリーダーが我儘言ったせいで気を使わせちゃって。その、色々気にしないで貰えると助かります」
「……そうね」
一方、微妙に重苦しい雰囲気を醸し出していたのは大地の両親であった。
過去に何が起きたのか把握している彼等は、あまりこの状況に乗り気では無いらしく、しかし一人息子とその友人達の事を思ってわざわざ顔を出したのだろう。
今一つ気持ちの切り替えの出来ない母親を慮ってか、父親の方がやや明るい声で小さな包みを差し出す。
「ああ、これ、何かの足しに」
「わ、済みませんホント気を使って貰っちゃって。遠慮無く使わせて貰いますから!」
中を確認すれば、結構なお値段のしそうなお肉。
ゲンキンと言いたければ言えとばかり、氷魚は表情をぱっと明るくしたかと思うと、大きな声で仲間達を呼んだのだった。
「ぐっさーん、こっちこっち!酒持ってって!」
「ぐっ……さん……?」
「そうそう。グリフィリオス、って言いにくいでしょ?だからぐっさん」
「ぐっさん……」
物怖じしない天馬がグリフィリオスを適当な呼び名で呼びつけた揚句、大人達用にと用意された発泡酒を大量に渡して行く。
「くーちゃん!ほらこっちおいでー、エビちゃん焼けたよー」
『くーちゃん!くーちゃん!つくづく思うけどさあ、その呼び方、かっわいい~よね~!あ、こっちのコーン美味しそうに焼き目付いてるよー!早くしないと食べられちゃうから!』
鳥居がクルルを手招きすると、呼び方が可愛い、とナビィが物まねの得意な鳥の様に連呼した。
ちなみに鳥居の「くーちゃん」呼びはすでに洗脳済みなので、クルルも特に反応しない。
肉や野菜がずらりと並べられたグリルの前にいる鳥居の横に立つと、最近定番の「すごいですわ!」という言葉と共に歓声を上げた。
「……にーちゃん達、フレンドリーってレベルじゃねーだろ」
呆れた目線を送るのは、早くもそつなく串焼きをゲットしてロストと並んでむしり食っている大地である。
「……そうか?」
「お前はもうちょっと疑問に思えよ!」
クルルと同じですでに洗脳済みらしく首を傾げたまま串を口に運ぶロストに、視線を向ける事無く、それでもツッコミだけは律儀に行う大地であった。
「そういや、ロストって1人だけ感じが違うな」
「感じ?」
そろそろ野菜だけでなく肉も大量に並べられてきた頃、不意にツバサがロストの方を向いてそう言った。
「グリフィリオスさんもクルルちゃんも、あんまり聞いた事無い名前だろう?だけどロストって、この辺の―――になるかどうかはともかく割と聞く言葉なんだよね。ああもちろん、君達のいた国と日本で、その言葉の意味が違うって事はあるだろうけど」
異国の―――というよりもろに異世界から来た3人は、大地とともに顔を見合わせる。
事情を知る大地の両親も、お愛想的に口に運ぶその手を完全に止めた。
「っつーか、どこ出身だか聞いてもいいのか?」
「今どき国際交流なんて滅多にないもんね。ワケアリ?」
自重しないリュウヤと空気をあえて読もうとしない天馬の攻勢に、だんだん顔色まで悪くなって行く。
……一応、こういう時の為に、身元の証明は出来る様になっているのだ。
だが子供達としてはここまで仲良くなった人たちに対し、できれば嘘をつきたくないと思っているし、それが完全に表情に表れていた。
グリフィリオスもその事は理解しているが、やはり保護者たる立場故に軽々しく真実を語る事は出来ない。
どこまで言っていいものか、やや考える間があった後、口を開いたのは当の本人ロストである。
「俺は、両親が分からない」
普段通り冷静に聞こえる感情の起伏の見えない声に、場が静まり返った。
ただ、肉の焼けるジュウジュウという音だけが響くのが、やや滑稽である。
「名前も、最初から与えられていなかった。ロストというのは、こちらに来てから与えられた、便宜上の名だ」
具体的な説明が必要な部分が、いくつか曖昧にされてはいたものの、おおむねの所それは真実であった。
こちら、というのが、この地球に来てからだという事に気付いたのは果たして全員だったが。
当然だが、氷魚達若人が大地達の深い事情を知っている事を当事者である彼等は知らない。
知らないがゆえに、やはり言えずにいた。
それは“上”からの指示でもあり、巻き込みたくない、このまま穏やかな日常を過ごす場所であってほしいと願ったからでもあった。
「俺は、あまり自分と同じ『人』と接触する事無く育てられてきた。だから変わっていると思う事もあると思うが……」
気にしないで欲しい、と言いたかったのか、よろしくお願いする、と言いたかったのか、残念ながらその言葉は、吐き出される前に止められてしまっていた。
ガタイのいい若い男衆に抱き込まれるという形で。
「いいんだっ……いいんだ……っ!!みなまで言うな!肉を食え!肉を食ってでかくなれ!」
「つらい事を無理に話す事は無い。さあ、肉でも食え。この肉は旨いぞ。どんどん食べていいからな」
「泣ける話じゃないか……っ!そんな君にはこの肉を進呈しよう。僕が育てた肉だ、美味いぞ!たくさん食べてたくましく育て!この肉の様に!」
肉肉うるせえ、とは大地の独り言である。まったく感動が台無しだった。
「くーちゃんはこっち」
「クルルちゃんおいで、魚介も焼けてるよー」
『馬鹿が感染る前に避難しようかー』
クルルもいつの間にか女性陣に囲まれていて、やはり逃げられなくなっている。
いいのかな、と思いつつ後ろを振り向けば、あれも食えこれも食えと野郎共に絡まれている少年2人の姿が見えた。
……いつの間にか、大地まで被害に遭っていた。
酒の入った若衆達は、「こんがり焼いた肉の歌」なるものを歌いつつ飲んでは歌い、騒いでは飲んでいる。
その内、父グリフィリオスまで絡まれ始めた。……が、一応そこは大人だからか、少年達ほど全力で弄られたりはしていないようだ。
「ほら、クルルちゃん、これとこれとこれと……はーい、どうぞ!」
「くーちゃんも女の子なんだから、野菜もいっぱい食べないとね!」
「あ……はい……」
よそ見をしていたら、いつの間にか皿に盛られていた事に気づく。
肉が野菜に変わっただけで、ノリは若衆と同じだった。
『くーたんおいしいー?』
「えっ、あの、はいっ!おいしいですっ!」
ナビィの突然の「くーたん」呼びに、若衆がそろって「「「くーたん!!」」」と目を輝かせた。
「カオス……」
「?」
クルルに注目が言ったおかげで一息つけた大地の溜息に、良く分らないままのロストが肉を口にしたまま首を傾げた。
「随分と子供好きなのだな」
酒を片手にツバサや天馬と話していたグリフィリオスが、不意にそう言った。
ちなみにリュウヤは、いまだに少年2人を相手に絡んでいて……物凄く嫌がられている。
……本人はまったく意に介していなかったが。
「んー、まあ、まったく無関係の子供、って訳でも無いからな」
何か言いにくい事でも言う様に、ツバサが自分の頬を引っ掻いた。
一方、沈痛な面持ちでそれを見やったのは、大地の両親である。
昔この家で起きた、ある事件。
恐らくその辺りの事情を知っているであろう彼等が、今ことさらに子供を大切にしているというのは、一種の罪滅ぼしの様なものではないかと考えたからだ。
「最初は大地の友達だからって事もあったけど、今は単純に一緒にいて楽しいってのもあるかな」
「私達、友達だもん。ねっ」と氷魚がクルルを抱き寄せそう言うと、クルルも嬉しそうに「もちろんですわ!」と答える。
その表情には、夫妻が懸念する様な後ろ暗い部分は見えなかった。
「御迷惑をおかけしていなければ良いのだが」
そんな2人に、グリフィリオスが近づく。
見慣れない顔だ、と氷魚は思った。
当然だが、ホームステイだという事になっている彼等の顔は、この辺に住んでいる平均的日本人とは造作が違う。
海外の人特有の堀の深さもあるだろう。髪の色だってこの辺りでは見た事が無い。だが、氷魚が慣れないと思う理由は、それだけでは無い気がした。
「さっきも言ったけど大丈夫です。普段は自分達だけで好きに遊んでいるし、こちらの仕事が忙しいと言えばすぐ引いてくれるし。いい子達ばかりですよ。お父さんは自慢に思っていい」
褒められたクルルは、嬉しそうに照れて父に抱き付き顔を隠した。
年相応、いやむしろ小さな子供に返ったかの様に甘えるクルルも珍しいが、バーベキューというある意味非日常の中で段々と心のタガの様なものが外れ、素直になって来ているのだろう。
微笑ましく思ったのは友人達も同じ様で、ロストも「よかったな」と彼女に声を掛けた。
一方「とーちゃん達も、いつまでも仏頂顔してんなよな」と珍しく大人びた発言をしたのは大地である。
それは事情を完全には把握していない子供による率直な意見ではあったが、他でも無い息子の忌憚なき意見に両親は苦笑する。
しかし、それが契機になったのか、だんだんと周囲との距離を置く事が無くなって行ったのは確かだ。
やはりベテランらしく、共に食事をするというよりは子供達の面倒をよく見ているご両親。
それにナビィが加わり、あーだこーだと口を出す。
見ていた氷魚が、ぽつりと呟いた。
「子供はやっぱり、大人と一緒にいる方が良い」
「そうだな。わた……俺もそう思う」
相槌を打ったグリフィリオスの、やや不自然な言葉の切り方は、どうやら気がつかれなかったようだ。
くるりと回る様にグリフィリオスの方を振り向き、にっこりと氷魚が笑った。
「だったら、たまには顔出して下さい。是非」
「いいのか?」
目を見張った後、怪訝そうに眼を細めると、むしろ周囲の方から「全然!」や「大歓迎!」と言った言葉が飛び出してきて面食らう。
「お迎えでも何でもいいんです。迎えに来てくれて、一緒に今日あった出来事を話しながらお家に帰るのは、子供達にとっても、きっととても嬉しい事だから」
少し寂しげに聞こえたのは、気のせいだったろうか。
いつの間にか賑やかな喧騒は消え、誰もが聞く態勢になっていた。
少し遠くの池の方で、子供達が大地の両親と一緒にはしゃぐ声が聞こえる。
だからだろうか、何かがあったのだろう彼女の―――氷魚の事を少し知りたいと思ったのは。
少しでも、他人から知人、知人から近所の友人へと、距離を縮めたいと思う事が許されるならば。
「そういえば、貴殿のご家族は―――」
怜悧な印象さえあるグリフィリオスにしては珍しく、最後が濁された。
だが、氷魚は苦笑するばかり。
「聞いていいものかどうかは分からんが」
「別に隠す事ではありませんから」
お互い距離を測り合う、大人同士の駆け引き。
傷ついても構わないとばかりに率直に語り合う子供の付き合いとは、やはり勝手が違う。
「まあ、もう察しがついてるかもしれませんが、両親は他界してます。ちょっと事故がありまして」
少しだけ、氷魚が俯く。
やはり、いくら時間が経ったとしても、この話をする時は胸が詰まった様に苦しくなる。
そんな彼女を心配したのだろう、仲間達も次々に事情を明かした。
皆、家族はいたりいなかったりだという。
客人に気を使わせないようにという配慮なのか、その声は軽く、時に明るくすら聞こえた。
基本的には独り暮らし……というか、こうして集まって暮らす生活が長いせいか、彼等のほとんどは余り実家に帰らない事が多い。
「家族関係は希薄、って言っていいかもね」
最後に天馬が、実にあっさりとそう締めくくった。
「それにしても『貴殿』って、ずいぶん仰々しいですね」
不意に氷魚がそんな事を口にした。
からかう様な口調に、話題を変えたいという意図が少しだけ透ける。
「どっかの、国の偉い人だったりして!」
続く鳥居のその一言に、どっと場が湧いた。
約1名、笑えなくて顔の引きつった人物がいた事は、ここだけの話である。