第15話 はじめてのどうきょせいかつその3:炊事洗濯掃除に……ツンd(ry
「――それじゃあ昨日の夜に言った通り、今日はみっっっちりとお前に家事を仕込んでやるからな!覚悟しておけ!」
先程のアクシデントをまだ引きずっているのか、竜胆家のリビングにある机の席に座った鏡華は声に怒りを滲ませて、右手に持った箸の先で鶴来を指しながらそう宣言した。
しかしそんな鏡華と机を挟んで対面に座る鶴来は彼女の様子に動じないどころか、どうも彼女の台詞が心の琴線に触れたらしくむしろ嬉々として返事を返す。
「おっす!お願いします師匠!」
「そのノリ止めろ暑苦しい……」
空手の礼の様に両の拳を腰の後ろ辺りまで引きながらそう言った鶴来に、鏡華は先程までの怒り顔とはうって変わったげんなりとした面倒くさそうな表情になった。
「えー、嫌いかこういうの?」
「嫌いというかうざい」
「それってあんま変わらないんじゃ……まぁいいか。それにしても……」
鶴来はそこまで言って、机の上に乗っている良い具合に焼けた鮭の切り身を解して口に放り込んだ後、茶碗に盛られた白米を一気にかきこんだ。
「なんだ、言いたい事があるならはっきり言え、聞くかどうかは知らんが」
途中で途切れた鶴来の話を、鏡華は相変わらずの悪態をつきながら促す。
鶴来は冷えた麦茶で口の中の物を勢い良く流し込むと鏡華の言葉にツッコミを入れた。
「優しいのか優しくないのかどっちだそれ!いや、別に大した事じゃ無いんだけどな?ただこういうちゃんとした朝食って、うちじゃ全然無かったから珍しいなって思ってさ」
「そういうものか?別に普通だろうこれくらい」
鶴来の言動に疑問を抱きながら鏡華は目の前に並ぶ物を見つめた。
それは、炊き立ての白米と焼鮭の切り身にたくあんの漬物。そしてこないだ安かったので多めに買っておいた白菜がたっぷり入った味噌汁。
勿論鶴来の目の前にもあるそれらの食事は、今日の竜胆家の朝食である。
ちなみに、リビングで朝のニュースを映しているテレビに表示された現在の時刻は、大体午前7時程度。
鏡華の起床は午前5時と早かったはずだが、ランニングにその後のシャワーに朝食の準備にと色々追われているうちに結構経ったものである。
「いやいやうちは大体、昨日の残りとか市販の惣菜パンとか。たまに前の晩にご飯は炊いてあるけどおかずはふりかけとか缶詰とか適当にーみたいな感じだぜ?というかうちじゃなくても、こういうのって手間かかるからちゃんとやる家って少なくないみたいだし、すげぇと思うぞ?味も旨いし」
鶴来は感心したようにうんうんと頷くが、一方の鏡華はいつも普通にやっている事なので褒められてもどうもいまいち実感が沸かない。
しかしふと、以前にきららが『よく考えたら、毎朝ちゃんとした朝食が食べられる私は幸せ者なのよねー……ねぇ鏡ちゃん。お婿に行かないでなんて言わないから、もし結婚してもうちは出て行かないでね……私割と真面目に生きていけなくなりそうだから』と結構真剣な顔で言っていたのでそういうものなのかもしれない。
まぁそれはともかく、たとえ気に入らない奴にだろうが、自分の作った食事を誰かに褒められるのは悪いことではない。
そんな事を思って内心若干良い気分になりながら、鏡華は温かい味噌汁を一口啜った。
うん、今日も良く出来ている。
「さて、着替えたし朝食も終わったし、それではさっそく家事の練習に取り組むか」
「おっす!おねが――」
「だからその面倒なノリ止めろ。こっちはただでさえ面倒くさい事やらされるというのに……」
「ざっくりと本音が出たなぁ」
事の発端は昨日の晩の出来事。
寝室の割り振りを決めた後、それじゃあ家事の分担を決めようという時に鶴来が発した一言だった。
『あのー……俺家事とか全然できないんだけど……』
その一言を聞いて、鏡華は頭を抱えた。
散々こき使ってやろうと思っていたのにこき使う使わない以前の問題だったとは。
詳細を聞いてみると『風呂掃除だけならしょっちゅうやらされていたから行けるぜ!』と無駄に自信満々な答えが返ってきた。
まぁ確かに水垢などのこびりついた汚れを落とすのは力仕事の様なものではあるし、掃除の方法自体も大雑把に言えば兎に角全力で擦るだけで細かいテクニックなんかも殆どいらないだろうから確かに目の前の馬鹿向けではあるが。
『大体そんなに家事が出来なくて生活で困ったりしないのかお前は』
『いやだって専業主婦のお袋がいるしなぁ』
『ああそれもそうか……』
確かに家事を一手に引き受けてくれる身内がいれば、わざわざ家事を覚える必要もやる必要も無いと言えばその通りではある。
現に鏡華が竜胆家の家事担当を一手に引き受けているせいで、きららも昔からそういうのは苦手だった。
とは言えきららも鏡華を拾う前までは一人暮らしをしていたらしく一応最低限の家事はこなせるのだが、それは本当に最低限であり、その様子を傍で見ていた当時の鏡夜は『この人に任せておいては駄目だ』と、家事のスキルを身につける事を幼いながらに決意した程だ。
それはさておき、そんな事があったので現在鶴来をこき使うという野望のため、鏡華は朝食を終えた後、面倒そうにだが重い腰を上げてさっそく鶴来に家事を教える事にしたのだった。
○レッスン1:洗濯編
「……何でこんなに洗剤あんの?」
「まぁ気持ちは分からんでも無いんだがな……とりあえず一つ言っておくとそれ全部洗剤というわけでは無いぞ。漂白剤や柔軟剤なんかも混ざってるからな」
「えっ、洗濯って洗剤一つで出来ないの!?」
「そこからか!そこからなのかお前は!?全くしょうがない奴だな……いいか?まずさすがにこれぐらいは分かると思うが洗剤は普通に服を洗う為の物、まぁ洗濯の基本だな。それと漂白剤や柔軟剤は洗剤と併用して使うのが基本だが、中には漂白剤入りや柔軟剤入りのの洗剤もあって洗濯物によってはそういうのを使うと楽だな。まぁそれに関しては後で説明するとして……次に行くが、漂白剤は洗剤だけでは落ちないしつこい汚れを落とす為のものだ。しかしこいつは扱いが少々面倒でな。色つきの洗濯物とそうで無い物によって使い分けないと、色落ちや色移りなんかが起こる場合があるんだ。だから特に気をつけて使えよ、一発で服が台無しになりかねないからな。そして最後は柔軟剤だ。これは洗濯後の仕上がりを良くする、具体的に言えば衣類をより柔らかくしたり香りづけをする為のものだが、適切なタイミングで入れないと効果を発揮しないんだ。最新式の洗濯機なら先に指定のポケットに入れておけば自動で投入してくれるんだが、生憎うちのは5年物のポンコツ、そんな便利な機能は無いからな。だからこれも後で詳しく説明するが自分でタイミングを見計らって入れる必要があるわけだ。とまぁ洗剤他二つについてはこんなものだな。それじゃあ次は実際に洗いながらの説明を――」
「すみません先生!一つ良いっすか?」
「……先生なら良いか。で、なんだ一体」
「先生なら良いんだ……じゃなくて、あのー……少しメモ取ってきて良いっすか?ぶっちゃけ覚えられないです!」
「お前なぁ……別に良いが、この後も洗濯物によっての洗剤等の使い分けとか洗濯機の操作や各種洗い方についての説明とかもあるんだがそんな調子で大丈夫なのか?」
「くっ……想像以上の手ごわさだぜ洗濯……だが、俺は絶対に諦めないぞ!」
「たかだか洗濯一つで握り拳を作って決意するな!……これからが激しく不安だ……」
○レッスン2:炊事編
「赤金、お前料理の経験は?」
「カップ麺とレトルトならマスターしたと言っても良いな。チンするだけの冷凍物もまぁ何とか」
「あのな……最初に言っておくが、うちにその手の物は一切無いからな。何故なら私が基本的に一からしか作らないからだ、まぁたまに出来合いのおかずを一品買ってきたりぐらいはするが」
「やっぱすげぇな……うちのお袋なんて普通にそういうの使うし、そうじゃなくても丼ぶりとか大皿に山盛りとか鍋とかそんなんばっかだぜ?」
「豪快だなお前の母親……まぁ、別にインスタント系や冷凍物とかにも利点はあるんだがそれでも栄養が偏りがちになる気がするし、それにやはり自分で作った方が旨いだろう?」
「そういうものか?ま、でも確かに今日の朝食は旨かったな」
「当たり前だ、この私が作ったのだからな。それはそれとして……さすがに料理を覚えさせるのには時間がかかるし私も不味い飯は食べたくないからな。これは私が全面的に請け負ってやろう」
「マジで?やったぁ!」
「幾ら自分のやる事が減るからといってあからさまに喜びすぎだろう、言っておくがその分他の事を――」
「ああいやいやそうじゃなくて、お前の旨い飯をずっと食えるってのが嬉しくてつい」
「……はぁ、なんというか……。まぁいい、次行くぞ次」
「?」
○レッスン3:掃除編
「掃除の基本は上から下へ、だ。まず上の埃をはたきや雑巾等で落としたり拭ったりしてから床に掃除機をかける。まぁ習うより慣れろだ、ほら雑巾。とりあえずそこの机を水ぶきしてみろ」
「よっしゃ任せろ!まずは水で雑巾を濡らしてそれを絞って……」
「絞りが甘い!そんなのでは水びだしになるだろ!」
「お、おう!えっと……きつく絞ったから、後は机を拭いて……」
「四隅が拭けていない!円を描いて拭くのではなく直線を意識しろ!」
「あ、あれ?なんか性格変わった?」
「無駄口を叩くな!」
「は、はい先生!」
「それが終わったら床掃除だ、先程机を拭いた時と同じ様に隅から隅まで埃を吸い取れ。狭いところは掃除機の先を取って細いノズルで吸えば良い」
「うっす!さっきと同じ感じで真っ直ぐにかけて隅の方まで……」
「スピードが早い!カーペットの上はゆっくりとかけろ!ダニとかがいる可能性もあるだろうが!」
「お、鬼だ……掃除の鬼がいる……!」
「ほう……面白い冗談を言うものだ。そういう口を叩けるのならこれからの飯は各々で調達する方向性でも良いという事だな。幸いお前でもカップ麺程度なら作れるんだろう?」
「マジですいませんっしたー!」
「疲れたー!……主婦って毎日こんな事やってるのか、俺お袋の事見直したよ……」
「それは私の前じゃなくて母親の前で言ってやれ。というかこの程度で根を上げるなだらしない、体力自体はそんなに使わなかっただろう」
「いや頭とか精神とかそういう方がさぁ……。単純な体力勝負なら自信あったんだけどな……」
「これだから脳筋は……」
とりあえず一通りの家事を教え終わった後、鏡華は麦茶をすすりながら、リビングの机に突っ伏している鶴来を呆れた目で眺めていた。
現在の時刻は午後11時過ぎ。
今から昼食を作り始めれば正午までには出来るだろう。
いつもと比べると少々早いが今日は色々とあったので、むしろ早いくらいの方が腹の具合も丁度良いはずだ。
そう思った鏡華は、未だに突っ伏したままぐでーっとなっている鶴来を放って冷蔵庫の中身を空けた。
しかし自分が女になってから、正確にはあの大鎌の男と相対して気絶してから、つまり17日から今日21日までの4日間、色々と忙しく中身を補充出来ていなかった冷蔵庫の中身はさすがにがらんどうとしており、とてもでは無いが昼食を作れる様な状態では無かった。
きららさんも何か少しくらい買っておいてくれれば良かったのにと内心愚痴りつつも、『仕方ないか』と一言呟いてから冷蔵庫の扉を閉めた鏡華は鶴来に向き直り声をかけた。
「おい赤金。いつまでも突っ伏しているな、漸くお前の本領を発揮する時が来たぞ」
「んぁ……?」
鶴来が緩慢な動作で顔を上げるが、その表情にいつもの快活さは無い。
珍しい物を見たなと何と無く思いながら、鏡華は言葉を続ける。
「今から昼食の材料を買いに行く。ついでに夜以降の分も買っておくから荷物持ちとしてきりきり働け、体力勝負は得意なんだろう?」
人に物を頼む態度としては中々にアレだが、しかし鶴来はみるみると顔色を喜色へと変えてついにがばりと起き上がった。
「よっしゃあ俺に任せろ!幾らでも運んでやるぜ!」
「急に元気になったな、まさかお前そんなに荷物持ちが好きなのか……?」
「どんな趣味!?いや別にそういうわけじゃないけどまぁ筋トレになるし。それに今の今まで全然良い所無かったからな!ここで名誉挽回と行くぜ!」
「そもそも無い名誉は挽回出来ないんだが、まぁやる気があるに越した事は無いか。……ところで、何か食べたいものとかはあるか?……なんだその意外そうな顔」
「いや、なんていうか……お前がそういう風にリクエスト聞いてくれるとは思ってなかったもんだから」
鶴来の言葉に、鏡華はどういう事かと少し考え、そして漸くその意味を理解したのかはっとした表情をすると慌てて弁解を始めた。
「べ、別にこれはいつもの癖というか予め聞いといた方が献立を考えやすいというだけで、お前に対してどうこうだとかそういうのは絶対に無いからな!勘違いするなよ!」
「お、おう……」
言葉を捲くし立てる鏡華の勢いに押された鶴来は口を引きつらせて返事をするものの、その後すぐ何かに気づいた様に眉を一瞬上げると、直後には考え込む様な表情をして腕を組みだした。
「何だ、まだ何かあるのか。場合によってはこの茶葉の缶をお前に投げる。しかし安心しろ、これは既にスティックシュガー入れになってるからな。もし蓋が開いても茶葉がばら撒かれるなんて事は無い」
机の上においてあった、有名な茶葉の名前が記された缶を、投げ易い様に利き手である右手で振ってかっしゃかっしゃと鳴らす鏡華。
「俺は結局安心出来なくないかそれ!?いや、大した事じゃないんだけどさ……そんな感じの台詞をどっかで聞いた気がするんだよなー」
鏡華が怪訝な表情で見守る中、鶴来は「なんだったかなー」「絶対どっかで聞いたんだよなー」などとぼやきながらうんうん唸っている。
そしてしばらくそうやって考え込んだ後、漸く思い出したらしくはっと目を見開いて一言。
「あ、そうだ!この前守が話してたな。確かツンデレっていう――」
かくして、当然の様に茶葉の缶は宙を舞う事となったのだった。
【今日の戯言コーナー】
Q.2回連続で投擲オチだけどそこんところどうなの?
A.作者は『個人的には前回前々回のその1&2、今回のその3&次回のその4でそれぞれワンセット的なイメージで考えているのでそれを踏まえて考えると今回のラストはまだ話の途中だからオチでは無く従って何も問題は無いのですよ』などと意味不明な供述を繰り返しており




