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Crystal Brush  作者: 篠原ことり
第四章 革命
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第三十二話 ひとりの季節・後編

「もう出発しましたかね……」

 ノアの言うことが一瞬分からなかったクリスは、空を見上げる彼の表情に、真央のことを言っているのだと気がついた。そしてノアにならって目線を挙げた。真昼の日が二人の瞼を少しだけおろした。

 今日の昼休みはどうしてしまったのだろう、いつもの時間、いつもの場所に、クリスとノアの二人だけしか集まらなかった。大切な一人がこの学園からいなくなったことを否定したかったのだろうか。クリスもまだ実感がわかないままだ。後暫くは真央の顔を見る機会がないなんて。自分でさえもそうなのだから、恋人である来夏の苦悩はどれほどであろうか。離別を認めなければ生きられない、その苦しみは。

「もう出発したんだろうね」

クリスは呟く。腕時計を見る必要はなかった。

「いつ帰ってきますかね?」

「さあね。難しい手術なら相当時間がかかると思うけど……」

「僕たちが学園にいる間に帰ってきますかね?」

「……」

「ねぇ、クリス様?」

クリスはベンチから腰を上げ、噴水の周りを歩き始めた。半周回って、丁度真向かいにいるはずのノアを見つめようとした時、クリスは同じ世界にいながら異なる時間の中を生きることについて考えた。来夏と真央はつい今朝まで同じ時間の中に生きていた。それを突然別たれて、今度は同じ世界の違う時間を生きることになった。クリスとノアにも同様のことが起こりうるかもしれない。クリスが学園にいる時間とノアが学園にいる時間は違うかもしれないのだ。

「クリス様!」

湧きあがる噴水の勢いが弱まって、ゆるやかに水面へと落ちていく水の流れが透けて見る。日の光が水の表面を幾度も幾度も泳ぐ中、ベンチの上に立ち、対岸からこちらに向かって手を振るノアの姿がぼやけて見えた。友達と称したはずのその人が、なんだか今は遠く、見知らぬ存在のように思えた。違う。知らない人ではないのだ。まるで、忘れ去って疎遠になってしまった人のように。クリスの記憶の片隅に足跡だけを残している人、失ってしまった感情の一部のように、曖昧に、複雑に、水のように。


「手を離して。僕は貴方のために行かなければ」


「君は……」

クリスはゆっくりと腕を持ち上げた。遠く水の奥にたたずむ少年に伸ばそうとして。クリスはこの風景を知っている。

「君は……誰……」

「クリス様!」

「おい、エーリアル!」

クリスは目を瞬いた。水を上げることをやめた泉の奥に、ノア、菜月、落合、明音のいつものメンバーが集まっていた。


***

 学園には戻りたくなかった。密かに期待している自分がいる限りは、学園は絶望の場所にしかならない。今、はっきりと、この目で真央が行くところを見たにも関わらず、学園の門をくぐれば真央が待っているような気がした。虚しかった。自分が憐れで情けなかった。そんな気持ちのままに重い足をまだ眠い街中にひきずった。

 街路樹がざわめいている。それ以外は何も音がしない。太陽は薄い雲を透かして灰色の路面を照らし、時折通り過ぎていく車が、来夏の目から葉や建物の形をした影をほんの一瞬遠ざけている。人も疎らだ。誰も来夏のことなど気に留めない。ふと孤独になった瞬間に、音や光や空気からも放たれた瞬間に、来夏は土を蹴り、顔を上げた。見上げた先は、どこまでも穏やかな空であった。少しも具体的なところのない苛つきが、胸の柱を火のようにのぼって燃えた。叫びたかった。泣きたかった。しかし、何もできなかった。虚しかった。駆け出したくとも、帰る先には潰えた夢しか待ち受けていないというのに、一体どうすれば――

 それでも来夏は走っていた。脇目もふらず、ひたすらに足を持ち上げて、肺が捩れるほど走った後で、来夏はやわらかな草の感覚の上に身を投げ出した。痛みと苦しさで涙がこみあげてくる。酸素の代わりに流れ込んでくるのは、湿った土と冬の匂いだけだった。ぼやけた視界で再度空を見上げる――真央は行ってしまったのだ。激しい心の動乱の後で、来夏ははじめて分かった気がした。もう真央はいない。同じ空の下を、まったく違う方向に歩んでいる。それでも希望を見出さなければならないのが、恋人の義務だろうか。だとしたら、否、だとしても……来夏は土に殴りかかり、苦しい呼吸を乱した。そんなことでは実質誰も救われはしないのだ。誰も。来夏にははっきりと目に見えるようだった。電車の窓に、涙に熱くなった頬をあて、声もなく泣き続ける真央の顔が。

 何度も何度も苦しめば、いつかは抜け出せるものだと思っていた。真央を笑顔で見送れるものだと信じていた。真央は必ず戻ってくるという、明るい予感のようなものが、足取り軽く、心も晴れやかにしてくれると。そんな期待も全部、来夏をここまで引っ張るための妄想やまやかしに過ぎなかったのだ。麻酔のようなものだ。あのホームで抱きしめたまま、離さなければよかった。二人ともあの場で消えてしまえばよかった。朝露のように。燃え尽きてしまえばよかった。

 来夏は身を転がしてあおむけになった。薄雲が弱めた朝の日も、直接見れば目に痛いものだった。ここはどこだろう。どこでもいい。誰もが自分を放っておいてくれさえすれば。その時、来夏は視界の下の方にさざめく光の波を見つけた。知らない間に海辺まで来ていたのかと思って体を起こせば、そこは川原で、来夏は朝の清澄な川の流れを目にしていたのだった。この川も、いつも見る海に流れ込むのだろうか。来夏は立ち上がってふらふらと水辺に歩み寄り、海よりも静かな水面に自分の顔を映して少し笑った。ひどい顔だと思った。指先で触れた川の水は冷たく透き通っていた。この先に魚も泳いだりするのだろうか。しばらく水面の中で、空に伸びていく白い線を眺めていた来夏だが、激しく表情が揺れるのに気づいて、ふと目をそらした。それでも救われない。こんな別れでは。


***

「じゃあ次の問題を……大河内!はい、stand up!」

「……beating about the bush」

「正解!」

 この数秒のために立ち上がる意味は一体何だろうか。ぼんやりと考えながら、大河内はまた静かに腰をおろした。鳥居先生が後ろの席の生徒を次なる犠牲者に選んだところで、大河内の意識は自然と教室から抜け出ていく。こうして見上げる空に彼は遂に行ってしまったのかと。

 大河内にとって、真央に置いて行かれるという経験はこれが初めてではなかった。一学期の中盤、ちょうど部活にも慣れてきたという時期に、真央は急に体調を崩し、フランスで少しの間静養することになった。少しの間といいつつも、三か月近い時間は大河内にとって非常に長く、辛いものであった。真央は元々サッカー部志望ではなかったのに、最初に出来た友達だという明音に引っ張られて部活見学にきた。その艶やかな頬と瞳、明るいばかりの笑顔、純真無垢な言葉や動作の一つ一つに、かつてないほどの愛おしさを覚えた。歌手としての秋元真央のファンでもあった。その可憐な歌声を、大河内は常に傍に置き、一日として欠かしたことはなかった。それは、両親の離婚、兄との死別、義母との不和など、悩むことのつきなかった少年の唯一の癒しであった。大河内は歌声の中に、この上なく美しく清純なものを感じ取っていた。自分の周囲には決して存在しない天上の珠玉、激しい憧れの結晶、こうしたものの存在を証明してくれるのは、秋元真央の歌声だけだった。そして、自分の信じていた清らかなものが、実際に目の前で証明されたとき、大河内の喜びは愛しみの気持ちへと昇華していった。

 しかし、真央が大河内の想いに気づくことはついになかった。真央は来夏という自分自身の憧れを見つけた。時には彼の名前が示唆するものに怯え、時には拒まれて傷つき、それでも真央は諦めずに彼の後を追いかけて行った。学年一の秀才には敵うはずもないと思った。来夏がこの世の光だとするならば、自分は影のような存在だ。清らかな魂は、明るい光のさざめく方へと惹かれていく。もちろん、何の感慨もなくそれを見つめていた訳ではなかったが、諦めは最初からついていた。ただ、真央が幸せならそれでいいと、自分に必死に言い聞かせていた。

 はたして、俺は本当にそれでよかったのだろうか――そんな疑問が湧きあがってきたのは、来夏と真央がダンスフロアから夜空の下に抜け出ていったあの晩のことであった。誰にも頼られず、愛されない自分が惨めだった。祭りの終わりの興奮と熱気の中で、自分を憐れむほどに、惨めさは、そして自嘲の念はますます強くなっていった。苦い実を噛みしめるように。一晩が明けて、気味の悪いほどに晴れ渡った、冷たい朝の空を見た時、いっそ消えてしまおうかと思った。白い朝に侵されていく宵闇と一緒に。光にのみ込まれていく夜と一緒に。

「はい、じゃあ次の問題ね……あら、そこ休みなの?あっ、嘘!もうこんな時間じゃない!しょうがないな、じゃあ先生が答え読み上げるから赤ペン持って……」

どうすれば最善の道を選べるほど賢くなれるのか、大河内にはまだ分からない。結局この場に踏みとどまってしまった自分を、これから何がどのように苦しめるのかということも。だが、ぼんやりと予感はあるのだ。自分はこれから救われていくような、うっすらとした期待が。大河内は窓越しに空を見上げた。パステルブルーの空に、ひこうきが線を引いていた。大河内は微笑みを浮かべ、しかし、すぐにそれを崩した。


***

 ひこうき雲が空に伸びていくのを見上げ、里見先生は静かな保健室で一人溜息を吐いた。その溜息は、校長の仕掛けたトラップにより散々な目に遭った捜索隊メンバーの治療の後ということもあり、先生自身の耳には、いよいよ生々しく、重々しく聞こえた。生徒会に提出されたという真央の停学届を見て、わっと泣き出してしまったのは迂闊だった。驚いたような颯の顔が決まり悪くて、逃げるように生徒会室を出て行ったが、もう当分顔は合わせられないと思う。化粧も乱れてしまった。口紅なんて完全に落ちてしまっている。捜索隊メンバーが瀕死の状態だったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

 誰もその場にいないことをいいことに、鏡を広げて目元の化粧を治していると、急に瞼をふさがれた。「きゃあっ!」と少女のような悲鳴があがった。一体自分のどこに「きゃあっ!」などという心があったのか。恥ずかしさやら驚きやらで真っ赤になりながら、振り返ると、優雅さを崩さないぎりぎりのところで大笑いしている親友がいた。

「アニエス……!」

「ごめんなさい、沙織、びっくりさせて……」

「もう!」

腰に手を当て、怒ったような仕草はしてみるものの、なぜだか自然に笑いが零れてくる。別段楽しかった訳でも面白かった訳でもない。それでもアニエスが笑っているのを見ると、どうしても一緒に笑いたくなる。残り少ない時間を同じ想いで過ごしたいだけなのかもしれない。それでもいい。ただ、笑えれば。

「どうしたのよ、急に?片づけは終わったの?」

やっと笑いが収まったところで尋ねる。二人はソファの上に腰かけ、淹れたての熱いコーヒーを啜っていた。アニエスはうなずいた。

「えぇ、終わったわ。最後に学園に挨拶に来たの。校長先生にもお世話になったし、マオの担任の先生にも……で、そのついでに沙織」

「ひどい。私はついでなのね」

アニエスはいたずらっぽく笑ってウィンクした。

「冗談よ。ほんとはね、誰よりも沙織に会いたかったの。残念だわ。もうこの学園に来られないなんて。素敵な所なのに。マオもここが大好きだった」

遊ぶように足を泳がせ、アニエスは窓辺に立ち、どこまでも続く林檎林やエメラルドグリーンの芝生や、一年中花壇を彩る花たちを、名残惜しげに眺めやった。黄褐色の長い髪にいつの間にかパーマをかけたのだろうか、午後の日が白い顔の化粧をくっきりと照らし出していることもあり、アニエスはいつもよりずっと綺麗に、垢ぬけて見えた。口紅を引いた口元が艶やかに濡れているのをのぞけば、アニエスの格好は里見先生が最初に見たアニエスに極めて近い。初めて学園に来た時、アニエスは唇を乾かしていた。

「アニエス……」

アニエスが窓を開くと、穏やかな空からは想像できないほどの冷風が部屋に吹き込んで、机の上の書類を部屋中に撒き散らした。しかし、二人の意識はもっと遠いところにあった。もっと遠くもっと深いところ。例えば人の命だとか、そんなものが遣り取りされる次元に。アニエスはひたすらまっすぐ前を見つめていた。その目は無情だった。現実を見ようとする冷たい目。或いは彼女の視線が風を起こしたのかもしれないと思われるほどの。

「さよならを言ってきたのよ、カオルに」

里見先生の肩が震えたのは、突如もたらされた冷気だけが理由ではない。自分より若い娘だと思っていたアニエスが、急に西洋人特有の大人びた容姿と声音を以って語り始めたからだ。

「私、カオルのこと好きだったわ。愛してた。でも、カオルは一度だって私を愛したことはなかったわ。私は知ってたもの。カオルの言葉も何もかも全部お芝居だってこと、知ってた……でも、それでもよかったのよ。私、変わりたかったの。どきどきするようなことがあれば、何でも欲しかっただけ。後悔もしてないわ。楽しかった。けれど、このままいても私もカオルも幸せにはなれないでしょう。だから、これでさよなら。多分、もう永久に会わないの……」

アニエスは静かに言い終えて窓を閉じた。何の感傷もなく……責めるようにまともに瞳の中に来るその光に耐えきれずに、先生は困惑してうつむいた。なぜアニエスはこんなことをしゃべり始めたのだろう。何も言ってほしくなかったのに。例え二人が愛し合っていなかったのだとしても――それを心の奥で望んでいたけれど――そんな現実は知らないまま、苦しんで、悩んでいたかった。生々しい傷跡を目の前に突き付けられたような気分だった。私には治療の術さえ分からないというのに。

 ふいにアニエスは深く息を吐いて顔を上げると、悲しげに微笑んだ。長く重苦しい告白が終わったことを、知らせたかったのだろう。だが、里見先生は未だにその余韻をひいていた。アニエスが歩み寄ってきたことには、そして彼女の手が頬に触れたことには気づかなかった。アニエスは空いた手でソファの鞄の上から帽子をとった。里見先生が友人のために選んだ、緑のリボンの付いた夏用の白い帽子だ。頭上でぱさりという微かな音がして、帽子の鍔が里見先生の視界を覆った。


曖昧で優しい時間があった。全てから解き放たれた、のびやかな時間が。拭い去ろうとしてしまえばいとも簡単に消え失せてしまい、否定しようと思えば記憶から抹殺することもできる、そんな時間が。限りなく幸福な時が――


「失礼します」

「あら、校長先生」

 足を引きずってやってきた校長の姿を、そういえばずいぶん見ていなかったと思う。理事長が変わって以来、突然の人事交代が気に食わないんだか何だか、ずっと塞ぎこんで閉じこもりがちになっていたからだ。先ほどは対して気にもとめなかったが、校長捜索隊が駆り出されたのも久しぶりのことだ。里見先生のそんな思惑をよそに、校長はかなり苦しそうにソファの上に腰を下ろした。

「お久しぶりですね、校長」

「お久しぶりです、里見先生。ところで、少し足を見ていただいてもいいですか?」

「はいはい、一体どうしたんです?」

「先ほど、少し無茶をしましてね。ひねったようなんですが。なにせ、長いこと体を動かしていなかったので。まいりましたね、もう歳でしょうかね」

どうせ校長捜索隊との逃走中にやらかしたのだろう。子供みたいな人だ。こんな人が校長でいいのかしら。里見先生は呆れながら、棚の湿布を取り出し、はさみで適当な大きさに切り始めた。校長は久しぶりの保健室が懐かしいのだか、感慨に浸るように部屋を見回していたが、ふとソファの上の帽子に気がつくと、驚いたように声をあげた。

「おや、あれはアニエス・ゾラさんの忘れものではないんですか?」

「いいえ」

里見先生ははさみで湿布を裁つ音が楽しい。

「預かったんです、私が。また会う日まで私が保管しておくんです」

里見先生は広げたままの鏡に、ほんのりと紅く色づいた唇を映して陽気に言った。


***

 昼休みが終わった後も、クリスの心は不安定なままでいた。仲間と笑っていると、突然あの夢のような世界に引き込まれる。ノアが水の奥に見えた意識の世界に。何か大切なことを忘れているような漠然とした不安に付きまとわれ、クリスはつい黙りがちになっていた。ノアが洗濯物を干しながらしゃべり続けているのも、まるで頭に入らない。クリスはついに立ち上がった。

「どうしましたか、クリス様?」

出かける支度をはじめたクリスに、ノアが尋ねる。

「あ、あのさ、学校に忘れ物しちゃって……取りに行ってくるよ」

そんな言い訳をした覚えがする。はっきりとは覚えていない。とにかくクリスは家を出た。

 まさかそこにいるとは思わなかったが、薫は美術室にいた。見つけたのは、夕闇がのみ込み始めた校舎内をあちこち走りまわった後だった。薫は一人、残照を以って絵画鑑賞していた。クリスが教室に入っていっても薫は身じろぎもしなかったが、歩み寄っていくと腕を伸ばしてその肩を抱いた。

「先生……」

「どうした?」

クリスは頭を斜め後ろに傾けて、薫の胸の中に凭れかかった。

「不安なんです。何が不安なのか分からないけど、なんだかずっと夢の中にいるみたいな感じがする……友達を見てても、何だか皆別の世界にいる人みたいで……」

その時、薫がすっと指差したのは、先ほどから彼が眺め続けている一枚の絵であった。それはつい最近美術室に飾られ始めたらしい。クリスには見覚えのない絵であった。妖精の絵であった。羽はあったが、フェアリーというよりはエルフにずっと近い感じがした。清らかで、神聖で、美しくて――妖精は透き通った羽のある背を反らしてこちらに向け、目を閉じて何か恍惚とした夢を見ているようであった。背景には何も描き込まれていなかった。無の中で、妖精は何を夢見ているのか。

 不思議なことに、妖精の絵とクリスに付きまとい続ける夢のような感覚は、どこかに共通するものを持っていた。その正体こそ定かでないものの、クリスは少し救われたような、心が安らぐような、そんな気がしたのであった。一体誰の描いた絵なのだろう。

「俺は?」

「えっ?」

唐突な問いに、クリスは尋ね返した。

「俺も別の世界にいる人みたいに見えるかい?」

クリスはしばし考え込んだ。クリスを抱きしめる薫の腕の力は、一秒ごとにますます強くなっていく。甘い酔いに絆されて、クリスはやがてゆっくりと首を振った。

「分からない……」

暗闇はほぼ教室を覆い尽くしていた。




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