シーラという女
シーラ。
黒髪の女性を、ホーサーはそう紹介した。
ティアリュートが理解できたことは、くりっとした猫のような愛くるしい目つきの、彼女自身とそんなに外見年齢が違わない女性が、そんな名前で呼ばれていること。
そして、ホーサーにとって最初で最後になる弟子だということ。
それだけだ。
まぁ、いいか。
ティアリュートはメースを操作しながら思う。
確かに、彼女は希望したホーサーの弟子という立場にはなれなかった。
しかし、ホーサーの説明を聞いて溜飲が下がる思いがした。
かつてティアリュートが所属していた正規軍部隊“死の宣告”大隊を創設し、初代大隊長に名を刻んでいるのはホーサー自身。
ホーサーからすれば、その大隊に所属した経験者という時点で、弟子にする必要はないレベルに達していることになる。
つまり(かなりの謙遜があるだろうが)、ティアリュートは過去の経験から、ホーサーに一人前と認められていることになる。
その上、ホーサーが躾ける前の弟子の相手を頼まれた。
客分扱い。
ティアリュートがホーサーの元へ教えを求めに来る立場を、ホーサーはそうみなしている。
ティアリュートにしても悪い立場ではない。
任期満了時点で前線部隊に残るか、教導隊に回らないかと口説かれたことは確かだ。
その実績を正しく理解してくれ、かつ、ホーサーの初めての弟子の指導を任されたことが、彼女のメース使いとしてのプライドをくすぐったのは事実だ。
スクリーンの中で、シーラ騎が真っ正面から突っ込んでくるなり、かなり上空に上がった。
騎体に急制動がかけられ、ダイビングの選手のように空中で見事なターンが決められた。
頭をとって、頭上からの制圧射撃でケリをつける。
しかも、位置的に太陽を背にするポジション。
向こうはともかく、こっちは視覚と熱源で位置を把握することが出来ない、まさに絶妙な、そんな位置をシーラという女性は自然と確保した。
まぁ、そんな所だろう。
ティアリュートは考えるより早く結論を出していた。
他人はどう思うか知らないけど、別に褒めるべきことではない。
戦場で一対一なんてありえないし、もし、あったとしても、ああ動くのは当然のこと。
当然のことを褒める物好きなど、戦場には存在しない。
ティアリュートは、騎体を右へスピンターンさせた。
直進コース上をビーム砲弾が2発、時間差をおいて突き抜けていった。
騎体に無理をさせた急旋回がなければ、一発ずつが確実に命中する位置に叩き込まれた攻撃。
並のメース使いなら、これだけで終わっている所だ。
「射撃の腕も悪くない……」
ティアリュートはポツリとそう呟くと、愛騎であるバラライカにビームライフルを構えさせた。
太陽が眩しくて見えない。
そんなことは言い逃れだ。
逆に言えば、太陽めがけてぶち込めば命中する。
モードは速射モード。
一発ずつの破壊力はノーマルモードに比べて格段に落ちるが、面に対する制圧射撃が出来る。
ティアリュートの神経は、言葉よりも指の動きよりも速く、ビームライフルに射撃命令を信号として発していた。
20発近い連続した短い射撃が太陽めがけて撃ち込まれる。
「っ!?」
ティアリュートが驚かされたのは、下からの反応だった。
接近警報。
荒涼とした地表すれすれから一気に急上昇をかけてくるのは、さっきまで太陽の中にいたはずのシーラ騎だった。
「下っ!?」
横に薙ぎ払うような戦斧の一撃を紙一重で回避したティアリュートは、ビームライフルを収納。
武装を槍に切り替えた。
すでに敵は上に突き抜けて、第二波攻撃を準備している。
太陽に入ったと見せかけて、こっちの意識が太陽に向かっている刹那の瞬間にブースター全開で降下。地表ギリギリまで下がって、一気に急上昇をかけることで、予想外の下からの攻撃に転じる。
あの高度からの急降下はエアブレーキがほとんど利かない可能性が高い。メース使いは、ほんのちょっとした操作ミスだけで地面に激突するという、チキンレースに近い恐怖に襲われることになる。
それはつまり―――
「……度胸も並じゃないってことか」
さすが。
そう思うと、ティアリュートは興奮するよりむしろ嬉しくなった。
身体がブルッと震え、脳内をアドレナリンが駆け回るこの快感は、何度味わっても楽しい。
「―――殺し甲斐がある」
ティアリュートは、呟くように言うなり、槍を回転させ、その具合を確かめると、正眼の位置にしっかりと構え、高度を落とした。
ズンッ!
2騎が地表に降り、互いに間合いをはかる。
斬り込んだのはシーラ騎だった。
騎体全部の疑似筋肉をバネのように活用したその動きは、騎体を一挙動で飛び跳ねさせ、上段に構えた戦斧がティアリュート騎に襲いかかる。
並の一撃ではない。
ティアリュートはしっかりとそう断じた。
戦斧の上に、振り下ろすスピードだけでなく、騎体そのものの重量をしっかりと上乗せしている。
まともに槍で受けたら、真っ二つにされているところだった。
「……」
もう、何をか言わんや―――だ。
あの伝説的なメース使い、ホーサーをして弟子にしたいと思ったのも、これは当然だと、彼女自身が今、身を以て思い知らされた。
狙い、動き、間合い、斬り込み、全ての面において、否定すべきことのない素質の持ち主だ。
ただ、ティアリュートの身体は、彼女自身に告げていた。
この動きは―――知っているぞ。
●シミュレーション管制室
スクリーンの向こう側で、ティアリュート騎がシーラ騎を近づけまいと、牽制のため、槍を円運動させている。
「動きはいいな」
ラドラーが顎髭をしごきながら呟いた。
「思い切りがある上に、計算もしっかりされている。あの女、かなりのベテランだな」
「シミュレーションの中の戯れ事じゃ。実騎を用意すべきだったわ」
「待て待て」
ラドラーが思わずホーサーの言葉を遮った。
「模擬戦でも、ここまでのレベルとなれば、無事では済まんぞ?支度金が潤沢に出る魔界での仕事とは違うんだ。あの2騎を壊したら、弁償するのは爺自身だぞ?」
「……むぅ」
「不満なのは、わからんでもない」
ホーサーは頷いた。
「二人とも、天分の持ち主。そう断じて何の問題があろうか」
「なら、わかるじゃろう」
「ああ」
スクリーンをじっと見つめながら、ラドラーは頷いた。
「所詮、機械を通じた疑似空間でのこと。メース使いの発する殺気まではさすがに伝えられておらん。それにしても爺」
「何じゃ」
「何だ。あのシーラって名前は」
「悪いか」
「いや……ケチはつけんが」
ラドラーはあきれ顔だ。
「弟子に死に別れた女房の名前をつけるってのはどうかと思うぞ?」
ガンッ!
槍の柄が、戦斧の一撃を止めた。
「ふんっ!」
ティアリュートは、戦斧を軸にして槍を操作し、突き出された槍の柄がシーラ騎の右腕に叩き付けられた。
そのダメージはわずか。
時間にしてはほんの一瞬。
だというのに―――
ドンッ!
突き出された槍の穂先がシーラ騎を真っ正面から襲う。
右膝を折って騎体を沈め、戦斧で受け流したシーラ騎は、そのまま下から上へとすくい上げるような軌道で戦斧を操り、ガラ空きのティアリュート騎の腹を狙う。
「っ!!」
とっさに槍から手を放し、空中に半ば飛び上がったティアリュート騎がバランスを復活させることが出来ず、地面に背中から落下した。
ズズンッ!
地面が揺れ、土煙が立ち上る。
シーラ騎は、そこに容赦なく襲いかかった。
戦斧がティアリュート騎の頭部めがけて振り下ろされる。
とっさに騎体を回転させることで回避したティアリュートが騎体を立ち直らせ、足の甲で槍を軽く持ち上げると、ちょっと力を込める。それだけでティアリュート騎は再び槍を手にすることが出来た。
そこに上段からの一撃が襲う。
「っ!?」
ティアリュートはしっかりと両手で槍を構え、戦斧を再び受け止めた。
その後は、
「そこっ!」
今度は、槍の柄がシーラ騎の右脇腹にかなりの勢いで命中した。
騎体が若干、くの字に曲がり、足下が縺れる。
「……少し、生ぬるいか?」
ティアリュートは独りごちてから、通信モニターの向こうに見えるシーラという女性に語りかけた。
「試合中に失礼する」
「―――何か」
息一つ乱していない、落ち着き払った声がスピーカーによって耳に届く。
「ものをお訊ねしたいのですが」
「私相手に」
シーラは言った。
「そんな固いお言葉は不要です。ティアリュート様」
「ティアリュートで結構。流儀は?」
「……我流です」
「でしょうね。おかしいと思った」
槍を構えながら、慎重に間合いを計る。
「あなたは……型がない」
「……」
「気迫が全て。まるで野獣でも相手にしているようだ」
「私が野獣なら」
シーラは容赦なくティアリュートに斬りかかった。
ガンッ!
疑似神経が伝えるショックが骨に響き、ティアリュートはさすがに顔をしかめた。
一撃の重さが、さっきより増している!
「この顎に噛み殺されてください」
「私を殺す?」
「あなたは強い」
シーラは顔色一つ変えず、言った。
「だから―――敬意を持って噛み殺すことが出来る」
「面白い」
ティアリュートの口元に残虐な笑みが浮かんだ。
「あなた、私を殺したら強いって胸を張れるわよ?」
「……」
しばらくの沈黙の後、シーラは訊ねた。
「あなたを殺せば、私は強いと言えるのですか?」
「ええ」
ティアリュートは自信満々に答えた。
「今のあなたも十分以上に強い。正規軍のどの部隊にいたのか、じっくり聞きたいわ。これほどの腕前で、私の耳に入ってこないなんて、余程特殊な任務についていたようね」
「……正直」
シーラは答えた。
「自分が強いのかどうかなんてわかりません。でも」
シーラ騎の足下が少しだけ動き、斬り込みの体勢に入った。
「そんなこと」
ドンッ!
シーラ騎の袈裟斬が、ティアリュート騎に襲いかかった。
「さすがに強いな」
ラドラーが感心した様子で言った。
「あのティアリュートとかいう女。エリート街道を切って引退した変わり者と聞いたが。おい、爺が興味を持ったのも、その辺りか?」
「知らぬよ。向こうから弟子にしてくれと言ってきたんだ」
「類は友を呼ぶと言うが」
「何じゃ?」
「いや?」
「共に天賦の才はある。ティアリュートも、シーラもそんな類の存在じゃ。
二人と対峙した敵は、それがどんなものかを身を以て味わわされ、そして後悔した頃には手遅れになる……戦場で己の才能のなさを嘆いても遅いのじゃ」
「……だが、下手すれば、爺より強いんじゃないか?あの二人」
「ワシは別格!」
「……で?」
ラドラーは、自分は別格だと臆面もなく堂々と言い切ったホーサーにあきれ顔だ。
「あのシーラという女、本当に弟子にするつもりか?」
「ああ」
ホーサーは頷いた。
「魔界正規軍最強部隊の異名を持つワシの“死の宣告”大隊。その一番槍を任された女と五分……いや、このワシと一分でも渡り合ったあの娘……ただ者ではない」
「しかし」
ラドラーは、ホーサーの顔に、何かラドラー自身が心配しているのとは違う、気配を見た。
ホーサーは、何かに迷っている。
それが、長い付き合いのラドラーにはわかる。
「……何か、問題があるのか?というか、何に興味を持ったのだ?爺」
ラドラーは一気に訊ねた。
「あの大隊の一番槍なら、俺だって一度は担当した。
だが、俺は爺の手ほどきは受けても弟子入りを許されなかった。
何故だ?
何が俺になくて、あの女にはあるというんだ?
教えてくれ、でなければ、俺は死んでも死にきれぬ」
「対戦してのみわかることじゃ。それではわからぬか?」
「それは」
ラドラーは困ったようにホーサーから視線を外し、鼻の頭を掻いた。
「実戦で剣を交えたのは爺のみだからな」
「だからよ」
ホーサーはニヤリと笑った。
「その剣で、このワシ自身が認めたのじゃよ」
「なら」
ラドラーは不服そうに言った。
「何故、この期に及んで何を躊躇する必要がある」
「……あの娘」
「ん?」
「あの、騎体から……いや、あの娘自身の身体から放たれる殺気。あの強い眼光……相応の場数は踏んできたはず……どれ程、敵を屠ればああなるのか……あれは余程の場数を踏み、命のやり取りをしてきた者の証のようなものじゃ。ティアリュートもお主も、相応に場数は踏んでいるが……じゃが……違うんじゃ」
「何が違う!俺はそこらにいる平凡なメース使いの一人か!?」
「お主は強い。凡百のメース使いが相手というなら、頭一つや二つはぬきんでておるわ」
「あの女は―――」
ラドラーの目の前で、シーラが動いた。
上段からの唐竹割。
袈裟斬。
横薙。
ティアリュートが確実に押されている。
防戦一方のティアリュートに対して、シーラは容赦なく押す。
槍の間合いがわかっているだけだ。
ラドラーは自分に冷静さを求めた。
ティアリュートが押されているのは、槍の間合いがとれないから。
シーラが押しているのは、戦斧の間合いにいるから。
それだけだ。
何も目立つ所は―――ないはずだ。
ガンッ!
数度目の戦斧と槍のぶつかり合いの後、両騎が押し合いになる。
「……すごいな」
ティアリュートは素直なまでの口調で言った。
「これはすごい」
「……」
「一振り、一振りが、まるで」
「……」
「あなたの魂をぶつけられているような―――」
「魂?」
ティアリュートの言葉を聞いたラドラーが眉間に皺を寄せた。
「何だと?」
「……そうじゃ」
ホーサーは静かに頷いた。
「若さ、とも言う。驚くほど純粋なんじゃ」
「何がだ」
「あの娘の戦いぶりよ」
ホーサーの顔には静かなまでの笑みが浮かんでいた。
「鬼神とはかくや。そう言わんばかりの力に潜んでいるのは、あの娘のむき出しの魂が持つ力そのもの」
そして、はっきりと言った。
「―――怒りと不安、そして恐怖がまぜこぜになった魂の咆哮」
「それで」
ラドラーは訊ねた。
「勝てるのか?」
「……」
ホーサーは静かに首を横に振った。
「野獣は人に勝つことは出来んよ」




