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TRUE†LIE  作者: ひつじ
6/11

✝もうひとつの謎✝

――――翌朝。



 登校した学校ではどこの学年、クラスも生徒たちの噂話でもちきりだった。

 ひそひそささやき合うその声が重なり合って、嫌といっても聞こえるほど耳に入ってくる。


『聞いたか…!今度は隣のクラスの4組が荒らされたって』

『え!野球部、5組…。その次は、4組?どうなってんだ一体』

『ふざけるには、なんかいきすぎじゃね?これで三件目だぜ?』

『ね 犯人ってうちの学校の生徒なんだよね』

『えー、ヤダ!怖ーい』


「どこもかしこも この噂ばっかりだな」


 騒ぎ立てる生徒たちの声を聴きながら、

沈んだ表情で隣を歩く葉月に語りかけてみる。


「うん…。 

 みんなだってさすがに怖いんだよ、これで三件目だもの。…ねぇ 柚杞くん。これってほんとにただのイタズラなのかな…」

「さぁ? どうだかな。

でも、イタズラだと決定するにはまだまだ証拠も動機も少なすぎる」

「うん そうだね…」


 どうにもできない現状に、葉月が明らかに落胆する。

『イタズラだと決定するにはまだまだ証拠も動機も少なすぎる』

そう――…そして、

イタズラじゃないと否定するにもまだ早すぎる。

(一体    なんなんだ…?)


――――キンコーンカーンコーン…。

 巡らせ始めたばかりの思考を邪魔するかのように、

聞きなれたチャイムがそれをさえぎって担任の先生がHRにやってくる。


「はいはい みんな席についてー」


 小里先生の言葉に、あわててそれぞれの席に着く生徒たち。

全員が席に着くのを見届けた先生が一呼吸おいて、冷静に口を開く。


「えー…。

みなさん生徒間で怪奇現象だの、事件だのと根も葉もない噂が飛び交っているようですが、断じてそのようなものではありません。

 単なる生徒のイタズラと思われますので、犯人は余計な言い訳をせずに出てくるように。

 では私たちは隣の片づけもありますので一限目は自習とします。

以上、HRを終わります」


(イタズラ、ねぇ…。)

 忙しそうに、出席簿を小脇に抱えて教室を出ていく先生を見送って、謎めいた現状に、おもわずため息がこぼれる。

と、そのとき。


「なぁーあー!柚杞ー!」


突然、頬杖をついていた机が誰かの声とともに手をついた衝撃で揺れて、頬から手がずれ落ちる。

こんなろくでもないことするのは、俺の思い当たる限りではひとりしか該当しない。

 崩れた態勢から、顔を上げそいつをにらむ。


「で、何の用?歩」

「柚杞はどう思う?この事件」

「どうって?」

「だーから!ただのイタズラだと思ってる?事件だと思ってる?」


 聞き返すばかりの俺に歩がじれったそうに、尋ね返す。


「どっちも。

ただイタズラにしてはやりすぎてる気はするな」

「だろ?やっぱおかしくない?これ絶対事件だと思うんだけど」


 やっぱりそう思うか!、といわんばかりにさらに力を込めて事件と主張する歩。

 言われてみれば事件のような気もしてくるが、余計な先入観は組織としての捜査に限らず、無意識のうちに物事の判断を絞りこんでしまう。

ここはまだどちらだとも確信しないのが、賢明な判断といえるだろう。


「でもまだ人的な被害が起きたわけじゃないし、

盗みってわけでもない。それだけじゃ、警察は動かないもんさ。」

「でもさでもさっ!先生たちなんか隠してる気がしない?

最近生徒が立ち入れないとこだって増えたし」

「そりゃこんなの起きてりゃ警戒もすんだろ。

それもその犯人が生徒内にいるのならなおさら、な。」

「うぅ… でもさー!なぁーんか――…」

「はいはい。分かった分かった。

それじゃ、この話はお終い。さよーなら」



 何度も言いよどむ歩に、強制的に話を打ち切って

机に顔を伏せ見もせずに手を振る。

 すると、ようやくあきらめたか大きなため息がひとつ聞こえ、そっと顔をあげてみると歩が自分の席へと立ち去っていくのが目に入る。

(やっと行ったか…ったく、こういうとこだけ妙に頑固つーか…。)

 衝撃で歪んだままだった机を正しく元に戻して、急に襲ってきた眠気に、また机に顔を伏せて、目を閉じる。

(そういえば昨日、この噂のせいであんま眠れなかったしなぁ…)

そう考えているうちにも、意識が自然と眠りに落ちていく。

『最近、生徒が立ち入れないとこも増えたし』

 ふと、歩の言っていたことが脳裏によみがえる。


(とりあえずあとで適当に回ってみる…か…)


一時限目は結局そのままずっと眠ってしまい、その後休み時間に何度か校内をぐるりと歩き回ってみたもののほとんどずっと捺たちも一緒にいることが多く、なんだかんだと時は過ぎ――…放課後。




「――とはいったものの…、どーすっかなぁ?

立ち入り禁止なんだし当然…」


かすかな期待にすがるように、立ち入り禁止であるその部屋の

ドアノブを握り、ゆっくり回してみる。

 が、鍵がかかっているため回るはずもなくガチャガチャと音だけを響かせる。


「…ですよねー」


(ま 立ち入り禁止なんてそんなもんだよな…。…ん?)

 ひとり期待してそんな風に落ち込んでいると、なにやら同じく立ち入り禁止である部屋からかすかだが会話が聞こえてくる。

(この声は担任と…だれだろ?)

単純な好奇心から、俺は思わず壁に背をつけてその場に息をひそめる。


『小里先生、これってほんとに生徒のイタズラだと思いますか?』

『そうに決まってるでしょう、ほかに誰がするっていうんですか葉介ようすけ先生?』


(これ、担任と…葉介先生…?)


古雅こが 葉介ようすけ

 今年来たばかりの新米で、一生懸命でとても優しく、信頼も厚いため早くも女子のお気に入りだそうで、人気のある美術教師だ。


(――なんて、そんな人気教師がなにをこんなとこで小里先生と…)

と、ふと首をかしげたそのとき。

「わぁっ!」

「…っっ!!」

「えへへー。ゆず、みっ――…」

「しーーっ」


 突然現れて状況を理解できていない葉月の口に手を当てて、

自分の口に人差し指をたて、静かにするようにサインを送る。

無言のままコクンコクンとうなづき、葉月の口からふさいでいた方の手を離して、再び会話に集中する。


『ですが…その、小里先生のクラスにはうちの娘が…。』


(なるほど、そういえばそうだったな…。)

 小里先生の担任する俺たちのクラス2-3には、

古雅こが はなといって、古雅先生の一人娘が在籍している。



『それがなんです?あなたの娘は疑わないでとでもいうつもり?』

『い、いえ…立場上そのようなことはいいません。

その辺は僕も理解しているつもりです。』

『そうね。ならいち早く犯人である生徒を見つけ出して

くだらないイタズラなんかやめさせることね』

『ですが!まだただのイタズラと決まったわけじゃないんです!

この際だから言いますが、PTAからもだいぶ

苦情が寄せられているんですよ!

どうしてこんな事態にあるのに休校にしないのか、と』

『それは校長先生の決めることです。それにあなたこそ、

いい加減生徒たちの根も葉もない噂に惑わされないでほしいものです。

もっと教師として…大人として!自覚を持ってください。』


 それだけ言い残して、その部屋を出ていく小里先生。

(あーあ いうだけいっていっちゃったよ担任…)

たぶん今部屋にいるのは葉介先生だけ。

 人がいい葉介先生だけなら、なんとか理由をつけて入るのも

たやすいかもしれない。


「よし、行くぞ!葉月」

「え… えぇ~っ もうわけわかんないよ~っ!」


 泣き言を言いながらも、俺の後に続く葉月。









――…コンコン。

「はーい?誰ですかー?」


 静かにノックをすると、扉の向こうから

葉介先生の返事が帰ってくる。


「すみませーん、先生にこの部屋に忘れ物したので

とってきてほしいと頼まれたんですけどー」


もちろん、これは部屋に入るための口実で真っ赤な嘘。

 いつも正直者の葉月は、あまりにあっさりとした俺の嘘に隣で慌てふためいているくらいなのだから。


「なんだい、君たち。名乗りもしないで――…って。

あ、君たちは小里先生のクラスの…」


 扉を開けて、立っていた俺たちにひとり言のような問いかけのようなつぶやきを返す葉介先生。


「はい!ダブル東雲ですっ」

「ははっ、ダブル東雲か。面白いネーミングだな」


冗談交じりに俺が笑うと、葉介先生もおかしそうに笑う。

 学校側には俺らが双子であることは明かしていないながらも、

同じ東雲の姓を名乗り、仲が良い俺たちはよくそう呼ばれる。

故に校内でこの名を名乗れば、結構みな理解してくれるのだ。


「それで、なんだっけ?東雲」

「あ そうでした。あの、小里先生がさっき

この部屋に忘れ物をしたのでとってきてほしいと頼まれたんですけど」

「あぁ、そういうことか。なるほど」

「…と。いうわけで、しっつれいしまーす」

「ええっ!いやいやいや!ちょっと待ってくれ!」


 隙をついて入り込もうとする俺に、

先生が慌てて入り口に立ちふさがる。


「はい?」

「あ…いや、そのだな。悪いんだがその、

今この部屋は生徒立ち入り禁止なもので

君たちを入れるのはちょっと…」

「ダメなんですか?」

「えと…、その…。ああ、悪いな」


 さすが人のいい葉介先生だ。

俺たちが先生の頼まれごとで来たというのに入れてあげられないことに、言いにくそうに謝る。

 同じ断るにしてもたぶん小里先生なら

「ダメなものはだめです!生徒は立ち入り禁止!」

…と、一刀両断するだろう。

 しかし、信頼の厚い葉介先生ならそう

簡単に中に入れないことくらい想定済み。

 俺は落ち込んだように肩を落としさりげなく葉月を一歩前に押し出して、後ろに後退する。


「そうなんですか…。」

「す、すまないな 東雲」

「あ…! あの、どうしても…、ダメなんでしょうか?」


 俺の考えをアイコンタクトで理解した葉月が、

その考え通りに少し瞳を潤ませて下から覗き込む。

 そんな葉月に葉介先生もさすがに少し心揺らいだのがわかる。

なんてったって、葉月は目元が花に似ている。

愛娘と似たその目にどうしても勝てなかったのだろう。

 しばらく沈黙を置き、ため息をひとつ漏らすと声を潜めて立ちはだかった入り口から少し体をどける。


「……今回だけな。ほかの先生には言わないでくれよ?」

「もちろんです!」


 こうしてなんとか無事に入ることができたが、


(にしても…これくらいで心揺らぐんじゃ

先生の信頼はほんとに大丈夫なんだろうか…?)


そこだけが少し心配になってしまった。

(へぇ…、ここが立ち入り禁止の部屋かぁ…)


 微笑みを湛えたまま、脳内だけは鋭く部屋の様子を観察し始める。

どうやら長年の潜入調査の癖になってしまったらしい。

 しかし、特にこれといって変わったことがあるでもなく、どこにでもあるごく普通に5つほど先生のディスクが並んでいて、その机上にはそれぞれのプリントやテキストが散乱しているだけ。


「どうだー東雲ー?忘れ物、見つかったか―?」


 葉介先生が散らかったディスクのうえのパソコンと向き合い、データを打ち込みながらこちらを見向きもせずに声だけを向ける。

どうやら生徒名簿を作成中のようだ。



「うーん…どうでしょう?

確か大事な宛先の書いてある小さなメモだといっていたのでもしかするとどこか奥にでも落ちているんじゃないでしょうか?」


もちろん、これも嘘。

いや、厳密にいうなら嘘ではないけれど。

 そこまで言い切った俺の瞳が、ふと茶色の薄く埃かぶった戸棚の物陰に四角く四つ折りにたたまれた小さな紙らしきものをとらえる。


(見つけた…!)


 物陰の裏。

誰の視線もないこともあって、思わず不敵な笑みがこぼれる。


「おーい 東雲ー?見つかったのかー?」


 物陰の後ろに顔を突っ込んだまま反応の見えない俺に、先程と同じように古雅先生がのんきに呼びかける。


「あ はーい!ありました 古雅先生、ありがとうございます」

「全く…。ちゃんと内緒にしてくれよー?」

「わかってますって!失礼しったー」


 ドアが閉まる瞬間、思わず口元がほころぶ。

いまだに状況が読めていない葉月がおずおずと俺の後ろから問いかける。


「あのぅー…ゆず、あの部屋がいったいどうしたって――…」

「見つけたよ」

「え?」


 葉月が言い終わらないうちに答えが先走る。


「これで奴らの正体がつかめる…。」

「え…え、柚それって…もしかして」

「行くぞ…!」


 そういって葉月の手を引いて駆け出そうとした時だった。







「柚杞…っっ!!」


 突然背中に聞こえてきた声に、走り出しかけていた足をなんとか踏みとどめて、怪訝に後ろを振り返る。

 しかし、少し予想外なその人影に俺は苛立ちより言い知れぬ違和感とちょっとした驚きのほうが大きかった。

「なんだ、歩じゃん。珍しいな、お前と放課後に会うなんて。

野球はどうしたんだ?」


 いつも部活に直行するため、俺たちが放課後に会うことはほとんどないし、実際、これまで一度もなかった。

それに夕陽の逆光で気付きにくかったが、歩はいつもの制服ではなく野球のユニフォーム姿であるため、部活が休みだったということは考えにくい。それだけに、少し驚いたのだ。そして、同時に違和感も増していく。

(なんだ…、歩のやつ。やけに暗いような…?)

 そこで気付く。逆光の夕陽に立つ歩の目元で何かが光る。


―――…涙だった。



「おい…!どうしたんだよ!?」


 異様な胸騒ぎ。何処か感じる違和感。

こういう勘は、たいてい的中する。歩に駆け寄った途端、突然姿勢を崩して座り込む。


「おい…!歩、いったいなにが――…」

「…ツ、捺が…。」

「…?」

「捺が…あいつらに連れ去られた……っ!」

「…………っ!!」


 さっと青ざめた葉月の表情が、答えを求めるかのように恐る恐る俺を見つめる。


「ゆ、ゆず…」



(どうする…、どうするんだ柚杞。考えろ、考えろ……!)

(どうする…?柚杞)


 先ほどの廊下から少し歩いたところにある第2工作室。

老朽化のせいもあり今では空き教室となったその部屋にひとまず歩を運び、休ませる。


「どうしよう…柚杞…俺…おれ…」


 古臭いにおいのする教室に、仰向けで寝かせた歩が涙声で溢した。

赤くなった目元を隠すように覆った腕の隙間から、幾つもの筋が頬を伝って流れていく。


俺は目を閉じ混乱する頭を抱えて自問を繰り返す。

(もう少しで奴らの正体を掴めると思ったのに…!)

 悔しさにたまらず固く握った右手を開き、手の中にある紙切れを見つめる。

先程の四角い紙切れだ。

これが奴らの正体を暴くはずだった手掛かり。次に狙われるはずの犯行現場を突き止めた、重要な手掛かり。

(これで奴らの現れる場所はわかる。でも……)

 このことを少しでも奴らに勘づかれたりすれば、そのとき奴らの手元にいる捺がどうなるか分からない。

一か八かの賭け。勝算は―――…

(危険すぎるか…?)

焦りと緊張のせいか。

首筋にじわりと汗が伝うのを感じながら、俺は覚悟を決めた。


「葉月」

「は、はい」

「今日は……引き上げよう」

「え…」

「ちょ…っっ待てよ柚杞!なんでだよ!!」


 予想していなかったのだろう。

思わず飛び起きた歩が、眉間にめいっぱいのしわを寄せて反論する。

「なんでって………お前、ショックで体調崩してるし、安静にしてなくちゃいけないだろ?」

「なんともねぇよこれくらい!!!」

「いいや、今日は安静にしてろ。無茶したって余計に――…」


いつものようになだめようとするが、今回はそうはいかなかった。

 もともと争いを好まない歩。いつもならこの時点で大人しく引き下がるが、歩は俺の襟元を掴みあげて見たこともないほどの形相で叫んだ。


「ふざけんな!!!!黙って大人しく引き下がれっていうのかよ!?」

「そうだ!!あとは警察に任せたらいいだろう!所詮俺らなんかじゃ…っ」


――…なにもできないんだよ。

そう続けかけた言葉を、飲みこんで自分の言葉が胸に突き刺さる。

所詮、無力な子どもでしかない。思いだけ強くて、なにもできやしない。

 心のどこかではかすかに気付いていたことを、自分で自分に突き付けた様な気がして、体中の力が抜けていくのを感じた。

「…そうかよ。もういいよ、俺は勝手にする」

 


 長い沈黙の後、襟元にかけられていた力が緩む。そして、歩はうつむいたまま静かにそう吐き捨てると、乱暴に扉を閉めてどこかへと行ってしまった。


「あ…ちょっと待っ…」


 聞こえていたのかどうかはわからないが、歩は葉月の声にさえ振り向かなかった。


















「ね…ねぇ…ゆず、ほんとに行かないの…?」

 黙ったまま歩の出て行った扉を見つめ続ける俺に、葉月が今にも泣きそうな顔で言った。困ったことに、どうも俺は葉月のこういう顔には弱いらしい。まったく…こんな自分にため息がでる。


「はあぁ…わざわざ言わせるつもり?行かないわけないだろ?」


 当然のようにそう返すと、葉月の涙目がパァッと輝いた。


「……っ!!それじゃあ…っ!!」


窓から見える景色の向こうには、もうすぐ星が輝き始めそうな夕焼けと夜空の混じるような2層の空。

 葉月の手を引いて、俺はあの場所へと向かった。











「ほら行くよ。





   ――――………もうすぐ奴らがくる。」

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