第6話:秘密基地への招待 後編
裏側大人サイドの人物たち、登場。
「いらっしゃーーーい!」
「意外に気付くの遅かったな」
「驚いた?」
「実は来るの、待ってたんだよ!」
「どーだ、おもしろかっただろう?」
気が付けば背の高い見知らぬ大人達に囲まれて、大地は目を白黒させた。
その頃地上では、アラームを聞き付けた残りの2人が、慌てて大地の元へ向っていた。
だが、大地のいる筈のトイレは何故か開かず、こちらもパニックに陥ってしまう。
「何が起こった!?」
「わかりません!この家で今、何が起こってるんですの!?」
スイッチを押しても開かない扉をドンドンと叩きながら2人は叫ぶ。
と、そこへナビィがヴ……ンという鈍い音と共に現れた。
『まあまあ、大地ちゃんなら無事だよーん。今から君達も同じ場所に案内するからねー』
ナビィが触れると、トイレの扉は今までの事が嘘のようにあっさり開いた。
『ささ、地下の秘密基地に2名様ごあんなーい!』
押し込められたトイレの中。
次にその扉が開いた時、彼等は別世界へと招待されていたのだった。
「……で、ここはどこなんだよ」
どうやら大人達の悪ふざけに巻き込まれたのだと理解した大地は、むっつりとした表情のまま低い声でそう言った。
「うん、もう気がついていると思うけど、ここがいわゆるあたし達の『仕事部屋』だよ」
「いつ気がつくかなーと思ってたけど、お前ら案外良い子ちゃん達ばっかだから、もしかしたらずっとこのまま気付かれないかと思ったぜ」
氷魚の説明に、ごつい男性がうんうん頷いている。
どうやら子供達は皆試されていたらしい。
「どう?びっくりしたでしょ。楽しかった?」
「心臓止まるかと思ったよ!!」
にこにこしたままの氷魚に、大地が噛みつく。
その様子に大人達が「驚かせすぎたか」「もうちょっと方法を考えないとダメか……?」「アラームはやりすぎなんじゃない?」「けど移動中に外に出ようとされても困るし……」「予告とかアナウンス入れた方が……」などとぼそぼそと相談している。
反省する気は全くないようだ。
「何かあるのかなと思ってたら、ホントに何かあるとは思わなかったよ。大体何で入口がトイレな訳?普通隠し階段とかじゃねーの?」
まだ機嫌の直りきらない大地が、文句がてらそう聞いて来る。
「隠し階段よりは隠しエレベータの方がかっこいいだろう?」
「ねー」
「………もうちょっとこう、なんとかならなかったの?」
エレベータにもなるトイレなんて聞いた事が無い。
「しょうがないじゃん。そこしか設置する場所、無かったんだもん」
ロマンも何もあったものでは無かった。
そうこうしている内に地上に居た残りの2人も到着し、ひとまず自己紹介タイムだという事になった。
「えー、俺がこの秘密結社……じゃなかった開発会社『ドルフィンキック』のオーナー、大和リュウヤだ。主に社の方針を決めたりだとか、各方面との交渉、たまに営業をする事もある」
割と何でもやるぞ、とその男は言う。
染めているのか赤黒い髪に、溌剌とした瞳。
鍛えているらしく、まさに偉丈夫といった感じのする男性である。
「オレは光砂ツバサ。主にハード面を担当している。この辺に置いてある機械類のほとんどはオレが組んだんだ」
そう胸を張ったのは、黒い髪に黒い瞳、黒い服の黒づくめの男性。
リュウヤよりはやや背が低いが、こちらも結構な男前である。
「ボクは雷都天馬。プログラム系は大体僕が担当してるかな。経理関係も半分くらいボクの担当だね」
優しそうな声音でそう言ったのは、色素の薄そうな……いかにもインドア博士、といった容貌の白衣の男性。
男性陣の中では一番年齢が低い……若いそうだ。
氷魚から「公的機関にも顔出してて、ロボットプログラミングの第一人者、なんて言われる事もある位だよ」と説明すると、3人の子供達はあんぐりと口を開けた。
「んで、わたしが水村氷魚。説明はもう良いよね?」
簡単に済ませようとした氷魚に、周囲の仲間達からブーイングが飛んだ。
「あー、基本的にはアイディア担当とでもいうのかな。企画の発案とか、後はまあ実際にテストしたりだとか……」
他にも色々やるんだよー、などと言っているが、要するに雑用、と言ったところだろうか。
少年達の目が一気に生ぬるくなりかけた。
「実際氷魚のネタ出しにはホントに助かってるよ。それが無ければドルフィンはここまで大きくはならなかっただろうしね。それに、他にも氷魚にはやってもらわなきゃいけない事があるし」
「ツバサっ!」
にやにやと何か言いかけたツバサを、鋭い声で氷魚が止めた。
「最後はあたしだね。あたしは平手鳥居。SEの1人で、主に天馬の作ったプログラムの調整担当、と言ったところかな」
不自然になりかけた空気をかき消す様に、最後の1人の女性が殊更明るく「よろしくね」と言った。
「ナビィもね、作ったのは天馬だけど、今主に管理してるのはあたしなんだよ」
『そうそう』
フラミンゴピンクに染められた、ショートカットの女性に、ナビィが『ねー』と仲良さそうな雰囲気を見せ付けるかのように懐いた。
子供達もそれぞれに、
「結城大地です……」
「クルルフィーアですわ」「ロストだ」
と名乗った所で、氷魚が子供達に顔を近づけ、人差し指を顔の脇で立てた。
「一応なんだけど、ここの事は皆には秘密ね」
「みんなって?」
「そりゃあ当然、周りの大人たちでしょう。あ、言っとくけど子供でも、ここにいる子たち以外には教えないでね、じゃなきゃ秘密じゃなくなっちゃう」
どこかのほほんとした雰囲気でそう言う氷魚に、大地はジト目で見返す。
「……ホントに俺達が誰にも言わないって思ってる訳?」
「一応信用する」
「なんか、バレてもいいみたい」
「ふっふっふ」
氷魚達が余裕なのは、これも完全な裏側家業では無いので……というか、半ば趣味の様なものなので、別にばれてもいいと思っているからなのだが。
それに、彼等の親なら口外すまいという目論見というか、そういうものもある。
「わざわざ仕事場地下に造ったのって、何か意味あんの?端末だってこんな凝ったの作っちゃってさ」
ようやくこの状況に慣れて来たらしい大地がそう口にする。
「防音と廃熱とケーブルとセキュリティの関係、かな。他にも理由はあるけど……」
天馬のその言葉に、リュウヤが胸を張った。
「一言でいえばそう、ロマン☆だ!」
……ついていけねえ、と思った大地だった。
「……ここは、以前俺がいた場所によく似ている、な」
それまでずっと黙っていたロストが、不意にそう呟いた。
その表情には、特に感情は見えない。
ただ、当たり前の事を確認しただけの様でさえあった。
「ロスト君……」
気遣わしげな表情を見せたのはクルルである。
眉根を寄せたその表情は、しかし長続きしなかった。
「ふむ?見慣れているというのなら、ボクらのお手伝いをお願いする事も出来るかな?」
意外な方向性になりそうなひと言を天馬が言い、そうして彼等は『ドルフィン』の機密に触れる事となった。
「現在開発中なのはね、『ダイブシステム』って言うの。電脳空間で人間が自由に行動出来る様にする為のシステムで、今の所それは“限られた場所なら”“誰にでも利用できる”ところまで成功してる。いわゆる“意思持ち出現”事件の前まで流行ってたVR技術に近いかな」
「うっそすげえ!マジかっ!?」
氷魚のその言葉に、大地が目を輝かせて興奮する。
先程までの騙されたとかハメられたとか怒っていたのは、すっかり何処かへ行ってしまった様だ。
「ね、試しに一度潜ってみない?」
「いいの!?」「よろしいのですか?」
鳥居がそそのかすと、食いついて来た大地。一方クルルはいまだ困惑した表情だ。
「いいんだよ、元から皆が来たらそのつもりでセッティングしてあるんだから」
ツバサがにこやかにそう言った。
最初から子供達を遊ばせる為にここまで準備していたのだろうという事に気がついて、今度は皆素直に指示に従った。
まるで遊園地のアトラクションに乗り込む直前のわくわくした気分のまま大人達の説明を聞き、氷魚とナビィが誘導すると言うので安心しきって装置の上に横になり、そして彼等は目を閉じた。
「目を開けていいよ」
氷魚の声がして目を開けると、そこには一面の草原が広がっていた。
「まあ……」
「これは……」
「すっげー、すっげすっげ、すっげー!!」
風が頬を撫でる感触、足もとの草を踏む感触。
リアルな触感に絶句するクルルとロスト。
一方、急にはしゃぎ始めたのは大地である。
彼は早速周囲を走り始め、あまつさえ勢い余ってバク宙だの側転だの繰り広げる始末である。
「大地!はしゃぐのは良いけど説明!」
思うまま遠くに行こうそとしていた大地に、氷魚が叫んだ。
「わりぃ!」
慌てて戻って来た大地を見て、氷魚は軽く説明を始めた。
「それじゃいい?今ここに立って目に見える場所だけが安全地帯だからね。その外は行けないし、誰も外から来られない様になってる。ある意味完全隔離の空間だから。だから、ここにいる限りは大体何してもいいけど、遠くにはなるべく行かない事。あと出来る事なら無駄に地面も掘らない!そんなに深くまで“設定”してないからね」
人差し指を立て、そう説明する氷魚の姿は普段とは違い白銀の髪にグレーを基調としたレディーススーツ。それに、真っ黒な眼隠しみたいなバイザーをしていた。
一方少年達の様子は、どこかファンタジー風の貫頭衣を着ていた。
「この服は一体……?」
「まあ適当に設定させて貰っただけだから気にしないで。気分だけでもRPGって事で」
「「「RPG!(?)」」」
ちなみに意味が分かって興奮したのは大地だけである。
「お父様が来ていた服に似ているかもしれません……」
それだって大分豪華さや素材などが違う訳だが。
幼い頃、剣の練習を見せて貰った時の胴着に似ているかもしれない、とクルルはひそかに懐かしく思った。
そういえば、巫女として神殿に入る前に一度だけ城の外に出た……その時の外の風景に似ている気がした。
風がざあ、と吹き、クルルは慌てて髪を抑えて空を見る。
例え造り物だと言われていても、彼女には、あの日見た故郷の青い空と同じ色に思えた。
「感触なんかはリアルに再現されてると思うけど、きつかったり痛かったりして無い?」
「特には」「「大丈夫」」
「リアルと区別が付きやすいように、今回は触覚だけONにしてあるからね」
そう言われて思わずクンクンと袖を嗅いでみる。
「本当に臭いが分からないな」
「不思議、ですね」
しゃがんで草の匂いも感じてみようとしたが、やはり何も感じなかった。
「なあねーちゃん、壁がどうにかなったら?」
好奇心が抑えられなくてそっと『壁』ぎわに近づいて行く大地。
氷魚や仲間達は、他にする事も無かったため、大人しくそれについて行った。
限界地点でそっと『壁』を撫でながら感動していると、姉はずいぶん物騒な事を口にした。
「無差別に襲い来る情報と、敵意を持ったプログラムの攻撃にヤラレて頭パーン☆」
おどけた氷魚とは対照的に、青ざめた子供達であった。
その時何か―――、
何かが突然大きな音をたてた。
『“何か巨大な質量”が壁を壊しに来てるよ!』
とナビィが叫んだ。
ガツンガツン、と揺さ振られる感覚。
見えない何かがこの空間に攻撃を仕掛けて来ている様だ。
さっきの氷魚の言葉を思い出し、少年達は気が気では無い。
『頭パーン☆』
冗談では無い、こんな所で死んでたまるか。
だが普段と違い、今の彼等には身を守る術は何一つありはしないのだ。
「意外に早く気付かれたな……」
ぽつりと氷魚が零し……振り向いて「帰るよー」とだけ言った。
攻撃を受けているという割に、その表情に焦りはない。
炎と雷が視界の端に見えたその瞬間、気が付けば彼等は機械の上で横になっていた。
『んー、なんでかなあ、黒い竜とー、真っ白な角の生えたペガサスとー、真っ赤に燃える雷をまき散らす鳥がいてねー?』
電脳空間内で自由に動けるナビィが『壁』の外へ向った後、「どうにかして追い返したよー」と報告に戻って来た。
「んー、ふっふっふ、なあにがあったんだろうねえ~」
「やあ、気になる事でもあったのかなあ~?」
「いやあ、これも1つの愛というヤツか~?」
妙に白々しい空気の漂う中、子供達は顔を見合わせた後、黙秘を続けていた。
大人達は皆、“彼等の事情”を知っていた。
そして今回“彼等の守護獣”―――エンドラゴンにユニペガサス、サンダーフレアフェニックスの3匹が、電脳空間にいる筈の無い主達の気配を感じて慌てて異世界から飛んで来た事も気付いていた。
ナビィは力技で追い返したのではなく、彼等に事情を説明し、円満にお帰り頂いたのである。
ニヤニヤしながら見守っている大人達の様子に、ついぞ気付かない子供達であった。




