1.出会いと拒絶
気持ちの良い朝を迎えたので、外に出て思い切り背伸びをしている。
今日が大事な日だという自覚はあるのに、慌てても仕方ないと鼻歌なんて歌ってみたりして。
「リゼお嬢様っ。お願いですから、諦めてドレスに袖を通してくださいよ〜」
侍女の言葉に、にっこり微笑んで「仕方ないわね」と返答した。
「別に逃げてるわけでもないし、嫌な訳じゃないのよ?」
「……なら、もっと支度に前向きになって頂けませんか? 馬車に遅れたら、叱られるのは私なんですから」
「はいはい。どうせ、私が行ったって無駄なのにね」
「それは分かりませんよ! わざわざ、こちらの国まで番い様を探しに来るくらいですから。どこにチャンスが転がってるか」
……それで、番いだと言われても、ね。
「スウィーデンの第二王子殿下のどこに不満が?」
「不満なんじゃなくて、無駄足と言っただけよ」
どうせ、会場には大勢の着飾った令嬢が溢れて、欲の強い者は前へ。そうでない私のような者は、壁へ吸い込まれるだけ。
番いを一瞬で見分けるなんて話、所詮おとぎ話でしょ。
――お父様と揺られた馬車が、気乗りしないまま到着してしまった。
我がウェルガリア王国に、わざわざ番いを探しに来た第二王子のために、陛下が用意した離宮。見つかれば、両国の繋がりが強くなると手厚い待遇らしいけれど……それにしても、離宮に並んだ馬車の行列に唖然としてしまう。
並んだ馬車を横目に、少しの距離を歩いて離宮の中へ足を踏み入れた。
こうして解放されたのは、初めてなんだとか。
豊かで美しい庭園に、噴水が映える。
「失礼致します。お嬢様方こちらへ、どうぞ」
用意されたガーデンパーティの会場に進むと、前方から頭を下げていく令嬢に合わせて、少し視線を落とした。
顔を上げた先にいたのは、噂通りの王子らしい、柔らかな微笑みと隙のない所作。
――あぁ……非の打ち所がない王子様。
「……今日は、楽しんでくれたら嬉しい」
その声音は穏やかで、どこまでも優しい。
彼を囲んだ令嬢たちを、少し離れた場所から眺めていると、どこからか視線を感じた。
辺りを見回してみても、視線の元に辿り着けない。
しばらく令嬢観察をしながら、デザートを口にしていると――
「……失礼ですが、お名前を聞いても?」
頬張ったままの顔で、目の前に第二王子がやってきた。
慌てて飲み込んだ口元を拭いて。
「リゼ・フランセス……です」
差し出された手に、一瞬だけ迷ってから応じた。
触れた、その瞬間。
――息が、二人して……止まった。
ほんの一瞬、けれど確かに。
「……っ」
王子の指先が、わずかに強くなったのに、すぐに離された手。
そして、何事もなかったかのように微笑んで、「この後も、お楽しみください」と言う。
微笑みの奥に見える拒絶に、私が気付かないとでも?
一歩後ろに下がって、視線を逸らさずに、静かに告げる。
「ありがとうございます。ですが……ご安心ください。殿下のご迷惑にならないよう、こちらで失礼します」
私の言葉に、王子の笑みが一瞬だけ止まった。
「……そうか」
静かに落とされた声は、柔らかさはあるのに……覇気はない。
「それは、助かる」
やんわりとした言い方で、これ以上、近づくな……そう言われているのと、変わらない。
「番いなんて……いらないんだ」
ぽつりと零れたその言葉は、独り言のようでいて――まるで、私に突き刺すように聞こえる。
下を向いて小さく息を吐いた王子は、何事もなかったかのように微笑んで「……失礼する」と、背を向け、理想の王子のまま去って行った。
遠ざかっていく背中を見送りながら、私も小さく息を吐いて、振り返る理由もないから馬車へ歩みを進めた。
それにしても……触れた瞬間の、あの違和感。
「なんだったのかしら……。まぁ関係、ないわよね」
手をまじまじ見ながら、誰に聞かせるでもなく呟いた。
選ばれないのなら、近付かない。望まれないのなら、応えない。
それだけのことよ。
***
――最悪だ。
人の波から離れた瞬間、小さく息を吐いた。
妙にうるさい鼓動に、落ち着けと命じても……身体が言うことを聞かない。
……胸元を押さえて、呼吸を整えるのに、あり得ないくらい動揺している。
先ほどの令嬢。リゼ・フランセス――名前を反芻しただけで、指先に残る感触が蘇る。
触れた、あの瞬間。まるで――
「……馬鹿げている」
拳を握って、固く瞼を閉じた。番いは、確かに存在するし、出会うことが自分のためだと散々言われてきた。
だが、それに縛られる価値があるとも思っていない。
理性を奪い、選択を歪める関係など――
「俺には、必要ない」
決意みたいに口にするのに、視線が無意識に人混みの向こうを探していた。
もう姿は見えない。
それなのに、どこにいるのか分かる気がしてしまう。
「……くだらない。必要ない」
例え同じ言葉だとしても、口にしないと、この本能に勝てる気がしない。
……こんなものに、呑まれるつもりはない。
「俺は、選ばない」
そう言い聞かせても――視線は、まだ彼女を探していた。




