第5話 ゴーレム娘とセレス
そこは広大な地下空間だった。
案内されるまま、よく分からない道順を経て、階段を降りると、そこに着く。
100m四方くらいの真っ白な空間。柱などは一切無い。
それなりに長い階段を下りた気がするが、柱も無くて上の重量を支えられるものなのだろうか……?
「驚いた? ここは魔法で拡張した特別な訓練室なの」
「へー」
「ステータスを偽装した子の実戦テストでも安心安全」
「へー……………………!!!?」
バレてる!? なんで!?
急いで二人から距離を取る。
ギルド長とセレスは特に反応をせずにいるが、出口は二人の後ろだ。安心材料にはならない。
『ルーシアナ……』
『大丈夫。まだ、落ち着いてる……』
ギリギリなのは否めないけど。
心を落ち着かせながら二人を睨んでいると、
「ふむ。左側を庇っているな。ケガか? それとも、何か大事な物でもあるのか?」
「!?」
そんなこと分かるの!?
一挙手一投足から、全てを見透かされている。
そんな事実に簡単に心が揺れ動くのを、必死に押し止める。
『落ち着いて、ルーシアナ。わたしは大丈夫だよ。もし、この体が破壊されても、本質的には関係ないから』
『でも、人格は無くなるって言ってたじゃん!! ナビとは違うんだよ!!!?』
『それは……』
肉体を得た際のデメリットらしい。そんなの死んじゃうのと一緒だ。
動揺に乱れる思考のまま、解決策を模索する。
最悪、二人をどうにかして脱出、門に連絡が行く前に町から出なくてはならない。
そんなことを考えていると、セレスが一歩横にズレ、ギルド長の後ろに回ると、
「怖がらせてどうすんの!!!!」
「ふっ…………!!!!」
そのまま勢いよく右足を振り上げた。
『キンッ!!』という幻聴が聞こえた気がする。実際に聞こえるとしたら、『ごりょっ』とか『めきょっ』だろうに。
一瞬にして冷や汗だらだらになったギルド長は、そのまま両膝を地面について倒れ込んだ。
股間を押さえて逃せぬ痛みに震えるギルド長を置き、セレスはこちらにやってくる。
「く、来んな、金的女!!」
「あら、女なんだから大丈夫でしょ?」
「女でも痛いわーーーー!!!!」
こちらの希望を聞いたのかは不明だが、2 ~ 3歩手前で立ち止まった。
「まずは一言。別に貴女に危害を加えようとか、拘束しようとかしている訳じゃないから落ち着いて。さっきも言った通り、ここはステータスを偽装した者に用意された訓練室よ」
「…………なんで偽装がバレたんですか」
「各ギルドに用意されてある分析魔道具は、門の所の物よりも優秀なのよ。偽名で複数のカードを作って悪用とかされないように」
そうだったのか……
「でも、安心して。カードが出来てしまえば、それを見るだけだから、今後はバレないわ」
「…………作ってくれるんですか?」
「それは……これから、次第、だな」
「!!!!」
股間を押さえていたギルド長が、言葉を詰まらせながら なんとか立ち上が
「まだ寝てて」
「おふぅ!!!!」
セレスが右手を振ると、ギルド長の足の間から三角柱型の石板が、鋭角な方を上にして急成長し、再び股間を打ち上げた。
石板が地面に消えると、ギルド長もゆっくり地面に沈んでいく…………
…………あの魔法は、私も練習しておこう。
「…………何をさせるつもりですか」
「ん? …………あ、違う違う。ギルド長が言った『これから次第』って言うのは、『本当のステータスが基準以上かどうか?』って話だから。犯罪者なら別だけど」
「…………そうですか」
「あーーーーもーーーー!! 警戒されちゃったじゃん!! バカ親父!!」
セレスはわざわざギルド長に駆け寄ると、容赦なく蹴りをぶちこんだ。5発/秒くらい。
…………貴女のその行動も、警戒心が解けない理由です……
思う存分蹴りを叩き込んだセレスがこちらへ戻ってくると、何事もなかったような口調で再び話し始める。
「ステータスを偽装する人は、少なからず存在するわ。正当不当の理由関係なく、ね。
ここはそういった人たちに事情を聞いて、本当のステータスを開示してもらうか、納得のいく説明をしてもらうところなの。
その際に危険な魔法を使うこともあるから、こんな仰々しい施設なんだけどね」
「そうですか」
でも、種族を偽装している私に、納得のいく説明をしろと言われても…………隠したいけど話してもいい種族って何? しかも、開示はせずに。
状況は分かったけど、ピンチなのは変わりない。どうすべきか、頭を悩ませていると、
「でも、貴女の場合は少し違う。端的に言えばお願いされているのよ、このギルドは」
「は?」
お願い? 誰に? 何を?
「大賢者マイアナ・ゼロスケイプに。『孫娘をよろしく頼む』と」
「え…………?」
おじいちゃん?
突然の予期せぬ名前に困惑する私を置いて、話は進む。
「彼は、当ギルドに所属していたSランク冒険者。その目的は、『貴女のため』というのが大きいでしょうが、様々な高難易度クエストをこなしてくれた功労者です。
当然、クエストに見合った報酬は支払われていましたが、とてもではないが釣り合いの取れる報酬を用意出来ないこともある。
そんな時に用意される報酬が『太極報』。まぁ、平たく言えば『可能な範囲で何でも可』ですね。
その中のひとつに、『孫娘が蘇生した際に、自分がいなかったら全力で援助して欲しい』というのがあったんです」
「……………………」
『マイアナ…………言っておいてよ……』
あ!! 感動したいのに、ちょっと素直に出来なくなった!!
確かにこの町に来る確率が最も高かったけど、別の所に行っていたらどうするつもりだったのか。
「彼がよくパートナーとして選んでいたのが、そこで唸っているギルド長で、私も時々お話しさせてもらいました。
その縁で、眠る貴女に会ったこともあるんですよ。だから、気付きました。
貴女の名はルーシアナ・ゼロスケイプ。最も隠したいのは、種族のフレッシュゴーレム。当たりでしょう?」
「……………………」
「当ギルドは、貴女を全力で援助します。ついでに、私も個人的に援助しますよ。彼には、私も個人的に色々お世話になりましたから」
そこまで言うと、セレスはこちらに一歩近付き、右手を差し出す。
「信じて頂けますでしょうか? 信じて頂けなくとも、このまま受付に戻り、カードは発行させて頂きます。
出来れば、この手を取って頂けると泣いて喜びます。私が」
ギルド長を見ると、踞ったままこちらを見上げている。
『敵意はない』という意思表示なんだろうけど、プライドはないのか……
『ナツナツ……?』
『む~……分かんない。
ただ、マイアナが研究費や素材を集めるために、冒険者をしてたのは本当~。
でも当時の私は、外からのアクセスに対して反応してただけだから、あの二人が家に来てたかどうかは分からない……』
『……………………』
『ルーシアナが決めていいよ。どうなっても一蓮托生だからね~。後悔はないよ』
『ばか』
私がするっての。
最後にセレスを見る。彼女は、真面目な表情で真っ直ぐにこちらを見ていた。
…………その中に、私を心配したときの祖父の面影が見えた気がした瞬間、断る選択肢は幻となって消え去っていた。
気付いた時にはセレスの手を取り、
「よろしくお願いします」
「お願いされました」
安心したように微笑むセレスの綺麗な表情は、とても印象的だった。




