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番外編4話 『かつて』と『今』と『いつか』の点

 鶴来達が海水浴場に行ったあの日から1日後。

 その時の事件とその後の鏡華の様子が頭から離れず、久々の実家だというのに今一くつろげなかった鶴来の元にある一つの知らせが何の前触れも無しに、わざわざ赤金家の元に出向いてきた鏡華の義母であるきららからもたらされた。


「突然だけど今日から鏡ちゃんはしばらくこの家にお世話になる事になったから、よろしくね鶴来君!」

「……は?」


 本当に突然である。

 朝8時というそれなりに早い時間に予告もせずやってきて予告もせず人の家の玄関先でとんでもない事を言い出したきららに対して、出迎えた鶴来は思わず口をあんぐり空けるという間抜けなリアクションしか取れなかった。

 だがそんな鶴来の後ろから、赤金家の玄関からひょっこりと現れた一つの人影があった。

 鶴来と似た色ではあるがより赤みが強く明るい茶髪を、肩甲骨辺りまで無造作に伸ばした妙齢の女性。

 彼女は鶴来の母である赤金美羽あかがねみはねだ。

 高校生の息子を持つ程の年齢なはずだが中々に鍛えているのだろう。全く衰えを感じさせない、若々しくすらっと伸びた肢体を惜しげも無く晒したタンクトップに半ズボンというラフな格好できららの前に姿を見せた彼女は、最初からきららが来る事が分かっていた様な口ぶりで話に割り込んできた。


「あ?なんだもう来たのか。まぁお前のとは言え人様の娘だ、きっちり面倒は見てやるよ。――こいつがな」

「はぁ!?」


 そう気楽に言いながら鶴来の肩をぽんと叩く美羽だが、叩かれた本人は『何が何だか分からない』と言う様相でただただ驚くばかりである。


「わぁ!鶴来君が見てくれるなら安心ね!ほら鏡ちゃん、またお世話になるんだから今度は挨拶くらいしなさいな」


 明らかに話について来れていない鶴来を完全に無視し、驚きの白々しさで感嘆の声を上げてみせたきららはその後、自身の背後に遠慮がちに隠れていた鏡華の背を軽く押し出した。


「わっ……」


 きららに押し出されて軽くたたらを踏みながらも前に出てきた鏡華は週巡するかの様に俯き若干間を置いてから、たどたどしく言葉を紡ぎだした。


「そ……その、しばらく世話になるから、またよろしく……頼む……」

「あ、はい……」


 気恥ずかしそうに俯きながらそう言った鏡華に対して、未だ話の流れと内容が理解しきれずつい空返事を返してしまった鶴来はその直後、回らない頭でふと思った。

 最初は部屋に引き篭もられていた辺り随分と進歩したなぁ、と。






 数多くのファイルが綺麗にかつ分かりやすく整理された棚が所狭しと並んでおり、紙の匂いと閉塞感がある種の静寂を形作っているそこはRWG巻波支部の地下一階。事務作業や反転世界の監視作業等、RWGの主な業務を担う部屋が中心となって構成されているその階の一角にある、『資料室』のネームプレートが扉にでかでかと貼り付けられた部屋だった。

 鏡華を半ば強引に赤金家……というよりは鶴来に押し付けてきたきららはその後すぐ一人でこの部屋に来ると、迷わず棚に仕舞われたとあるファイルを一つ取り出してそれを綺麗な指で一枚一枚丁寧に捲っていた。

 きららが閲覧しているファイルは、反転世界関連の技術の研究を秘密裏にかつ非合法にしていたとある研究所とRWGによるその摘発に関する資料だ。

 日付は現在から約十年前を指し示している。

 実はきららはその資料に既に何度か目を通しており、内容も殆ど暗記しており今この資料を手に取る必要性は余り無かった。

 が、きららはこの場所が結構好きだった。

 ここは静かでほど良く狭くついでに紙の匂いも心を落ち着かせてくれるので、集中したり物思いに耽るには丁度良いスポットなのだ。

 だから今、きららはどちらかと言うと自分の思考を落ち着いて纏める為にここにいた。手元の資料はその参考として、見落としが無いかもう一度読み直しているのだ。

 しばらく、きららがページを捲る音だけが聞こえていたが不意に彼女がぽつりと呟いた。


「『リンク』技術……か」


 今きららの見ているページに記されているのは『リンク』技術についての概要だ。

 『リンク』、それはきららの持つファイルに記されている研究所が独自に研究を行っていた『魂を繋げる』技術の呼称だった。

 『魂を繋げる』――それは不可視かつ非物質的な糸の様な物で二つの魂を擬似的に接続する事だ。それによって記憶や感情等の共有、それにテレパシーじみた意思疎通までも行える様になる……というのが『リンク』技術の理論だった。

 だがその技術は摘発により研究していた研究所が研究半ばで消滅したのと、そして何よりそれの研究が非合法かつ非人道的な方法でしか行えなかった為に、RWGがそれの研究を進める事も無く既に失われていた技術となっていた。

 きららは『リンク』のページを心無しか先程より速い速度で流し読みしていった。

 科学者の一人として失われた技術というものに興味が無いわけでは無い。

 だが、それ以上にとある理由からきららはこの技術そのものに嫌悪感を覚えていた。


「……あっ……懐かしい、随分大きくなったわねぇ……」


 ペースを上げて速読していたきららだったが、不意にその手と目線が止まったかと思うと、読んでいる資料には少々似つかわしく無いいとおしげな声音で呟いた。

 そのページに書かれていたのはとある一人の少年の簡素なプロフィールだった。

 『被検体010』と言う呼称が記載されていたそのページには、混じり気の無い黒髪と気の強そうなツリ目が特徴の少年の顔写真も貼り付けられていた。もっともその目に生気は宿っておらず、表情はまるで人形の様な無感情さだったが。


「……鏡ちゃん……」


 少年の顔写真をそっと撫でながらそう呟くきらら。

 そう、彼女の言葉通りその少年、『被検体010』はきららの養子である竜胆鏡夜の事だった。

 彼はあの研究所最後の被検体にして唯一の生き残りだったのだ。彼女がリンク技術に嫌悪感を持つ理由はここにあった。

 被検体010とは研究所でつけられていたコードネームの事で、鏡夜という名は引き取る時にきららの付けた名前だ。

 勿論『010』というからには001から009までもいたはずだったのだが、被検体のデータを含む実験の根幹に関わる重要なデータは全て隠滅されており、その消息も不明である。

 だが残っている情報から察する限り、研究所で行われていた研究は非合法であり尚且つ非人道的とも言える方法だ。恐らく鏡夜以外の被検体は……。

 きららはその事実を脳裏に描いてしまい、苦虫を噛み潰すような顔を見せた。

 残った情報から鏡夜以降の番号の被検体がいなかったと判明した事、そして鏡夜が生きていた事がせめてもの幸いだった。

 だが今、その彼が……いや、今は彼女が何らかの危機に晒されている。

 きららはその事を思い強く奥歯を噛み締める。

 きららの推測が、独り言として自然と口を継いで吐き出されていた。


「まだ……研究所あそこの研究そのものは終わっていない……だとしたら」


 かつて研究所の摘発に関わった一人だったきららは、その研究所と摘発の顛末にずっとしこり・・・を感じていた。

 施設で働いていた所員は全員逮捕、そこの実験に関する資料は全てRWGに接収されている。

 だがそれはあくまで生きてる、存在するもののみの話だ。

 摘発に踏み込んだ時、研究所の所長以下数名の幹部達は既に何者かに殺されており資料の方も研究の根幹に関わる部分は概ね抹消されていたのだ。鏡夜以外の被検体のデータも含めて、である。

 当然、研究所の背後にいる、所長達を殺して口封じを行い、恐らく資料を持ちさっているであろう何者かの存在を突き止めるべく必死で捜査を行った。

 だが結果はほぼ空振りと言ってもいい程に、大した情報は何も得られずいつしか自然消滅的に捜査網は解かれる事となり、事件は中途半端な状態で収束を迎えたのだった。

 未だ禍根を残す研究所の事件だが、とは言え既にあれから十年。

 何処かに流出したと思われていたリンク技術についてもその話を聞く事は無いし、あの研究所に関わる大きな事件も起きてはいない。

 背後の黒幕が消滅した、ないし実は黒幕自体存在しないなどという楽観視は出来ないが、それでも鏡華はもう既にあの研究所とは縁が切れているものだと、普通の子供として生きられるものだときららは思っていた。

 が、ここにきて今更あの研究所の事件が鎌首をもだげてきた可能性がでてきたのだ。


 十年前の研究所の事件。

 つい数週間前に、鏡夜が女に、鏡華へと変わってしまったという事実。

 そして昨日、鏡華が襲われた事。


 それらが一本の線で繋がると断定するにはまだ確たる証拠は無い。

 だがきららには、全ての事件が単なる一事件だとは思えなかったのだ。

 それは彼女の持つ一つの懸念にあった。


(研究所の最終目的は、リンク技術とは別のところにある……)


 研究所に残された資料からの推測でしかないが、どうやらあの研究所は何らかの目的を達成する為に設立された機関であり、リンク技術はそれに必要な1ピースでしかなかった可能性が大きかったのだ。

 持ち去られたと思わしき未完の研究資料、そして背後で未だ姿を隠す黒幕。

 思い過ごしならそれで良い。

 だが、それでももしこれらの事件が全て同じ線上で起こっているものだとしたら、『研究』が何らかの形で続行されているとしたら――。


「それが今になって、新たな段階に移行し始めているって事……?」


 十年間身を潜めていた研究が今になって動き出して、それが最近の鏡華の身に起きた一連の出来事の原因となっている。

 ならば近いうちにまた彼女に危機が迫る可能性だって十分にある。


「……こりゃ『アレ』の開発、てか調整か。ま、兎に角急がないとね……」


 現在は最終調整を残すだけとなった『アレ』の事に思いを馳せるきらら。完成すれば、恐らく鏡華の危険も幾らかは軽減されるはずのそれ。

 だが時間が無いのだとばかりに、すぐに『アレ』についての思考を止めたきららは手に持ってたファイルをぱたん、と畳んで元の棚に戻す。

 しかし彼女は部屋からは出ず、棚にもたれかかると今度は別の事柄について思考を巡らせ始めた。

 実はきららには、もう一つ懸念している事があったのだ。


「そういえば、鶴来君達が相対したって言う武装も、研究の一部なのかも、ね……」


 鏡華に襲い掛かり、鶴来達と戦った少年。

 その後の身元調査で彼自身はあっさりと、ごく普通の一般人だったことが判明した。

 だが問題はそちらでは無い、彼の所持していたセイバーに似ている武装の事だ。


「機能はセイバーに似てるみたいだけど、外見はもっと別の物――ディザイアのそれと酷似してる……か」


 何者かから一般人の少年に提供された奇妙な武装。

 それとリンク技術はなんの因果関係もない様に思えるが、しかし武装もパズルの1ピースである可能性がある。

 繋がりがある様にも思えるが、まだ何かが足りない。

 だがパズルのピースを握っていると思われる人物には一人、心当たりがあった。


「……ネームレス」


 RWGに度々ちょっかいを出してくる、目的不明正体不明の男。

 鏡華は、彼に襲撃された後に女になっていたと言っていた。

 一体どんな技術を使ったのかは知らないが、状況的には恐らくあの男が鏡華を女に変えた張本人ないしその関係者だろう。

 ネームレス、彼を何とかして捕まえる事が出来れば鏡華の性別が変わった真相……もしかしたらそれだけで無く、他の事件についても何かしら掴めるかもしれない。


「って言ってもねぇ……あいつが今何処で何やってるかなんてさっぱりだし……鍵は鏡ちゃん、かしらね」


 鏡華はほぼ確実に誰かに狙われている。

 それは昨日の海水浴場での一件で明らかになった事だが、きららはネームレスの存在が介在している可能性を考えていた。

 鏡華が女になった事と彼女が意図的に襲われた事にどんな因果関係があるかは分からないが、もしも鏡華を性転換させたのがネームレスだと仮定すると、その延長線上にある『何らかの目的』の為に鏡華に何らかのアクションをかける理由が出てくるはず。

 というかさすがに性転換させる事そのものが目的であるわけは無いだろう、と思いたい。そんな奴にRWGが手を焼いているなんてのは嫌過ぎる。

 だからもし次にまた鏡華の身に危険が迫る時は、もしかしたらネームレスへと繋がる糸を手繰り寄せるチャンスになるかも知れない。

 鏡華を囮にするのは心苦しいが、だからこそRWG巻波支部の実力者夫婦とその息子が住んでいる赤金家へと鏡華を預けたのだ。

 鏡華へのリスクを極力減らして、かつネームレスへの糸を逃さない様にする為の苦肉の策だが、苦肉なら苦肉なりにやれる事だってある。きららは自分も出来る限り巻波市に留まりいざと言う時鏡華を守れる様最大限の準備はしておくつもりだった。


「さぁーて、私も忙しくなりそうね……」


 一連の事件の関係性やその黒幕についての調査やネームレスの捜索、それに技術部で開発中の例の『アレ』の調整なんかもある。

 やるべき事は山積みだが、いつ敵が襲ってくるか分からず故に時間がいつまであるかも分からない。

 ならばさっさと動くに越した事は無いと、今後の行動方針を決めたきららは足早に資料室を出て行くのだった。

【今日の戯言コーナー】

 唐突な過去話編。

 執筆途中のナンバリングは23話だったのですが予想よりも鏡華と鶴来の出番がかなり少なくなり、「あれ、これ番外編じゃね?」って今ここ書きながら思ったので番外編になりましたという、そんなしょうもない裏話があったり。

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