番外編2話 帰ってきたきらら
「おい赤金、アレ取れアレ」
「アレってどれだ?」
「馬鹿かお前アレと言ったらアレしかないだろう」
「いやだからどれ!?」
「ああもうアレだアレ!ほら、あのだな……えっと……なんて名前だったかな……?」
「あれぇー!?」
キッチンの前で何やらあーだこーだと騒ぐ鏡華と鶴来の二人を、鏡華の義母である竜胆きららはすぐ傍のリビングで椅子に座りながら、楽しそうに目を細めて眺めていた。
(なんだかんだで上手くやってるじゃない、あの二人)
出張でしばらく巻波を離れていたが久しぶりに――と言っても四日しか経っていないが、暇を作って娘とその同居人の様子を見に戻ってみれば中々どうして、意外と悪くない雰囲気になっているではないか。
性格上、間違いなく社交性は高いであろう鶴来はともかく鏡華の方はお世辞にも社交的とは言えない上に、鶴来に対しての好感度は皆無に等しかったので正直なところ幾らか心配はあったのだ。
しかし実際に戻ってきてこうして二人を見ていると、歯に衣着せずに物を言う鏡華と神経が太いと言うか要するに能天気なタイプである鶴来は、結構相性が良かったらしい。
言いあってはいるものの仲が悪そうに見えるわけでは無く、むしろ友人同士のじゃれあいにも見える。
そんな穏やかな光景が繰り広げられているキッチンを横目に、きららは机の上の麦茶を一口啜った。
「……しかし、帰ってくるなら連絡ぐらいくれれば良かったのに。もうすぐ夕方だと言うのにいきなり玄関開けてきて『久しぶりに鏡ちゃんのご飯食べたいから今すぐ作ってー』とか子供かあんたは。もう3じゅ――」
「あーあーあー!まだ17だからギリ子供ですー!」
「……ああうん、きららさんがそれで良いんなら別に良いんだけどな……」
両手で耳を塞ぎ首をぶんぶん振って年甲斐も無く大声を上げるきららに、オニオンスープが煮込まれている寸胴鍋をお玉でかき混ぜながら、鏡華はため息をついた。
そんな彼女を見たきららは表情をころりと変えて、不意に楽しそうに軽く微笑んで見せた。
「……なんだその意味深な笑みは」
「あらやだ顔に出ちゃってた?……んー、なんていうか鏡ちゃんと鶴来君が仲良くて安心したなーって」
「はぁ!?」
きららが率直に思った事を告げると、鏡華はあからさまに嫌そうな顔をした。
ちなみに当事者のもう片方である鶴来は、現在きららに『食後のデザートが欲しい』という名目で頼まれて徒歩15分程度という微妙に遠いケーキ屋までケーキの買出しに行かされている。
無論食後のデザートというのは方便で本当の目的は、鶴来に知られてはいけない、鏡華自身の体などの話をする為である。
それはそうと、鏡華はきららの言葉を身振り手振りを交えながら全力で否定しだした。
「無い無い無いあいつと仲良くなんて絶対に有りえないから!なんだ、年取って目でも悪くなったのか!?」
「あ゛あ゛!?」
『年取って』の部分に反応して、つい目を見開きドスの効いた声を上げてしまうが仕方の無いことだろう。
「あ、いやごめんなさいただの冗談です……」
きららの威圧に鏡華がびくびくと怯えだしてしまったが、所謂不可抗力だろう。口は災いの元である。
だが鏡華が小動物の様に身を縮み込ませると、きららはすぐに仕切りなおす様にこほんと一度咳払いをしてから言った。
「それにしても実際の所、鏡ちゃんあんなに鶴来君と同居するの嫌がっていたのに、一体どういう風の吹き回しかしら?私お姉ちゃんとしてそこんところ少し知りたいなー」
きららがにやにやとした表情でそう聞いてみれば、鏡華は『うっ』と呻いてばつの悪そうな顔をした後、露骨に目を逸らしながら口を開く。
「…………特に大した事は無い。そ、それよりもきららさんの方こそ、この体とかについて何か分かったのか?」
「うわぁ露骨な話題逸らし。是非とも続きを聞きたいところだけど、まぁまだ時間はあるからとりあえずはいいか」
仕事の合間を縫って来ている為に一泊出来る程の時間は無いが、別に今すぐ急いで帰らなければいけないわけでもない。
その為、きららは『そうねぇ……』と微妙にアンニュイな感じの出だしでだが、鏡華の質問に答えだした。
とは言え出だしから察せられる様に、話の内容は鏡華の望むものでは無かったが。
「とりあえず、結果から話すと、収穫は全く無しね。その体の異変についても、あと例の『大鎌の男』についても」
「そうか……まぁまだあれから一週間も経っていないからな、そう簡単に分かれば苦労はしないか」
鏡華は残念そうな顔をするもこうなる事はある程度予想していたらしく、そこまで落ち込んでいるようでも無かった。
その様子に安堵したきららの方はほっと一息ついて、話を再開した。
「そんながっかりする事も無いわよ。私は仕事の合間を縫って調べているだけだから中々腰を据えてそういう事は出来ないけど、一応これでもそれなりに偉いからね。組織内のコネ使って情報網は広げられるし、丁度今仕事で本部や全国の支部を転々としている最中だから行く先々で出来る限りの調査はするつもり。どうもあの男は全国に目撃情報があるみたいだから、案外思わぬところに情報が転がっているかも知れないしね。ま、だから焦らず気長に待ちなさいな」
あっけらかんと言い放つきららだが、その軽い調子のせいか鏡華は少しむっとする。
「何も分からないのに気長にって待てと言われてもな。全く人ごとだと思って……」
「別にそんなつもりで言ってるんじゃないのよ?ただ何も分からないからこそ焦ってもしょうがないでしょ。それに『急いては事を仕損じる』って言うし、精神的にも疲れちゃうわよ?」
「そう言われると反論は出来ないが……うーん、まぁ確かにいつまでも悩んでてもしょうがない問題ではあるか。兎にも角にも情報待ちだな……」
そう言いながら、またため息をつく鏡華。
その気持ちは分かるし現在の彼女の状況的に仕方ない事ではあるが、それにしても最近ため息をつきすぎでは無いだろうか。
息子もとい娘からガンガン逃げていっているかもしれない幸運の行方に思いを馳せつつ、きららは再び口を開いた。
「そう言う事ね。それじゃあ話すべきことは話終わったし……ねぇねぇ、さっきも聞いたけど一体どういう経緯で鶴来君と同居するに至ったの?」
「それぶりかえすのか!?そ、それよりも俺はきららさんの出張先での仕事について気になるな!」
『私は怪しいです』と言わんばかりに冷や汗をかいて慌てる鏡華の様子に、きららはむしろ興味をそそられるがしかしここで一歩引くのが出来る女。
『自分が話したんだからお前も話せよ』というギブ&テイク的な空気を無理矢理形成するかの様に、きららは勢いある早口で話し出した。
「主な仕事は技術交流よ?うちって現場主義だからか支部独自で進めている研究なんかもあったりして、そういうノウハウを他の支部に拡散したり逆に他の支部から吸収したりする為に、たまーに私みたいな技術系統の部門の人間が直接出向いたりすんのよ。通信技術の発達でどこでも繋がっているご時勢とはいえ、やっぱ実際現地に赴かないと分からない事も多いからねー。まぁ他は副所長としての雑務ってやつぐらいかしらね。他の支部長への顔見せとか支部長代理として本部に出向いてああだこうだやったりとか。というわけでハイ私の話終わり!それじゃあ次は鏡ちゃんの番ね!」
「はやっ!い、いやだ俺は絶対に話さないぞ!」
首を振り未だ拒絶の姿勢を崩さない鏡華だが、きららもまだ食らいつく。
先程とはうって変わり、押して押して押しまくる姿勢できららは鏡華に言い放った。
「往生際が悪いわね!いい加減白状なさい!じゃないとある事無い事巻波支部中に言いふらすわよ!」
「くっ、往生際が悪いのはお互い様だろ!こっちも実年齢ばらすぞ!」
「ちょっ、それ持ち出すのは卑怯でしょ!一体誰に似て悪知恵がついたのか……!」
「残念だが、間違い無くアンタの影響だと思うぞ……!」
火花でも飛び交いそうな程に白熱してきた二人の言い合いの最中、リビングの扉ががちゃりと開き鶴来が帰ってきた。
鶴来は二人の雰囲気を察せていないのか、ケーキの箱を右手で軽く持ち上げて二人に見せながら暢気な声を出した。
「おーい、適当に買ってきたけどこんなくらいで良いのかー?」
「あ、馬鹿なんてタイミングで帰って来るんだこの馬鹿!」
「えっ何でいきなり馬鹿×2!?」
何故かいきなり鏡華に怒鳴られて困惑する鶴来の横から、今度はサムズアップをしたきららの声が飛んでくる。
「ようし鶴来君ナイスタイミングで帰ってきたわね!ねぇねぇ貴方どうやって鏡ちゃん納得させたの?」
「えぇ?一体なんの……あぁなるほど、聞いちゃいますその話?いやぁこれには色々と紆余曲折あって――」
「したり顔で語り始めるな馬鹿ー!」
鏡華の大声が家中に響き渡る。
今日、本来の家主が数日ぶりに戻ってきた竜胆家の夜はいつもより慌しくも賑やかに過ぎていったのだった。
【今日の戯言コーナー】
はたして期待していた人がいるのかは置いといて、前回で予告していたタイトルの意味の話です。
かいつまんでいうと『個々人がそれぞれに感じる感覚』という意味の『クオリア』と現実という意味の『リアル』。
それら二つ、この作中で言うなら『男性としての物事の感じ方』と『物理的な性別』がTSによって反転、つまり『リバース』するので
『クオリア』+『リアル』+『リバース』=『クオリアルリバース』というわけなのですが、まぁぶっちゃけ言葉の響きがそれっぽいというのが一番の理由で今説明したのは後付の様なものだったり。わぁなんという適当さ加減。




