第26話 黒との対峙
反転世界に飛び込んだ直後、鶴来の視界に映ったのは、何故か宙に浮き己に向かって飛んでくる鏡華の背中だった。
鶴来は懐に飛んできた彼女を咄嗟に両手で抱きとめて、彼女の無事を確認した。
「なっ……と、大丈夫か鏡華!」
「あ、ああ……でも……」
背中から飛び込んだ為に図らずも所謂『お姫様抱っこ』の様な格好で抱かれてしまっていた鏡華だったが、状況が状況な為かそれについては気にする事無く、神妙な顔付きで鶴来から向かって正面方向へと顔を向ける。
それにつられて鶴来も正面に顔を向けると、そこには鏡華を連れ去った大鎌の男が佇んでいた。その右手から、大鎌型のセイバーは既に消えていた。
恐らく彼が鏡華を投げ飛ばしたのだろう。わざわざ連れ去ったはずの鏡華を鶴来の下に返したその意図は鶴来にも、鏡華本人にも掴めなかったが。
兎にも角にも鶴来は警戒しながら、鏡華を後ろに下げさせる。
「……鏡華、少し下がっててくれ」
「鶴来っ……あ、あいつは……」
アイツは危険だ。と鏡華は伝えようとするも、鶴来は「分かっている」とでも言うかの様に鏡華の言葉を途中で遮って口を開いた。
「大丈夫だって、さっきの蹴りからして多分相当強いはず……それこそ、海の時のあいつとは比べ物にならないくらいだろうけど、まぁ最悪時間稼ぎぐらいは出来るだろ。俺丈夫だし」
軽い口調で言ってのけた鶴来だが、鏡華は大鎌の男の実力を知っている為にむしろ危機感が強まり、思わず口調が荒くなってしまう。
「なっ……じ、時間稼ぎって何馬鹿な事言ってるんだお前は!?」
「だから大丈夫だって、何も『俺を置いて先に行け!』とかそんな訳じゃなくて、電話でRWGとか俺のお袋でも呼んで助けに来て貰えば良いだけなんだから。そんな不安そうな顔するなって」
そう笑いながら言った後、鶴来は鏡華の頭に軽く手を乗せて撫でだした。
当然、鏡華は恥ずかしさから慌ててその手を払いのけた。
「なっ、何するんだこんな時に!」
「ははは悪い悪い。ま、というわけだから、ちょっと下がっててくれ」
それが計算なのか天然のものなのかは分からないが、鏡華は鶴来の場違いな行動の為に一瞬気が逸れてしまい、今の状況を忘れかけてしまっていた。
気づけば既に、鶴来が大鎌の男の下へと向かって歩いていくところだった。
「え……あっ、待って……」
鏡華は焦って引きとめようとするもその時には鶴来は既に大鎌の男と対峙しており、その二人が纏う空気の重さを感じたせいで、つい言葉が尻すぼみになってしまう。
助けにきてもらえれば大丈夫、と鶴来は言ったが何か嫌な胸騒ぎを感じる。
無意識のうちに鏡華が両の手を胸の前でぎゅっと組んで見守る中、何故かわざわざ鶴来が対峙するのを待っていたらしい大鎌の男が口を開いた。
「どうやら、話し合いは済んだ様だな……」
初めて聞くその声音は、別段普通の成人男性のものでしかない……はずなのにどこか虚ろで人間性の欠けた様な、機械音声に近いものを感じる。
その声を聞いた鏡華は、何と無く「不気味だ」と思った。
だが鶴来は気圧される事も無くセイバーを虚空から取り出して構え、交戦の姿勢を見せる。
「……空気を読んでもらって悪いけど、アンタは鏡華を傷つけるつもりみたいだな……だったら、一切加減は無しだ!」
言うやいなや、威勢良く飛び込む鶴来。
対峙する大鎌の男は右腕を持ち上げて自身のセイバー、大鎌の形をしたそれを再び出現させて右手で握りしめるとすぐ無造作に振り下ろした。
ガキンッという衝突音と共に、赤と黒の刃がぶつかりあい火花を散らす。
(鶴来、頼む……無事で居てくれ!)
鏡華はそう祈りながら、戦う二人を横目にスマホを自身のズボンのポケットから取り出した。
逸る気持ちに釣られて操作に若干手間取るも、すぐにきららに電話をかける。
だが、聞こえてきた言葉は期待した甲高い少女じみた声では無く、事務的かつ無感情な女性の物で、つまり――。
『おかけになった電話は電波の届かない場所におられるか、電源が入っていないため――』
「えっ、一体どういう……なっ、圏外っ!?」
よく見れば右上に表示されているのは電波のマークでは無くて『圏外』の文字。
予想だにしていなかった事態に鏡華は驚愕を隠せない。
とは言え本来、反転世界には電波等は届いておらず携帯等の通信は不可能だ。
故に圏外であってもなんらおかしくは無い。
……普通ならば、の話だが。
と言うのも、RWGに所属している職員達には専用のスマートフォンが渡されており、それは現実世界の電波を反転世界で拾い、二つの世界で連絡し合える様に特殊な改造が施された物なのだ。
一応、現状では『RWGの関係者』という微妙な立場に居る鏡華だが、それでもきららの計らいのおかげもあってそれを持つ事が出来ていた。ちなみに鏡夜だった時に持っていたスマホは以前の大鎌の男との戦いの際に紛失している。
という訳で、今鏡華の持っているスマホは現実世界で電波が届くところなら反転世界であろうと問題なく通話が出来る物であり、それなのに山奥などなら兎も角普通に電波の届く街中で『圏外』というのは、明らかに異常だった。
だが異常が起こっているのならば、何処かに原因があるはず。
(もしかして、ここ一帯に何らかの通信妨害でも施されているのか……!?)
鏡華の思い至った可能性。それは大鎌の男が事前に何らかの方法で通信妨害を行っているという事だった。
RWGから程近いこんな街中で、またこちらが連絡手段を持っている状態ならまず確実に、かつ迅速に増援を呼ばれる。得体の知れない大鎌の男だがそんな彼でもさすがにそれは避けたいのだろうか。だからこちらをここに連れて来る前に手を打っておいたと言うのは、考えてみれば当然の話だ。
とは言え電話による通信を妨害したところでここ一帯の反転世界は巻波支部の監視下にある。ネームレスの様な所属不明者のセイバーが現れたらそれの反応をキャッチしてどのみち増援を送ってくれるはずだが……。
(恐らくそっちも、怪しいか……!)
通信妨害を行ったという事は、相手もRWGからの増援の可能性を警戒しているという事だ。
ならば通信妨害を行ったところでRWGが今の戦闘を察知する可能性もある……というのも男は理解している、と考えるのが妥当だろう。
そしてそれならばそちらにも手が打たれていてもおかしくない。
だとすれば八方塞がりだ。かつての自分でも瞬殺された相手。同程度の実力を持つ鶴来一人であの男の相手をするには、余りにも実力差がありすぎる。
逃げなければいけない。その為にとりあえずは鶴来に通信不能の事実を伝えなければ。
だから鏡華はまず彼の名を叫んだ。
「鶴来!」
だがその声は、大鎌の男と打ち合っている鶴来には届かなかった。
その理由は至極単純、鶴来が戦いに集中せざる負えなかったから……言い換えれば、やはり大鎌の男が圧倒的に強かったから、という事にもなる。
鶴来は鏡華から見てもかなりのハイペースで斬撃の乱打を浴びせている。が、それを受ける大鎌の男は一切の動揺を見せないどころか一歩も動かずにただルーチンワークをこなすかの如く、黙々と手に持ったセイバーで捌き続けていたのだ。
「鶴来……」
近くに行っても足手まといになるだけなのを嫌と言う程に理解できてしまう。どうにかして鶴来に伝えなければいけないのに、眺めているしか出来ない自分が悔しかった。
鏡華はこの状況を打開する方法を思考しだすもその直後に、大鎌の男が口を開いた。
「ほう、どうやら強度が増してきている様だな。……それがお前のセイバーの力か」
「だったらどうした!」
セイバーには、それぞれ固有の能力が一つ備わっている。
そして大鎌の男が察した通り、鶴来のセイバーには常時発動している力があった。それは『何かにぶつかればぶつかる程その堅さと切れ味を増していく力』だ。
海での事件で鶴来が幾度と無い打ち合いの末、相手の武装を叩き折ったのはその力のおかげだった。
だが、その力を理解した上で目の前の男は尚、打ち合いを止めようとはしない。
それどころか――。
「だったら一つ、実験してみようか」
「何っ!」
男は鎌を一度大きく振ってその先端を鶴来のセイバーに叩きつけると、その反動で距離を取る。
そして男は手に持った鎌を手の捻りだけで器用にクルクルと回転させると、あろう事か回転させてまま鶴来のセイバーにぶつけ始めた。
しかし構造上、当然鎌の刃はその刀身の内側にある。外側の峰だけをぶつけてもただ鈍器で殴ったのと大差は無い。しかも腕の力を殆ど使わない、重みの殆ど無い攻撃だ。
「このっ、どういうつもりで……!」
鶴来が発した動揺の声も気に留めず、男の鎌はその刀身で漆黒の円を描きながらガリガリと、鶴来のセイバーとかち合ってけたたましい音を鳴らす。
しかし男の攻撃は回転速度こそあれどもあまりにも軽く、鶴来のセイバーに更なる強度と切れ味を与えるだけにしかならなかった。
そうして獲物をぶつけ合って数秒間、男はぼそりと一言呟く。
「……成程、ここが限界か」
そう言って、男は鎌の回転を止めて軽く後ろにバックステップ。
意図の不明な打撃の嵐から漸く開放された鶴来も一歩引いて、呼吸を整えなおしてから男に向かって言う。
「くっ……何のつもりかは知らないけど、これで不利になったのはお前だ!」
鶴来のセイバーは今、能力の限界まで強度と切れ味が高まっていた。そう、限界までだ。
セイバーの能力という物は本人の錬度に合わせて成長をみせる。
逆に言えばそれはセイバーの、勿論鶴来のそれの能力にも一定の限界が存在するという事であり、男が高速で打ちつけた刃は鶴来のセイバーの能力を限界まで引き出した。
しかし男がそれをする事に何を意味するのか、鶴来どころか二人の戦いを離れて見ていた鏡華にも分からない。
だが何か碌でも無いことをしてくるのでは無いか、と確信めいた予感を感じてしまった。
「言っただろう、これは実験だと」
果たして鏡華の予想通り、大鎌の男がセイバーを大きく振りかぶったかと思えばその漆黒の刃が黒く、輝いた。
存在そのものが矛盾した漆黒の光。かつての自分を一撃で倒したそれを見た瞬間、鏡華は鶴来に向かって叫んだ。
「あれは危険だ!早く逃げ――」
が、それが鶴来に伝わるよりも早く男が刃を振るった。斬撃は漆黒の衝撃波となり、鶴来を襲う。
一方の鶴来も咄嗟にセイバーの刀身を盾に衝撃波を防ごうと動き、結果として鶴来のセイバーと衝撃波が激突。瞬間、鏡華の身に強烈な風圧が襲い掛かった。
「あ――だっ!」
小さい体が一瞬宙に浮くも、すぐ重力に従い落下して地面に打ち付けられた。
幸い衝撃はそこまでのものでなかった為、鏡華はすぐに上半身を起こして爆発の中心にいたはずの鶴来を探そうとする。
「っ……はっ、鶴来!大丈夫――え……?」
しかし突然、『ある物』が鏡華視界を掠めたと思ったら彼女のすぐ後ろの地面にカランッ、と軽い音を立てて落ちた。
反射的にその『ある物』に視線を向けてしまう鏡華。
そしてすぐにそれの正体を理解した鏡華は目を見開き、鶴来のいるはずの方に顔を向けた。
「――鶴来!?」
鏡華が見たある物。それはクリアレッドの大剣……の、刀身。それも中ほどから砕けて折れ、持ち手と分離した状態のものだった。
そして今、鏡華の視線の先では鶴来が苦悶の声を上げて膝をついていた。
「がっ……あ゛……!」
痛みに緩んだ右手から、持ち手だけとなったセイバーが滑り落ちる。
だが彼はセイバーこそ砕けたものの、その肉体にダメージを負っている様子は見られない。だが鏡華は鶴来のダメージの理由に一つ、心当たりがあった。
(やはり、セイバーのダメージを……!)
セイバーは所持者の『魂』とある種の繋がりを持っている。
所持者によって形状、能力に違いがあるのは個々人の魂の影響を受けるからなのだが、逆にセイバーから所持者自身に受ける影響と言うのも少なからず存在する。その一つが『ダメージの共有』だ。
軽く傷を負う程度なら問題は無いのだが、セイバーが大きく損傷するとそれと繋がっている本人もそれ相応の苦痛を負ってしまうのだ。これにより死ぬ事はさすがに無いが、それでも今の鶴来の様に一時的に行動不能に陥る程度の危険性は存在する。
「こなくそっ……!」
それでも鶴来は苦痛に顔を歪めながらも何とか歯を食いしばり、膝に力を入れて立ち上がろうとする。
鏡華はそれをただ見ている事しか出来なかった。本当ならば今すぐにでも側に駆けつけたいのに、恐怖で足が竦んでしまっている。
そしてそんな鏡華の視界の中で、大鎌の男は静かに、そして不気味な薄ら笑いを浮かべながら鶴来の下へと近づいていった。
「今のを一度防いだ上で立ち上がるか。良いぞ、想像よりかは堅かった」
思ってもいないお世辞でも、もう少し感情を込めるのでは無いかという程に淡々した言い方をしながら、大鎌の男は鶴来の腹に一発蹴りを入れる。
「かはっ……」
「鶴来っ!」
肺から空気を漏らし、体をくの字に曲げて鶴来の体が宙に浮いた。
だが彼が地に落ちる前に、いつの間にかセイバーを右手から消した男はその手で拳を作り、鶴来の顔にもう一撃。
勿論鶴来は頭から吹き飛ばされていき、嫌な音を立てて塀に激突する。
塀に跳ね飛ばされた体は、その勢いと重力に抵抗も無く従って地面へと叩きつけられた。
「あ……あぁ……」
鏡華はその場で地面にへたりこんでしまった。
何も出来ない自分が悔しい。大きなダメージを受けた鶴来が心配で堪らない。しかし何よりも、大鎌の男が恐ろしかった。
だから、鏡華はその場から動けない。
『竜胆鏡夜はそんな何も掴めない様な小さい手をしていたか?何も守れない、細く小さな体だったか?』
かつて夢の中で向き合った、自分自身の言葉を思い出す。
『ただ、蹂躙される為だけに在る、そんな悲しい存在だったか?』
その通りだ。実際、今の自分は何も成せていない。
――それでも。
(私は……)
大鎌の男が再び鶴来に、悠々と近づいていく。
頭に大きなダメージを負ったせいで気を失っているのだろうか、鶴来は倒れ伏したままピクリとも動かない。
(私はっ……!)
大鎌の男が鶴来の目の前に立った。
漆黒の大鎌。まるで死神が命を刈る時に振るう様なそれを、右手に出現させる。
(それでも、俺はっ……!)
大鎌の男がセイバーを天に掲げた。
そしてその刃は先端から鶴来へと躊躇無く真っ直ぐ、吸い込まれる様に振り――下ろされなかった。
振り下ろされる途中にピタリと空中で止まった刃。
そのすぐ下には、鏡華が立っていた。
「っ……!」
(俺の心は……心だけでも!)
鏡華は自身の背で倒れ伏している鶴来を守る為に、男の前で腕を大きく広げて仁王立ちをしていたのだ。
その足は震えて、目には涙が溜まっている。
誰がどう見ても限界寸前だったが、それでも鏡華はそこから動く気配を一切見せない。
鏡華の瞳は恐怖で濡れていたが、しかしそれ以上に確固たる意思が篭っていた。
その瞳に睨みつけられた大鎌の男は、目の前に立ちはだかった鏡華を一瞥すると何故かセイバーを消して――笑った。
一体何がおかしいのか大鎌の男はしばらく、くつくつと不気味な笑い声を発し続ける。
やがてそれが収まると、次に男は鏡華に話しかけた。
「支え、支えか……成程、随分その男が大事なんだな。竜胆鏡華……いや、『鏡夜』と呼ぶべきか?」
「!?お前はっ……!」
鏡華は『鏡夜』の名が大鎌の男の口から飛び出した事に動揺するが、しかし同時に「やはり」とも思った。
確実に、この男は何かを知っている。
鏡華は自分自身を奮い立たせる意味も込めて、未だ恐怖で震える喉で無理矢理大声で叫ぶ様に問いかけた。
「お前は一体何者だ!一体何を知っている!俺の体をこんな風にしたのもお前なのか!?」
しかしその返答はあまりに簡潔で、そしてそもそも答えになってなかった。
「……問いが多いな」
パンッという乾いた音と共に鏡華は左の頬に猛烈な痛みを感じたと思うと、すぐに全身に叩きつけられる感触と再びの激痛を感じた。
「ぐっ……!」
「研究者として質問に答えるのはやぶさかでは無いが、生憎今は口を動かす時ではない……そう、今動かすべきは……この手だ」
そう言いながら大鎌の男は再び右手にセイバーを出現させて、先ほどと同じ様に頭上に掲げる。勿論刃の軌道上には鶴来が倒れ伏している。
そして再び刃は振り下ろされ――無かった。しかし今、男の目の前に鏡華は立っていない。
何故か刃を止めた男は次に自身の足元を見やった。
「やらせないっ……」
そこには先ほど地面に倒されたはずの鏡華が、地面に這い蹲ったまま男の足首を非力な両手で必死に握り締めようとしていた。
「……」
男の眼は髪に隠れていて分からない。だがその視線からは何処と無く面倒そうな物を見る様な雰囲気を鏡華は感じた。
男は表情一つ変えずに手に持ったセイバーを軽く下ろす。軽く振れば鏡華を一閃できる、そんな位置へと。
しかし鏡華は目を逸らさなかった。ありったけの敵意を視線に込めて男を睨み続ける。
男の腕が動く、刃が鏡華に向かってくる。それでも、鏡華は目を逸らさなかった。
だから鏡華にはそれが見えた。
「――え?」
男が、突然視界から消えた。それと同時に耳へと飛び込んできたのは、強烈な打撃音。
鏡華は何が起こったのか分からず呆然と、男の足首を掴んでいたはずの両の手を見やる。勿論そこに男の足は無く、ただ何かに弾かれたかの様な鈍い痛みだけが残影として残っていた。
「いいガッツだったぞ、嬢ちゃん」
未だ理解が追いつかず、男を掴んでいた時の格好のまま固まっていた鏡華だったが、誰かの声と共にその頭にぽんと手が乗せられた事で漸く、思考が現実へと向けられた。
頭に乗せられた手からは何故だか懐かしさと安心感を感じる。その手から腕へ、腕から体へと視線を追っていくとそこに居たのは、倒れている鏡華の頭に左手を乗せる為に大きな体を屈めた、赤みがかった茶髪の男性が居た。
(鶴、来……?)
特徴的な髪の色と男らしい体格から一瞬そう思った鏡華だったが、よく見ればすぐにそれが勘違いだったことにづぐ気づいた。
確かに男は鶴来に似ている。鶴来を20歳程老けさせて、更に体格を一回り大きくしたらこんな感じになるだろうか。
そんな目の前の男性の事を鏡華は知っていた。何故ならばその男性は、鶴来の父親である赤金翔冶だったからだ。
空いた右手に持っているのは鶴来と同じ、いやそれよりも深い紅をその身に湛えた、全長が身の丈ほどもある巨大なハンマーを象ったセイバーだ。
「なん……で……」
「まぁ、きららちゃんがな。今はそれよりも……」
翔冶は立ち上がり体の向きを変える。鏡華も顔だけで同じ方を向いてみた。
その数十メートル先では、先ほど翔冶が放った一撃で大きく吹き飛ばされた大鎌の男が倒れていた。
と思えばすぐにゆらりと、ダメージを感じさせない平然とした様子で起き上がってくる。
(化け物か……!)
人間が数十メートル飛ぶほどの一撃をモロに喰らって、普通に立ち上がってくる男に鏡華は戦慄せざるをえない。
だがそんな感想を鏡華が抱いた途端に、男はがくりと体を揺らす。何事かと思えば、その肩には鶴来と同じ……いや、こちらの方が若干明るいクリアレッドのボディを持った剣型のセイバーが突き刺さっていた。
同じ剣型でも鶴来の物とは違ってすらりとした細めの刀身を持つそれに追従するようさらに一つ、赤い影が疾駆。影はその剣を掴みそのまま、大鎌の男の胸を袈裟懸けに切り裂いた。
反転世界だから出血は無い。代わりに光の粒子が男の傷口から噴出した。
しかし男はそれを意にも介さないような軽々とした動きでバックステップ。自身を切り裂いた影と距離を離した。
一方の影は、血糊を払う様に剣を一振りしてから大鎌の男と向き合い対峙する。
その場に立ち止まったおかげで漸く影は人としての姿をはっきりと、鏡華の視界に映し出した。
鶴来や翔冶の物と似た、赤みがかった茶色の長髪。女性らしいメリハリのついた、しかし鍛えられ締まっている肢体。
彼女の事も、鏡華はよく知っていた。
「み、美羽さんまで……」
鶴来の母親である、赤金美羽。彼女はセイバーの刀身を肩に担いでとんとんと軽く叩きながら、不敵な笑みを湛える。
「よぉ、アンタが噂の『ネームレス』か。うちの息子らに随分とちょっかいかけてくれたみたいだが……今度はアタシらと遊ばないか?」
物騒な物言いの美羽だが、それを咎めるどころかむしろ翔冶も追従する。
「お前に個人的な恨みは無いが、戦闘不能に追い込む程度まではやっても構わないって上からも言われてるからな……そこで伸びてる息子の借りもある。あまり手加減は出来ないが、まぁ許せ」
二人は既に臨戦態勢に入っている。一方、不利であるはずの大鎌の男――ネームレスは大きな怪我を負っているというのに焦りの一つも見せなかった。
「公的組織の癖に随分と好戦的な事だ……しかし、少々遊びがすぎたか。まぁ良い、元々この戦いに然したる意味は無い。そろそろ帰るとするか」
文字通り『遊び』を終えて家に帰る時の様に軽いネームレスの物言いは、美羽の癪に触ったらしい。
威圧する様にドスの聞いた声を出す。
「あ、逃げられると思ってんのか?つうか意味は無いってどういう――」
「ついでに、こいつも試しておこう。手土産だ、精々遊べ」
ネームレスはそう言うやいなや、何故か手に持ってるセイバーを消した。
かと思えば直後、彼の右手首から先を『何か』が覆いつくすとそれはゴキゴキと不気味な音を立てて膨れ上がり始めた。
「なんだぁありゃ……!」
不気味な光景にさすがの翔冶も驚きの声を上げる。だが、鏡華はその光景に見覚えがあった。
やがてネームレスの右手に出来たのは、無機質な表面をしているのにどこか有機物的に脈打つ得体の知れない素材で構成された巨大な刃。それは海水浴場での事件で見た謎の武装にあまりにも酷似していた。
だが刃は一度形を成したかと思うと、再び膨張を開始する。
「なんだ、前とは……違う?」
以前は見られなかった現象に鏡華も驚かざるを得ない。
やがて人間大の大きさまで膨れ上がると最早『何か』の固まりとしか表現出来ないそれは、突然ずるりとネームレスの腕から離れて地面に落ちた。
しかし膨張はまだ止まらない。
ゴキゴキと、不快な音を立てて膨張を続けるそれは、ただ膨れ上がるだけでなく何かを形作りながら体積を増やしていく。
やがて今度こそ膨張を止めたそれは、生成された顔面部分から産声を上げるかの如くけたたましい鳴き声を発した。
「ギアァァァァァァ!」
左右側面に3本ずつ生えている異様に巨大な足と、人と虫を足して2で割ったかの様なアンバランスな形状の頭部。
自然界の生物には決して存在しえない、化け物じみたそれは正しくRWGが普段駆除している『ディザイア』そのものだった。しかもかなりの大型だ。
「ちっ……なんだぁこいつは?」
「ディザイアっぽいがまぁ何にせよ……来るなら叩くまでだな!」
翔冶は人間離れした脚力でディザイアの背中の真上まで飛ぶと、両手でハンマー型のセイバーを握り締めて上から勢い良く叩き付けた。
腹部が地面に叩きつけられる程の衝撃を喰らってその場に伏したディザイア。続いて、その右側面に美羽が回りこむと、目にも留まらぬ速さで剣型のセイバーを一閃。なんと3本の足を同時に切断してみせた。
右足を全て失ったディザイアは、当然支えを失った右方向に倒れこむ。
体が傾いた事で露出した腹部には既に翔冶が接近していた。
「せぇぇい!」
彼は気合の篭った声と共に、下から上へと掬い上げる様に腹部へとセイバーのフルスイングをかます。
腹部は背部よりも柔らかかったらしい。バコンッ!と豪快な破裂音を上げながら、どうやら腹部にあったらしい核ごとバラバラに割れて砕けた。
弱点である核が砕けた事で、光になって溶けていくディザイア。
インパクトの強い登場の仕方の割にはあまりにもあっさりとした退場だったが、しかしそれでも存在意義は十二分に果たしたらしい。
何故ならばディザイアの光が全て消えたその先には、直前までそこに居たはずのネームレスの姿が無かったからだ……。
【今日の戯言コーナー】
やはりバトルシーンは色々とかさばる感じ。一文に詰め込める情報量って意外と少ないよなぁと感じる今日この頃ですがまぁそれはそれとして。
こっから一気に佳境に入っていくので、このコーナーはこれより空気を読んで(恐らく)消滅します。べ、別にネタ切れしたわけじゃ(略




