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蒼歴前夜  作者: 深月 涼
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第5話:秘密基地への招待 前編

 いつもの様に―――そう、本当に毎日の様に坂の上の一軒家に遊びに来るようになった少年達は、今日も今日とて“近所のお姉さん”の家に遊びに来ていた。

 普段と違うのは、少年の中の1人―――大地が何か細かい作業をしているというところだろうか。

 暑い日向を避け、木陰に集まっていた少年達の目の前には、宙に浮かぶ半透明のモニタ。

 手に持った『端末』と呼ばれる小型の携帯コンピュータとも呼べるそれを操作し、いくつかの画面を表示させる。

「これ全部をお姉さまが?」

「全部1人でやった訳じゃないだろうけど、関係してるのは確か。この中のどこを担当して作ってるのかまでは俺にも分かんねーけど」

 感心した様に息を吐くクルルに、大地も頷く。

「姉上は凄い人なのだな」

「俺もびっくりだよ。こんなの作っちゃうなんてさ。よっぽど……」

 何かを思い出した様に少し顔を顰めた大地。

 ためらう様に留められたその言葉の続きを、ロストが気付かず続けてしまう。

「子供が好きなのか、か?そうだな、今のこの状況で余暇や遊戯に技術をつぎ込む余裕など、よほどの理由が無ければありえないだろうな」

「よほどの理由、か」

「……どうかなさいまして?ダイチ」

 暗い表情に気付いたクルルが大地の様子を窺うが、それに気付いた大地もまた、表情を消してしまう。

「いや、なんでもねーよ。あっつくなって来たしさ、続きは家ん中でやろーぜ!」

「そうだな」「はいですわ」

 いつも通りにリーダーシップをとる大地に、残る二人が、これまたいつも通りに頷いた。


「おっじゃましまーっす」

「おじゃまします」「おじゃましますわ」

 三者三様の挨拶を口にして、表の縁側から居間へと上がる。

 広い座敷には小さなちゃぶ台があり、その上には3人分の麦茶が用意されていた。

「お姉さま方は、どちらにいらっしゃるのでしょう?」

「姉ちゃん達今日は仕事だって言ってたからな。どっかその辺にいるんじゃね?」

「しかし、まるで人の気配がしないのだが」

 不自然に静まり返った家の中には、現在自分達くらいしか人の気配がしない。

 ナビシステムのナビィでさえ、沈黙を保ったままだ。

 仕事中だというのならそれも当然なのかもしれないが、いつか見たように複数人の大人達がいるというのならば、この状況はあまりにも静かすぎた。

「そういえば、仕事とは言うが、この家のどこで仕事をしておられるのだろうか」

 麦茶を口に運びながら、ロストが疑問を口にする。

「平屋なのに、いっつもひと気がねーんだよな、この家」

「先ほどご挨拶をした時も、出て来られたのはお姉様とナビィさんだけでしたし……奥の方にでもいらっしゃるのでしょうか?」

 クルルも首をひねる。

 すると、何かを思いついたように大地がこう宣言した。

「よっし、ならその秘密、暴いてやろうぜ!」


「また探検か?しかし、仕事の邪魔になりはしないだろうか」

「大丈夫だって!姉ちゃんからも、好きに家ん中使っていいって言われてたしさ!」

「そういう問題では無いと思うのだが……」

 ロストの懸念をも、笑って吹き飛ばす大地であった。


 結局、3人は家の中で探検を始める事にした様だ。

「まずは玄関からだよな!」

 住宅地を抜け、坂の上まで続く道の終わりからガレージ脇にある階段を上り、裏の庭に比べればささやかと言っていい庭を横切った先にある、家の中央向かってやや右側に設けられた広くも狭くも無いごく一般的な玄関である。

 引き戸になっているのがやや時代を感じさせる、とでも言えば良いのか。

 とにかく、何かを隠すようなスペースも仕掛けもなさそうな、何の変哲もない玄関だった。

 入り口を入ると、下駄箱の上にこれまたレトロな―――かつて電話と呼ばれたそれに似た形状の端末が置いてあり、呼び鈴や他所と連絡を取る際に使われている様だ。

「これといった要素はなさそうだな」

「んじゃ、次行くか」

「はいですわ」


 入口から真っ直ぐ北側へ。

 入ってすぐの右手は、広い窓が特徴の応接間だ。

 洋風……というよりは和洋折衷とでも言った方が良さそうなその場所には、西洋人形(ビスクドール)や市松人形をはじめ色々と飾ってあり、絵画なども含めると結構な点数になりそうだ。

 絨毯の色も濃い目の色をしているせいか、やはりここでも相当な古さを感じてしまう。

 実際に物が古いのではなく、恐らくそういった古さを感じさせる物を集めるのが趣味なのだろうと大地は思っている。

 あまりじっくりと他人の家を見る機会もそう無い残りの2人は、機能的で近代的な大地の家とはまた違う趣に、始終口を開きっぱなしであった。

 当然ながら、ここにも人の気配は無く。

「んじゃ、次は台所か?」

「だな。だが、恐らく何もないとは思うが」

「とりあえず行ってみましょう」


 北東の一番奥にはキッチンがあった。

 水回りというせいもあってか、どことなく薄暗く、じめっとした印象だ。

「冷蔵庫の中……は後回しでいいか」

「ダイチ、よそのお家の冷蔵庫の中身を見るなんて良くないですわ」

「いいの!こういうのはお約束なんだよ」

「……どう、お約束なんだ?」

 いまだに世事に疎いロストが首を傾げると、「もう!余計な事教えないで下さいませ!」とクルルが慌てた。


 キッチンの西側にあるバスルームもついでに覗く。

「いたって普通だな」

「お前普通とか分かんのかよ」

 一般常識に疎い筈のロストに、素早くジト目で大地がツッコミを入れた。

「シャンプーとかバスソルトですとか、いっぱいありますのね」

 クルルが女の子らしくうきうきとそう言うと、大地がその中の一つを手にとって「姉ちゃん達良いの使ってんなあ」と呟いた。


 キッチンから南側に少し戻った廊下の右の部屋は、先程までいた居間にあたる。

「この家ん中だとここが一番広いんだな」

「縁側もありますし、隣の部屋ともつながっていますしね」

「これを外せばもっと広くなりそうだな」

 ロストが隣と繋がるふすまに触れると大地が「それ外れるぜ」と言って近寄る。

「まあ、今は何もないから触っちゃダメだけどな。ちょっと浮かせて少しずらせば外れるんだよ」

 浮かすだけの実演をして見せると、2人が「まあ」とか「おお」とか言いながら目を見張った。

「だが、それではただ広くなっただけ、という事になりそうだな」

「んー、何もなさそうだな」

 ロストと大地が揃って唸る。

 ぐるりと見渡しても、あるのは端末用の大きなモニタやら、さっきまでくつろいでいたちゃぶ台やらで、変わったものと言えばそうなのかもしれないが、人を隠す様なものは何もありそうになかった。

「何かあるならこの辺だと思ったんだけどなあ……」

 隣の部屋は寝室になっているらしく、箪笥や押入れがあるだけの部屋だった。

 個人的なものが見当たらなかったので、客用かもしれない。

 外に目を向ければ、日当りのいい縁側と眩しい空だけ。

 高い場所にあるせいか、坂の下の住宅群は視界には入らない。

 僅かに植えられた植え木が、かすかな風に吹かれてさやさやと音を立てる。

 部屋から外を見ると逆光のせいか視界が薄暗く見え、不思議な感覚に包まれた。

 ―――どこからか、蝉のじーわじーわという鳴き声が聞こえた気がした。

「大地?どうしたぼんやりして」

「わり、今行くっ!」

 友人の声に自分を取り戻した大地は、慌てて彼の元へと駆け寄って行った。


「ここは、何でしょうか……?」

「物置?」

「それにしては荷物が少ないな」

「あれ、端末では?」

「配線がある……って事は、あんまり立ち入らない方がよさそうだな」

 大地のその言葉に、一同は外に出た。

 縁側を通り、再び薄暗い廊下に続く入口にあったその部屋は、どうやら誰かの個人部屋らしい。

 居間に負けず劣らず広いその部屋は畳敷きで、雑多な何かがごちゃごちゃとおいてあり、今までの公的、共有的な場所とは明らかに趣が違っていた。

「あれ……、BB(バンブレ)から出てる『カオスブレード』の模型(フィギュア)だ」

 端末の横に飾られてある機械兵士のモデルに、大地が気付いて少し驚いた声を出した。

「あっちにもなにかありますわね。女の子……のお人形?」

「!クルルお前ここにいちゃダメだ」

 何か危険物を見たらしい大地が、慌ててクルルの背を押して反転させる。

「何があった?」

「視覚的にヤバい物。主に女子供は見ちゃいけない的な意味で」

 端的なその回答に、事情の分からない2人は頭に疑問符を浮かべるばかりだった。


「まあ!」

 部屋を出て、今度は北側に向かう。

 西の最奥の部屋はどうやら女子部屋の様だった。

「……クルル、入ったら殺されるぞ」

「ええっ!?」

 驚くクルルの横でロストが「ほう」と、感心した様に頷いている。

 この家では珍しい洋間で、可愛らしい柄の絨毯が敷いてあった。

 ベッドは部屋の両端に2台設置されており、中央にはローテーブル。

 どうやらこの部屋では、絨毯の上に直座りらしい。

「あまり長居するのは不味いな」

「……まあ、そうだな」

 興味深そうに瞳を輝かせるクルルとは対照的に、顔色のあまりよくない大地。

 それに歯切れ悪くロストが同意して、そそくさと一行は部屋を後にした。


「けど、ここでもないとしたらどこなんだ?」

 西北の最奥は、もう手洗い……トイレくらいしかない。

 特に変哲もなく、別に広い空間が隠されている訳でも無い。

 しいていうなら引き戸になっているのが変わった点だろうか?

「とりあえず探検はいったん終了、だな。居間に戻ってみようぜ」

「そうだな」「わかりましたわ」

 頷く2人に「あ、ちょっと待って。俺こっち用済ませてからな」と大地がトイレを指差した。


「ふいーっ」

 2人と離れ、用を済ませた大地は改めて考えてみる。

「んー、隠し階段とかあんのかと思ったけど、そうじゃなさそうなんだよなー……」

 間取りを考えてもおかしな場所は無いし、不自然に設置されているインテリアも……多分なかった。

「しょうがねえなあ。姉ちゃんに聞いてみようかな?つかこれだけ探してどこにもいないって、ねーちゃん達ホントどこ行ったんだよ……。んー、やっぱもう一回探してみるか……?」

 考えながらペーパーホルダーに手を伸ばしかけた大地は、そこで不自然なものを見つけた。

「あれ、ボタン……?」

 灯りを付ける為のスイッチならば入口にある。

 鍵をかける為のスイッチも同様に。

 水を流したり、用足しの際の音を隠す装置も便器に付属する形であった。


 では、……これはなんだ?


 押してくださいと言わんばかりのそのボタンを、大地は深く考えずしっかりと押し込んだ。


ビーッ!ビーッ!


 けたたましく鳴り響くアラームに、大地は慌てた。

 思わず衝動的に押してしまった事を深く後悔するが、もはや後の祭りである。

 慌てて外に出ようとするが……、

「何で開かねーんだよ!?」

 扉には掛けた覚えのない鍵がいつの間にか掛かっていて、いささか乱暴にガチャガチャと開けようとしても、まるで開く気配が無かった。

 当然のことながら、鍵のスイッチは押しても何の反応も無い。

 そうこうしている間に、何処からかモーター音が聞こえて来て、

「!!??っねーちゃん!?ねーちゃん!!」

 不意に下っ腹に妙な浮遊感を感じた大地は、何が何だか分からなくて半泣きになった。


 どれくらい経ったであろうか、時間にして約数秒、いや数分か。

 ようやくアラームが止まり、あの妙な感覚も落ち着いたようだ。

 シュッと軽い音がして、自動で扉が開く。

 ――――――そこは今までいたあの明るい世界とは真逆の、まるで真夜中の国にでも来てしまったかのような、真っ暗な世界が広がっていた。

「……な、なんなんだよ、ここ……」

 突然の変なアラームと開かない扉、妙な感覚ときて、今度は真っ暗闇である。

 普段は何にでも恐れずに飛びこんでいく大地だが、さすがにこの訳のわからなさのオンパレードにはすっかり参ってしまったらしい。

 パニック寸前の大地は、それでも恐る恐るこの真っ暗闇の世界に一歩、また一歩と足を踏み出して行く。

 暗闇に目が慣れると、少しずつ周囲の様子が見えて来た。

 壁には大きなモニタらしきもの、部屋の中にはまるで宇宙船や管制塔によくありそうなコンソール。

 ……訳が分からない。何でこんな所に来ちゃったんだろう、もしやここは悪の巣窟だろうか?一人で来ちゃったのか!?帰れるのか!?

 混乱の極みの中、何歩か歩みを進めた時……急に眩しい光が溢れ、大地の目を灼く。

「「「ようこそ、秘密基地(ひみつきち)へ!!」」」

 その光の中、複数人の男女の声が聞こえたのだった。





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