9話:狼、来たる
リンツ村――酒場兼冒険者ギルド【跳ねる子兎亭】
酒場内は流石夜だけあって賑やかだった。採掘士達が騒ぎ、農夫達がゆっくりとパイプを吸っている。
戻ってきて依頼の報告を終えたレクスとロアは、カウンターに座りビールを飲みながらアルトと話していた。
「かああ!! やっぱりビールがうめえ!! とまあ、そういうわけで、ゴブリンの耳も牙も木っ端微塵だよ」
「はあ……仕方ないわね。ヨルヤさんから畑を荒らされなくなったという報告が来たら、達成ということにしとくわ。その代わり、追加報酬はなし!」
「ですよねえ……」
「謝罪する」
レクスが頭を上げるが、アルトは笑った。
「あはは! いいよ別に! 次は気を付けなさいよ? どうもレクス君は力の加減が上手くないみたいだし」
「まじでびっくりしたんだぞ。いきなり巣穴を爆破するし」
「反省。次回は上手くやる」
「そうね。誰だって失敗はあるもの」
「しかし、お前、飲んでも全然顔色変わらないな!」
ビールですっかり顔が赤くなったロアがニヤケ面でレクスに絡む。
「肯定。アルコールは全て分解可能」
「なんだよ、つまんねえな」
「こらロア。そういう事言わないの。仲間でしょ?」
「ん? ああそうか。確かにそうだな! レクス! パーティ名考えようぜ! いるだろ名前!」
妙案とばかりにロアが騒ぐが、レクスは何度か瞬きするだけだった。そして感情の一切ない声でポツリと呟いた。
「……必要性が皆無」
「なんでだよ!! かっこいい冒険者はかっこいい名前のパーティに入っているもんなんだって! 【赤翼】とか知らねえの!?」
「否定。データにはない」
「レクス君は記憶喪失なんだから無理もないわ」
「マジかよ! よっし俺が教えてやろう!! 【赤翼】ってのはな! この王国きっての冒険者パーティで……」
ロアが熱く語るのを尻目にレクスが小声でアルトへと話し掛ける。
「マスター。報告がある」
「ん? 何?」
「コボルトの数が増えている。おそらく数十匹レベルで来ている可能性がある」
「……見た?」
「肯定。遠目にだが、十体一組の群体を視認した。コボルトの習性からして一組だけの単独行動ではない。となるとあと数組控えていると推測できる。つまり――」
「……コボルトキングが来ている可能性が高いってことね。参ったなあ……よりにもよって春の忙しい時期に……」
アルトは溜息をついた。春は、葡萄畑の鋤き返しに剪定や春畑を耕して春小麦蒔き。あるいはダメになってしまった昨年の秋作付けの冬小麦の畑に蒔き直したりと、忙しい時期なのだ。
そんな時に限って、群れるタイプの魔物がやってくるのは最悪だった。
例えば、一体だけの強大な魔物であればタイミング次第だが、その魔物さえ倒してしまえば被害無しで済ませられる。しかしコボルトキングのように配下を従えた魔物となると、そうはいかない。
コボルトキングの目標は当然、この山を縄張りにしている飛竜なのだが、配下達は慣れぬ長旅で疲弊し、腹を空かせている可能性が高い。そうなると飛竜を襲う前に、狩りを行うのが必然である。そして魔物が少ないこの辺りで、標的になるのは――人間しかいない。
「まずいわねえ」
「コボルトキングを暗殺したとしても配下が暴走し村を襲う可能性が高い。一気に殲滅させるのを推奨する」
「どこにいるかも分からないし……そもそも冒険者一人二人じゃ無理よ。急いで街の支部に応援要請を出すわ」
「肯定。だが、斥候が少なくとも二匹死んだ以上は向こうも動くぞ」
「そうね……」
アルトが静かに考え込む。明日朝一番に村長へと相談しに行かねばと考えていると――
酒場の扉が慌ただしく開いた。
「アルトお姉ちゃん!!」
入って来たのは、まだ十歳ぐらいの金髪の少女だった。
「どうしたのノア。ダメでしょ? ここは子供が入って来ちゃダメなところよ」
「違うの! きんきゅーじたいなの!!」
「どうしたの?」
アルトがカウンターを出て、少女――ノアの側に屈み、視線を合わせる。
「村の入口にでっかいワンコが!」
「っ!! 嘘、まさかコボルトキングがもう来た!?」
コボルトキングの見た目を端的に表現すれば、巨大な二足歩行する犬だ。子供ならばでっかいワンコと表現してもおかしくはない。
「――強襲モードに移行。マスター、迎撃許可を」
レクスが立ち上がる。アルトも腰のナイフの位置を確かめた。
「私も行くわ! ロア、留守の間よろしく!」
「へ? いやお前ら俺の話聞いてな――って行っちゃったよ……なんだよ」
ロアを置いて、二人が外へと飛び出す。
「まさかもう狙ってくるなんて!」
「いや……可能性はあった。警戒していなかった俺に落ち度がある。すまん」
緊急事態の予感がして、レクスの中ではサブメモリが目覚めていた。レクスの口調の変化にしかし、アルトは気付かない。
満月の下、春の夜のひんやりとした空気を駆ける二人が切り裂いていく。
「レクス君、万が一コボルトキングとその配下だった場合……お願い出来る?」
「――任せろ」
二人の先には村の門があり、村人が集まって何やら騒いでいる。
「っ!! まずいわ! 誰か襲われているかもしれない! みんな離れて!!」
アルトの切迫した声に何かを囲んでいた村人達が驚き、離れる。
そこには、月光を反射して銀色に光る大きな獣がいた。その二つの双眸は不穏な赤い光を放っていた。
「あれは……!?」
「……まさか」
その銀色の獣はレクスの姿を見た途端に地面を蹴った。その動きに反応できたのはレクスだけだった。
「え?」
アルトが気付けば、その大きな銀色の獣はレクスへと飛び掛かっていた。大きさで言えばレクスと同じぐらいだ。
「――お前か。まさか起動していたとは」
「ばう!」
それは――大きな狼だった。銀色のふさふさとした毛皮と同じ色のもふもふの尻尾がブンブンと揺れており、レクスの顔をペロペロと舐めていた。
「えっと……」
その様子は、飼い主にようやく出会えた迷子犬のようだった。嬉しさが限界突破し、尻尾が千切れんばかりに振られていた。
混乱するアルトへと、レクスが頭を下げる。
「――すまない。騒がせたな。こいつは俺の相棒であるフェンリルだ」
というわけで、オプション兵器であるモフモフ兵器のフェンリルちゃん合流です。スペックについては次話にて! ちなみにメスです。