プロローグ
◇◇◇
古の霊脈が満ち、真白い雪と静寂に包まれたシルバルク山脈の洞窟。薄明かりが岩肌を照らし、微かに揺れる影が静かな冷気に溶け込んでいた。
洞窟の奥、冷えた石の上に片足を投げ出して座る風の準神ヴィルカインは、立てた片膝に頬杖をつきながら目を細め、その先で小さくなる美貌の女性をじっと見つめていた。
その視線を浴びながら、妻のセリヴァルは正座してうなだれ、まるで叱られるのを待つ子供のように肩をすぼめている。
「セラよ。先程も言ったが……ここ数日に亘って、エインハイムの山の主から遣いが来ておった。身に覚えはあるのであろう? あの山も今では貴重な清浄なる霊山なのだぞ。何をしたのだ?」
「何をしたと言われましても……山自体には何も……」
翠玉の瞳をしゅんと伏せ、セリヴァルがごにょごにょと答える。
常日頃から自由に世界を旅してまわっている妻は、シルバルク山脈に帰ってくることはそう多くない。
数年間帰ってこないことも珍しくはないが、悠久の刻を生きる者同士、ヴィルカインがそれ自体を咎めることはなかった。
今回も彼女は山を留守にしていたが、エインハイムの山からの遣いを受け、ヴィルカインが彼女を探し出して捕獲してきたのだった。
「古き山の主がわざわざここまで遣いを寄越しておるのだ。何もしていないということはあるまい」
対価を受け取り、人々の願いを叶える古の魔導士。
人の世に伝承のように名を残すセリヴァルだったが、こうなっては形無しである。
(此奴を伝説の魔導士として称える人の子らの中に、これほど情けない姿を知る者が一体どれだけいることかのう……)
ぷるぷると肩を震わせながら、彼女は観念したようにぽそぽそと呟く。
「百……何十年か前のことでして……」
「たわけ。お主、百何十年もわしに何か隠しておったのか」
「隠していたわけではなく……エインハイムのことは言い忘れてて……」
言い訳にしか聞こえない言葉だが、妻にとってはそれが事実なのだろう。
自由奔放に生きている彼女のことだ。本気で言い忘れていたに違いない。
「で? この際だから全て話すが良い」
盛大にため息をついて促すと、彼女はおずおずと話し始めた。
──それは風の化身でもある妻セリヴァルと、とある一族の男との出会い。そして、大罪の告白だった。




