ナイチンゲール 後編
翌日。
「……すごい」
ハンガーへの搬入作業が開始され、にわかに騒ぎ出した周囲の片隅で、裕樹は目を丸くして、梱包を解かれ始めた“物体”を食い入るように眺めていた。
今まで裕樹が見てきたどのメースよりも分厚い重厚な装甲。
角が突き出た小さな頭部。
愛想のかけらもない単眼。
異様な雰囲気を一言で言えば、楯を全身に纏った魔物。
それは、裕樹の感覚からすれば、神に反した悪魔の強さを持つ魔神だった。
ナイチンゲールなんて可愛い名前だから、どんな貧弱なメースが来るんだろうと思っていたら、こんなバケモノが出てくるなんて!
裕樹は不思議な興奮に身体を震わせながら、整備員達の作業を見守る。
僕が、こんなスゴイ騎体を操るのかぁ!
身体の奥から沸き上がってくる興奮に、握られた拳が熱く震える。
裕樹の中にある騎士の血が沸き上がってくるのだ。
ああ―――早くコクピットにだけでも入れてもらえないかなぁ。
「こら」
コンッ
後頭部に固いモノが押しつけられた。
振り向くと、宗像がバインダーの角で裕樹の頭を小突いていた。
「受取書類、書き方を間違っているぞ。エロガキ」
「えっ?」
「ここと、ここのチェックが入っていないぞ?」
「ごめんなさい。お姉さん」
裕樹は書類を受け取り、言われた場所にチェックを入れた。
「ねぇ」
「何だ?」
「ナイチンゲールなんて、どうして看護婦さんの名前にしたの?」
「看護婦?」
「え?あの……」
「バカ」
クスッ。宗像は小さく笑った。
「言うと思った」
「むぅ……?」
「“夜鳴きうぐいす”―――知らないか」
「夜泣き蕎麦?」
「落語やってるんじゃない」
「それ、時蕎麦」
「うるさい、覚えておけ。
芸の種になるはずだ。
ストラヴィンスキーの歌劇と、そこで演奏された交響詩が、“ナイチンゲールの歌”だ」
「ああ、ナイチンゲールって名前、歌からとったんだ」
「それも違うだろう」
宗像は、誰かの視線を感じ、辺りを見回してみるが、誰もいない。
「ナイチンゲールは、西洋ウグイスとも呼ばれている鳥だ」
「ウグイスって、あのホーホケキョの?」
「そうだが」
宗像は不快そうに言った。
「とりあえず、話の腰を折るモノの言い方はやめろ」
「あ、ごめんなさい。お姉さん」
裕樹が頭を下げたところで、ハンガーの入り口からユースティアが入って来た。
メイド服に手にはバスケットを持っている。
この世界と服装が合わないことは甚だしい。
梱包の解除が始まったメース達を一瞥すると、ユースティアは宗像と裕樹の前で立ち止まり、優雅なまでの一礼を行った。
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう……外出ですか?」
「はい―――ティアリュート様のお着替えと、何でも、私をいれて5人分の食事を準備して来るようにと」
「ほう?」
「……ちなみに、これは?」
「ナイチンゲールと言います」
裕樹がニコニコと微笑みながら言った。
「ナイチン……?」
「人間界の鳥の名前です」
「へえ?」
ユースティアはちょっと首をかしげた。
「普通、メースや武具の名付けに鳥は避けるんですけどねぇ……」
「そうなんですか?何故?」
「さぁ?……縁起が悪いとか……クスッ。魔界の風習です。人間界では、何か良い名前なのですか?」
「あまり」
宗像は苦笑いを浮かべて言った。
「有名な従軍看護婦の名前にありますが、基本は小鳥です。よい声で鳴くことで知られていますが、夜行性のために、死を告げる鳥、夜鳴鶯とか、墓場鳥とも言われています」
「まぁ、恐ろしい」
ユースティアもびっくりした顔になった。
「どなたが名前を決めたのかしら?」
「余程、人類の文化に興味がおありのようですけどね」
宗像は、ナイチンゲール用に準備されたんだろう、ウェポンラックに並ぶ武装の一つに目を留めた。
「大型ビームバルカン……人類のデータがフィードバックされた武装がまた増えたか」
「数千年の時の中で」
ユースティアが答えた。
「人類が最も進化させたのは人殺しの道具ですから……」
ユースティアは、ハッ。となって頭を下げた。
目の前にいるのが、その人類だと思い出したからだ。
「失礼いたしました。あの……」
「わかってます」
宗像は頷いた。
「その通りですから」
「で、でも」
裕樹が話題をそらそうと、二人の間に割って入った。
「死を告げる鳥なんて、怖いね」
「ジョン・キーツの詩“ナイチンゲールに寄す”は素晴らしいぞ?」
「何?それ」
「暗闇に私は何度も聞く。
私は安らかな死に憧れた。
死を詩的な言葉で呼び、安らかに息を引き取りたいと。
いつにもまして死は豊かなものに思われる。
真夜中に苦痛なく死んでいきたい。
それなのにお前は声をはりあげ、恍惚のうちに叫ぶ。
お前の歌を聞くための耳を、私はもう持たない。
お前の高らかな鎮魂歌に送られ、わたしは土に帰る」
裕樹の問いかけに、朗々とした声で、そんな詩を暗唱してみせたのは宗像だ。
男性のように低い、アルトに近い声が、ハンガーの中を軽やかな風のように駆けた。
聞き惚れる裕樹に、宗像はバツが悪そうに言った。
「ナイチンゲールに関する文学的知識と言えば、私にとってこの詩くらいなものさ。
高らかな鎮魂曲って一説が好きだったにしても、中学時代の文化祭で謳わされた詩を、意外と覚えているものだ」
「お姉さん……詩、上手だねぇ」
裕樹の口から本音が出た。
「台詞回しさせたらスゴそう」
「世辞が過ぎるぞ、武蔵屋」
「宗像様、それは?」
「人間の詩です。亡き女を想い、死者を導く夜泣き鳥の声を求める男の気持ち……そんなところですか」
「ロマンチックなお話なのですね」
うっとりとした声でユースティアは言った。
「そんなロマンチックな夜を、私もティアリュート様と過ごしたいです。大人の女同士、ガチで」
「お前は決して死ぬことはない 不滅の鳥よ。
お前は足蹴にされたこともなかった。
今宵わたしが聞く声は古代の帝王たちも聞いた声だ。
その同じ声はルツの悲しい心にも響き、故郷を思う余り異郷の地に涙したのだ。
そして時に魔法の扉を開かせ、寂寥とした妖精の土地に危険な海の泡を見せたのだ」
別室の一角、詩を口ずさみ、居合わせたスタッフ達の耳を心地よく刺激するのは、ダユーだった。
宗像の口から編み出された詩の続きだとは、誰も気付かない。
宗像達の動きを別室から眺めている場所は、騎体の最終調整を行う司令管制室。
ダユーの見る限り、搬入作業は順調だ。
「そういえば、あの騎体。人間の騎体を参考にしたのですよね?」
ダユーの前で騎体のチューニングバランスを確かめていた技官が訊ねた。
「ええ。人類側のデータや鹵獲騎をかなり参考にさせてもらった。
そこから生まれてきた“この子”も、コスト削減の意味から、ほとんどのパーツをサライマやヤクトエッジ辺りから流用させてもらってもいるけれど」
「寄せ集めってヤツですか?」
「まぁ、そうね。人類の言う重装甲型っていうのは、前から興味のあるコンセプトではあったし」
「成る程?メースへの技術転用出来そうな所はありましたか?」
「まさか」
ダユーは笑って否定した。
「ロートル過ぎて理解に苦しむような所ばかり。せいぜい参考になったとすれば、運用戦術くらいかしらね」
「成る程?使い方だけは、そう変わりませんからね」
「そう……これからの戦術転換によっては、部隊もシールドに頼る現状から、重装甲重視タイプへと変更することも考えないと。いつまでもシールドに頼っていると、デッドウェイトな上に左腕のバランスやモーメントが崩れちゃうし」
「基本フレームはヤクトエッジです。強襲型に分類されるヤクトエッジを重装甲タイプに転用した場合のフレーム・テストベッドが、あのナイチ……なんでしたっけ?」
「ナイチンゲール」
「ナイチ……ンゲール。人間の発音は難しいな。とにかく、そういうことですか?」
「まぁ、そういうことね」
「ちなみに、ナイチンなんとかって、どういう意味なんですか?」
「知らない方がいいわよ?」
「そんなおっかない意味が?」
「ううん?単なる鳥の名前」
「まさか、食用ですか?」
「観賞用ね……多分」
「へぇ?」
ダユーは内心で笑った。
ナイチンゲール。
その名を与えたのは、自分だ。
気付いたのは偶然。
プラツゥルの部屋の疑似環境世界に流れた鳴き声がきっかけ。
宗像が好きな鳥の鳴き声だというから、驚かせてやろうと鳥の情報を調べて、“それ”を知った時はちょっと笑ってしまった。
あの宗像のいきつけの場所で、あの宗像が好きな鳴き声を上げる私の“籠の鳥”。
「―――籠の鳥なる梅川に焦がれて通ふ廓雀」
ポツリと、ダユーの口から零れた言葉に、技官は覚えがなかった。
「はい?」
何かの暗号か、或いは指示か?
思わず訊ねた技官に、ダユーは苦笑いと一緒に詫びた。
「独り言よ」
まさか宗像も、“ナイチンゲール”に込められた“本当の意味”までは知るまい。
そんな確信に近い思いが、ダユーにはあった。
でも?
そんな悪戯心が鎌首をもたげる。
“本当の意味”を知った上で、それでも乗るとしたら?
宗像という女は余程神経が太いのかしら。
それとも覚悟の出来た女?
無知なら……私はそんな女を“愛し”はしない。
そうだ。
ダユーは決めた。
テスト運用の結果を、今晩のベッドで聞いてみよう。
その時の反応から探れば良い。
人間なんて、簡単だ。
そう、ほくそ笑むダユーの前で、ユースティア騎が城から発進していった。
「ティアリュートの所へ?」
「そう……ですね」
「ホーサーなんて、あんな短気な“花火野郎”に何を教えてもらうつもりなのかしら」
「なかなか」
技官は苦笑混じりに魔界のネットから調べた資料をダユーに手渡した。
「あの御仁も成長されているんですよ?」
「ゲームのレベル的に?」
「人格的に……そうしておいてください。伊達に数千年の時を過ごしてはいませんよ」
「そう願うとしましょう。昔のよしみでヤクトエッジのHタイプを回してあげたんだから……」
ダユーは、しばらく考えて、やっと自分の言った言葉の意味に気付いた。
「Hタイプって、人間がいるの?」
「恐らく」
技官は首をかしげながら言った。
「その……ホーサー卿は」
その口調は、意見に全く自信がないことを示していた。
「第三軍司令官のズルド卿とは昵懇の仲です。その……噂ですが」
「何?」
「ズルド卿が、人間の娘を養女に迎えたとか」
「人間の?」
「はい。しかも、かなりのメース使いだとか」
「ふぅん?その子向けってワケ?」
「あくまで私の推測です」
「近いか外れているかは知らないけど、面白いことになりそうね。その件について、資料はある?」
「第三軍に派遣されている技官に知り合いがいます」
「お願い。ナイチンゲール、搭乗員への騎体説明は終わっているのね?」
「はい。コクピットセッティングに後1時間かかります」
「駆逐メサイア……かぁ」
瀬音に従う月菜や大地も含めた打ち合わせが終わった裕樹は、ぼんやりとハンガーの隅に立つ宗像に気付いた。
「お姉さん」
裕樹が心配そうになって、その顔をのぞき込むまで、宗像は裕樹の存在に気付いていなかった。
「……なんだ?」
裕樹が自分の顔をのぞき込んでいることにやっと気付いた宗像は、少し驚いた様子で裕樹に答えた。
それが、裕樹にはむしろ心配に近かった。
「何か不安なの?それとも不満?」
「何の話だ」
「せっかく騎体がもらえるっていうのに、嬉しくないって顔してる」
「そうか?」
「フレームは、魔族軍でも第一線で活躍するヤクトエッジ。宗像さんがもらって喜んでいたヤツでしょう?」
裕樹には、この時点で宗像がぼんやりと考え事をする理由がわからない。
「ヤクトエッジの重装甲版っていうより強襲駆逐型。スゴいと思うけど?」
「強襲攻撃とか、駆逐型とか」
宗像は苦笑を漏らしながら言った。
「私も、人間側で乗っていたがな」
「そうなの?」
そういえば。
裕樹は、この期に及んで初めて気付いた。
「お姉さんって、近衛だよね」
「元……な」
触れるな。
顔がそう語っていたので、裕樹は話題を間違えたと口ごもった。
「近接戦闘用の武装を持つ前衛と、狙撃砲撃支援用の後衛……か」
「それが不満?」
「いや?お前の仲間達が後衛の素質を持っていたことには感謝している」
宗像は裕樹の頭を撫でた。
「……ねぇ」
それを不満そうに、裕樹は口を尖らせた。
「本当のこと言ってよ」
「本当のこと?」
「何が不満なの?」
「……何でもない」
「僕には」
そっ。
裕樹は宗像の腕を掴んだ。
「本当のことを言って」
「ナイチンゲールっていうのは」
宗像は、周りを見回した後、バツが悪いという顔で言った。
「美しい泣き声の鳥の名から、美しい声で歌う人。命名の理由としては、そこまではいい」
「うん」
「―――お前、誰にも言うな?」
「う、うん」
バカの様に頷いた裕樹に、宗像はそっと言った。
「夜鳴く鳥、小夜鳴き鳥の名を持つが……これは転じて密告者、裏切り者の俗語も持っているんだ」
「ナイチンゲールが、密告や裏切り?」
「中学時代、学級委員の陰口がサヨナキドリ、つまり、ナイチンゲールだった」
「考えすぎだよ。お姉さん。僕達は頑張って戦果を示せば良いだけだもん」
呆れた。
裕樹の顔ははっきりそう語っていた。
「僕、もっと深刻な理由かと思ったよ!」
「お前のその割り切りが、ある意味怖い」
「そうかなぁ……えっと5騎が全部色分けされていいて、桜色、紅色、黒色、緑色、黄色」
裕樹は笑いながら指折り数えた。
「兄貴が黒で、宗像さんは紅。僕が桜で、緑は月菜に、黄色が大地。紅と黒は目立つ色だから敵を引きつける立場も担当するんだよね」
「ああ。」
「でも?」
「ホントに、僕達が乗って良いの?」
「いい。ことになっている」
宗像は答えた。
「人類同士相手に派手に戦った功績は、いろいろと政治的に利用したいそうだ」
「難しいんだね。戦争って」
「楽な戦争なんて、この世にあるもんか」
―――見透かされているなんて、バカな話があるものか。
宗像は、自分をそう言い聞かせた。




