第65話 子守唄
◇◇◇
寝台が激しく軋み、セリヴァルの高い声が響き渡る。
スティルクによって身体に刻み込まれた快楽が悲鳴を上げている。セリヴァルが幾度となく限界を迎えても、スティルクは果てることなく突き上げ続ける。
「セラさんの声……もっと聴きたい……」
「ス、ティルク……」
それは互いの愛を確かめる甘い睦み合いなどではない。
彼が絶対に欠かさなかった口づけも、耳元に囁いていた愛の言葉もない。背後から降りかかるのは、荒く熱い吐息だけ。
ただ彼の思考を絶望から上塗りするためだけの、逃避の悦楽。
それでもセリヴァルはスティルクを受け入れ続けた。
汗ばむ肌が、火照る身体が、生きていることの証。
それに縋る彼の苦しみが、茨のように胸を締めつける。
何度目か分からない限界に背すじがしなり、きつくシーツを握りしめた。
それと同時に、彼の動きが止まる。
「……スティルク?」
振り返ろうとすると、背に小さな重みが落ちた。
柔らかな髪が背中をくすぐり、彼が額を預けているのだと悟る。
「──っ」
次いで伝わったのは、熱い雫と、押し殺された震える声。
「みんな……みんな、死んだ。どうして……あんなに優しい人たちが死んで、僕だけが生きているんだろう……。みんなが受けた苦しみは、僕だけが受けるべきものだったのに……」
「それは違うわ、スティルク!」
「違わない!!」
強く被せてくる声に息を呑む。
スティルクは荒く息を吐き出し、セリヴァルの身体をきつく抱きしめたまま続けた。
「僕は生まれ育った村の人間を殺し尽くしました。女性も、子供も、老人も関係なく……。アヴリオンと同じです。戦う力のない人たちを、僕は一方的に虐殺したんだ。あの村を出てからも、たくさん殺した。……あの人たちは、エルディンガルのみんなは、ただ愛してくれただけだったじゃないか! 命の責を負うべきは……僕だけだ」
悲痛な叫びが胸に突き刺さる。
滅びの罪を負うべきはセリヴァルとて同じことだった。
人非ずの尊きものは人間の倫理の外で生きている。かつての神々による神罰も、人の世には相応の災害でしかない。然れども、セリヴァルが非戦闘員ごとまとめてアヴリオンを沈めたことに変わりはない。
狙ったのは城周辺のみのつもりだったが、怒りに任せた力の放出は加減が利かず、城下町のみならず都市全体にまで被害は及んだのだ。
一体何人の命が失われたことか──。
(けれど、彼が欲しいのは……そんな数の理屈じゃない)
短く息を吐き、セリヴァルは明瞭に告げた。
「みんなじゃないわ。フィヨルと赤ん坊のラーシュ、それにリンガも生きている」
「え……?」
──女子供は、先に村を脱出した。
命の燃え尽きる直前、ファイカンが告げていた通りだった。幾人かの村人は魔術砲撃が撃ち込まれる前に、隠れ里へと向かっていたのだ。
それでも犠牲となった者もいたが、先導していたリンガやそれに守られていたフィヨルとラーシュ、他にも数人の人間が生きていることを、セリヴァルは風の精に伝え聞いていた。
「ほん……とうに……?」
小さく震える声に頷き、セリヴァルは目を閉じた。
「えぇ。そこに、あなたが生き残った意味がある」
スティルクの瞳が揺れるのが、見ずとも分かる。
心が軋む。
その本心を見せることもなく振り向き、微笑んだ。
「だから今は、休みなさい」
言葉を返されるより先に、セリヴァルは清涼な声で唄を紡いだ。
眠りなさい 小さき胸よ
風は歌う 夢の舟を
朝日を迎え 光を抱きに
嘆きの涙は 夢の芽を育む
「待っ……セラ、さ……ん……」
古の精霊の子守唄をまともに聴いて抗える人間などいない。ましてや、心身の疲弊した今の彼にはその気力もない。
穏やかな唄声を受けたスティルクはすぐに深い眠りへと落ちていった。
「おやすみなさい、スティルク。愛しているわ」
二度と告げることのない言の葉を落とし、セリヴァルは眉尻を下げた笑みを浮かべた。




